69話 レイスの隠し事
前回のあらすじ「王女と女王の違いが紛らわしい」
―「イスペリアル国・聖カシミートゥ教会」―
黒髪の精霊の女性が騎士たちを連れて、飛びながら中に入ってくる。すでにサキやマーバ、ワブーが頭を下げていた。
「(カーター。あの着飾った精霊って…)」
「(ああ。ノースナガリア王国の女王。ソレイジュ女王だ)」
「これはソレイジュ様。お久しぶりでございます一年ぶりですね」
「ええそうね。シーニャ女王」
あれ?会議って半年に一回はやってるから半年ぶりじゃないの?
「前回の会議は欠席でしたが……」
「少し緊急事態があったので……まあ、こちらの件はまだ解決していませんが」
「会議を外すほどの問題とは何が……?差し支えなければお聞かせ願いたい」
「私の娘が行方不明になりしまして……それで、捜索をしてましたの」
娘が家出……ということはお姫様が行方不明ってことか。
「それはそれは……それではご息女とは半年もお会いしてないのですか?」
「一年。あの子、私が会議で国に不在の時を狙って家出をしたので……全く……魔法が使えないあんな体で」
「魔法が使えない?」
その言葉に、つい最近までその状態だった……よく見たら女王そっくりの彼女を見る。……鞄の中で頭を抱えながらフィーロと一緒にカタカタと震えていた。まだだ!きっと女王を前にして緊急しているだけだよね?そうだよね?
「魔法が使えない?それは病気ですか?」
「医者には見せたのですが……体にこれといった異常は無いと。ただ……」
「ただ?」
「火ってなんだろう?と意味不明な事を言うようになりまして…」
……ソレイジュ女王とシーニャ女王の会話が続いている中、皆が僕……いや、二人が隠れている鞄を見てくる。王様なんか額から凄い勢いで汗を流している。レイスに魔法使いの契約を勧めたサキとマーバなんて顔面蒼白。口から魂が抜けかけている。
「それで、こちらの方々が今回の議題に上がっている……」
僕は持っていた鞄を泉にすぐさま渡して挨拶をする。
「初めまして!私の名前は成島 薫!異世界の住人と初めて交流した者になります!」
僕は手を出して握手を求めると、ソレイジュ女王も僕の指を掴んで応じてくれた。
「あら。元気な方ね。今、シーニャ女王から聞いたわ。男性なんですってね。あなたが女性だったら男どもが黙っていなかったでしょうね」
「私としてはもっと男らしく生きたいのですけど、何故か上手くいかなくて、ははは……」
「それは大変そうね」
「いえ。女王様の方が大変じゃないですか。ご息女が行方不明とは」
「便りも無く。悪友と一緒とはいえ魔法が使えなくなってしまったあの体では……もうこの世にはいないと区切りをつけたところです。お気になさらないで下さい」
すいません……います。あなたの娘さん悪友と一緒にそこの鞄でカタカタと体を震わせながら、今、この話を聴いてます。
「全くあの子……レイスときたら……」
確定!レイス!事前に言って!こんな大切なことはさ!?というか君、お姫様だったの!?どうするのこれ!!??
「うむ?……はて?レイス?」
コンジャク大司教が手を顎に添えて首を傾げる。そういえば……。
「あら。コンジャク大司教なにか?」
「いや。つい先ほどその名前を聞いた気が……」
「どこでですか!?」
「えーと……薫さんが……」
「……薫さんが?」
「はい。そういえばレイスさんと……確かフィーロさんでしたか?先ほどまで一緒だったのですがお二人がいつのまにかいないような……」
ど、ど、どうしよう。皆……いや!?目を逸らさないでよ!?あ!サキとマーバがいない!
「……薫さん?」
「は、はい?」
僕はゆっくりと目線をソレイジュ女王に戻す。その目は鋭く、こちらをしっかりと見ていた。
「……レイス達は今どこにいますか?」
「えーと……」
「いえ。大丈夫ですよ」
ニッコリと笑みを浮かべてソレイジュ女王が答える。大丈夫ってどういうことかな?
「私に挨拶をする際に、そちらの女性に荷物をお渡してましたよね?あの動作が少し不自然だなと思ってましたが……あのサイズのバックならあの二人が入りますよね?」
泉が思わずビクッと体を強張らせ鞄の持つ手を強める。ば、バレてる……。
「という訳で……二人共ただちにそこから出てきなさい!!それと先ほどマントの後ろに隠れた精霊二人組もです!!」
「「は、はい!!」」
ソレイジュ様の命令に対して良い返事をしてサキとマーバは出てくる。しかしレイスたちは体を震わせつつバックの中から顔を少しだけ覗かせただけだった。
「……出てきなさい」
「は、はいお母さま……」
「はいッス……」
そう言って二人も鞄から飛んで出てくる。
「……レイス?まさか、あなた魔法がまた使えるようになったの!?」
「は、はい……フィーロとそこにいる薫のお陰で」
「……そう」
厳しい顔つきのままレイスたちに向かってソレイジュ女王が近づく。
「あなた達!!私達がどれだけ心配したか分かっているんですか!!連絡もよこさないなんて!!」
「ご、ごめなさい!!でも、あの場所にいるのが辛くて……それで……」
「……分かってます 」
ソレイジュ女王がレイスを両手できつく抱き締めた。その行動にレイスは驚いた顔をしている。
「お母さま……?」
「あなたがいなくなってどれだけ心配したか……」
「私、お母さまの邪魔じゃ……」
「あなたは私がお腹を痛めて生んだのよ。そんな訳無いじゃないの……でも、女王としての職務を優先して、あなたがその事でどれだけ悩んでいたかを苦しんでいたかを理解してあげられなかったのも事実。こんな母親を許してちょうだい……」
「嘘?だって……」
「……あなたがいなくなってから学校であなたがどんな扱いを受けたかも聞いたわ。まさか教師達も混ざっていじめていたなんて。気付いてあげられなくてほんっとうにごめんなさいね」
目から涙を浮かべて、レイスに謝っている。
「ご、ごめんなさい。私……」
レイスが全てを言いきる前に、ソレイジュ女王は今度はレイスの頭を撫で始める。
「いいの……本当に無事で良かったわ」
「……ごめんなさい…私…」
そのままレイスは泣きながらソレイジュ女王……母親に抱き着く。久しぶりの親子の再会。ソレイジュ女王も先ほどの厳しい表情では無く、どこか安堵した……娘を思う母親の表情だった。それを見て少し目が潤んでしまう。
「フィーロも無事で何よりだわ……あなたの両親もかなり心配してるわ。無事な顔を見せてあげなさい。それと、この子のために一緒に旅してくれてありがとう……」
「えーと……お叱りは……?」
「あら?たっぷりお説教して欲しかったのかしら?」
「いえ!滅相もありません!」
「そうしたらこの会議が終わったら一緒に帰りましょう」
「あ、いやー……その……」
「何か問題でも?」
「あ……その、お母さま……えーと……」
「……先ほどマントに隠れた二人?」
「「はい!!」」
「素早く隠れるぐらいだから何かやましい事があるのでしょ?説明していただけるかしら?この子達に何をしたのか……?そもそも何で異世界の住人である薫さん達と一緒に行動しているのか……?」
「「そ、それは……」」
二人が体を震わせつつ、おぼつか無い返事をする。
「はっきりしなさい!!」
「「す、すいませんでしたー!!」」
その後、サキとマーバが体をビクビクさせながら今までの出来事を説明したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―十数分後―
「なるほど……この二人が契約を……」
「す、すいません。まさかレイスがお姫様だったなんて……」
「いえ。薫さんにはレイスの病気を治すのに一役買ってもらえましたから」
「でも、そうなるとレイスが……」
「私達の寿命はエルフと同じく長寿ですわ。あなた方と一緒にいる時間ぐらいなら問題ありません。それに今回の出来事はこちらとしても静観している訳にはいきませんから。異世界を知るという事は立派な王族の務めになるでしょう」
「はあ……」
「ただ……時々は顔を見せて欲しいと思っているので、そこだけは」
「は、はい。大丈夫です、僕もそんな契約しているからって制限を設ける気は無いですから!」
「ありがとうございます……泉さんもよろしいかしら?」
「は、はい!」
「……で、そこの二人。面を上げなさい」
ソレイジュ女王の前でキレイなどけ座をしていたサキとマーバが顔を上げる。その顔は蒼白から完全な白になっている。
「知らなかったとはいえ今回このような事態になった責任として、しっかりこの二人の事をサポートするように……いいですね?」
「はい!この命にかけても!!」
「同じくです!!」
「よろしい。では、頼みましたよ」
「「はい!!」」
「そうしたらこの会議が終わったら二人共、一度国に帰る?」
「うーん……ちょっと迷ってます。ここからノースナガリアまでは直ぐとはいえ薫達をここへ留まらせる事になるので……」
「そうッスね……」
「どのくらいなの?」
「直ぐッスよ。その時計で言うと30分ぐらいッス」
「近っ!」
「私達、精霊だけでは転移の魔法は使えないので、会議に直ぐに来れるようにイスペリアル国の近くに建国したのです。それで移動の為にこのように多くの護衛の兵を連れているのです」
なるほど、シーニャ女王やサルディア王が連れている人数と比べて、だいぶ多かったのはそんな理由からだったのか。
「二人共。そうしたら今度でいいから都合のいい時に帰ってきなさい」
「いいのですか?」
「いきなりで薫さん達も困るでしょうから」
「僕からもなるべく早めに帰省できるように配慮します」
「私も!」
「ありがとうございます……おてんば娘ですがよろしくお願いしますね」
「「はい!」」
「サルディア王。大変申し訳ないのですが……」
「分かっている。こちらとしてもご息女に不便が無いようにしよう」
「よろしくお願いします。そうしたら会議場に入りましょうか。あまりここで話をするのも迷惑でしょうから」
「そうだな。薫達もそれでいいかな?」
「はい」
何とか無事に丸く収まって良かった……。そこの二人を除いて。
「マーバ、サキ行きますよ」
「大丈夫かこいつら?」
「無理じゃないかしら……」
シーエさんたちの視線の先には、あまりのピンチに立たされたマーバとサキが、階段の淵に寄り添いながら、そしてどこかの燃え尽きたファイターを彷彿させるような姿で座っていた。
「あれは……立てないわね」
「タオル投げる暇なんて無かったもんね……」
仕方ないので、レイスたちが入っていた鞄に、今度は二人を入れて移動を始めるのだった。




