7話 謀略
前回のあらすじ「悲しい過去」
―「ソーナ王国・ベルトリア城壁前 野営地」???視点―
「敵軍、以前として動きはありません。また物資の搬入も無い模様です」
「分かった。下がれ」
部下がテントから出ていく。寒空の中での見張りなんてめんどくさいことはあいつらにやらせて自分は魔道具で温まっているテント内で快適に結果を待てばいい。あれから1週間か……悠々と敵が飢えていくのを待てばいいとはなんて楽な仕事だろうか。
「ここが落ちれば、間違いなく我の株は上がるな。そうすれば更なる昇格も夢じゃない」
「ケケ。そうだな」
相棒のキクルスが言う。精霊なのだが……こいつ悪魔じゃないの?と思うような笑いかたと角にも見えなくない髪型をしている。
「フフ。わざわざスパイに探らせていたかいがあったな」
「騎士団の隊長に副隊長……その2人を捕えたとすれば、間違いなくご褒美があるだろうな……ケケケ」
その通りだ。その2人を女王の前に連れてくれば……ククク。本当に笑いが止まらない……うん?
「何か匂うな?」
話をしていたキクルスがテントから出て匂いを嗅いでいる。
「城壁からだナ」
初めて嗅ぐ匂いだ。その何とも言えない匂いを嗅いでいると何故だかお腹が空く……。
「腹が減ったナ」
キクルスも同意見らしい。段々匂いが強くなっていきより腹が減る。あいつらは何をしているんだ? 念のため、魔道具で害のあるものか調べたが反応は無かった。まあ、今さら何をしても最早手遅れ。敵に空腹をを与えるのが策略としても食料を近くの町から調達すればいいだけのこと。我の勝利には違いないのだからな。ハハハハ……!!!!
「……とりあえず飯にでもするか」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌朝「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁 個室」―
「か~お~る! 朝よ! 起きて!」
「う~ん……」
誰かに呼ばれ目を開く……そこには馴染みの無い石で出来た天井があった。寝具の感触も何時もと違う。体を起こして辺りを見渡すと部屋中の壁、床が石で出来ていた。調度品として簡素な机に椅子そしてこの部屋を適温にしてくれている魔力で動く暖房兼照明器具。見た目は地球儀で確か地球に当たる部分が魔石になっていてそれが光と熱を放つって……。
「ああ。そういえばこっちに泊まったんだっけ」
あの後、話はお互いの文化や社会の仕組みの話になりすっかり話込んで気付けば12時を過ぎていた。その時にはサキ達、精霊組がすっかり船を漕いでしまっていたので、無理させるのは悪いと思いここに泊まることになったのだ。
「薫!! 起きた!?」
扉越しからサキの声が聞こえる。
「うん。起きたよ!」
ベッドから立ち上がり軽く服装を整えて部屋を出る。
「おはよう。サキ」
2人して食堂に向かう。今更だが、通路にも部屋にある魔石が設置されている。
「昨日魔石について話は聞いていたけど、やっぱり不思議だな……」
昨日、カーターたちから魔道具の使い方を聞いたが不思議である。道具自体にはスイッチが無い。ただ手をかざして念じることで魔法が発動し、さらに頭の中で光度や温度を想像し念じることでその通りに動いてくれる。現代科学でも念波で機械を動かすなんて研究がされているけどこっちの世界ではすでに、そのような技術が実用化されていた。
「そうかしら? 私達からしたら薫達の世界が不思議なんだけど」
「こっちの方が不思議だよ。だって僕が念じた時、僕たちの世界の言葉や規格で考えても普通に動くんだもん」
しかも曖昧な表現もオッケーときた。僕が寝るのに困らない明るさで気温は20度ぐらいと念じたらその通りになったのだ。
「魔道具はその人の考えを読み取って動くから、多少は融通が効くのよ。まあ発動させた人によって変わるから一定じゃないのがたまに傷ね」
「なるほど」
確かに見てみると通路の灯りの光の具合がそれぞれ違っている。試しにいくつか魔石に触れてみると確かに若干だが温度差があったりする。念波で動くが電化製品みたく調整するのは難しいみたいだ。
そんな事をしていると、ふと近くに窓があったので覗いてみた。朝の光で照らされた外は僕たちの世界と同じ冬で、木には葉がついていない。積もってはいないが雪が降ったのだろう。日陰の所にはまだ少し残っていた。
「外寒そうだね。そういえばあのテント?何か陣取ってるみたいだけどあれが相手の国なの?」
「ええ、そうよ。土砂災害が起きたと思ったらすぐにやってきて陣を張ったの」
「タイミングが良すぎないかな?」
「……ここだけの話。周辺にスパイがいるんじゃないかなって話になっているわ」
「となると僕の事も相手に伝わっているのかな?」
「かもね。でも安心して薫の身の安全は私たちがしっかり守るから。いざとなったらあっちに送り返せばいいだけだし」
「ありがとう」
一応、女と勘違いされる以上身の安全を守るための護身術とかそういうのを覚えているが、守ってもらえるならありがたい。そんなことを考えながら食堂に着くとすでに中は人で賑わっていた。サキに促されて配膳を待つ列に並ぶ。
「おはようございます」
後ろから声を掛けられて振り向くとシーエさんがいた。
「おはようございます。マーバさんは?」
「おはよ・・・」
そう言ってマーバさんの肩から顔を出した。その顔は目が開いておらず閉じたままである。
「朝弱いんですよ」
「そうなんですね」
「あれ? カーターはどうしたの?」
「今は城壁の見回りしていますよ。すぐこちらに来ます」
話をしながら順番を待ち、自分たちの番になったら料理を受け取っていく。パンにスクランブルエッグ、ベーコンに付け合わせのサラダそしてスープ、いかにも朝ご飯っていう献立だった。味付けは塩、コショウだが。
「おいしそうだな!」
「あ、目が覚めた」
マーバが料理の匂いで意識が覚醒した。その後、料理を受け取った僕たちは丁度いい席を探す。
「おーい。こっちだ」
そこにはカーターがいた。席を取っておいてくれたらしい。あらかじめシーエさんが一緒に持ってきたカーターの分の料理を渡し皆が席に着いた所で食事を始めた。
「やっぱり、朝食って大切だよな!」
「食べないと力がでないもんね」
「この1週間でそれを味わったもんな。薫のおかげで本当に助かったよ」
「いいよ。困ったときはお互い様っていうしね。でも一般人の援助だからこれ以上は厳しいけどね……」
そう話すと皆の顔に緊張が走る。金持ちではない一般人の支援ではそう長くは持たない。かといって真冬の土砂の撤去作業はそう簡単ではないし時間がかかる。つまり問題の先延ばし程度でしかない。しかしシーエさんだけが何故か笑顔だった。どうかしたのかな?
「そのことですがどうにかなりそうですよ。今朝、通信で報告した際にカシー達が来るとの連絡がきましたから」
「「「「「え!」」」」」
3人が食事を辞めて、こちらを見る。というか聞こえた兵士さん達も見ている。確か魔法関係の研究者で変人。そんなことを昨日は言っていたけど。
「どうかしたの?」
「皆が驚くのも無理がありませんよ。研究者であり私たちの国の最大戦力でもあるんですから」
「最大戦力って…!? あ、そうか賢者だもんね」
「まあ、あの2人なら土砂災害の瓦礫も2、3撃で吹き飛ばせるかな」
「ということで数日中には解決するので安心してください」
「でも、最大戦力が出てきちゃて大丈夫なの?」
「それに関しては、別の場所にいる騎士をかき集めて王宮の護衛についてもらうようです。私達を失う方が不味いと判断した王が、道が塞がったその日に急いで勅令を出したそうで、昨日目途が立ったみたいですね」
「私たちも戦力としてはその次ぐらいだからね」
「へ~」
となると、僕が来なくてもどうにかなったという訳か……まあ、とにかく問題が解決したのなら何よりだ。
「いや~。いい王様でよかったぜ」
マーバがいい笑顔で答える。
「とりあえず、問題解決だな。よかったよかった」
「それとなんですが……薫さんのことも連絡したのですが…」
「僕は構わないけど?どうかしたの?」
シーエさんの様子がおかしい。何かやっちゃたみたいなそんな表情を浮かべている。
「……待ちなさい」
サキの声色が変わる。何かあったのか。
「もしかして、2人が薫のこと知ったの?」
「はい……。通話越しにカシーの歓喜の悲鳴が聞こえましたから。まさか近くにいたとは…」
それを聞いた瞬間サキが盛大にため息を吐く。
「今日中には開通ね。薫が犠牲になるけど」
「夢中になった時のあいつらを止められるやつはいないな」
「なにそれ……? 変人とは聞いていたけど、目的のためなら限界を超えて超人になっちゃうような人たちでもあるの?」
「そうだ。奴等は薫から話を聞こうとして最短の方法で来るだろうな。アハハ……」
カーターはそう言いながら乾いた笑いをしていた。問題解決は良かったが何か僕がこの後大変な目に合うのが分かった。
「僕どうしたらいいかな……?」
全員黙ってこちらを見て………祈るポーズをした。あ、はい。つまりゴメン無理ということね。というかサキ。さっきの僕を守る話はどこにいったの? ……いや待てよ。
「僕の世界に戻れば……」
「死にたくないわ」
「ああ」
「実験台はゴメンだぜ!」
おい! 仲間が死にたくないとか言い出したけど!? どんな人なんだよその人たちは? もはや研究の為なら何でもするマッドサイエンティストの部類じゃないの?
「安心してください。ちゃんと抑えますから。それに戻ったとしても、あの2人なら魔法陣を使ってあっちへ即座に向かうと思いますし」
「……お願いします」
シーエさんに頭を下げて頼み込んでおく。とにかくこの後のことを考えると、もう一泊こちらに泊まることに……。
「服を着替えたいな……」
さすがに昨日着ていた服を、明日まで着続けるのはちょっと……。臭いとか気になる。
「あーー確かにな。俺たちは着替えがあるからいいけど薫はそうもいかないもんな」
客室に案内された時にチラッと見たが、確かに洗濯機に近い物もあった。魔石の力で水を回して洗うという感じだろう。それだからモーター音がなく物凄く静かだった。
「女としてはその気持ちは分かるわ」
「だな」
「僕にツッコんで欲しいの?」
しつこいが僕は男だ。女では無い。
「ジョークよ。でも男にしとくのが勿体ないのよね~。料理上手だし愛想もいいし」
サキがそう言った後、マーバが僕をあっちこっち触ってくる。
「髪もミドルヘアーで髪質良さそうだし、肌も綺麗なんだよな~。声も多少ハスキーっぽいけど艶があっていい声だし……おい。本当に男でしかも30歳なんだよな?」
「何度も言うけど間違っていないからね。だから周りの騎士さんたちもこちらを見ないでよね!」
周りの騎士たちが食事を止めて僕たちを見ていた。周りから見ると精霊と人間の違いはあるが女の子同士がガールズトークしているようにしか見えていないのだろう。しかも1週間この女性もいなければ娯楽もない城壁内にいるわけで、まあ、同じ男として騎士さんたちには同情はする。騎士さんたちは僕に言われて慌てて目を逸らして食事に戻ったり席を後にしたりした。
「……こいつら薫の匂いで興奮するとか無いよな?」
「普通ならともかく、この状態ならありえるわ」
「……残念だが否定出来ないな。隊員の中にはそういう趣向のやつらもいるからな」
「見た目は女でも中身は男の匂いを嗅いで興奮するってどうなのかな。というより異世界でも匂いフェチがいるんだね」
「そちらの世界にもいるんだな」
まあ、世界は違えども同じ人間だからそういうところは変わらないのか。
「申し訳ないですが、一度戻って着替えてきた方が良さそうですね。こちらの都合ですが」
「ですね」
ということで一度自分の世界に戻ることになるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―朝食後「薫宅・玄関」―
「ただいま~」
誰もいない家に僕の声が響く。
「誰に言ったの?」
「単なる癖だから気にしないで」
「邪魔するぜ!」
ということでカーターたちに加えてマーバも来た。城壁の防衛は大丈夫なのか聞いたら短時間なら問題無いとのことだった。解決策が出たのもあるが、マーバの気分転換を兼ねたいというのがシーエさんの本音らしい。
「やべぇー! 見たことの無いものばかりだぜ」
「これが話してたテレビよ」
「文字も、発している言葉も分からないな……でも本当に動いてやがる。これ何の絵なんだ?」
「今やってるのはニュースだよ。国内で起きた事件とか天気とか、後は流行のファッションとかグルメを情報として全国に発信してるんだ」
「国内で起きた情報を一般市民がすぐ知れるのか……。こっちではないな」
「新聞とか無いの? 同じように起きたことをこんな風にして知らせる方法があるんだけど」
ポストに入っていた新聞紙を見せる。
「ないな。通信の魔道具とかあることはあるが、情報は国防とか関係したりするからな」
「最新情報ならスマホとかあるけど」
スマホを見せる。文字は分からないからなるべく写真の多いものを見せる。
「こっちの世界だとそれってそんなこともできるのね」
「これ1つでニュースが見れるし、同じような機械を持った人なら連絡を取ったりすることもできるからね」
「やっぱり欲しいぜ!!」
「昨日も言ったけど、専用の設備をあっちこっちに設置しないといけないし、バッテリーがなくなったら充電しないといけないからあっちの世界では少し難しいかな」
「バッテリー? 充電?」
「えーと。そちら風にいうなら、魔力が切れた魔道具にまた魔力を込めなおすって感じかな」
「魔力を込めなおすって何だ?」
「え?」
この後、詳しく魔石について聞いてみると、魔道具は魔石に触れればあらかじめこめられた魔法が発動するようになっている。では起動させるためのエネルギーつまり魔力はどうなっているかというと魔石が周囲から集めるらしい。魔力はそこらじゅうにあるらしく精霊2人組曰く、僕たちの世界にも存在しているとのことだった。また僕たちが使うぐらいでは魔力の枯渇というのはあり得ないらしい。
「何その無限エネルギー」
科学者たちが泣くぞ。悲鳴を上げるぞ。
「まあ、数百年ぐらいすると魔石が劣化するから永遠ではないけどね」
数百年って……いや十分です。お腹一杯だよ。
「デメリットはあるんじゃないの?」
「ないわ。研究者たちが周囲の影響を数百年かけて色々調べたことがあったらしいけどこれといった物が無かったらしいから」
充電いらず、超長寿命、しかもクリーンな超ご都合主義なエネルギー……これ現代科学に利用出来たら大変なことになるんじゃないかな。車やスマホなどの日常品はともかく潜水艦とか戦闘機とか兵器に利用したら……いまさらながら本当に大変なことをしている気がする。
その後、スマホはいじられると困るのでテレビを見て待ってもらうことにした。お茶とミカンを炬燵の上に用意して。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それからしばらくして「薫宅・お風呂場」―
「~♪♪」
鼻歌を歌いながら体を洗っていく。湯船にゆっくり浸かりたいところだが皆が待っているので今回はパスだ。泡をシャワーで落とし体を洗い終えて風呂場から出る。横の洗面台の前に立ちバスタオルで体の水気を取っていく。
「……やっぱり女っぽい身体してるな。お前」
いきなり声を掛けられて声のした方に振り向くとマーバがいた。
「身体に無駄な毛がねーし。胸はねぇけどあそこを除けば身体は女性と言っても違和感は……。」
「うわーーー!! 何でここにいるの!? というか僕の体をまじまじと観察しないでよ!!」
思わず声を上げてバスタオルで体を隠した。精霊とは言っても女性に裸を見られるのは恥ずかしい!!
「いや。こっちの世界って物珍しいから、あっちこっち見てたら風呂場に来てただけだぜ」
「入ってるんだから風呂場に来ないでよ!!」
「そんな裸を見られたくらいで……」
ガシッ!といつの間にかいたサキがマーバの肩を力強く掴む。
「マーバ。おとなしく部屋で待とうか」
「え」
「待とうか?」
サキが睨みを効かせながら言う。マーバの表情が強張っている。
「……はい」
「ごめんね薫。すぐに出ていくから」
サキがその場でお辞儀して謝ってから、そのままマーバを連れてお風呂場から出ていった。少し呆けた後、我に返った僕は着替えを済ませていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―お風呂場から出てすぐ「薫宅・居間」―
居間に戻ると炬燵の上でマーバが正座していた。その前にはサキが正座したマーバを見下ろしながら説教をしていた。
「災難だったな薫」
炬燵でミカンを食べながらまったりしていたカーターが言う。
「全くだよ。びっくりしたんだよ」
「マーバはこんな感じでな。もう少しデリカシーを持ってもらいたいんだがな」
「全くよ! 薫もごめんね……マーバ?」
「大変。申し訳ありませんでした」
マーバが真面目な表情で、謝罪の言葉を述べながら深々と頭を下げた。
「今度は気を付けてね」
「はい……」
サキにこってり絞られたのだろう。良く見ると少し体が震えているし許すことにしよう。
「それじゃあ準備できたから行く?」
「少しゆっくりしてから行きましょう。薫も落ち着かないでしょう?」
「そうだけど。防衛のこともあるしさ」
「まあそうだが。すぐには攻めてこないはずさ」
「昨日話してた他の国々との取り決めだっけ?」
「そう」
昨日、お互いの文化を話してた時に聞いたのだが異世界では戦争中らしい。戦争になった理由は領土問題や資源とこちらの世界と変わらない戦争の理由だが、もっとも違うのは膠着状態で数百年ほど経っているらしい。どうしてそんな長い間戦争が続いているのか聞いてみたら大規模な戦闘が無いからじゃないかということだったのだが、僕としては異世界の世界観がかなり特殊に思える。
ここでもう少し異世界の説明をすると人間、エルフ、ドワーフ、獣人、オアンネスと言われる魚人、精霊に魔物が管理する国があるらしく196ヶ国ある僕たちの世界とは違って7つの国とは少ないように思える。
その中で精霊と魔物が管理する国は特殊で、前者は各国が魔法の恩恵を受けるために、どこも戦争を仕掛けてこない戦争とは無縁の国であり、後者は海を挟んだ別大陸にあるため戦争する事が無いという国である。
ゲームだったら魔王が世界統一のために侵略を目的なのがよくあるパターンだが異世界事情は違うらしく、その昔は精霊を除く6種族で領土や資源で争っていたらしいが、徐々にお互い争いが少なくなっていきいつのまにか終結。魔物達の方から接触とかも無いためあちらの事情は分からないということだ。
その後、5種族が争い続けたが、徐々に膠着状態になっていき……結局、今の状況となったそうだ。それによって、昔は厳しかった人々の行き来は自由なり、商人や旅人などが国々を行き来している。さらに国同士では対立しているが、市民同士の交流はあるとのことだった。
……少し話がズレたので戻す。つまり精霊以外の国は争ってはいる。しかし各国が集まって話し合う世界会議みたいなのはあり、その際に世界共通のルールを取り決めているとのことだった。そして戦争も例外ではない。
「ルール上、小競り合いはあっても大規模な侵攻とかすると違法だから他の国が黙っていない。だから相手も俺たちが降伏するまでこの1週間陣を張ったまま何もしないんだ。下手に攻撃なんかするとルール違反ということで他の国が制裁に入るからもしれないからな」
「でも、城壁を攻略しようとしているんでしょ?」
「そうよ。だから大規模じゃなければいいのよ。相手が弱って降伏か攻撃にしても小競り合い程度の戦いで攻略できればいいのよ」
「何を基準で大規模とか小競り合いとか曖昧なんじゃ……」
「それだからいいんだぜ。基準が無く曖昧の方が他の国も、これは小競り合いです。大規模ではありません。って主張できるからな」
「グレーな部分があった方が何かと良いってことか」
「そういうことだ。昨日までなら上手くいった可能性があっただろうが、食料を得た以上降伏は無いし、もし戦闘になったとしても小競り合いでは済まなくなるし、こちらは自国の侵略から守るためという大義名分があるから他国から睨まれる心配は無い。後は道が開通したら相手も大人しく退くだろう」
つまり、後は何もしなければこのまま終わりになるということか……。だから多少ゆっくりしても問題ないという事か。でも不安というか危機感というか胸騒ぎというか。
「ねぇ。陣を引いている国はどこなの?」
「え? ソーナ王国っていうエルフの女王が治める国だけど」
「陣を引いている隊長は? 誰とかは分からないの?」
「確認できていないぜ。というかどうしたんだぜいきなり?」
今まで聞いた話をまとめていく。この胸騒ぎの原因が何なのかを……。今回、胸騒ぎの原因は恐らくその陣を引いている軍のはず。考えろ。何か引っかかることがあるはずだ。
「薫?どうしたんだ」
「……」
「どうしたんだぜ」
「……」
「おーい! か・お・る!どうしたの?」
サキの呼びかけでシンキングタイムを止める。
「……もう一つ確認したいんだけど相手の軍どこから来たの?」
「多分あの道の先の町よ。そこそこ大規模な町があって国境付近だから軍も常駐してるわ」
「とは言っても馬で1日かかるけどな」
「それがどうしたんだよ? いきなりこんなことを聞くなんてよ?」
「何日で陣を張ったの?」
「それは土砂崩れから次の日だが……」
……分かった。自分が感じた今回の予感はこれだったんだ。
「馬を使って1日かかる道のり。それなのに陣を組むための道具、食料を持って次の日に来れるものかな?」
「「!?」」
皆が驚いた表情を見せる3人。僕は構わずに話を続ける。
「おかしい所は3つ。まず仮にすぐに土砂災害が起きてその状況を伝えたとしたら確かに最短の1日になる。しかしこれは珍しいはずの通信用の魔道具があって初めて可能な方法。だから城壁から町まで馬で伝えて、それから大急ぎで来るとしても2日っていうのが納得のいく日数だと思うんだ」
「それは……そうだな」
「そして、2つ目は荷物だよ。アイテムボックスに野営に必要な道具は入れておくことが出来ても腐ってしまう食料品はずっと入れておくことはできない。つまりここでも少し時間が必要になる。そして……最後の3つ目のあまりにも好都合な条件」
「好都合な条件?」
「そう国の防衛の要である隊長格2人が丁度城壁にいた状態で、これまた都合よく土砂災害が起きる。国の最大戦力であるカシーさんたちはすぐに動かす判断はできないし来ると決めたとしてもそこからさらに数日はかかるはずだった。その時には騎士たちの疲労はピークを迎える。実に好都合な条件が揃っていると思わない? 今回危機を脱した方法なんてそっちの世界の人からすれば無謀ともいえる方法だったんだよね?」
皆が黙る。異世界に食料を求める方法なんて無謀な策が今回成功したため相手の目論見は崩れたし、僕がいるから賢者が今日中に来る話になった。相手はかなり念入りに計画をたてたのだろう。そして、そこから考えられる今回の土砂崩れの原因は……。
「土砂崩れは相手が仕組んだことっていうことか!!」
「まじかよ…」
「となると騎士団の中にスパイがいることになるな。今回の演習がいつ行われるか、シーエ達と俺達が来るのかなんて王と騎士団の内部しか知らないことだったしな」
カーターが冷静に言う。僕としてはそこまでは考えていなかった。相手は通信魔道具をアイテムボックスに入れて持ち運びながら遠くから城壁を監視してたかと思っていた。
「言い出しっぺの僕が言うのも何だけど、偶然軍が侵攻していた可能性もあるんだけど……」
「確かにカーターのスパイは言い過ぎかもしれないわ。でも薫の言う通りで、土砂崩れが仕組まれた可能性は大だわ」
「言い過ぎでは無い。通信魔道具はかなり大きいから背負わないといけないし。薫の持つスマホだったか? あれのように簡単には運べない」
簡単には運べない?首を思わず傾けてしまう。
「アイテムボックスは?」
「それなら魔道具はダメだぜ。お互いが干渉しあって入れることが出来ないんだぜ」
「あれを背負って雪の積もった冬の山を移動するにはかなり大変だ。だから移動よりは……城壁内の通信装置を使う方がいい」
「……通信装置のある部屋はシーエの執務室だぜ。今の時間帯は指示とかでいないしな。確認しねえとやべえかも」
「行くぞ!!」
皆が急いで出る準備をする。もしスパイが内部にいるならマーバのいないこの状況はかなりやばい。
「ちょっと待ってて!」
書斎に戻り机の引き出しからある物を取り出して、それらをポケットに入れて皆の所に戻るのであった。
―薫は武器「???」、武器「???」を手に入れた!―
効果:日本でも手に入る武器。職質されたら警察から不審には思われます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数分後「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁 執務室」―
バン!!
執務室の扉をマーバが蹴りで乱暴に開ける。いくら何でもそんな開け方をしなくても……。とうかあのなりで扉を蹴りで開けられるって。それよりスパイがそんな丁度良くいるわけ……。
「おい。お前何をしている!」
「なっ!」
「薫の悪い予感が当たったわね」
……いるんかい!! タイミング良すぎてびっくりだよ!!
「ザック。説明して貰おうか? この部屋の魔道具を使って何をしていたんだ」
そこには僕が初めて異世界に着いた時に初めて会ったザックさんがいた。これまた都合よく通信魔道具に手を掛けた状態で。
「それは……」
ザックさんが黙る。すると腰に下げていた短剣を引き抜き切りつけてくる。精霊は飛べるから簡単に避けるし、カーターは騎士しかも警戒していたのだこれまた簡単に避ける。対して僕は……。
「やべえ! 薫!」
ザックさんは僕に向かってくる。捕らえて人質にして逃げる気なんだろうな。……女っぽいから大したことが無いと思っているんだろうけど、コレは予想外だろうな。あらかじめロックを外していつでも使えるようにしたコレをザックに向ける。
シューーーーーーー!!
「う! ぎゃあーーーーーーー!!!!!!!!」
ネットで買った強力な催涙スプレーを顔に向けて吹きかける。目だけじゃなく鼻や皮膚にもダメージを与える。水で洗ったとしても数十分は何もできないだろう。
「薫……。こいつに何したの?」
「コレを吹きかけただけだよ」
「小さいけど何だそれ?」
「コレを押すとさっきみたいに液体が飛び出すんだ。で、その液体がかかるとこんな風になる」
ザックさんに視線を向ける。顔を押さえ地面をのたうち回っている。防犯グッズの中で催涙スプレーは初めて使ったけどここまでとは。
「安心してね。死ぬことはないから」
ザックさんに向けて言ったが、痛みで聞こえてないだろうな。
「武器は手に入りにくい国じゃなかったのか……?」
「これは護身用として認められてるんだ。威力はあれだけど殺傷能力はないからね」
「……十分よ。これを軍に採用したら戦力は拡大するわね」
「こいつよかったな。異世界の武器で初めてやられた人間として歴史に残るぜ」
歴史に名が残っても不名誉だよねそれ。まあ、皮肉って言ってるんだろうけど。
「何事ですか!?」
ザックさんの悲鳴を聞いてシーエさんと数名の騎士が来た。
「シーエ……。悪い話がある」
僕があっちで話した仮説をシーエさんに話す。この状況が相手によって作られたもの。そして自分たちの状況がまだ危険だという事を。