56話 不死身のジャイアントオーク
前回のあらすじ「警察に目を付けられた」
―ビシャータテア王国・西の洞窟前」―
「これが例の洞窟……というより遺跡?」
泉が少し疑問を浮かべる。というのも確かに洞窟なのだがその周りには明らかに人の手が加わった柱とかがあるのだ。
「ここは天然に出来た洞窟でね。で、中には珍しい薬草が育っていてそれを採取して加工するための施設に宿屋、その人達を相手に商売をする店舗とかがあったのよ。ただ、乱獲したために採れなくなってこんな風に荒れちゃったのよね」
サキが建物の一部に手を触れながら丁寧に説明してくれる。なるほど……だから、整備されたような形跡があるのか……。
「ところで……」
「うん? どうしたんだ薫?」
「ここで何をするの?」
「へ?」
「僕、何をするか聞いてないんだけど?」
今日は休日だったため昨日は遅くまで小説をまとめていた。そしてそのまま机に突っ伏して寝てしまったのだが……朝になると泉に叩き起こされて、強制的に着替えさせられてそのままこちらへやって来た。そして待っていた馬車に押し込められて、再び寝ていた……そして、ついさっき起きたばっかりなのだ。
「あ。レイス朝ご飯……」
「さっき馬車の中でサンドイッチを食べたので大丈夫なのです」
「薫兄も食べる?」
「うん」
泉からコンビニのサンドイッチと缶コーヒーをもらい遅い朝食を取る。
「コーヒーは皆の分買ってあるからどうぞ」
そう言って、皆に渡していく泉。精霊たちには持ってきたカップに入れて渡していく。
「じゃあ……そうしたら薫のために説明するか」
「よろしくカーター」
僕はそう言ってモグモグとサンドイッチを頬張る。ちなみに鎧姿で缶コーヒーを飲むカーターの姿っていうのは凄く違和感があった。
「事の発端はこの近くの街道でジャイアントオークが複数で出たらしく近くを通った荷馬車が襲われた。それで、この洞窟近くにあるその街道なんだが行商人がよく使う道でな。ここに魔獣が出ると商売に支障が出るという事でギルドに依頼が来たんだ」
「うん? ギルドに依頼?」
「そうなのよ。最初はギルドに依頼が来て、それで熟練のパーティーがこの洞窟に向かったんだけど……帰ってこなかったの」
「で、心配になってギルドの職員がここまで来たら……そこ、黒くなっているところで倒れていたそうだ。血だらけでな」
「あ、あの……その人達は?」
「瀕死だったが一命は取り留めたそうだ。まあ、しばらくは絶対安静だそうだ」
よかった……死人が出たところで呑気に朝食を取ってると思ったら気分が悪くなるところだった。
「それで熟練のパーティーも手こずる相手だって事でギルドから王宮に連絡が来て俺達が来たってわけだ」
「……なんで僕たちも? というか泉たちは何故?」
「サキの姉御、その報告をフロリアンで受けたんッスよ」
「この洞窟に珍しい薬草があるっていってたでしょ? で、シークさんがその薬草が防具の染色とかにも使われていたって教えてくれたの。それで、もしかしたらまだあるかもって事で一緒に来たってわけ」
「僕たちは?」
「戦闘力の測定だ。シーエ達から聞いたぞ。何でも危ない武器を持った集団をフルボッコにした挙句、あっちではヒーロー扱いらしいじゃないか」
「うっ……!」
「確かにお店のお客さんもそんな話をしていたのです」
あの事件後、『妖狸は何者だ?』という事になってそれ目当てのマスコミ、狸にまつわるお寺が近くにあるということでそのお寺への観光客などが町に殺到している。お陰様で、ひだまりにも観光客やマスコミが食事しに来るので、売り上げが上がったっと昌姉が喜んでいた。
僕としては盗賊団から何かしらの発表や報復の心配をしていたのだが、今のところそのような情報は1つも無いとのことだ。まあ、他の国でも逮捕者がいてそれに対して報復が無いのと同じだろうとニュースでは言っていた。
「それで、お前達の装備品とか盗賊団討伐の際に使った魔法の威力を知るのに調度いいと思って泉達に頼んで来てもらったんだ」
「……それだけじゃないでしょ?」
コーヒーを飲みながら、ジト目でカーターたちを見る。それなら、わざわざ実戦じゃなくてもいいはず……。恐らく何か別の理由があるのだろう。
「バレたか……普通のジャイアントオークじゃないかもしれないらしい。パーティーのメンバーの一人の報告なんだが……何でも不死身だそうだ」
「不死身?」
「ああ。何でもケガをしても直ぐに治るそうだ。それで臨機応変に対応できそうな薫を呼んだってわけだ」
「うーん不死身ね……もしかしてそのレアな薬草が関わっているんじゃないの?」
「まあ、そうかもね。普通に考えて不死身なんてありえないし」
「私もそう思ったから来たの。その薬草がまだあるかもって」
なるほど。やっかいな魔獣かもしれないということで僕たちが呼ばれたってことか。
「そういえば、その珍しい薬草って名前はなんなのです?」
「名前はエーテルよ」
「ぶふー!!」
「うわ! どうしたんッスか薫!?」
「薫兄汚いわよ」
「けほけほ……エーテルって聞いたら吹き出すに決まってるでしょ!!」
ゲームによってはHPだけではなくMPも全回復し、ステータス異常も治してくれる万能薬。そんな超レアアイテムの名前が出れば思わずコーヒーを吹き出すに決まっている。しかし……薬じゃなくて薬草で登場するとは……。
「俺達の目的の1つにそのエーテルがどうなっているかという確認もあるんだ」
異世界に往来を始めて早3ヶ月……まさかこんな早くにメジャーなレアアイテムを手に入れるチャンスが来るとは。
―クエスト「不死身のジャイアントオークの群れを退治せよ!」―
内容:危険なオーク達を倒して、行商人が安心して往来が出来るようにしましょう。また洞窟内部にはエーテルが生えているかもしれません。調べてみましょう。
「薫ということでアレを着てね」
「え? なんで!?」
「お前がどれだけの強いかしっかり見定めるためだ。頼む」
「え……いや。ちょっと……」
「着てね?」
「着るッスよ?」
皆からプレッシャーを掛けられる。レイスの方を見る。
「諦めるのですよ。もし着なかったら泉が……」
レイスにそう言われ、泉を見るとスマホを持った手を振っている……味方なんて最初からいなかったんや……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数分後―
着替えが終わり、馬車から出る。
「お、おーーー」
「何て言うか……雰囲気変わるわね」
「なんせ神職に努める人が着る服らしいのですよ」
「そうなのか……」
「なんかカーターさんの様子がおかしいッスよ」
「カーターさんがそうなるのも分かるわ……何ていうか薫兄から神々しさを感じるわ」
そう言って、泉がスマホで写真をパシャパシャと撮っていく。僕の新たな黒歴史が……。
「何で異世界に来て女装をしないといけないんだろう……」
「薫。すまないが恥ずかしがらないで欲しいんだが……何かドキッと来た」
「僕、男だから!!」
「頭では分かっているんだがな……」
「そうなのよね……とりあえず、ドローインで紙に残しておきましょうか……」
「サキ、カーター? やらなくて……」
「ドローイン!」
僕が言い切る前に魔法を使う2人。すぐに出来上がった物はすぐにアイテムボックスへと収納されてしまった。
「安心しろ変な事には使わない。あくまで報告用だ」
「その報告の際に色んな人に見られるじゃないか!!」
最悪だ……これで、さらに僕の事を、女性と言ってくる人たちが増えてしまうのではないか不安になる。
「では、準備も出来たことだし行くか」
「それなんですけど……ちょっと待ってもらっていいですか」
出発する直前、泉が皆にストップをかける。
「私達も着替えていいですか?」
そういえば泉の格好は普通の服で、魔法を施した服装では無い。
「すまない! うっかりしてた!」
「いいですよ。それじゃあ少し待っててくださいね。レイスも用意してるから一緒に来て」
「私用にあるのです?」
「作ったッスよ!」
「ありがとうなのです!」
レイスが泉たちと一緒に馬車の中に入っていく。3人の着替えが終わるまで待つとしよう。
「……」
「……」
「……」
3人で一言も発せず黙って待っている。ふとカーターを見る。
「薫……」
「うん?」
「最近調子はどうだ?」
「……何その接し方が分からない父親的なセリフ?」
「すまん。その姿に慣れなくてな」
「慣れてよ」
「無理でしょうね。カーターったら一度も女性とお付き合いした事ないから女性への免疫もあまり無いのよね」
「ふぇ!? あれだけモテるのに!? 街中の女性が騒いでるのに!?」
「残念ながらモテるのと、お付き合いするは違うのよ」
あれだけ女性にきゃあきゃあ騒がれているから、何度かお付き合いもあると思っていたが……そうか無いのか……。僕はカーターの意外なキャラに驚くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数分後―
「準備完了!!」
「なのです!」
3人が馬車から出て来る。その姿は……。
「魔女? と何それ?」
レイスとフィーロは魔女と言えばこの帽子というのを被っているが黒ではない。しかも衣装は中に膝上まであるワンピースを着て、その上に膝まで隠れるような薄いコートみたいな物を前を留めずに着ている。足はタイツと厚底ショートブーツだった。カラーリングはフィーロが青と白、レイスは僕と同じ白と青紫だった。
そして泉だが…何とも言えない衣装だった。カラーリングは白と青。中は肩を出した青インナーと恐らくタイトスカート。その上にインナーと同じ肩が見えるような小袖を羽織っている。胴回りは青色の帯みたいな物をしている。帯みたいというのはそこから前に2本の布がダラっと垂れ下がっていて後ろは一枚布が太ももを隠すようになっていてさらに装飾品があしらわれているからだ。ちなみに髪には前両サイドをオシャレなクリップでまとめていて、足はニーハイソックスと厚底草履だった。…どことなく今の僕の服装に似ている。
「……何をモチーフにしたの?」
「最近発売されたカードゲームのキャラよ。服装が可愛くてカッコいいから少しアレンジもしつつ作ったの。ちなみに動きやすいようにしっかりと計算しているわ。」
そういえば、こんな格好したキャラをネットで見たことがあるような気がする。かわカッコイイで話題になっていたような……。
「でも何で和風なの? 箒に乗るからてっきりフィーロたちみたいな魔女の衣装かと思ったんだけど?」
「フィーロ達は羽があるから着替えやすさを考えて同じカードゲームの魔女の衣装を参考にしたんだけど……私の場合は薫兄に合わせてだね。」
「僕に?」
「あっちで魔法を使う際に薫兄と一緒にいると巫女と魔女じゃちぐはぐして変じゃん。だから薫兄の衣装と似ていて、かつ箒に乗っても違和感の無い服を考えたの。それにこれならこの狐のお面も合いそうだしね」
「いやいや! あっちでこの服を着て魔法はもう使わないからね!?」
「いつもながらのフラグ建築お疲れ様ッス」
「そのフラグに巻き込まれた際には私これ着て魔法を使うからね」
「フラグ立ててないから!?」
「よし。今度こそ準備が出来たことだしいくか!」
「はーい!」
「クエスト開始ッス!」
「はいなのです!」
「それじゃあいくわよ!」
僕を置いて皆が洞窟へと向かう。
「僕へのフォローは無いの?」
僕はがっくしと首を下げつつ、洞窟に向かう皆の後を付いていくのだった。




