65話 薫。崇められるパート2。
前回のあらすじ「普通だけど普通じゃない日常」
―「車内」―
ひだまりを出て、僕は大輔が入院する病院へと車を走らせる。大輔は僕と直哉の友達であり、地元のサッカークラブで選手をしている。去年は惜しくも1部リーグ昇格を逃してしまい、今年こそはと意気込んでいたのだが……。
「あいつが入院とはな……酷いケガをするような奴じゃ無いんだがな……」
「流石に交通事故じゃあしょうがないと思うけど」
「まあ、容態は深刻じゃないんだろう? 丈夫な奴だしな」
「……」
「おい、黙るなよ。なんだそんな深刻なのか?」
「足の骨折に下半身不随……しかも僕たちに知られたくなかったのか、2週間前から入院だって」
「今ってリーグ真っただ中じゃないか」
「うん……それとサッカー選手への復帰は難しいかもって」
「本人じゃないのか?」
「奥さんだよ。『僕たちが来ればあの人も気分転換になるかも』って」
「そうか……」
その後、直哉は何も言葉を発する事はなく、目的地である病院に着くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「県立病院」―
「わざわざ来て下さってありがとうございます……」
「いえ。こちらこそ知らせてもらいありがとうございます」
病院を訪れると、玄関付近で大輔の奥さんが待っていた。
「それで容態はどうなんだ? というか話は本当なのか?」
「……はい。それと選手として復帰するのは無理という話も」
「そんな……」
「とりあえずあいつに合わせろ。あいつからも話を聞きたいしな」
「分かりました。こちらへどうぞ」
僕たちは奥さんの案内で大輔がいる病室の扉前に着く。奥さんがノックしようとしたが、それを直哉は静止し、一呼吸してから中にいる直哉に声を掛ける。
「入るぞ!」
そう言って、直哉は中にいる大輔に返事をさせる暇を与えることもなく扉を開けて入っていく。
「お前等!? どうしてここに!?」
「ケガをしたって聞いて」
「ごめんなさい。私が知らせたの」
「チッ……余計な事を」
「その態度は心外なのだが? ここに来るまでに聞いたぞ。何でもかんでも当たり散らしているとな」
「ほっといてくれ……」
「……奥さん。ちょっと3人だけにしてもらっていいですか?」
「ええ。分かりました」
「帰れ……」
「まあまあ、しばらくこの3人で会えてなかったんだ。少し位いいじゃないか!」
「お前な!」
「大輔。無駄だよ。直哉はこんなやつだから」
「はあ~……」
その会話の流れを見て、奥さんは僕たちに軽く会釈をして病室を後にする。
「いい奥さんじゃないか。脳筋のお前にはもったいない」
「てめぇ? 喧嘩売ってるのか!?」
「確かに……美人だし所作の一つ一つに丁寧さもある。それなのにどうして……」
「お前もか薫!? おめぇら! 慰めに来たんじゃねえのか?」
「いや。お前が入院してると聞いてお見舞い(笑)にきただけだぞ?」
「お見舞いの後ろに、変な言葉ついてないか!?」
「まあまあ落ち着きなよ。そんなんじゃいつまで経っても治らないよ。あ、下半身不随だから完治は無理か……」
「おい!! どっちなんだ薫? おめぇらは見舞いに来たのか? 笑いにきたのか?」
「え? だから僕はお見舞いだけど?」
「私は笑いにきた!」
「よし、直哉。ツラ貸せ。その根性直してやる」
「ははは! ここまでおいで!!」
「裏声使うな!! 気持ち悪いしタチが悪い!! せめて薫がそれをやれ!!」
「え? やだよ……僕、そんな趣味無いし」
「大輔……お前、奥さんがいながら男に走るなんて……」
「てめぇら!!」
「まあまあ落ち着いて。あ、これお見舞いの品。ケガや傷に良く効くお茶を持ってきた」
「はあはあ……落ち着けない理由はお前にもあるんだがな? とにかくサンキュー……って、なんだ変わった容器に入ってるなこれ」
大輔はそのまま僕が持ってきたお茶を飲み始めた。先ほどからのツッコミの連発で喉が渇いたんだろうな……。僕も原因らしいけど。
「お茶というにはジュースみたいだなこれ? だけど……甘いが、しつこくないし飲みやすい」
「一応、葉っぱから抽出しているからお茶なんだよ」
「なんの葉っぱだ?」
「珍しい植物の葉っぱだって。中々お目にかかる機会が無いって言われているらしいよ」
「なんでお前がそんな物を持ってるんだよ?」
「小説の取材で行ってきたんだ。いいネタの宝庫だったよ。ほら」
僕はスマホを取り出し、この前とある場所を撮影した写真を見せる。
「なんか不思議な景色だな? ここ地下だろ? それなのに植物がこんなに生えているなんて……しかも周囲はキラキラしてるしな」
「僕もこれを見て驚いたよ。思わず写真を撮っちゃたもの」
「私にも見せろ。ほうほう、これは……はっぐ!?」
「よーし。捕まえたぞてめぇ……」
直哉が僕のスマホの写真を見るために近づいたところを大輔が捕まえた。大輔は笑顔を見せるが、目は笑っていない。
「あ、頭はダメ」
「そうかそうか……じゃあ死ね!!」
「薫!!」
「……自業自得だよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―5分後―
病室の床に直哉の亡骸が転がっている。
「悪は葬り去った。死んではいないけど」
「ああ……スッキリしたぜ」
「それはよかった。殴られ役の直哉を連れてきて良かったよ」
「……お前ひどいな?」
「ふふ。冗談だよ。それで何があったの?」
「ああ……何、猛スピードの車にひき逃げされてな。それで右足の骨折に腰の骨を折る重症だとよ」
「そんなの……犯人は捕まったの?」
「まだだ。なんせ人通りの少ない夜道だったからな」
「そう」
「ふ、笑えるだろう。必死に頑張ったのにあっという間に失っちまうんだからよ」
「……今年こそは昇格するって言ってたもんね」
「ああ……これじゃあ、死んだ監督に顔向けできないな……」
「去年は、それで昇格逃したもんね……」
「ああ。プレーオフの直前に逝っちまうなんてな……今回は監督の為にもと思ったのによ。天才じゃあない俺がサッカー選手としてここまでやれてこれたのはあの人のお陰だ。あの人がいなければここまでこれなかった」
そう言って、大輔がシーツを強く握る。大輔の所属するサッカーチームは2部では上位の実力。そしてチームでの彼の立場はフォワードで他のメンバーの誰よりも点数を稼いでいる。その彼がいなくなればチームが上位に行くのは難しいかもしれない。
「それに……あいつにもな」
「奥さん?」
「……ああ。俺がプロになるのを決めて、今のチームに所属して今まで俺をずっと支えてくれた。あいつのためにでもあったのによ……あいつの……あいつが支えてくれたからここまでこれたのによ……」
「大輔……」
大輔から大粒の涙が溢れる。これまで自分を支えてくれた人たちの思い、積み重ねてきた努力が一瞬にして無駄になってしまったのだ。冷静にはいられないだろう。僕はしばらくの間……大輔が泣き止むまで黙って椅子に座ったまま待つのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数分後―
「……すまない。みっともない所を見せたな」
「全くだな」
振り向くと、直哉は腕を組みつつ話を聞いていた。
「どこから聞いていたの?」
「最初からだ。脳筋のお前は振り向かずただひたすらに真っすぐ突き進む。阻む壁があるならそんなのは努力で突き破る。それがお前だろう」
「そうだが……今回ばかりはどうすることも……な」
「分からないぞ。この世には解明されない謎なんていくらでもある。もしかしたら明日お前のケガが完治してすぐに復帰できるかもしれないぞ?」
「お前は……そんな都合のいい事があるわけが」
「つい最近そんな体験をしてな。もしかしたらお前にも訪れるかもしれないぞ? そんな奇跡がな。なんせすぐ近くに男なのに絶世の女神がいるんだから……ぐばらっ!」
直哉の横っ面を思いっきりぶん殴る。女じゃないからね?
「ぐっ……今のは効いたぞ薫」
「今のはお前が悪い。こいつをそう呼んだら拳が飛んでくるのは分かってただろう」
「お茶目なジョークだ」
「もう一発おかわりいる?」
僕は指をパキパキと鳴らして、殴る準備を整える。
「分かった分かった。すまない……とにかく、奇跡という物を信じてみてもいいんじゃないか?」
「……そうだな。神頼みも悪くねえ」
そう言って、大輔が僕に向かって祈り始める。
「いや。何も起きないよ?」
「なーに。こうも馬鹿をやってないと落ち着かなくてな……」
「うーん……それなら僕も付き合うか。それじゃあ見返りになんだけど、これで治ったら最速で昇格するように」
「ははは……いいぜ。こんなんで治ったら何が何でも優勝してリーグ昇格してやるよ。なんならその瞬間に立ち会わせてやる」
「それはいいね。約束だよ?」
「ああ……まあ、無理だがな」
「っと、そうしたらそろそろ帰るか。こいつの元気も多少は戻ったようだしな」
「そうだね。ケガを治すのに専念しないといけないもんね」
「……ありがとうな」
「なに。親友が落ち込んでいるんだ。この位当然だろう?」
「約束忘れないでね?」
「そんな冗談……まあ、分かった。治ったらな」
「……それじゃあね」
「またな」
……別れの挨拶をして病室を出ていくと、外では大輔さんの奥さんが待っていた。奥さんは僕たちに感謝を述べた後すぐに大輔の病室に入っていった。
「いい奥さんだね」
「そうだな」
僕たちは病院の玄関に向かって歩き始める。
「しかし……酷い約束だな」
「うん?」
「お前……大輔にハイポーションを飲ませただろう。あいつは明日にでも復帰して今季中に昇格をしないといけないんだからな」
「大丈夫でしょ? なんせまだ4月なんだからね」
「あいつ絶対に驚くぞ?」
「まあ、そのうちネタ晴らしするよ。中学からの腐れ縁だしね」
「ふ……そうだな。仲間外れは良くないからな」
「異世界を知ったら大輔どんな反応するかな?」
「いいリアクションはすると思うぞ」
そんな事を話しながら僕たちは病院を後にするのだった。
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―薫達の見舞いから翌日「病院」大輔視点―
「これは……」
医者が戸惑っている……それもそうだ。俺はあの後、妻である美咲にこれまでの悪態を謝罪しその後、お見舞いに来たチームメイトにも謝った。そして、今日からケガを治すのに専念しようと思っていたのだが……。
「治ってます……骨折も……そんな、ありえない……」
「は、はあ……」
そう治ったのだ。事故のせいで所々痛かった場所も含めた全ての傷が治った。医者も驚いているが一番驚いているのは俺だ。朝、目覚めてトイレに行きたいと思って寝ぼけ眼で立ち上がった時には『へっ?』と一瞬戸惑った声が漏れ、次には、周りの迷惑を考えずに大声を上げてしまったぐらいだ。
「と、とりあえず他にも検査してみましょう……そ、その問題無ければ退院という事で……」
「分かりました……」
「よかったね大輔」
「そうだな美咲……運が良かったんだな……俺」
「それでなんですが……心当たりがありませんか? なにか治る原因とかは?」
「いや……ないですね」
「そうですか……」
そう言って、診察を終えて病室に戻るため病院の廊下を自分の足で歩く……ケガする前より調子がいい気がするのは気のせいではないだろう。
「でも、どうしてなのかな? お医者さんも匙を投げたのに?」
「昨日、見舞いに来たアイツらだな……」
「あいつら……薫さん達のこと?」
「ああ。医者には言わなかったが、薫がケガに良く効くお茶だなんて品を持ってきたからな……」
「それを飲んだら治った?」
「信じられないが、直哉の奴も変な事を言ってたからな……奇跡とかなんとか。後で絶対に問い詰めてやる」
「今すぐじゃなくていいの?」
「約束したんだよアイツらに……『さっさとリーグ昇格してやる。なんならその場に立ち会わせてやる』ってな」
「ふふ……それは大変な約束をしちゃったね」
「ああ。あの自称男って言っている女神さまの為にも頑張るとするか……」
必ず優勝してやる……知り合いである勝利の女神様の為に、そして恩師である死んだ監督の為にも。




