72話 シンキングタイム
前回のあらすじ「容疑者K」
5/2変更:3、5,6日と投稿します(月曜だけお休みします)
―「聖カシミートゥ教会・食堂」―
「ここだけ世界観が完全に違うね」
「だな」
食堂の隣接した厨房の作業台にはざるに載ったうどんに、お椀にはおつゆ、そして紙をひいたお皿に天ぷら、小鉢に入った漬物。
「和。だよね」
「そうね」
「しかし……ここの厨房。使い心地どうかなって思っていたが何の苦も無く使えたな……コンロの温度調整も魔石に手をかざせば思い通りだしな……今度、店のコンロこれにするか……」
「魔法の料理店。いいんじゃないかしら♪」
「そうしたら今度、一度見ておくか……」
「その時は手伝うからね」
「ああ。頼む……って、おい泉?どうした?」
「あら?」
マスターの声に反応して僕も確認すると泉は椅子に座って作業台にぐったりしていた。
「大丈夫?」
「うーん?大丈夫……。あの部屋お香がきつくてさ……気分が悪くなっただけよ」
「あー。分かる。甘い香りだよね……皆、あんな中で良く平気にしているよね」
「とりあえず料理を運ぶんでしょ?手伝うよ」
「具合悪いならいいぞ?」
「かといってこの量を持っていくのに必要でしょ?」
「ああ。それなら手伝ってくれたここのコックと修道士の人も手伝ってくれるから大丈夫だ。だから安心しろ」
「そう……それならここで少し休んでいいかな?」
「泉ちゃんが心配だし……私はここの片づけをしながら看病してるわ。武人さんはあっちで料理の説明があるから一緒に行ってちょうだい」
「ああ。分かった。後は頼むぞ」
「ええ」
「……それじゃあ薫。手伝い頼むぞ」
「うん」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「聖カシミートゥ教会・会談の間」―
「修道士の格好しているエルフにドワーフに獣人…本当にファンタジーな世界だなここは」
「そうだね」
料理を運びつつマスターと会話をする。そして階段を上っていくと、またあの甘い匂いが立ち込めてくる。
「この匂いだと料理の味に影響しないかな?」
最初はそんなにだったが、時間が経つにつれてどんどん強くなっている気がする。
「…うーむ」
「どうしたのマスター?」
「いや。甘い香りなんてしなくてな」
「かなり強めなのに?」
「ああ……俺、花粉症だしな……帰ったら耳鼻科にいってくるかな?」
「泉がああなってたし……お勧めするよ」
これだけの匂いなのだから、少し位すると思うんだけどな?そんな事を考えながら会談の間に入ると、先に行った修道士の方々が料理を配膳していく。
「これは…」
「見たことの無い料理ですね」
各代表の方々が驚いている……。うん?
「あれ?大司教の所に配膳しなくていいのかな?」
そう。大司教の所には料理が置かれてなかったのだ。
「ああ。それなら大司教様達の分はいいと言われたんだ。何でも神職として会議が終わるまでは飲み食いをしないという決まりとかだそうだ」
「そうなんだ。宗教の決まりみたいな物なのかな?」
「多分な。まあ、念のため用意してあるからいつでも出せるけどな」
そんな話をしていると全員に配膳し終わる。それを見たマスターが代表の方々が見やすい位置に移動してお辞儀をする。
「今日はお招きありがとうございます。今回の料理の担当をさせていただいてますコックの城沼 武人といいます。皆様にお召し上がりになる前に軽く料理のご説明をさせていただきます……まずは」
マスターが料理の説明を始める。僕はさきほどから気になっていることを小声で近くにいた紗江さんに聞いてみる。
「(紗江さん?)」
「(どうかしましたか?)」
「(いや…この部屋、お香の匂いがきつくないですか?)」
「(へ?)」
「(え?匂いませんか?)」
「(私は特に?……社長)」
「(うん?なんだ?)」
「(この部屋……匂います?)」
」(いや?…まさかお前、おな……ぐふ!!)」
レディに対してサラッと失礼な事を言おうとした直哉に紗江さんが鳩尾に目掛けてグーパンが決まり、静かにノックダウンさせられる。ゼロ距離から放たれたとは思えないダメージ量だ……。
「(…すいません)」
「(…いえ。お気になさらず。とにかくこのバカも私もそんな匂いは感じないですね)」
「(…そうですか)」
どういうことだろう?僕と泉は気分が悪くなる程に匂うのに、他の人は感じないなんて……もしかして、これってヤバイ感じかな?……どうしよう。とりあえず、隙を見てカーターにでも……いや、この会議が終わって、ビシャータテア王国に戻ってからのほうがいいかな……。
「それでは、お召し上がりください」
マスターの料理の説明が終わって、皆が一同に料理を食べ始める。
「う、うま!!」
「美味しいですね~!」
ただただ、素直に料理の美味しさに舌をうつ者もいれば、
「この天ぷらっていうのはいい!酒のツマミに良さそうだ!」
「それなら、こっちの漬物もいいぞローグ王」
「どれ……。お~これは」
サルディア王とローグ王は酒を飲む視点で料理を楽しんでいる。
「これほど美味しい料理は生まれて始めてだわ」
「今回は薫たちの故郷のお料理だそうですお母さま。あっちには他にも色々なお料理がありますよ」
「このうどんっていう麺料理以外にも、蕎麦にパスタ、ラーメン……色々な料理を食べたッスね」
「これってあの小麦から出来てるんですよね……こんな食べ方があったなんて」
「シーニャ女王と同意見よ。この天ぷらのこのサクサクする部分にも使われているなんて、小麦の使い方に幅が広がるわね」
小麦の新たな一面に感激したりと色々な反応をしている。……ちなみに、それを見ている配下の人たちは涎を垂らしている……大司教の方々も。
「お料理をお出ししましょうか?」
マスターがそれを見て大司教の方々に尋ねる。
「あ。いや……しかし」
悩んでいる。他の人が料理を美味しそうに食べていると、どうしてもそれを食べたくなるのは世界共通のようだ。
「今回はいいのでは?異世界との記念すべき初会合ですし……」
「うーむ……しかし」
大司教たちで相談し合う。戒律とかあるだろうし……無理強いはしない方がいいだろう。そして、しばらく待ってると大司教たちの話し合いが終わった。
「そうしたら……」
「それではお持ちします。薫。手伝い頼む」
「分かった」
「あ、薫!うちもいくッス!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―十分後―
「お待たせしました」
大司教の方々の前に料理を置いていく。ちなみに、なかなか帰って来ない泉を心配して食堂まで一緒に来たフィーロは泉を見て昌姉と一緒に看病にまわっている。配膳し終わった僕たちは皆がいる場所に戻り……そして僕は再び今の状況を考える。
この僕と泉にしか感じられない甘い匂い……これは何だろう?もし仮にこれが仕掛けられた物となれば、怪しいのは当然この建物を所持しているララノア教のトップである大司教だけど……そういえば先ほどからの発言、ロロック大司教が僕たちが虚偽の報告をしているとかして露骨な批判をしてくる……怪しいといえば怪しい。かといって、これをやっている証拠も無いし。そもそも動機はなんだろう?コンジャク大司教は異世界との交流に肯定的で、あっちでの布教活動したいと思っている。となると、僕たちではなくビシャータテア王国?
「うまそうだな……」
声に反応して顔を上げる。思慮して漠然と周囲を眺めていた僕の目に入ったのは、大司教の方々がほば同時に料理を口にしていた瞬間だった。
「グファアアアアーーーーーー!!!!!!」
料理を口にするやいなや、ロロック大司教が叫び声を上げる。その後もコンジャク大司教以外の大司教たちも喉を手で押さえて苦しんでいる……。
「ど、どうされました!?」
周りの人もその行動に、大司教たち対して心配の声が掛けられる。
「まさか……毒?」
「え!?いや……俺はそんなもの料理にいれた覚えはねぇぞ!?」
マスターの言う通り、誰かがいれない限り今回の料理にそんな物は入っていないはず。それにもし先ほどの料理に毒が入っていたならコンジャク大司教はどうして無事なのか?たまたま入っていなかった?僕以外の人が驚き、慌てふためいている。
僕は冷静にただその光景を眺めつつ、情報を整理する。さっき大司教の方々が食べたタイミングは同じだったが、食べた物はばらばらだった。唯一、漬物は誰も手を付けていない…うどん…各種天ぷら……それらに共通する物……食器?それとも小麦?…………そうか。
「…皆さん!」
苦しんでいる大司教たち以外の人が僕に目を向ける。
「安心してください。この奇妙な謎が解けましたから」
「え?」
「な、なにを言ってるんだ!大司教が苦しんでいるのに!!」
「おい!お前!変な冗談を…」
「ヴァルッサ族長。彼らが苦しんでいる……それが何よりの証拠になります」
「し、証拠ですか~?」
「どういうことだ薫?」
「……マスター。今回の料理に使った食材は分かるよね?」
「あ、ああ。舞茸、エビ、獅子唐、カボチャに茄子、漬物だとキュウリ…うどんなら小麦に薬味のネギなんかだが…」
少々、動揺しつつもマスターがちゃんと使った食材を答えるが……足りない。
「もう1つ……うどんにも天ぷらにも使っている……僕がこっちの世界で買った食材があるよね?」
「え?……ああそうだったな。ってそれってまさか!」
「なんだ?何を買ったんだよ薫?」
マーバの発言に対して、僕は少しだけ間をおいてゆっくり答える。
「僕がマスターに頼まれて買ったのは水……魔獣や魔物にダメージを与えることのできる聖水だよ」




