58話 ジャイアントオーク戦
前回のあらすじ「この世界のゴブリンはかわいい(マスコット的な意味合いで)」
―「ビシャータテア王国・西の洞窟」―
ドン! ドン! ……ズシン!
洞窟の奥から音が聞こえる……何か叩きつける音、それと何か重い物体が動いている感じの音……それが絶え間なく聞こえている。
「近いね……」
「そうね……」
「いよいよボス戦ね」
「……意図せずそうなるッスね」
女性陣がこれから起きる戦闘に気を引き締めていく。しかし……ゲームのように、本当に洞窟の奥にいるなんて……。
「そろそろ時間か……しっかり防御魔法をかけ直ししないと」
腕時計をみると確かにここまで来るのに1時間はかかっている。そろそろ効力が切れる頃かな……。
「……」
泉がこっちを見る。その視線が何か痛い。
「その腕時計……その衣装に似合わない。少しごつい」
「勘弁してよ」
この前の盗賊団との戦いでは個人を特定される要素になると思って外していたが、今回はその必要が無い。このお気に入りの時計位は勘弁して欲しい。
「こんな事より戦闘になるんだから気を付けてよね……防御魔法も掛け直すのを忘れずに」
「薫の言う通りよ。それと、ここまでは道が狭いから敵も前から来るだけで大したこと無かったわ。でもオークのいると思われるこの洞窟の最奥は広くなっているはずよ。それだから今度は前後左右気を付けないといけないわ。それに敵は未知数の相手。さっきまでの会話でオークは普通じゃない可能性が大。不死身というのもあながち嘘じゃないかもしれない。薫達と私達が前衛、泉達は後衛を基本として動くけど、必要な時は自分の考えで動くようにして。分かった?」
「は、はい!」
「了解ッス姉御!」
泉たちにしっかりとアドバイスをするサキの表情は真剣だ。僕たちと違って戦闘のプロ。言葉の強みが違う。
「僕たちが前衛って大丈夫かな?」
「何を言ってるんだ? 動きを見切って見事なカウンターを決めていたじゃないか……一撃が即死級のな」
「何体ミンチより酷い状態になったかしらね……」
「すいませんでした」
「ごめんなさいなのです」
武器を持って戦うより素手で戦う事が多かったため、つい鵺を籠手にしてから、必殺の一撃である獣王撃を使ってしまう。その度に壁に叩きつけてミンチ肉をお見せしたのは申し訳ない。
「後で、もっと気軽に使える近接魔法を何か考えないとな……いや、あれを使ってみようか?」
「あれ?」
「うん。ほら、家の庭で試したあれ」
「あ、あれなのですね。了解なのです」
「皆。これ飲んどけ」
レイスとの話し合いを終えた直後、そう言われてカーターから受け取ったのは瓶に入った緑色した飲み物だった。
「これは?」
「ここまで来るのに魔法をたくさん使ったからな。これから本番なのにバテて倒れたら大変だからマジックポーションを飲んどいてくれ」
「分かった」
飲んでみるとスッキリとした味のハーブティだった。何か体が軽くなった気がする。
「飲みやすいね。これ」
「うん」
「これで準備はバッチリッスね」
「なのです」
ここで1つ疑問になることがあったのでカーターに聞いてみる。
「これってどんな仕組みで回復しているんだろう? 魔法って精神的な要素だよね……」
「それは……知らん。薬草を乾燥させて、それを煮出して作るって聞いたことはあるが……とにかく飲むと頭がスッキリして集中力が元に戻った気がするってことで使用されている。長年使われてるから効果は折り紙付きだ」
「依存性があるとか幻覚を見るとか……無いよね?」
「安心してくれそれは無い」
「そう」
……念のために、後で直哉の所で成分を調べてもらおう。
「あそこが最奥の広間だな。様子を伺いながら行くぞ。いつでも戦闘が出来るようにしておいてくれ」
僕たちは黙って頷いて、武器を構える。少しずつ洞窟の最奥へ近づいていく。
「(何体いるか確認したいところね)」
「(ここに来るまで戦闘をしながら来たのにオークは気付いていないのです?)」
「(分からない。もしかしたら入った瞬間に攻撃されるかもしれないな……)」
小声で意思の疎通しながら最奥に近づいていく。それに付随して緊張感が高まっていく。するとカーターが止まった。
「(……何かいるな。どうやら待ち伏せしているみたいだ)」
「(どうする?)」
「(……先手必勝よ)」
「(サキの言う通りだな……いくぞ!)」
2人がさらに広間へと近付いて、魔法を発動させる。
「ステッキィ・ファイヤー!」
そう言うと、カーターの剣先端にボーリング玉サイズの炎の球が現れ、カーターが剣を振るとそれが広間の入り口付近まで飛んで着弾、すると球が弾けて炎が壁に張り付いていく。
「グギャアアアアアーー!!」
「行くぞ!! 張り付いた炎には気を付けてくれ! 触れたら大火傷するからな!」
言われた通り、地面や壁に張り付いている炎に注意しながら広間に侵入する。中に入って確認するとすぐ近くには焼けたジャイアントオークが2体転がっていた。それは僕の身長の2倍以上……恐らく3,4mはありそうだ。
次に、この広間の奥の方を見ると、こちらを警戒しているジャイアントオークの群れがいた。猪の頭に筋肉質だがかなり恰幅のいい全身毛むくじゃらの人の姿をしており、そのうち数体は明らかに人の手が加わった武器と防具を持っている。
「多いな……10体か。しかも4体は金属製の武器に防具を付けている。はは……ありえないな」
「やっぱり特別ね。4人とも気を付けなさい!!」
「はいなのです」
「うぃッス!!」
レイスたちが返事をすると金属製の装備をしていないオークたちがこちらに襲い掛かってくる。
「ファイヤーブレイド!!」
カーターの持っている片手剣に炎が纏わりつく。
「はあー!!」
そのまま、襲ってくるオーク1体に近づいてその胴体を切り付ける。切った傷口から火がついて、そのままジャイアントオークを燃やし尽くす。
「フィーロいくよ!! ウィンドカッター!!」
泉のヨルムンガルドから複数の風の刃が飛んでいく、それがジャイアントオークたちにぶつかって出血させていく。
「鎌鼬」
刀状にした鵺に風の刃を纏わせて、泉たちの魔法で怯んだオークに近づいて、その首を目掛けて一気に振り抜く。
ゴトッ
首が地面に落ちた後、首と別れてしまった胴体はそのまま地面に仰向けに倒れる。魔法の効果かは知らないが切り口から勢いよく出血はせずに少しずつ地面へと滲み出していった。
―風属性魔法「鎌鼬」を覚えた!―
効果:ウィンドカッターと同じ風の刃が複数飛んでいきます。鵺が黒刀の時には刀身に纏わせることで切れ味鋭い風の刃になります。
これでまずは2体。残りは8体………気を引き締めないと。
「チュウイシロ!! マホウツカイダ!! イキテカエスナ!!」
「な!?」
「喋った!!」
カーターたちが驚いている。鉄製の武器に防具を付けた1体のジャイアントオークが大声で指示を出したのだが、どうやらあれも普通では無いようだ。
するとケガをしたジャイアントオークが何も無い所から瓶を出して自身に振りかける。するとみるみるうちにケガが治っていってしまった。
「ポーション!?」
「しかもアイテムボックス持ちだよ」
あれが不死身の理由だろう。恐らくケガさせても後ろにいた別のオークがポーションを使って回復。ただその行為があの巨体の後ろで行われていたのと狭い通路も相まって分からなかったのだろう。
「来るのです!!」
「グフォオオオ!!!!」
金属製の盾を持ったオークが僕たち目掛けて猛スピードで突進を仕掛ける。
「避けるッス!!」
僕たちはそれぞれ避ける。
「これって!?」
咄嗟に避けたため他のメンバーと距離が離れる。そこに金属製の槍を持ったオークが攻撃を仕掛けてくる。僕はさらにそれを避ける。
「不味い!」
相手の狙いはパーティーの分断。金属製の武器で武装したオークとしていないオークがペアとなって襲い掛かってくる。
「クラエ!!」
僕とレイスはさらに後ろに避ける。
「薫! 後ろ!」
レイスの声を聞いて後ろを向くと武装したジャイアントオークがその斧を振り降ろそうとしていた。
「モラッタ!!」
「鵺、城壁」
僕は刀の状態だった鵺を前に出して壁を作る。この前の手榴弾の衝撃にも耐えたこの壁は衝撃を逃がすように形成、そして地面に突き刺さり固定。そのため盾のように持つ必要が無い。
「ナニ!!」
ジャイアントオークの攻撃が鵺にぶつかり、鈍い金属音が響く。ジャイアントオークが驚いている間に、僕は飛翔を使って、レイスと一緒に上へと飛び上がる。
「レイス!」
「はい!」
レイスが近くに来たのを見て、僕はアイテムボックスからバランスボールサイズの石を取り出す。
「行くよ! 彗星!」
巨石が斧を持ったジャイアントオークに目掛けて落ちていく。ジャイアントオークはそれを見て避けようとするが、斧による渾身の一撃がはじかれてしまったために、体勢が崩れて回避行動が遅れる。オークは寸前で斧を盾にしたが、そのまま武器そしてその体に纏っている鎧ごと巨石が貫いた。
「ナッ! トンデルダト!!」
「鵺!」
そう叫ぶと、鵺が城壁を解除して僕の方に戻ってくる。そのまま僕は周りを見ると、下でカーターたちはジャイアントオークたちと応戦中……泉たちは!?
「スプレッド・アイスランス!!」
無数の氷の矢が上から降り注ぎ何の装備もしていないジャイアントオークに一気に突き刺さる。頭部にも刺さってる事だし、あれではポーションによる回復は意味が無いだろう。
「ふう~。危なかった」
声のする方へ振り向くと箒に乗った泉たちがいた。
「危ないと思って急いで上へ避難しちゃった。ここが広間になっていて良かったよ」
「飛べるのはやっぱり反則ッスよね」
危機感の無い口調で話しながら2人がこちらに合流する。その無傷な姿を見て、僕はホッとする。
「あいつら魔法は使えないみたいッスね」
「お~い!!」
カーターが下で呼んでいる。
「下に降りて来るな!! ちょっと試したい技を使う!」
試したい技? ……なんだろう。
「タメスダト!! フザケルナ!!」
「ふざけてなんかいないぞ!! いくぞサキ!!」
「オッケー!!」
カーターがジャイアントオークたちから距離を取ったところで剣を前に構える。
「フレア・カラミティ!!」
カータの体がその場で浮き上がり、剣は先ほどのファイヤーブレイドとは比べ物にならない赤い炎を纏っている。そして……猛スピードで武装したジャイアントオークに突進する。
「ナ!」
ジャイアントオークに急接近して鎧で守られていない部分を切り抜く。そのまま間髪入れずに、後ろにいたオークを今度は真っ二つ。さらに、そのまま別のオークへと連続で切りつていく……。
「カッコイイ!! これぞゲームにある必殺技ッスよね!!」
「うん! 主人公が使う必殺技って感じよね!」
「凄いのです……オークがみるみるうちにやっつけられていくのです」
「うん……それに、鎧を着ている奴に対しては、比較的防御が薄い可動部を狙って切るっていう離れ技をしているね」
フレア・カラミティの効果で、切った所から赤い火が着火、鎧を着たオークはそれを消すが、火傷のダメージが入る。ましてや何の装備もしていないオークはなすすべが無く一撃で倒れていく。
「グギャアアアアア!!!!」
「グフォオオオ!!!!」
下からオークたちの断末魔が聴こえる。そして最後に盾を持ったオークをその盾ごと渾身の力で一刀両断にする。
「……」
そのままオークの胴体が左右に分かれて倒れた。そして浮いていたカーターが着地。そのまま両ひざに手を当てて息をしている。どうやら大分体力を使う魔法のようだ。
「フィーロ!」
「了解ッス!」
「グラビティ!!」
泉たちが大声を上げて、呪文を唱えた。僕とレイスは泉の持つ杖の先を見るとそこには剣を持ったオークが片膝を付けていた。どうやら死んだふりして攻撃が止んだところで仕留めようとしたらしい。
「薫兄!! お願い!!」
「鵺。黒刀……レイス。あれいくよ」
「オッケーなのです」
僕は鵺を黒刀にする。そして残ったジャイアントオークに向かって飛んでいく。
「雷刃!!」
ジャイアントオークは咄嗟に僕の攻撃を剣を盾にして防ごうとする。だが、そのまま剣をへし折り、ジャイアントオークの頭部に刀が刺さる。その瞬間、術の効果で刀身から強力な電流が放出される。
「グフォオオオ!!」
黒刀を頭部から引き抜いた後も電流の放出は止まらず、ジャイアントオークを痛めつけていく。そして……ジャイアントオークはそのまま力尽き地面に伏した。
「これなら大丈夫……だよね」
「ですね。周囲の被害もなさそうなのです」
―雷属性魔法「雷刃」を覚えた!―
効果:鵺・黒刀の刀身に電気を帯電。攻撃の際に雷の追加ダメージを相手に与えます。
「グフォオオオ!!」
突如、倒れていたジャイアントオークが起き上がり僕たちに襲い掛かってくる。
「獣王撃!!」
鵺を咄嗟に籠手にして獣王撃を発動。そのままジャイアントオークを殴る。ジャイアントオークはそのまま広間の壁へと吹き飛んでいき、勢いよく壁に衝突した。どうやらトドメが甘かったみたいだ。
「……ミンチにならなくて良かったのです」
「だね……」
壁を血で染め上げるような事にならずに済んで、僕たちは無事に戦闘が終わったのも合わせてホッとするのであった。




