61話 泉の普通の生活
前回のあらすじ「もふもふ」
―「泉宅・寝室」泉視点―
ピピッ! ピピピピ……!
目覚まし時計の音が部屋に響き渡る。
「うん……? 朝か……」
私は起き上がり軽く欠伸をする。そして腕を上に伸ばし背筋を伸ばす。4月になって少しだけ暖かくなり、布団に籠ることなく、すんなりと起きることが出来た。
「さてと……今日も張り切っていきますか!」
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―「泉宅・居間」泉視点―
「おはようッス……」
「おはよう! ご飯できてるから食べちゃって!」
「はいッス……」
私の小さな相棒である精霊フィーロが眠い目を擦りながらトーストを食べる。3ケ月前は考えられない光景……彼女と出会った事で私の人生が大きく変わり、今は地球と異世界を行き来する生活をしている。
「今日はこっちで仕事ッスか?」
「うん。商品をお店に置いてもらっていてね……その補充をしないと。今回は衣服だけじゃなくて人形用の小物も今回置いてもらおうかなって」
「そうなんッスね……」
そう言って、大きな欠伸をするフィーロ。起きたとはいうが、その表情はまだ眠そうである。
「家で寝てる? 私1人でも大丈夫だけど……」
「いくッス。寝てばかりだと体が怠けちゃうッス」
「分かったわ。じゃあ私、商品の準備をしているから、出かける準備が出来たら声かけてね」
「はいッス……ふわっ……」
大きな欠伸をしている。かなり眠たそうだし……恐らく1時間ほど支度にかかるかもしれないと、私は判断するのであった。
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―それから1時間後―
「準備できたッス!」
1時間をかけて完全に覚醒したようで、見事に私の読みが当たった。とは言っても……実は、この光景はいつも通りのことであり、異世界にあるフロリアンに出向く時だと、私の鞄の中で寝ている事が多かったりして、なかなか起きれない体質らしい。ちなみに……鞄の中なんて寝にくそうだが意外に快適とのことらしい。
「よし、それじゃあ行きましょうか!」
「ういッス!」
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―「セレクトショップこもれび・店内」泉視点―
「いつもありがとうね泉ちゃん」
「いえいえ。お礼を言うのはこちらの方ですから、こうやって商品を置かせてもらってますし」
私は基本的にはネット上で作った物を販売している。ただ実際に商品を置いて販売もしてみたいという理由で、たまたま張り紙で募集していたこの店に商品を置くようにしている。ちなみに商品は普通に着れる物がメインでコスプレ用は少なめだ。
「いいのよ。この店だって近所の憩いの場になればいいなってやっているだけだもの。利益なんて考えていない、おばちゃんの趣味の店だしね。泉ちゃんの商品を置くようになって若い人も来たりするからより楽しみが増えたわ」
「……ありがとうございます」
お礼を言われて、何と返せばいいのか思いつかなかった私は、とりあえずそう言ってやり過ごしておく。
この『こもれび』というお店は、このおばあちゃんが趣味でやっている小さなお店である。アーケードが無い古びた商店街内にはあるが、人通りの少ない路地に位置しているため近所の人しか訪れないお店である。そのため、ここに来る人はおばあちゃんの知り合いばかりで、お茶飲みしながら、おばあちゃんとお喋りを楽しむそんな店である。
その店内はかなり凝っていて、店内の照明はオシャレなシーリングライトを使い、下は昭和時代からのタイル床をそのまま利用、入口付近は近所の人が作った物を売るスペースとして、奥はおばあちゃんたちがお喋りするためのカウンターバーになっている。通りから正面ガラス張りのこのお店を見るとおしゃれなセレクトショップに見えるだろう。
「それで今度はこれも置いてみたいんですけど……」
「あら。かなり小さい小物ね」
「人形遊びとかに使ってもらえればと思って……」
「あら~いいわね。ここへ来るおばちゃんが孫の為にって買っていくと思うわよ」
「それで買ってもらえるとうれしいですね」
おばあちゃんが話をしながら淹れてくれたほうじラテを飲みながら会話をしていく。それは最近忙しい私にとって穏やかな時間である。ただあまり長く入ると鞄から出られないフィーロが待ちくたびれそうなのでそろそろお暇しないと。
「それじゃあそろそろ……」
「あら。いつもはもっとゆっくりなのに今日は早いわね……コレでも出来たの?」
そう言って、おばあちゃんが小指を立てる。
「ち、違いますよ! ただ次のコスプレイベント用の服を作らないといけないだけです。それにそんな人……」
いや。気になる人いるんだよね……。ここ最近はその人達に魔法を教えたり、作った衣類をプレゼントしたり……。ちょっとした乙女系恋愛ゲーム展開になっている気が……。
「あらあら。黙っちゃうなんて……頑張ってね」
「いや違いますから!? し、失礼します!」
そう言ってお店から出ていく。そのまま通りを少し早い速度で歩きだす。
「あのおばちゃんの言う通りで間違ってないッスけどね……」
「フィーロ!?」
思わず大声で名前を言ってしまったので、周りに聞いた人がいないか立ち止まって確認するが誰もいない。よかったここが裏道で……。
「変なこと言わないでよ」
「でも、金髪活発系のイケメンと銀髪クールのイケメンに魔法のマンツーマン指導……恋愛に発展してもおかしくないッスよ?」
「で、でも住む世界が違うし……」
「気軽に行き来出来るし、問題無いッスよ。というかカシーさん達が異世界の門を調べているッスから、仕組みが分かったら自宅に魔法陣を敷けばいいじゃないッスか? 生活だってこっちでは経済力が無くても、あっちでは十分すぎるほど、あの2人にはあるんッスから。イケメンで養ってもらえる……こんな男性は中々いないッスよ?」
それはそうなんだけど……恋愛とか考えると私は冷静にあの2人と会話出来なくなりそう。だから今はこのままがいいのだが……。
「まあ、薫みたく手遅れにならないように考えといた方がいいッスよ」
「フィ~~ローーー!!!!」
フィーロにからかわれた私は、我を忘れ、裏道で大声を上げてしまうのであった。
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―「カフェひだまり・店内」泉視点―
「こんにちは!」
「あら。いらっしゃい。今日はこっちなのね?」
「うん。いま商品を卸していた帰り。カルボナーラのサラダセットでお願い」
「分かったわ。じゃあ、ここに座って待っててね」
案内された席は奥のカウンター席でフィーロの事が見られないようにしてくれた昌姉の配慮である。お昼時から少し過ぎているので店内の人は少ない。でも最近は盗賊団と妖狸騒ぎでお客は増加傾向らしい。
「あれ? 薫兄は?」
「あいつなら今日は家で編集さんと打ち合わせだとよ。出版前の最終確認だってな」
「そうなの?」
「良かったッスね」
「ああ。しかしあいつがあっちで体験したことを小説してるからな……」
「知っている人からしたら、『体はってるッスねwww』ってなりそうッス」
「痴漢三人組をぶっ飛ばした時とか、キトンを着た時とか小説でどんな風に書くんだろう?」
「さあな……っと」
そう言って、厨房にいるマスターがフライパンを振るってパスタとソースを絡めていく。
「先にサラダと……はい。紅茶ね」
「ありがとう昌姉」
「完成っと……ほら、冷めないうちにどうぞ」
そういって、半熟卵が乗ったカルボナーラが出て来る。料理から湯気が出ていて旨そうな香りが漂う。
「いただきます」
「召し上がれ」
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―「車内」泉視点―
お昼ご飯を済ませた私達は店を出て、自宅に近いスーパーに向かって車を走らせる。
「ふわぁ……」
「眠そうだね」
「いつもと違って、今日はゆったりッスからね。それに美味しいごはんを食べた後ッスから」
「まあ、たしかにここ最近は色々あって忙しかったからね」
「そうッスよ。この前なんてジャイアントオーク討伐したりして忙しかったッスもんね。そういえば報酬のハイポーションはどうするんッスか?」
「あ~……アレね。今の所は出番無しかな」
「あっちなら魔獣との戦闘で怪我したりするッスけど、こっちは無いッスもんね」
「そうなんだよね……。あと金貨を貰ったからあっちで今度買い物しようか。フィーロも何か必要な物とかあるでしょ?」
「そうッスね。衣服とかは問題無いッスけど。櫛とか髪留めとかそんなのが欲しいッスね」
「金貨だから魔道具以外なら大体買えるって言われたもんね……というか、金の価値ならあれ自体高いんだけど……」
薫兄には『色々問題になるからそれは止めとこう……』と言われているし説明を求められた際に大変なのでする気はないが……うん?
「何か騒がしいッスね?」
「そうだね」
そんなことを考えている最中で、先ほどからずっとサイレンが鳴り響いている。
「赤い車が行き来してるッスね」
「消防車……ってことは火事かな?」
「あそこ。煙が出ているッスよ」
赤信号で止まっているタイミングでフィーロが指差した方向を見てみると、住宅街から煙が上がっている。よく見ると炎も見えている。
「凄く燃えているッスね……」
「うん」
他の家にも燃え移っているらしく、どんどん勢いが強くなっているみたいだ……。
「泉。青になったッスよ」
フィーロに言われて振り向くと既に青信号になっていた。私はもう少しで着くスーパーに向かって車を走らせる。
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―「地方スーパー・駐車場」泉視点―
「あれ。凄いね……」
買い物を済ませて駐車場に戻るとまだ燃え上がっている。さっきより大分燃え広がっている気がする。
「あの人達、避難している人じゃないッスか?」
周囲には車から降りて見ている人がたくさんいて、その中には家族で不安そうに見ている人もいる。さらに駐車場で待機している救急車や消防車もあって、隊員に言い寄っている人達もいた。
「落ち着いてください!」
「まだ消火出来ないのか!!」
「燃え移る速度が速くて……」
「どうやら苦労しているみたいッスね?」
「うん」
どうしよう? 今の私達ならお手伝いは可能だと思う……でも、それはかなり目立つ行為になるし、正体がバレるかもしれない。
「あの、すいません!!」
そこへ、息を荒げた1人の男性が隊員に駆け寄る。
「子供を……子供が保護されていませんか!? 火事で避難する時に逸れてしまって……」
「いや。そのような報告は……」
「そんな……」
あのお父さん子供と逸れちゃったのか……。
「……」
「泉? どうするッスか?」
「それは……」
前なら、どうする事も出来ないからと、ここにいる多くの傍観者の1人になっていただろう。でも……今は違う。
「……フィーロ」
「なんッスか?」
「……やっちゃう?」
「いいッスね!」
今回の件に関わろうと決めた私達は、車に乗り込み、急いである場所へと車を走らせるのであった。




