86話 絡み合う思惑
前回のあらすじ「残念だったよ…お前が犯人だったなんてな…」
―ひだまりに訪れる数時間前「市内警察署・署長室」橘署長視点―
「行くんですね……」
「ええ。大勢の人が薫ちゃん家をここ最近訪れている。それはつまり、すでに多くの人間が関わているってこと……これ以上、黙って見てる訳には行かないわ。鈴木。行くわよ!」
「はい。って自分だけですか?」
「あなただけでいいわ。だって……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「カフェひだまり・店内」―
「21時ちょうどね……成島 薫。それと多々良 泉。あなた達を危険物取扱違反、銃刀法違反で緊急逮捕するわ」
……終わった。これで逮捕されて、レイスやフィーロはどうなるんだろう?周りの人は?いや、僕たちはどうなる?この前の話では懲役10年とは言ってたし。色々な事が頭の中を巡って整理しきれない。どうしよう……どうしよう!このままだと。泉は顔を青ざめていて涙を浮かべている。昌姉たちも戸惑った表情でこちらを見ている。そんな中、橘さんの口がおもむろに動き始める。
「……なんちゃって♪」
「……へ!?」
なんちゃって?なにそれ?フィーロという証拠も出た。ここで言う言葉じゃないよね?そのあまりにも場違いな言葉に橘さん以外の全員が戸惑う。
「驚かせちゃった?安心してちょうだい。私達、あなた達を逮捕できないのよ」
「た、逮捕できない?」
「そう。という事でマスター。申し訳ないんだけどここにいる皆の飲み物を用意してもらえないかしら、こちらの詳しい事情を話すわ。レイスちゃんも入れてね♪」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数分後―
橘さんと部下の鈴木さんと対面するように僕たちは椅子に座る。そしてレイスとフィーロもテーブルの上に座っている。
「とりあえず一口飲み物を含んだら?さっきのアレで緊張したでしょ?」
「は、はい」
僕は飲み物を含んで喉を潤す。さっきまであった喉の渇きは多少だがよくなった。
「実際の取り調べってもっときついから、あれで根をあげちゃダメよ薫ちゃん?」
「あんな体験、何度もしたくないですから!」
「そうね。今回はかなり幸運な理由でこの程度で済んだけど……次はこうはいかないから気をつけなさい。泉ちゃんもね」
「す、すいません!」
「あの!薫達は悪くは……!」
「えーと。レイスちゃんでいいのよね?そんなのは分かってるわよ。むしろ大助かりだもの。警察の追跡失敗からの銀行立て籠もり事件の解決。大火災の早期の消火。あなた達が手を出さなければ被害は甚大だったわ」
「追跡の失敗だと?」
マスターがその言葉に反応する。そんなのニュースで取り上げられていないはず。
「署長……その件は」
「いいのよ。こっちの原因で妖狸なんていう妖怪を作り出してしまったんだから……そうすれば今回の取り調べもなかったわ」
「どいうことッスか?」
「実はあの銀行立て籠もり事件。警察のミスなのよ。こちらの尾行がバレて街中での派手なカーチェイスに発展。その際に犯人グループのハンドル操作ミスで銀行に突っ込んで……後は薫ちゃんが良く知ってるわよね?なんせ犯人をぶん殴ったんだから」
「は、はい……」
「それが無ければ薫ちゃんが……妖狸として表に出る必要は無かった。明らかにこちらの責任。ごめんなさいね」
「……いいえ」
「それで、その直後に上からある指示が出たの。それがあなた達を捕まえるなっていう指示って訳。だから真相は暴いても逮捕は出来ないってわけ。しかも理由が、世界を変えてしまうかもしれない大事件が起きた。って」
「それって……」
「おそらくですが……上層部はご存じなんだと思います。その……レイスさんやフィーロさんの事について」
……どこから情報が?いや誰がそれを?
「どこから漏れたかは後にして頂戴。それで……詳しい事を聞きたいのだけどいいかしら?あなた達が何に巻き込まれているのか?あなたの家にいる人達は何者か?それをね」
「えーと。それは……」
「説明できない?」
「ううん。出来るよ。ただ見てもらった方がいいと思う」
「見てもらう?噂の小人ならここに……」
「薫兄が見つけたのはこれじゃないの。フィーロたちはそれを見つけたからなの」
「これだけでも大問題よ?それ以上って?」
「明日。僕の家に来ていただけませんか?全てをお見せするので」
「今すぐはダメなのですか?」
「はい。他の人に迷惑がかかるので……」
橘さんが手を組んで考え始める。この発言は証拠隠滅するために時間が欲しいと勘違いされても仕方がない。でも、全てを説明するならグージャンパマについて知ってもらわないといけない。
「まあ……いいかしら。夜も遅いし。これ以上は肌にも悪いし……」
「署長……そんな理由で……」
「鈴木。ここで一回解散しても問題無いわよ。既に裏は取れたし、仕事終わりで皆疲れているでしょうし、明日改めて話を聞きましょう」
「それと……」
「うん?何かしら?」
「出来れば、制服でお願いしたいんですけど……いいですか?」
「いいけど……どうしてかしら?」
「橘さんの立場を明確にしたいんです」
「私の立場?」
「はい」
「……分かったわ。それじゃあ明日の朝……10時ぐらいに伺うわ」
「分かりました」
そう言って、橘さんが席を立って鈴木さんと一緒に店を後にする。
「ああ。それと薫ちゃんの家に見張りはもういないから安心してね♪」
そう言って帰っていった。
「……はぁああ~~」
緊張が一気に解けて、机に突っ伏す。他の皆も溜息を吐いたりして緊張を解いている。
「私…獄中生活覚悟したわ……」
「それは僕もだよ……」
「とりあえず……無事?でいいのです?」
「おそらく……ね。薫ちゃん。橘さんにあっちを見せるの?」
「ここで見せなかったら、本当に獄中生活になるから……それに説明するならあっちを見せた方がいいでしょ?」
「そうだな……というかお前……下手すると厄介な奴等に目をつけられてるんじゃねえのか?」
「……そうだね。警察上層部……下手すると政治家関係まで言ってるのかも」
「やったね薫兄……またネタがやってきたよ……」
「泉?ジョークを言ってる場合ッスか?」
「……平和って尊いね」
「今のお前が言うと納得だな」
この後、家に帰った僕とレイスは何かをする気が起きず、すぐに眠ってしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌日10時「薫宅・蔵」―
「これは……」
部下の鈴木さんから声が漏れる。まあ、蔵の中に神社。そして魔法陣という光景をみれば、その異様な雰囲気に何も思わない人はいないだろう。
「薫ちゃん達が見せたかったものってこれ?」
「ううん。見せたいのは……この先」
「この先?何もないですよ?」
制服姿の橘さんの横にいた僕とレイスは前に出て、魔法陣の中に入る。
「入ってもらっていいですか?」
「……分かったわ」
橘さんと鈴木さん。それと一緒にいる泉たちが魔法陣に入ったのを確認して、魔法を発動させるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「ビシャータテア王国・庭園」―
「着きましたよ。橘さん」
「……こ、これって」
ローゼリウスが咲いている庭園を見て橘さんたちが絶句している。僕はそのまま見つけた物を答える。
「僕が見つけた物……それは異世界。グージャンパマだよ」
「い、いせ…か…い…?」
部下の鈴木さんが困っている。まあ、普通は戸惑うよね……。
「…なるほど…なるほどね。これ…は」
「すいません。なんせ見つけた物が物なので……」
「いいえ。多分、あの場で異世界を見つけたって言われても今一信じなかったと思うわ。確かに直に見せてもらった方がいいわ」
「レイスたちはこちらの世界の住人なんです。それで僕と泉は精霊である二人と契約して魔法使いになりました。」
そして僕は魔法使いである証明として、飛翔を使って地面から少し体を浮かせる。
「この世界は魔法によって発展した世界で、こちらの世界と関わる中で魔法の力を身に付けました」
「…そう……まあ、こんなの言えないわよね。信じられないだろうし……」
「おーい!」
声がする方を向くと、そこにはこれから仕事へと向かうつまりだったのだろうカーターたちがいた。
「あら?いい男……」
「今日はどうしたんだ……ってそちらの二人は?」
「えーと警察の人。それで捕まりそうになったんで……」
それを聞いたカーターが姿勢を正して、右手を胸に当てて敬礼する。
「失礼しました。私はビシャータテア王国の騎士団。副隊長を務めてますカーター。こちらは相棒のサキになります」
「私達は薫ちゃんの住む場所を管轄している警察の橘 重則。そしてこっちは部下の鈴木よ。階級は私が警視。彼は警部よ。まあ、私の方が偉いと思ってちょうだい」
そう言って、橘さんたちは手を帽子のつばに当てる挙手注目の敬礼をする。
「薫たちの身に起こっている事はこちらの事情も関わっています。どうか寛大なご配慮を……」
「安心してちょうだい。逮捕は上層部から禁止されているわ。私達はただ彼らが何に巻き込まれているか知りたいだけよ」
「分かりました。そうしたら王様に取り次ぎましょう」
「え?王様?」
「ええ。薫達の立場はこっちでは最重要人物。王様も彼らに関わる事態が起きたらすぐに対処する所存だそうです」
それを聞いた橘さんがこっちを見る。
「……あなた達。何をしたの?」
「えーと……つい最近だとこの世界を巣食う悪魔を倒しました……なんて、ははは……」
それを聞いた橘さんが呆れた表情を見せるのだった。




