62話 泉の普通じゃない日常
前回のあらすじ「事件は唐突に」
1話~60話の一部の誤字や脱字、ダブりを修正。
48話にてお面と巫女服の説明文追加をしました。
これによる内容の変更はありません。
―「車内」泉視点―
スーパーを出た私達はある場所に向かって、車を走らせる。
「それでどうするッスか?」
「とりあえず着替えようか」
流石にこのままの姿で魔法を使うのは……出来なくもない。問題があるとすれば、今日の天気は快晴で雲一つ無いのに、いきなり火を消すほどの大量の水がいきなり出て来るぐらいだと思う。でも、それも今は大した問題では無い……何故なら。
「今はこの町………妖狸で賑わっているもんね」
「『不思議な事は全て妖狸の仕業!』になるッスからね」
そう……薫兄の盗賊団退治のおかげで、不思議な事が起きる町としてここは認識されている。水がいきなり出たら妖狸の仕業に出来るのだ。じゃあ、何故着替えようとしているのか。それは……。
「万が一……逃げ遅れた人がいたら助けないとね……」
もしかしたら火を消している間に逃げ遅れた人を発見したら、その時には火の中に飛び込まないといけないかもしれない。という事で、下手すると消防士が着ている消防服より耐火性に優れ、通気性もいい魔法使いの服に着替えた方がいいだろう。
「よし! 着いた!」
「……ここ、薫の家ッスよね?」
フィーロからツッコミが入るが、それは仕方ないだろう。薫兄の家の周辺は田畑に囲まれており、人の行き来が少なく、かつ目撃されにくいこの家。そして何より妖狸本人が住む家なんだからなんら問題無い。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「薫宅・玄関」―
「こんにちは!」
玄関を開けて挨拶をすると居間から薫兄が顔を出す。
「あれ泉? どうしたの?」
「ちょっとやりたいことがあって……2階の部屋借りていい?」
「大丈夫だよ。居間で編集さんと打ち合わせしているから静かにね」
「分かった」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「薫宅・二階」泉視点―
「うぃッス! レイス!」
「こんにちはなのです」
薫兄の書斎にいるレイスに挨拶をする。レイスはあっちの世界で買った精霊サイズの本を読んでおり、かなり集中して読んでいた。
「どうしたのですか?」
「これからお出かけするんだけど一緒に来る?」
「うーん……今いいところだから遠慮しとくのです」
「そうか。じゃあ、隣の部屋を借りるから!」
「はい? 分かったのです?」
私達は書斎を離れて、隣の部屋に入り、アイテムボックスから魔法使いの衣服を出し着替える。着替え終えると、今度はその服に魔石を嵌め込んでいく。
「よし! 準備完了!」
「うちもッス。というよりアイテムボックスにいれてあったんッスね」
「衣服は魔石を外して入れておいたの。魔石は鞄に入れればいいからね……という訳でいくよ!」
最後に狐のお面を着けて、窓から私達は箒に乗って空へ飛び出すのであった。
―クエスト「火を消せ!」―
内容:住宅街が燃えています! 早急に火を消し、逃げ遅れた人がいれば救助しましょう!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「火事現場上空」泉視点―
「凄い大火事ッス……」
「うん。住宅が密集しているからかもね」
煙を避けながら上空から見るとその燃えている範囲が良く分かる。既に10軒以上燃え広がっていて、それを消そうと消防士が消火活動をしているが明らかに消火が間に合っていない。
「あそこを見るッス!」
フィーロに言われた場所をよく見るとそこは周囲が燃えていてホースの水が届いてない。そしてそこに倒れている人……。
「助けないと!」
慌ててそこに向かって降りる。倒れていたのは子供だった。
「お父さん……」
「君? 大丈夫?」
「え?」
驚いた子供が体を起こしこっちを見る。見た限り大きな怪我や火傷はしてなさそうだ。
「……おねえちゃん誰?」
「私は妖狐よ。それとこっちは私のパートナー」
フィーロが私の横を飛んだ後、子供に挨拶をする。
「ようこ? それにこびとさん?」
「これ……喉渇いてないかしら?」
アイテムボックスから入れてあった飲み物を出す。何もない場所から、私が飲み物を取り出したことに子供が驚き、そして目を輝かせる。
「うわ! お姉さん手品師なの?」
目をキラキラさせながら聞いてくる子供。この周囲は炎で囲まれているのに、良くそんな目が出来るものだと、子供の無邪気さに驚いてしまう。
「大丈夫そうッスね」
「まあ、あなたの言う通りの認識でいいわ。それよりこんな所で倒れていたから喉渇ていたでしょ? 手を付けてないからどうぞ」
「ありがとう!」
そう言って勢いよく出した飲み物を飲み始める。その間にこの子の額や頬を触って確認すると大分熱い。元気っぽく見えていてもすでに熱中症になっているかもしれない。とりあえずこの子を安全な場所に避難させないと。
「そうしたらお姉さん達と一緒にここから避難しようか?」
「どこから? 周り火に囲まれていて……」
「それは当然……上から」
「へ?」
私はその場でフライトを使って箒を持った状態で浮く。
「うわ~!!」
「それじゃあ、お姉さん達と一緒に空の旅をしようか」
「うん!!」
「そうしたら飛んでる間に落ちないように、落ちないおまじないしてあげるね」
そう言って、子供にグラビティをかける。子供を箒の上に乗せ、準備が出来た所で安全な空へと逃げる。
「うわ~~!!!!」
子供が大声を上げて喜ぶ。空を飛ぶというアニメのような体験を実際に出来てうれしいのだろう。
「初めて空を飛べて楽しいッスか?」
「うん!!」
子供の横に飛んで、空の旅心地を尋ねるフィーロ。2人とも楽しそうで何よりである。
「それで……この子はどこに降ろすんッスか?」
「さっきのスーパーの駐車場にしましょう。救急車もあったし、ここから大分離れているから安全だと思う」
「それじゃあ……スーパーに向かって出発するッス!!」
「おお~!!」
フィーロのマネをして子供が箒を握っていた片手を上げて叫ぶ。それを見た私は魔法のお陰で落ちないと分かっていても、少しだけ肝を冷やしてしまう。
「じゃあ、いくよ!」
気を取り直し、さっき自分達が買い物をしていたスーパーに向かって、空を一直線に進む。
「すごい、すごい、すっごーーーい!!!!」
子供がハイテンションで叫ぶ。この調子なら案外、体は大丈夫なのかもしれない。
「やっぱり空を飛ぶって楽しいよね♪」
「うん♪」
「うちらもここまで高くは飛ばないから気持ちいいッスね~……」
「まあ、下の状況を見るとそうも言ってられないんだけど……ね」
私達の下は絶賛火の海。先ほどよりも燃え広がっている。
「消火活動しているのに一向に収まっていないなんて……」
「何か原因があるんッスかね……なにか心当たりないッスか?」
フィーロが子供に原因を尋ねる。いや。流石にそんな都合よく、しかも子供に……。
「うーんとね……そーだ! にげる時に変なにおいがした男の人がいたよ」
「へ!? それってどんなやつ?」
「あまり覚えてない……。でも、お父さんからはぐれた時に、その男の人が、『あぶないからお父さんが来るまでここにいなさい』ってそれであそこにいたの。『あやしいやつにはついていかないように』ってお父さんたちもいってたもん」
「……この子を殺すつもりだったのね」
「酷いやつッス!」
この子を殺そうとした男に怒りを覚えるが、どこにいるか分からない相手を探す訳にもいかないので、今回は被害を抑える事を優先にしないと……。
「そういえば、怪しい奴についていっちゃダメなのに私達はいいの?」
「うん!!」
「子供の基準って分からないッス……」
私もフィーロの意見に同意する。しかも、今の私は狐のお面を付けてるから、余計に怪しい人にしか見えないのだから……。
そんな話をしていると、先ほどのスーパーの駐車場が見えてきたので、少しずつ高度を下げていく。するとさっきより野次馬が多くなっており、さらに、こちらに向かって指差す人がちらほらと見える。
「やっぱり目立つね」
「そりゃあ、何も無い上空に人がいたら驚きッスよ」
認識阻害効果がある狐のお面を被っているので、私達は気にせずにそのまま消防車や救急車が待機している場所へと降りていく。
「嘘……人が降りて来るぞ!!」
「何あれ?」
「まさか……あれって噂の妖狸?」
だんだん何を言っているかがはっきり聞こえるようになっていく。あ、テレビカメラがこっちを向いてる。
「え!? りん!?」
「おと~さ~ん!」
子供が手を振って1人の男の人に向かって手を振る。その男の人をよく見ると、さっき隊員の人に駆け寄っていた人だった。地面に着いた瞬間、その子……りんちゃんはお父さんへと向かって走り出す。
「おと~さ~ん!!」
「りん! よかった。本当に……」
抱き着いたリンちゃんを、優しく抱き寄せるお父さん。その姿を見て、もうそうしてもらう事が出来ない私は少し切なさを感じてしまう。
「あ、あの……」
すると、お父さんがこちらに顔を向けてるので、私は先ほどまでの、リンちゃんの様子を話し始める。
「周りが炎で囲まれている場所で倒れてたから、念の為に医者に診てもらって下さいね」
「あ、ありがとうございます! えーと、あのー……噂の妖狸様でいいんですよね?」
「残念だけど私は妖狐よ。たまたま見かけたからここまで連れて来たの」
「そ、そうでしたか……でも、本当にありがとうございました!」
そう言ってお父さんが深々とお辞儀をする。それを見てりんちゃんもマネしてお辞儀をしてくれた。
「それとこの子が火事の際に変な男を見たって言ってたッスよ?」
「それは本当ですか?」
すると、近くで静観していた消防隊員の人が話に混じってくる。
「となると放火か……!」
「ええ。ただ『変な臭いっていうだけで、具体的には覚えてない』ってこの子は言ってたけど……」
「そうなのか、りん……りん?」
「あの人」
りんちゃんが周囲にいた野次馬の中から1人の男を指差す。その男はパーカーを被ってマスクをしており、いかにも怪しそうな人だった。
「あった人……あんな感じだった」
「……そういえば放火犯の中には、燃える所を見て興奮を覚えるやつがいるって聞い事があるけど、なるほど大勢の人ごみの中なら目立たないと思って堂々と見ていたって訳ね」
「くそっ!!」
男は周囲の野次馬を掻き分けてその場を走って逃げる。そしてそのまま車に乗り込んでしまう。
「待つッスよ!」
「ええ……逃がさないわよ!」
私は自分の杖……ヨルムンガンドを手に取り、車の方へと杖を向ける。
「グラビティ!!」
車を浮かせ逃げれなくした後、そのまま杖を動かして、運転席が下になるように車を倒して解除する。こうされては逃走は不可能だろう。
「これで逃げられないでしょ」
「す、すげー!!」
「マジかよ……」
周囲から驚きの声が上がる。さてと……ここは周りの人達に任せて、私達は火を消しにでも……。
「く、くるんじゃねえぞ!!」
そう言って車の助手席から出て来た男が手に持っていたのは……ゲームでよく見た形の手榴弾。片手はピンを掴んでいた。男を取り押さえようとした周囲の人達はそれを見て直ぐにその場を離れていく。
「あれなんッスか?」
「手榴弾! この前レイスが言ってたやつ!」
「あ~……あれがッスね……って危険じゃないっすか!!」
日本国内なら決して出回るような物じゃない凶器……なんでそんな物をこの男が持っているのか分からない。とりあえず……。
「その杖を動かすなよ! 動かしたらどうなるか分かるよな!!」
杖を向けようとすると、男がこちらに怒鳴りながら脅してくる。ヤバイ……どうしよう。手榴弾の爆発を防ぐ魔法なんて思いつかない。それに少しでも動いたら、あの男はピンを抜きかねない。周りを見ると爆発を恐れてその場から急いで離れる人も入れば、その場から動けない人がいる。火事を見に来た野次馬でここには多くの人がいる……ヘタな行動はとれない。
私が解決策を模索していると、男は車から飛び降りて地面に着地、私達を見たまま逃げようと少しずつ移動する。
「おい。俺が逃げるまで動くなよ! 分かってるな!! もし何かしたら……!!」
「逃がすと思うか?」
「へ!?」
突如、聞きなれた声がどこからか聞こえた。すると、逃げようとした男が上を向いたので、私も釣られて上を見ようとしたのだが、その前にそれは下に降りて来た。
見えたのは両手にデカくて黒いハンマーを持った巫女さん。その手に持った黒いハンマーを振り降ろし男を殴りつける。そして……ハンマーが顔面直撃した男はそのまま鼻血を流しながらその場に倒れるのであった。




