6話 レルンティシアの悲劇
前回のあらすじ「賢者すげぇー。」
―「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁執務室」―
「ひとまず他にも話を聞きたいですし、この話はここまでにしましょうか。ここでこの話が解決するかというとそうでもないですから」
「あっちに帰ったら調べてみるよ。何かしら分かるかもしれない」
僕の家にこんな秘密があるとは思っていなかった。僕自身、両親からそんな話を聞いていないし……とにかく後で調べてみよう。
「こちらも魔法陣について調べさせてみる。何か分かれば教えるよ」
「分かった」
お互いの調査結果が出たらまた今度この話をしよう。しかし、予想外だったけど小説の取材としては本当にネタとして困らない結果になったな……。
「じゃあ、話を戻すけどどこからがいいかな?」
とりあえず他に何の話を聞くか聞いてみる。するとカーターから質問が来る。
「気になったんだが、帰ってきた奴等はどうなんだ? 精霊は確実に死んでいるところが気になるんだが」
「そうですね。変な場所や攻撃だけならもっと多くの者達が生きて帰ってきても不思議ではないですね。何ならその場で陣を描いて戻ればいい」
「恐らく失敗したんだと思う。そもそも次元を超えるなんてこちらの科学では不可能な技術って言われてる。もしそれをするなら、莫大なエネルギーが必要と言っている学者もいるぐらいだから。それだから戻れても失敗の影響が術者に返ってきたんだと思う」
「莫大なエネルギーって?」
「世界が出来た時起きたビックバンっていう爆発と同じくらい……。という人もいるよ」
「……とんでもないことを私たちはしていたのね」
「だな」
世界と世界を渡るなんて普通はポイポイと出来ないはずだ。それだから失敗したときの代償もそれなりのはずだろう。
「なるほど。魔法の失敗ですか」
「どうかな?」
「あり得るな。他の魔法陣でも例がある。失敗による魔力の暴走によって使用した者に何かしらの影響を及ぼした。そして精霊は特に酷く影響した。しかも帰る時も場所がランダムならこちらの変な場所に出されて人知れず死んだ奴等もいると考えるとある程度納得はいくな。」
「なるほどってな。となるとサキ。体、大丈夫なのかよ?」
「影響は無いわ。心配してくれてありがとうマーバ」
「何かあったら言えよ。ただでさえ頭ケガしてるんだからよ」
「ええ」
「って……包帯が緩んでいるぜ。ちょっとこっちに来い」
マーバが包帯を巻きなおす。さっきの話を聞いて心配しているのだろうな。
「とにかく、後はそれらの証拠を見つけだせればいいんだけど」
しかしこれに関しては、僕には無理だろう。科学の要素なんて全くのゼロなんだから。
「それについても私達の方で調べましょう。とりあえず薫さん達には魔法陣を作った賢者をお任せします」
「……達?」
カーターが見当のつかない顔をしてる。
「カーターたちを付けるってことだね」
「「え?」」
「はい。その通りです」
「「ちょ!ま…」」
「となると、調査方法を考えないと」
「「いや、聞けよ!」」
実に息ピッタリでツッコミを入れてくる。……からかい甲斐があるな。つい変な笑みが出てしまう。
「薫が怖いわ」
「何か体から黒い物が見えたぜ」
……変に思われてしまったようだ。
「そんな事より、俺達が行くって…」
「まあ、王に提言して案が採用されたらの話ですが。でも薫さんと仲が良くなった2人なら、薫さんも気楽にやれると思ったゆえの提案ですよ……実際には他の魔法使いでもいいですし」
「それは……分からなくはないが……」
「僕とはダメなの……?」
ツッコミの際に立ち上がっていたカーターを座ったまま見上げるように聞いてみる。
「うっ……」
カーターが言葉に詰まる。まあ、しょうがないよね。安全性が確認されていない異世界の行き来をしろって言ってるのだから。皆から見れば怖くないように見えてるみたいだけど、僕だって本当は怖いし。
「ダメとかじゃなく。その。えーと。そうではなくて…」
「どうしたの?」
見上げた状態で首を少し傾げる。兵士だから「怖い」とか口にするのは憚っているのかな?
「ごめんね。この国を守る兵士にこんなことを聞くなんて野暮だったよね」
「そうじゃなくて!」
カーターがかなり困っている。あれ他にも理由があるのかなと考える。
「……何故だろうな。この2人の会話を聞いていると男女のやり取りしか見えないんだぜ」
「女性の告白に対してカーターがやんわりとお断りしているように見えますね」
「薫のあの行動……狙ってやっているのでは無いところが恐ろしいわ」
あ! 確かにそんな風に見えるかも……って。
「だから! 僕は男だって! いい加減慣れてくれないかな!?」
「無理だ」
「無理ね」
「無理だぜ♪」
「無理ですね」
いや。慣れてよ。僕の知り合いだってこんなには……そういえば数ヶ月はかかっていたか。
「……なるべく早く慣れてよ」
「まあ最善は尽くすとして、それで薫に聞きたいことが1つあるのだけど」
「うん?何かな?」
「国が滅んだ病気のことよ。鉄の箱の中で言ってたでしょ?」
「ああ。黒死病のことだね」
肌が黒くなってこれだけの感染力がある病気なんて、僕たちの世界ではこれしか考えられないだろう。
「レルンティシアの悲劇について、何かご存知なんですか。」
「レルンティシア?」
「話して無かったか?滅んだ国の名前はレルンティシアっていう国なんだ。当時では他の国より遥かに高度な技術を誇っていたんだ。そんな国がなすすべもなく滅んでしまったから誰がつけたか分からないがいつからか「レルンティシアの悲劇」って呼ばれるようになったんだ」
「最初に死んだのが異世界から帰って来た男性ってことで始まりは分かっているのですが……。これで真相が分かるとなるとワクワクしますね」
「ああ、興味深いよな」
「精霊も関係の無い話では無いわ」
「精霊もたくさん死んでったらしいからな」
皆がこちらを見る。聞く準備が出来たみたいなので話を始めよう。
「レルンティシアで起きたことなんだけど、ペスト菌による感染症だよ。日本では黒死病と呼ばれてる」
「ペスト菌とは?」
「カーターたちには話したけど、世界には人の目では見えないほど小さな生物がいるんだ。人の体調を良くするのもあれば、その逆に悪くするのもいるんだ」
「ペスト菌は体を悪くする菌ってことね」
僕は頷く。こちらに来る前にネットで多少調べておいた知識を披露する。
「元々はネズミがかかる病気なんだけど、ノミが媒介になって人に感染するんだ。ノミが感染したネズミや人の血を吸った後で別の人の血を吸うことで感染していく。そして感染した人は最初倦怠感を起こして寒気、高熱を引き起こすんだ」
「風邪とほぼ同じ症状か」
「その後、ノミによって感染した人の体内でペスト菌が増殖しながら毒素を出す。その毒が身体中に巡って最終的には1週間程度で死ぬんだ。さらに感染した人の咳を吸ったことで肺にペスト菌が入ると、気管支炎や肺炎を引き起こして呼吸困難で2~3日程度で死ぬ。肌が黒くなるのはペスト菌が血液に乗って全身を巡る際に皮膚のあっちこっちに出血斑が生じて、それが最終的には黒いアザになっていくんだ。これが黒死病と言われる所以だよ。僕たちの世界で流行した時には、その当時の人口の約3~4割が死んだといわれてるよ」
「ところどころ専門的な用語があって分からないところもあるがだいたいは分かった。つまり看病した人も更に次の感染を引き起こしていくのか」
「その当時は衛生環境が今より悪くてそれがさらに感染リスクを高めたらしいよ。後は少しでも怪しい人がいたらその人や家族が原因だと決めつけて殺害した例も多く残ってる」
「……こえーな」
「……1、2人ならともかく数百人単位で死が続いていけば精神がおかしくなってもしょうがないかもしれないですね」
「そういえばレルンティシアは研究に力を入れていた高度な文明……でもその反面、街の衛生状況が悪かったって何かの本に載っていたな。レルンティシアの悲劇の中には不衛生とそんな殺人も原因にあったかもしれないってことか……」
「殺害のために集まって、そこで感染した人が入ればまた感染して死が続くなんて……恐ろしいわね」
「薫さん。確認したいんですが私達の世界でまた起こる可能性はありますか?」
「それから数百年間も病気の報告が無かったって事だから起こる可能性は少ないと思うよ。ただ僕たちの世界では今でも起こってるから互いの交流が大きくなっていけば当然起こる可能性は高くなるけど」
「そうですか……」
「ただ、その当時とは違って今は治療方法があるから適切な対処すればそこまで恐ろしい病気では無いよ。それに僕たちの国での感染が確認されたのは約100年前だから、僕から感染とかは限りなくゼロに近いと思う」
その事を話すと皆が安堵する。治療方法があるというのは何よりも安心する言葉だろう。
「何だよ薫。驚かすんじゃねーよ。最初から治療方法があるって言えよ~」
「でも、なりたくはないな」
「そうね。死ぬかもしれないしね」
「そうだね。治療方法があるとはいっても、精霊への治療は一度も無いからかかることが無いのが一番だよ」
「そうですか……。薫さんありがとうございます。今回のこれらの情報だけでも王への土産になりますよ」
「歴史研究や新たな技術の発明などやることが一杯になるな」
「病気の研究は特にだぜ」
「間違いなく今日、歴史が動いたわ」
皆がそれぞれ思い思いの意見を述べていく。僕が今日話したことは間違いなく大事なのだろう。病気の事なんて本来ならこちらの人々が少しずつ研究して発見して対抗策を出すのが普通なのに、その一連の流れをすっとばしていきなり答えが出てくる。確実に医学の発展に繋がったと思う。でも……。
「その前にこの状況から生きて帰らないといけないんじゃ……」
「「「「あ……」」」」
異世界の皆さん。自分たちがピンチなのを忘れないで下さい。