54話 獣王撃
前回のあらすじ「薫様無双中」
―「銀行・正面玄関」盗賊団リーダー視点―
手榴弾が爆発し周囲に轟音が響く……投げた俺は物陰になるような場所に隠れた事で難を逃れている。俺は少しだけ頭を出し周囲を確認するが、爆発時に起きた煙の影響で何も見えない。
「くっ……ははは!!!! ったくムカつく女だぜ。妖怪? そんな訳ねえだろう? きっと何かカラクリがあるんだよ……あの空を飛んでいたハエもそうだ! 全くバカな奴等だよな! そのままトドメを差せば良かったのによ……はははは!!!!」
あのふざけた奴らが死んでスカッとした。盗賊団に入り俺は強力な武器を手に入れ強くなった! 頭の回転の良さも買われてこのグループのリーダーにもなった!! 俺は強い!! そしてもっともっと弱者をいたぶり全てを奪う権利がある!! こんなところで躓いていられねんだよ!!
……俺はそう思いつつ、物陰から立ち上がり人質がいた方へと歩きだす。
「……さてと1人くらい生きてねえかな。爆発で腕が折れただけとかならありがてぇんだけどな」
腕が使えなければ抵抗できないし、逆に足が無事だと助かる。なんせ移動の際に便利だしな。まあ、さっきの爆発のせいで生きている奴なんていないかもしれねえけど……ああー、そん時はどうするかな……うん?
「何だ……あの黒いのは?」
煙が治まっていくと同時に姿を現す黒い金属の壁……これは一体?
「やれやれだ……まあ、想定内か……」
……黒い壁の向こうからあいつの声がする。嘘だ。何で……だってあいつはこんな物を持っていないかったじゃないか? すると目の前の黒い壁が小さくなっていく。
「嘘だ……」
そこには爆発によるケガをしていない人質共……そしてあいつ。
「うぁ……」
どんどん小さくなっていく黒い壁があいつの左手に収束し、そしてさきほどの籠手のような物になる。しかしその形は若干変わっていて……まるで創作上の鬼や悪魔のような籠手だった……。
「さてと……閻魔の元に向かう覚悟は出来ているか?」
そいつはそう言い放って、そのお面で隠れていない口の口角を上げていく。
「う、うあああああああ!!!!」
逃げろ! 逃げろ! 逃げろ逃げろ逃げろ!! こうなったら警察に捕まってもいい!! あいつから……あの化け物から!!
「呪縛」
「がっ……!?」
か、体が重い……上手く走れない……!! 目の前には俺達がここに突っ込んだ時に使った車がある。早くそこに……。
「はあ~。手間をかけさせるな」
俺の耳元近くで発せられるその声に驚き、思わずそちらに振り向いてしまう。当然そこにいたのは……。
「さてと……あっちに行くまでの間に自分の罪をしっかり数えるんだな」
「あ……ああ……」
悪魔の手を見せつけてくる化け物。お面で隠された顔で唯一見える口元から、そいつが楽しそうに笑っているのが分かる。
「全てを打ち砕す霊猪よ。その御身の力を我の左腕に宿したまえ……愚鈍な者に死を……」
「た!」
「獣王撃!!」
俺の顔面に悪魔の拳が直撃し、体が凄い勢いで弾き飛ばされる……ガラスの割れる音と、同時に起きる背中への強い衝撃と激痛……これが本当の……力……か。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―ほぼ同時刻「銀行・正面玄関」―
「……」
獣王撃。斥力の力を思いっきり凝縮して打撃の際に開放して強い衝撃を与える……っていうイメージで作った魔法だったんだけど……リーダー格の男は自分たちが乗っていた車であり、バリケードの一部になっていたそれのフロントガラスを突き破り、そのままリアウインドウも突き破って、バリケードの向こう側へと飛んで行ってしまった。
「(薫……今度こそ…)」
少しやり過ぎたかなと思っていた僕に小声でレイスが話しかけてくる。
「(だ、大丈夫……きっと『その時不思議な事が起こった』でなんとか……)」
そうだ。なんせ僕は魔法の力を使用しつつ殴ったんだ……きっと死にはしないはず……多分。
「おい。お主ら」
僕がそう言うと、人質の人が怯えながらもこちらを見てくれた。
「悪ガキどもは始末した。さっさとそのケガ人を連れて外に出る事だな」
「あ、は、はい」
「おい。しっかりしろ。助かったんだぞ!」
銀行員の人たちが撃たれた男性の両脇を抱えて正面玄関の方へと進む。さてと僕も急いで着替えないと……。
「あ、あの……」
あの個室へと戻ろうとしていた僕に後ろから声が掛けられる。声のする方を振り向くとあの男の子と母親がいた。
「ありがとう!」
「……ふん。母親を守れるぐらいに強くなるんだな」
「うん!!」
子供が笑顔で僕たちに手を振り、母親は軽く会釈してから正面玄関へと向かって行った。僕とレイスは親子を見送った後、急いで個室に戻りこの女装を解くのであった。
―地属性魔法「獣王撃」を覚えた!―
効果:鵺を籠手の状態にした時に使用可能。斥力の力を拳に凝縮。打撃の際に解放します。対象はかなりの勢いで吹き飛びますので注意しましょう。ちなみに『その時不思議な事が起こった!』は都合よくあります。
―クエスト「盗賊団討伐」クリア!―
報酬:薫の黒歴史の追加、男の子の笑顔
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―薫が盗賊団討伐する10分前「銀行・正面玄関」橘署長の視点―
「やあ~ねぇ……私達の管轄でこんな事が起こるなんて……」
盗賊団ヘルメスの連中が警察の包囲網に引っ掛かり、こっそり追跡……しかし、追跡がバレて派手なカーチェイスを繰り広げて盗賊団の車は銀行に突入。そのまま銀行の中にいた人を人質に立て籠り車の要求……。
「しかも、私に話がきたのは銀行に突入した後なんて酷いわよね~?」
「署長の文句は分かりますが、今は事件解決が最優先ですよ橘 重則署長」
「分かってるわよ~。ただ、早く連絡が来てればこんな状況を防げたかもって話よ……」
「……そうですね」
明かな連絡ミス。追跡がバレた時点で報告が欲しかったわ。入れる場所は全てバリケードされていて中の様子は見えず、というより上の奴らがこっちに何の情報もくれないから、何が起きているか全然分からないなんて……。
「本当に最悪だわ~……」
バンバン! ガシャン!
「……何かしら。今の音は」
「分かりません。でも突入の話とかは聞いてないですよ!?」
ピシャン!!
「また?」
何が起きているのかしら? また、こちらに何も知らせずに勝手な事をしてるのかしら? でも、特殊部隊はまだ来ていないはずだし……。
「……~!!」
何を言ってるのかは分からないが、中から怒鳴り声が聞こえる。もしかして……誰か交戦でもしている?
ドーーン!
爆発音が起き、バリケードの一部が崩れる。崩れた壁の一部から煙が巻き起こる……まさか自爆? 思わず最悪の結末を思い浮かべる……。
「う、うあああああああ!!!!」
突如、誰かの悲鳴が銀行内から響く。本当に何が起きているの?
パリーン! ガシャン!
何かがバリケードの一部に組み込まれていた盗賊団の車の窓を突き破り、そのまま盾を構えていた警察の隊列にぶつかる。しかし、その何かはそれでも勢いが止まらずそのまま後ろに待機していた私達やマスコミ、そして野次馬の所まで飛んできてゴロゴロと地面を転がっていく。
そして、やっとその勢いが治まり、その何かが仰向けになったのだが……それは人だった。その顔は明らかに顔面骨折をしており、鼻や目から出血……しかも手足がありえない方向を向いている。
武装している所からして犯人だろう。周りが騒然としている中、私は急いで地面に倒れている犯人に向かい、その腕を取り脈を測る。弱々しいが生きてはいる。
「担架! 早くしなさい! このままだと犯人が死ぬわよ!」
あまりの出来事に呆然としていた警官隊へと怒鳴る。すると私の声で我に返った警官隊、救急隊が集まってくる。取材で集まっていたマスコミは慌てて中継を始め、レポーターが現状を説明し始める。野次馬の一部は手に持っているスマホで倒れている犯人を撮り始め、慌ててそれを窘める。
周囲を確認していると、救急隊員がこちらにやって来たので、邪魔にならないようにその場から下がる。
「署長? 一体何が?」
「分からないわ……でも、これだけは分かる。犯人達は何かと戦っていた……」
「おい! 警戒しろ! バリケードが崩されているぞ!」
正面玄関に陣取っていた警官の1人が叫ぶ。犯人をここまでにした何かが出てくる……周りの警官隊が盾を構えて、それに警戒をする。しかし、バリケードが外され出てきたのはスーツを着た男性だった。
「撃たないでくれ! 怪我人がいるんだ! 助けてくれ!」
スーツの男性は手を挙げながら叫んでいる。その間にも、バリケードが外された箇所から人がどんどん出てくる。
「人質?」
私もこっそりとそちらに近づくと、最前線にいた警官隊が男性に近づき、最初に出て来た人に話を訊き始めていた。
「大丈夫か?」
足を撃たれた男性も肩に担がれて出て来る。どうやら人質で間違いないみたいだ。話を訊いていた警官隊が人質の人達を救急車がある方へと案内していく。
「これで、人質は全員ですか!」
「はい……あ、いえ! そういえば後1人!」
「その人は?」
「私が担当した男性で……キレイな女性みたいな人でした。それで女性と勘違いされたみたいで、ムカつく女だって犯人の1人に連れていかれまして……」
キレイな女性みたいな男って……『まさか、あの子かしら?』と思っていると玄関から顔なじみの子が出て来た。
「あ、あの人です!」
女性従業員が玄関から出て来た顔なじみの子に指を差す。
「君、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。ただ、犯人たちがボロボロに倒れていて……」
それを聞いて警官隊が中に入っていく。顔なじみの子も待機していた救急車の方へ案内されていく。
「ちょっと、さっきの子に話を訊いてくるわ」
「お知合いですか?」
「ええ」
私は部下にそう言って彼の元に向かうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―ほぼ同時刻「カフェひだまり・店内」泉視点―
「こんばんは!」
「ああ……いらっしゃい」
あっちでの衣装作成が一段落して、少し遅くなったのでひだまりで晩ご飯にしようと思っていたんだけど……少し皆の雰囲気が暗いような……ってあれ?
「シーエさん? まだ帰らなくて大丈夫なんですか?」
「それが……」
「(薫のやつが帰ってこないんだよ。電話っていうので連絡してるんだけど繋がらないってよ)」
まだ、お客がいる店内で物陰に隠れていたマーバが小声で説明してくれた。
「え? それで大丈夫なの?」
「それなんだけど……用事で銀行に行くって……」
そう言って、昌姉がテレビへと指を差す。そこには生中継で、私も行っている銀行が映っている。テロップには『盗賊団ヘルメス! 銀行で立て籠もり!』と流れている。
「まさか……」
「あいつが長い時間連絡をよこさないってことは……そういうことだろうな……」
「薫ちゃん大丈夫かしら?」
声が聞こえた方へと振り向くと、テーブル席にいたお客さんが心配そうにテレビを見ていた。薫兄を知る常連さんなんだろう。
「大丈夫だよ。だって薫兄なら……」
レイスがここにいないってことは一緒にいるんだから魔法が使えて、鵺という超特殊な武器を持っていて……。
「なにか起きちゃいそう……」
「そうッスね……」
「やっぱりそう思うよな……」
皆の心配は薫兄とレイスの命では無かった。あの2人が銀行で変な事をしないのか心配だったのだ。それに気づいたと同時にテレビから発砲音が聞こえる。ナレーターが『警官隊が突入したのでしょうか? 人質は大丈夫でしょうか?』とカメラに向かって話している。しばらくすると今度は爆発音がして一回画面がブレる。すると今度は悲鳴が……。
「(まさか、薫兄とレイス?)」
「(警官隊じゃなければあいつらだろう……)」
マスターと小声で話をしていると、今度は何かが車のガラスをブチ破った。
「うわ……」
「重症ね……」
その何かは男性だった。カメラが映したその男は武装している所からして盗賊団のメンバーだろう。しかしその顔はぐしゃぐしゃの血まみれで、その手足も変な方向を向いていた。流石に撮るのはヤバいと思ったのだろう。すぐにカメラをずらしてそれが映らないようにした。
「(薫兄……黒歴史? いや犯罪歴? 増やしてどうするの?)」
「(いくら何でも過剰防衛だよな……)」
「(そうね……)」
「(アレ……死んでなかったッスか?)」
フィーロがその心配をしていると、画面の外から『担架! ……死ぬわよ!』と叫んでいる人の声がする。
「(……ギリ生きているみたいだな)」
「(薫さん達を相手に戦うというのは、かなりの覚悟をしないとダメってことですね)」
「(シーエ……私、アレとは戦いたくない)」
遂にマーバがそんな感想を述べる。テレビでは玄関から人質が出て来た姿が映し出され、おそらく犯人をぶっ飛ばした張本人の薫兄の姿も映るのであった。




