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関東地方C県の住宅街に突如現れた岩の塔、通称〝迷宮〟
直径2km高さ100mを越える巨大な塔の内部は、地下10階層、地上20階層に分かれており、その上部には魔王の居城となる6階建てのマンションが存在する。
そして最上階の一室、603号室が魔王の居室だと言う。
現状、地下8~10階は自然公園の様になっており、地上1階と20階は迷路になっているとの情報が得られた。
驚くべき事にその情報を齎した者は最上階に住む〝魔王〟本人だと言う。
彼の齎した情報はそれだけでは無い。
この世界が別の世界の神々によって狙われていると言うのだ。
正直、国防を預かる者としては、漫画やアニメ、ファンタジー小説の中だけにして欲しい所だ。
「隊長、突入許可が出ました」
「解った。これより〝迷宮〟の調査を開始する。事前情報で内部は自然公園となっているらしいが、それが真実であるかを確かめるのが我々の仕事だ。総員けして油断しない様に。万が一の場合の発砲は個々の判断に任せる」
「「「「了解!」」」」
そして俺達、自衛隊特殊部隊は入り口と思しき魔法陣の上へと足を進めた。
魔法陣が光を発し、俺達を包み込み視界が白に染まる。
一瞬の浮遊感の後、俺達は未知なる世界へと足を踏み入れた・・・・・筈だった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・隊長・・・事前情報通りみたいですね・・・・・・・」
「・・・如何見ても自然公園ですよね・・・・・もう本部に報告入れちゃいます?」
呆然と立ち尽くしている俺に副隊長の榊と通信兵の駒田が話し掛けてきた。
「・・・・・いや、まだ解らん。警戒しつつ先へ進むぞ」
10cm程の高さの草原を警戒しつつ進んで行く。周囲に疎らに生えている木々には甘い香りを放つ果実が実っていた。
「いい匂いですね~。隊長、一つ食べてみても良いですか?」
部隊の紅一点、衛生兵の小谷が不用意に木の実に手を伸ばした。
「馬鹿野郎!死にたいのか!毒が有るかも知れんだろうが!」
「え、大丈夫だと思いますよ?ほら、あそこの木の上で小動物が齧ってますし」
小谷の指すその先には確かに木の実を齧る小動物・・・・・らしき生き物が居た。
「・・・・・お前達・・・あれは何と言う動物か知っているか?」
「あれ、可愛いですよね~。リスっぽい何かだと思いますけど、初めて見ました」
それはリスを一回り程大きくして丸くした・・・・・そう、デフォルメしたアニメキャラの様なリスだった。
「・・・・・まぁ止めておけ、もしかしたらあいつには耐性が有るのかも知れん。先に進むぞ」
少し進み先の方に水場が見えて来た所で、右方向からガサリと草を掻き分ける音が聞こえ、振り向きながら小銃を構えた。
「・・・うさぎ・・・・・いや、カンガルーか?やけに小さいが・・・・・・・」
体長・・・いや、二本足で歩いているから身長か?まぁ50cm程の白い毛皮の生き物がそこに居た。
そいつの両手の拳に当たる部分はボクシングのグローブの様な形をしていて、殴る事に特化した生き物の様だ。
そいつは俺と目が合うと突然奇妙な行動を始めた。
「なっ・・・何の真似だ?!まさか呪術の類か!」
構えた小銃の照準を合わせた瞬間、隊員の小暮が俺の小銃に掴みかかった。
「何をする小暮!まさかあいつに操られたとでも言うのか?!」
「違います!良く見て下さい隊長!あれはムエタイのワイクルーです!」
「何・・・だと・・・・・・・」
良く見れば確かに小暮の言う様にムエタイの選手が試合前に踊るワイクルーだった。
そして踊り終わると一礼して去って行った。
俺達が呆然と去り行く後姿を眺めていると、背後からシャクシャク、パタパタと音が聞こえ、何事かと皆で振り返った。
「・・・・・ね、ねこ・・・なのか?・・・・・・・」
「ですが、蝙蝠の様な羽が生えてますが・・・・・」
「ねこは飛びませんし、柑橘系の果物は食べないのでは?」
丸い頭に細めの身体、足と尻尾をだらりと垂らし、背中に有る小さめの蝙蝠の様な羽で飛びながら両の手で持った果実を齧っている黒ねこ・・・の様な生き物が此方を向いて声を上げた。
「まぁ~ぉ」
「キャー!可愛い~!!抱っこさせて~!!」
叫び声を上げ、駆け出した小谷を羽交い絞めで押さえている隙に、そいつは木々の間を縫う様に飛んで行った。
「離して~!せめて、せめてひと撫でさせてぇ~!!」
「落ち着かんか小谷!あれが普通の生物に見えるのか?!」
「普通じゃ有り得ない程可愛いですよ!」
「誰が上手い事言えと言った!良いから落ち着け!任務中だぞ!!」
興奮し、暴れる小谷を何とか落ち着かせて先に進む。
情報通りならばこの先に見える湖が迷宮のほぼ中心となる筈だ。
そしてそこには地下8~10階の管理者である水の精霊が居ると言う。
ほんの少し前までは馬鹿馬鹿しいと、精霊なんぞ存在する筈が無いと思っていたが、ここまで来る間に見た奇妙な生物達の事を思えば強ち嘘ではないのかも知れない。
だが魔王の言う〝人類と敵対する気は無い〟〝憩いの場を提供したい〟などと言う言葉を鵜呑みにする事も出来ない。
何しろ自称とは言え〝魔王〟だ、普通に考えれば有り得ない話なのだから。
俯きブツブツと文句を垂れる小谷を囲む様に俺達は湖へと向かった。
ここまで読んで頂き有難う御座います。