最終話 ファンタジーの向こうへ
今回のあらすじ「最終回だよ!」
―黄昏時「薫宅・居間」―
「おかえりなさい薫、レイス」
「ただいまユノ」
家に帰って来た僕たちを眼鏡を掛け、ラフな格好をしたユノが出迎えてくれた。ユノの兄であるアレックス王子が結婚しておよそ半年ほど経った頃、今度は僕たちの結婚の話になって、その一環として同棲を始めたのである。ちなみに、学校を卒業したユノはしっかりと職に就いており、今はこちらの本をあちらの言語に翻訳したり、ビシャータテア王国の大使としての仕事をこなしている。
「お仕事中だった?」
「はい。まあ、切りのいいところで休憩しようと思っていたので丁度良かったです」
「おかえりなさいませお二人とも」
すると、2階からメイド衣服に掃除道具を持ったシシルさんが下りて来た。
「お疲れ様シシルさん。家事を任せちゃって申し訳ないんだけど……」
「仕事ですので。薫様も慣れて下さい」
「うーーん……慣れない。護衛だったシシルさんがハウスキーパーになるなんて」
「私達『シャドウ』は基本的に影から護衛が仕事ですけど、中には私のように護衛対象の家の家政婦として仕事をこなす者もいるんですよ。それはさておき……ビシャータテア王国ではないとはいえ、薫様はあちらでは侯爵扱いですから。そんな高位貴族の家に召使いが1人もいないというのは、少々不味い話なんですよ?」
「シシルの意見はもっともなのです。色々あって放置していた件だったと思うのですが……そろそろ本腰を入れて整えるつもりなのです」
「整えるって……カーターの家みたいに?」
「その通りです。それだから、こっちに常駐する人材を選定しているところですし……」
家主である僕に告げられずに勝手に準備が進んでいるのはどうしてなのか疑問に思いつつ、それによる一番の心配ごとを訊いてみる。
「それはいいけど、養えるかな……?」
「ドラゴンの鱗の売買権を独占、観光施設である空中庭園デメテルも含んだ古代施設の管理者、高ランク冒険者として数多の依頼をこなし、今や売れっ子小説家……他にも魔国ハニーラスでのアドバイザーと色々兼業していらっしゃるんですから金銭面は問題ありませんよ。それと明菜さん達も同居するってこともあって、家を増築する話でしたけど今の資財なら余裕で出来ますからね?」
「今はいいけど、それが持続するかなって思うと……」
「そんな心配……」
「する必要はないですね」
3人が問題無いというが、関わりのある人たちの口から出る金額を聞いていると、僕は不安になって堪らない。何を買うのも万単位が基本の人たちばかりなのだから。そんな湯水のごとく使っていたらあっという間に無くなってしまうだろう。
「薫……今の自分の資産がどうなっているのか、よく確認するのです」
「億はあるって分かっていても、見境なく使ってればあっという間に無くなっちゃうからね? って……何でレイスとか精霊って他人の心を読めるの?」
「薫は顔に出るタイプですからね。私だって分かりましたよ?」
「え。嘘……初めて言われたんだけど?」
僕は思わず自分の頬を両手で隠す。これまで度々、心を読まれていたのはこれが原因……だったのだろうか?
「そんなことしても無駄だと思うのです。まあ、そんなことより……いよいよ明後日なのです。準備はいいのです?」
「今のところは問題ありません。お父様達も手伝ってくれますからね」
「僕も大丈夫。しかし……いよいよ結婚か」
同棲から半年、いよいよこの日が来たかと思うと感慨深い。というのも……。
「初夜は期待してますよ?」
「……頑張ります」
ってことで、この同棲して半年の間、ユノに一度も手を出さなかったのである。よく耐えたと自分を褒めたいところである。母さんに意気地なしと言われたが、婚前前のお姫様に手を出す訳にはいかないと思うのだが……。
「そういえば直哉さんはアメリカに行ってるみたいですが出席されるんですか?」
「うん。その日だけ転移魔法陣を使って、アメリカ大統領と一緒にこっちに来るって。その関係でマクベスが明日、家にやって来るからよろしくね」
「分かりました。けれど……マクベスさん久しぶりに会いますね」
「新しい機関の立ち上げしたからね」
あの決戦の際、万全の状態では無かったマクベスはセラさんと一緒に後方支援を行っていた。そして戦いの後は再びセフィロトの管理に戻ったのだが、それとは別に新しい機関である『グージャンパマ歴史保全連盟』の立ち上げも行っている。
立ち上げた理由だが、同型であるアンドロニカスのような犠牲者を生み出さないためである。原因となった『ヘルメス』の魔石がどのような経緯で生み出されたのか調べるのがマクベスとしては第一の目的なのだが、それに繋がる手がかり……つまり『ヘルメス』の魔石を作った人たちの痕跡を調べなければならない。イレーレたちの時代よりさらに前の時代。もはや痕跡は風化して何も残っていないような状況であるが、『ヘルメス』の魔石のように今日まで現存していた物もあったりするので、地道にそれらを調べる予定である。
「第二の魔王を生み出さないためにも、各国協力を惜しまないことが決まりましたし、冒険者ギルドや商業ギルドとも連携を取ることが決まりましたからね」
「ひとまず安心できるね」
「そういえば、それで小耳に挟んだ話なのですが……なんでもとある海域の深海にその痕跡が残っているのではないかという話が出てきているそうです」
「深海……セイレーンを召喚できる泉達が呼ばれそうですね」
「それとマナフルさんにも協力を仰ぐんじゃないかな……海を凍らせてもらうには最適な人選……いや、犬選だし」
「薫様達も呼ばれるかもしれませんよ」
「あはは……宇宙に深海って勘弁して欲しいかな」
「……そのうち、映画のように惑星の中心部とかの調査も頼まれそうですね」
「いや、それは無い。きっと……うん」
そんな高温、高圧のそんな場所に行きたくない。古代の人々がそんなところに施設を作っていないことを祈るとしよう。
「こんばんは!」
すると、家のチャイムが鳴ったと同じくらいに泉の声が外から聞こえた。それに続いて、フィーロの声もする。
「ういッス! 来たッスよ!!」
シシルさんが家の玄関を開けて、2人を中に招く。その手には少し値の張るケーキ屋さんの箱を持っていた。
「お待ちしていました。雪乃さん達ももう少ししたら来るそうですよ」
「それじゃあ予定通りだね! 薫兄とレイスもちょうど帰って来たみたいだし……」
「ついさっきだよ。それでパジャマパーティーって本当にするの?」
「もちろん! 独身生活最後としてはしゃぐよ!!」
「なのです!!」
「今日は無礼講ッス!!」
「いぇーい!!」と言って、ハイタッチする3人。それを見たユノとシシルさんが思わず笑いが零れている。ちなみに泉も半年前からカーターの邸宅で夫になるカーターと同居生活をしている。衣装作りや冒険者としての仕事以外にも、あちらでカーターの婚約者としてパーティーやお茶会に出席したりと色々忙しい日々を送っているそうだ。
また、これから家にやって来る雪乃ちゃんとあみちゃんも料理人としての腕をメキメキと上げており、『カフェひだまり』でのアルバイト以外に、ショルディア夫人が主催している異世界の方々を招いたパーティーで出す料理を先輩料理人の下で修業をしている。
今回のパジャマパーティーはそんな多忙な皆を労うためのものとなっている。その力の入れようは、泉たちが持って来た1切れ2000円する高級ケーキをいくつも用意している時点でかなりのものだと分かる。ちなみに……これは女子限定のはずなのに、僕はいつも通り着ぐるみパジャマで出席することになるのは決定である。
ちなみにユノもしっかり準備をしており、事前に昌姉とマスターに焼き菓子をたくさん用意してもらっている。そんなに食べきれるのかと思うのだが……まあ、口にはしない。そういえば、昌姉たちも子育てで色々忙しい日々を過ごしていたみたいだし、後で何かプレゼントでも送ろうかな。
「はしゃぎすぎて結婚式にドレスが着れないとか無いようにして下さいね?」
「分かってます。薫との結婚……2人でウェディングドレスを身に纏うのですから、そんなへまはしませんよ」
「着ないからね!? 大勢の前でそんなの着たら笑い物だから!!?」
僕がそう言うと、シシルさんも含めた皆が「何を言ってるのこいつ?」みたいな目で僕を見る。どんなに見た目が美少女と揶揄されようが、タキシードで男らしく決めるつもりだ。
「……何て冗談ですよ。流石に……ね」
「ええ」
そう言って、泉とユノが笑い出す。流石に2人もそこは弁えているようで安心した。
なお、この時の僕は知る由も無かったのだが、親しい人たちで行われる2次会にて、煌びやかなウェディングドレスを着せられることになり、互いにウェディングドレスを着た写真を撮ることになったりする。
「あれ? カーター?」
ふと、ここで開けっ放しの玄関から外を見ると、カーターとサキが外にいた。
「薫兄に話があるって一緒に来たんだ」
泉にそう説明された僕はカーターたちと話をするために1人外へと出る。最近こっちに来るときは着てこない鎧姿に少し物珍しさを感じつつ挨拶をする。
「よう! 元気そうだな」
「おかげさまで。泉との生活はどう?」
「カーターって泉に手を出さないのよ? 男としてどう思う?」
「貴族としては当然だと思うけど?」
「……そういえば薫も同類だったわね」
「酷くない?」
「待たされる女の身になって見なさいよ……それじゃあ、私少し話してくるわね」
サキはそう言って、ユノたちの方へと飛んで行った。残った僕とカーターは夕暮れの秋晴れの中、静かに会話を続ける。
「アオライ王国で暴れていた魔獣の討伐を急遽頼まれるなんて災難だったな」
「全くだよ。結婚式の準備のため1週間はクエストを受けないって話だったのに……まあ、その後マナフルさんがしっかりシバいてくれたからいいけどさ」
「嫌がらせか?」
「ううん。結構ガチな問題だった。やっぱり飛んでいる魔獣の対処には困るみたい」
「そうか」
そこで会話が途切れる。互いに話す事はあるのだが、ベラベラ喋ることはせず、僕たちを照らす夕陽に目を向けながら、ゆっくりと会話を続ける。
「カシーさんとシーエさんはどう?」
「俺達が挙式を挙げて、しばらくしたら式を挙げるそうだ。その時はお前達も呼ぶってさ」
「何か結婚式が続くね……」
「本当ならもっとバラついたんだろうが、魔王やらヘルメスやらでそれどころじゃなかったからな。仕方のない話だろう」
「まあ、そうだね……しかし、僕たちが出会っておよそ2年半でここまで色々起きるとは思っていなかったな」
「それを言うなら俺もだ。きっとこの後に会うシーエやカシーも同じことを言うぞ」
「……そっちの集まりに参加出来ないかな? お酒を片手に静かな雰囲気で会話を楽しむとかするんでしょ?」
「そうだ。が、お前は呼ばないぞ。幼馴染とその相棒である精霊達で楽しむ集まりだからな。そもそも、お前がこっちに来たらユノ姫に睨まれてしまうしな」
「大人の男らしい結婚前夜というのを過ごしたい……」
「諦めろ。どう考えても薫には程遠い世界だ」
「ひどっ!?」
その後も軽口を叩くような会話をしていく僕たち。僕とカーターたちが出会って始まったこの流れの一先ずの終わりとも言える互いの結婚。それを前にこれまでの日々について振り返ったりもした。
「さて……と、そろそろ行かないとな」
「皆によろしく言ってね」
「ああ。サキ! 帰るぞ!」
「はーい!」
ユノたちと会話をしていたサキが、泉から貰ったのだろうケーキの入った箱を手にこちらへとやって戻って来た。そして、そのままグージャンパマへと繋がる『異世界の門』のある蔵の前まで一緒にやって来る。
「それじゃあ最後の打ち合わせでまた明日来るからな」
「うん」
そう言って、カーターとサキはグージャンパマへと帰って行った。そして、2人を見送った僕は蔵の扉を閉めて、家へと戻る。その頃には日は完全に沈んでおり空には星が輝き始めていた。
「余計な明かりが無いため澄んだ夜空には宝石をちりばめたように星々が輝いてる……」
ふと、そんなフレーズが口から零れる。あの時は冬空だったが、この夜空もその時の空と負けない位に星が輝いていた。
「薫!!」
「何やってるの薫兄!!」
僕が夜空を見ながら、物思いに耽っているとユノたちに大声で呼ばれたので、そちらに顔を向ける。
「何でも無いよ!」
僕はそう答えて、家へとゆっくり歩を進める。これまでの慌ただしい日々を振り返りつつ、そしてこれからも続くのだろうこの慌ただしい日々を楽しみにしつつ、僕たちの物語は続いていく。
「明日も忙しくなりそうだな」
僕はそう呟きつつ、玄関の扉を静かに閉めるのであった。
この後も続く僕たちの物語。でも、それはまた別の話。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この後、多少の手直しをしたりしますが、510話まで続いたこの長かった物語はここで終わりとなります。初めて書いた小説で拙い箇所も多々ある(あり過ぎる)作品ですが、読者の方々が少しでも楽しんでいただければ幸いです。また機会があれば別の作品でお会い出来ればと思います。
重ね重ねになりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。




