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55話 動き出す者達

前回のあらすじ「盗賊団リーダーが一番の犠牲者」

―「救急車内」―


「大変だったわね~か・お・るちゃん」


「ははは。危うく襲われるところでしたよ」


 救急車内で具合とか怪我とかを見てもらっていると、警察で知り合いの橘さんがお見舞いに来てくれた。まあ、警察の仕事で中の様子がどうだったのかを、僕から訊きたいんだろうけど。


「それで……また、やったの?」


「やってないです! やられそうになった所を巫女さんみたいな格好をした人に助けてもらいました……」


「そう……薫ちゃんもそいつを見たってことね」


「はい。他の人質もですか?」


「ええ、そうよ。狸なのか狐なのか良くは分からないお面を着けて、自分の事を妖狸と名乗っていた小人を連れた女ってね」


「僕も同じです。何も無い所から水や電気を起こしてました」


「電気?」


「はい。破裂音と同時に相手が焦げてました。後は変な武器も持っていましたね」


「そうなの……電気ね……」


 そのまま、腕を組み考え始める。何か疑問があったらこんな風にして考え出す癖は相変わらずだ。


「とりあえず、変態に変な事をされたのに、良く手を出さなかったわ。もし手を出していたらどうなっていたか……」


「ハハハ……アリガトウゴザイマス」


 すいません。思いっきり手を出しました。あの野郎……しっかり記憶が吹き飛んでいるかな……?


「何かカタコトだけど……何かされたの?」


「ううん……大丈夫。本当に何もされていない。ただその直前を思い浮かべると憂鬱なだけ」


「本当に大変ね~。私が武術の手ほどきをしていたとはいえ、今回は凶悪な武器を持った武装集団。あいつら既に殺人も犯しているし、以前の変態とは比べ物にならないほど危険なのよ。本当に無事でよかったわ~」


 そう言って、立場さんは僕を抱き寄せて頭を撫でる。30にもなって、こうやって心配されると、少し戸惑ってしまう。


 そして今の会話の通り、この人が僕に武術を教えてくれた橘 重則署長。名前の通り男性である。初めて会った時……その頃はまだ交番勤務だったと思う。変人から襲われる僕を心配してくれて、武術の基礎を教えてくれた人である。ちなみに体系は痩せ型。しかし、肉体はしっかり鍛えられているニューハーフである。


「今日は少し話を聞いたら直ぐに帰れるから安心して頂戴」


「ありがとうございます。あ、荷物」


「ちょっと待ってて」


 すると、橘さんの部下だろうか? その人に何かしらの指示をしている。その人が立ち去り、銀行内での出来事を話していると、その人が僕のカバンを持って来てくれた。


「これでいいかしら?」


「はい」


「中身を確認して頂戴。何か足りないものとか無いかしら?」


 中身を確認する。車の鍵に財布にスマートフォン、ティッシュにソーイングセット、ハンドクリーム、リップクリーム……大丈夫そうだ。


「大丈夫。全部あります……うん?」


「どうしたの?」


「スマホに連絡が……」


「きっと昌ちゃんや泉ちゃんが連絡をしたのでしょうね。心配してるだろうし、すぐに連絡してあげてね」


「はい」


「それじゃあ、今日はここまでにしとくから……また今度話を伺いに行くわ。まあ、妖狸以外は捕まったから確認がメインだけど……」


「はい。それじゃあ失礼します」


 僕はそう言って、検査の際に邪魔になると思って脱いだコートを手に取り、スマホで昌姉に連絡しつつその場を後にするのだった。


「……調べられなくて良かったのです」


「そうだね……」


 コートのポケットからレイスが顔を出す。本当に危なかった……身体検査なんてされていたら、レイスの事がバレる所だった。実はコートを脱いだ理由に、少しでもレイスのいるこのコートの注意を引き離すためでもあった。


「こんなのはもうこりごりだよ……」


「同じくなのです……」


 僕は止めていた車に乗り込み、皆が待っているだろうひだまりへと戻るのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―十数分後「カフェひだまり・店内」―


「やってしまったわね薫……」


「どうするんだ……?」


 昌姉とマスターの気迫のある声で一連の騒動を問われる。僕は、あの後一回昌姉に連絡を入れてからひだまりへと帰ってきたのだが……ただいま床に正座をしている。


「誠にすいませんでした!! ど、どうかこの事はご内密に!!」


「どこの悪党のセリフを言ってるのよ」


「全くだぞ。まあ、しょうがない所は……まあ、ある。しかしだ、リーダー格の男をあそこまでやる必要は無かっただろうって……」


 そう言って、テレビに視線を移すと、画面には僕が外まで吹き飛ばしたリーダー格の男の倒れた所が映っていた。


(現場の取材班が人質になった人から話を聞いたんですが、顔にグーパンしただけでここまで吹き飛んだそうです)


(人間技……じゃないですよね?)


(そうですね。そもそも吹き飛ぶ勢いで顔面を殴られたら即死ですよ。むしろ何で生きているのか不思議なくらいです)


(自分の事を妖怪の妖狸と言っていたそうですが?)


(妖怪なんて……)


(でも、ここまでの奇怪な事をされてしまったら、否定もしきれないんですよね……)


「テレビのキャスターが困っちゃてるよ……」


「えーと。何を言ってるんですか?」


「あ、テレビの音声は翻訳されないからシーエさん達には分からないんですよね……まあ、簡単に言うと薫兄の仕出かした事が奇想天外と言ってるんです。というか……妖狸って何?」


 泉がそう言って、こちらに妖狸と名乗った理由を訊いてくる。


「もう、ぶっ飛んだ設定でゴリ押ししようと思って……」


「それで妖狸って言ったの?」


「うん。それにこの町って、ちょうどいい事にタヌキと関係のある寺もあるし……」


「そこに住まう妖怪っていう設定にしちゃえと?」


「……はい。中二病満載の滅茶苦茶な設定だとは思ったんだけど、僕たちがやったって悟られないようにしたかったんだ」


 僕は、今更ながらそんなふざけた設定のキャラを演じていたことに恥ずかしくなり、体を小さくする。


(妖怪のお姉ちゃんカッコ良かったよ!)


 再びテレビを見ると、人質にされたあの男の子が眩しい笑顔でインタビューに答えていた……けど、ごめんね……僕、男なんだ。


(これから俺達どうなるのかと思っていたら、あの妖怪がさっそうと現れて……あっという間の出来事でした)


(盗賊団の奴等、爆弾を投げてきたんですけど、いきなりあの妖狸って名乗る女性から黒い物が広がってそれが防いでくれたんです)


(見間違いかもしれないんですが小人も飛んでました)


 人質の方々のインタビューが次々と流れていき、それを皆が黙って聞いていた。そして画面は再びキャスターへと戻り、次のニュースを読み上げていく。


「まあ、誰一人死ななくて良かったな……」


 テレビを見ていたマスターがこっちを向く。その顔は少し笑っていた。


「マスター……」


「まあ、安心しろ。この事は俺は黙っておく。下手に喋ると、盗賊団の奴らが報復しに来るかもしれないしな……。だが、もし警察にバレたら皆には隠してたって言えよ」


「それは分かっている。皆には迷惑はかけられないからね」


「まあ、お説教はここまでにして晩御飯にしましょうか。お腹が空いたでしょ?」


「うん」


「なのです」


 事件とその後の橘さんとの事情聴取で、お昼ご飯から飲まず食わずでお腹はペコペコだ。


「それじゃ、すぐに作りましょうか。薫も手伝って」


「分かった」


「異世界の料理……楽しみだぜ!」


「マーバ……涎が出ていますよ」


 その後、僕は皆と一緒に夕食を済ませ、シーエさんとマーバを蔵まで送り届けた所で、この慌ただしい1日が終わったのであった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

―事件から2日後の夜「警察署・署長室」橘の視点―


「重症は2人か……」


 報告書を見る。重傷は盗賊団のリーダーの男とその部下。両方とも顔面骨折していてリーダーの男は現在も意識不明、部下の方は意識は回復しているが事件前後の記憶が無くなっていたという。ただし、私が知ることができた情報はここまで。あの後事件は上が持っていき、私達の所には後始末だけが残った。


「全く……今回これだけの騒ぎになったのは尾行がバレたからなのにね…」


 実は尾行失敗については報道されていない。というのも世間は非道な極悪盗賊団を正義の妖怪が退治したってことで話が盛り上がっているのだ。今日になって地元でも観光地として紹介されているタヌキの逸話が残るお寺に人が殺到していて、しかもさらに話が早いことにそこの近くにあるバラ園とツツジの名所をセットにした観光プランも検討されているらしい。


「ホント。嫌になるわね……」


 警察の上の汚点が消されて、民衆は妖怪で盛り上がり、私達は事件の後始末だけが残る。何ともやり切れないものだ。


「はあ~」


コンコン。


「どうぞ~」


「失礼します。…不機嫌そうですね」


「分かるでしょ?」


「ええ。警察のミスが公にならないとは……喜んでいいのか悲しむべきか」


「悲しむべきよ…そこは。それで聴取は終わった?」


「はい。悲しいことにあの妖狸のお陰で、人質になった人達がすぐに話をしてくれましたよ。銀行の職員も、妖狸様登場!でピーアールだ!って言ってましたよ」


「ケガ人が出たのに呑気ね……」


「そのケガ人も呑気ですよ…かわいい娘に応急処置された。って」


「世も末ね~」


「まあ、手当てしたその娘…男ですけどね」


「………薫ちゃん?」


「ええ。しかし、お気の毒ですよね…それが原因で犯人の一人に銃で強く殴られて、犯す為にそのまま銀行の部屋に連れていかれたって……。妖狸を名乗る奴に助けられなかったらどうな…」


「…ちょっと待ちなさい」


「なにか?」


「銃で強く殴られたって本当?」


「え、ええ。本当です。手当された人以外にも他の人質が見ています。顔を銃で強く殴られていたと…」


「……」


「どうかしました?」


「小型小銃で強く顔を殴られたのに、あの子の顔にケガ一つしてなかったわよ?」


「え……あ、そうえいばそうですね…。今日、その薫って方に事件の事で話を聞きにいったんですけどケガをしている風には見えませんでした。まあ…人質が極度の緊張下で強く殴られた風に見えただけとも…」


「あの事件の後、私がすぐに救急車の中で事情聴取したわ。その時、当の本人から顔が痛いとか殴られたとか一言も出てこなかった…ちょっと不自然よ」


「そういえば…」


「どうかしたの?」


「妖狸と名乗った女性で気になる証言が…」


「関係あるの?」


「……銃弾が胸に直撃したのに、ケガ一つしていなかったそうです。身に着けていた服が防弾ジョッキの可能性もありますけど」


「……」


 まさか、あの子が?ふと、そんな考えが浮かぶ。


プルルル…プルルル…。


 署長室にある電話が鳴る。


「もしもし」


「もしもし。元気か」


「ええ!元気よ!上のミスでてんてこまいよ!?」


「そうか。こっちも捜査させてもらえずだよ。ったく尾行のミスが起きたのにな…」


 今電話している相手は県警のトップである私の知り合い。こんな電話を掛けてくるという事はどうやら愚痴をこぼしにきたのと……上から何か命令があったのだろう。


「で、なんか命令でもあったの?」


「…ああ。それでだが……この事件かなりヤバいかもな」


「何があったの?」


「……妖狸について調査するな。だと」


「な!なんですって!?いくら何でもそんな事…」


「上からのお達しだ…」


「上って…どこからなの?」


「……黙っていろよ。上の上からだ」


 つまり、この命令は警察全体のトップからと言いたいのだろう。


「なにそれ?危険な兵器を持っている人間かもしれないのに?」


「その事だが…俺にその指示を出した奴っていうのが、警察成り立ての頃に俺が世話した奴でな。詳しく聞けたんだ。まあ、詳しくとは言ってもそいつも良く分からないみたいだがな…」


「それで?」


「この国を…いや世界を変えてしまうかもしれない大事件が起きた。とからしい」


「世界を?」


「ああ。盗賊団なんてどうでもいい。しかし妖狸は絶対に何がなんでもって感じだったそうだ」


「なに?国が極秘にでも開発した兵器を奪い取って、あの妖狸が今回の事件を起こしたとか?」


「悪い冗談はよせよ……言い切れんがな。何にせよだ。世界中が大騒ぎしているあの盗賊団を、どうでもいい。って一蹴させるほどの奴って事だ」


「……分かったわ。部下にも伝えとくわ」


「ああ。頼む。くれぐれも捜査としては調べないようにな」


「ええ」


 そう言って電話が切れ、私も受話器を置く。全く回りくどい言い方をする。


「聞いてましたけど…妖狸の捜査をするなって?」


「ええ。そうよ。くれぐれも捜査しないように」


「そんないくらなんでも…もしかしたら危険な人物かもしれないんですよ!?」


「そうね。でも捜査はしないわ。捜査はね♪」


「……なるほど」


 私は体勢を変えて肘を机の上に乗せて、手を組む。


「表立った捜査はしないように。あくまでついでに。気になった噂とか話があったら気に留める程度で…情報収集しなさい」


「分かりました。それとこの件は数名の信頼の置ける者に頼みましょう。ですが…」


「何?」


「一番怪しいのは…その…」


「分かっているわ。薫ちゃんが一番怪しいのは確実。人質の中で唯一あの場からいなくなって、周りの視界から消えているからね。ただ…証拠は無いから無茶はダメよ」


「はい。それでは失礼します」


 そう言って、部下が部屋を出ていく。私は椅子の向きを変え、立ち上がり窓の外を見る。外の景色をただ呆然と見ながら、妖狸としてあの現場で疑わしい人物を…私の知り合いである絶世の美女にしか見えないあの男の顔を頭の中に浮かべる。


「薫ちゃん…あなた何をしたのかしら?」


 事件は犯人逮捕で無事に終わった。しかしこの妖狸の件は随分厄介で長くなる事件になりそうだと、そう私は思い溜息を吐くのだった。

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