505話 激闘の果てに
前回のあらすじ「ラスボス撃破!!」
―薫達がゴスドラを倒してから1ヶ月後「薫宅・居間」泉視点―
「申し訳ない」
「謝らなくていいよ。あの子達もその覚悟で残ったんだろうしね」
頭を下げる直哉さんに対して、やんわりと謝罪を受け入れる明菜おばさん。私達があの浮遊城から脱出して今日で1月経った。あの戦いでグージャンパマ側では大勢の犠牲が出てしまい、その方々の保証などの話し合いがある程度終わりかけ、ゴスドラの襲撃に警戒しつつ日常の日々に戻りかけている。
「それに私よりこっちの方が深刻だよ」
そう言って、明菜おばさんは隣に座るユノを抱き寄せる。あの日、帰って来た私達の中に薫兄がいないことにショックを受けており、一応ゴスドラと決着を付けるために残ったこと、去り際だが大したケガはしていないことを伝えて一先ず安心させたのだが、それから1月も経てば憔悴するのも無理はない。
「レイスのお母さんであるソレイジュ女王も落ち込んでるッス。仕方ないッスよ」
そこでここにいる全員が大きな溜息を吐く。薫兄のことだからアイテムボックスの中に食料や水は入っていただろう。だが、それがどれほどの量なのかは知らない。
「天才と自称していたが……こういう時に役に立たないとはな」
「社長。そんな泣き言を言っている場合じゃないですよ。要件があって来たんですよね?」
「ああ」
そこで姿勢を正す直哉さんがそこから薫兄とレイスの持ち物を尋ねてきた。どうやら薫兄の荷物からあちらの居場所を特定し、そこにゲートを開くことが出来ないか夜通しで研究をしていたらしい。だが、直哉さんが持っている物では何の成果も得られなかったらしく、そこで他に何か思い当たる物が無いかと訊くために来たとのことだった。
「確かに、ここなら薫に関わる物はあるとは思うけど……それが次元を越えて繋がるような物かといえば……」
「一番の可能性は魔石でしたが……」
そこで言葉を噤んでしまう紗江さん。この様子ではいい成果は出ていないのだろう。
「薫……」
そう呟いて泣きそうになるユノ。何の成果も得られず、薫達の生死も分からない現在、事情を知っている人達の一部からは2人は亡くなっていると考えている人達もいる。
「ユノちゃん。今日は家に泊まっていきな。昌達が生まれた子供を連れて来るし、ソレイジュ女王も気分転換に来るらしいし、私の旦那にあかねも来るから賑やかで不安も少しは薄れるかもね……ねえ、泉ちゃん、フィーロちゃん?」
「そうッスよ。何せあの薫のことッス。自力で脱出する方法を持っていてもおかしくないッス」
「むしろ……あの空間で試料採取してて、そろそろ帰ってくるじゃないかな」
「ああ……薫さんにレイスさんって真面目ですからね。案外それであの空間に居座っている可能性がありそうですね」
「明日にでも「ただいま!」ってあっけからんに帰って来そうだよな……」
私達がそんな楽観的な想像をしてユノを元気づけようとしたのだが、ユノは元気の無い声で「そうですね」と無理矢理作った笑顔で返事をする。それを見た私は心の中で薫兄達が無事に帰って来ることを祈るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―ゴスドラ討伐完了して翌日「ソーナ王国・王都より北の森」―
「……え?」
「どうしたのレイス?」
「いや……ここはどこなのです?」
「ソーナ王国の森だよ?」
僕が建てたテントから出て来たレイスが寝る前に見た景色と別物になっていたことに驚いており、とりあえず僕はここがどこなのかを告げる。
「どうやって脱出したのです!? とういか脱出手段なんてあったのです!?」
「確実に脱出できるかは不安だったけど……まあ、あったよ。ねえ、シエル?」
先ほど淹れたコーヒーを飲みながら、僕の横で休んでいたユニコーンのシエルの頭を撫でる。
「あの後、変な時間に僕が目を覚ましちゃってさ。何だかあそこで再び寝るのも落ち着かないから、シエルを呼んで、寝ているレイスも連れてシエルの背中にしがみ付いて、返還時に一緒にここまで移動したんだ。僕が用意したお土産をちゃんと持ち帰れるから、もしかしたら一緒に移動できるんじゃないかと思ったんだよね……。まあ、もうあの場所に戻れないけど……一応サンプルも回収したから文句は言われないでしょ」
「……」
僕が一通りの説明をすると、豆鉄砲を喰らったような顔のまま無言になってしまった。一方通行だが安全に帰れる手段があることには気付いていたのだが、レイスに事前に説明をしていなかったかもしれない。そんな事を思いつつ、僕がレイスの名前を呼ぶと、少しの間を置いてから喋り始めた。
「私、あそこで骨を埋める覚悟だったのです」
「ああ……ごめんごめん。言ったつもりだったけど、言ってなかったんだね。あ、朝食出来てるけど食べる?」
気まずくなった僕は話題を変えようとして、朝食をどうするのか訊くと、レイスからお腹の鳴る音が聞こえた。
「メニューは?」
「トーストにベーコンにソーセージにサラダ……それとスクランブルエッグ。飲み物はジュースでいい?」
僕がそう訊くとレイスが首をこくこくと縦に振るので、さっそく仕上げに入る。すると、周りにいたユニコーンたちが匂いに釣られて近寄って来たので、ソーセージを分けてあげる。群れなのでかなりの量が必要なのだが、あちらも僕たちが急な来訪なのを知っているので、用意したソーセージを仲間割れしないように仲良く食べ始めてくれた。
「何か昨日のあれが嘘みたいに平和なのです」
「まあ、ここはそれらとは無縁に近いからね……」
僕たちは朝食を取りながら、その平和な日常を眺める。昨日の派手な戦いと比べたら何とも穏やかな風景だが、この穏やかな日常が改めて貴重なものだなと思った。
「念のための確認なのです……この後、どうするのです?」
「レイスの思っている通り、家に帰るよ。何だかんだ疲れてるから家でしっかり休みたいところだし……ユノたちに心配かけちゃってるから一刻も早く安心させないとね」
「私もお母さまに会って無事を伝えたいのです」
「そうだな……とりあえず、ソーナ王国の転移魔法陣を使わせてもらって、イスペリアル国に向かうから、その道中にノースナガリア王国に連絡を入れてもらって……それとも直接会いに行く?」
「そうですね……」
ゆっくりと朝食を取りながら、この後の予定を決めていく僕たち。すると、ユニコーンたちが一斉に何かに反応し同じ方向を向き始めた。
「シエル。魔獣が現れたの?」
(ううん。この感じ……多分)
「え!? 薫さんにレイス姫!?」
森の中から現れたのはモノクルを付けた精霊……ユースさんだった。よく見たら背中に大荷物を背負っており、僕たちがここにいたのが予想外だったのか驚きの表情のままこちらへと近寄って来た。
「いい匂いがすると思って来てみたら……どうしてここに? 確か浮遊城で……」
「そこのボスを倒したので、シエルの返還を使ってこっちの世界に帰って来たんです。それで疲れたのと時間帯が夜というのもあって、ここでキャンプを張って一夜を過ごしたところなんです」
「そうだったのか……何か凄い戦いをしていたんだね」
「紙一重で勝ちましたよ……あ、何か飲みます? お腹が空いているなら良ければパンなら出せますけど……」
「ああ、それなら……」
そこで素早くユースさん用にトーストとジュースを用意して一緒に朝食を取ることになった。
「ユースさんは朝早くここに来て何をしていたんですか?」
「泊まり込みで、この近くにある湖の調査をしていたんだ。そこの湖には魚が多く生息していてね。そこで漁業が出来ないか調べていたんだ」
そう言って、笑顔を見せるユースさん。その様子からして漁業が出来るぐらいに多くの魚を見つけられたのだろう。
「1人で調べていたのです?」
「いや、他にもいたんだけど……調査し忘れていたことがあってね。僕だけ1度戻って、その調査の帰りなんだよ」
「へえ……」
ユースさんがどうしてこんな朝早く1人で森の中にいたのか不思議だったがそのような調査をしていたのなら納得で……ん?
「あれ? 大規模作戦中なのに調査に出掛けたんですか?」
「警戒レベルが下がってね。それで王都の近くなら日帰りで調査可能になったんだよ」
「「え?」」
ユースさんの話を聞いて、僕とレイスは思わず疑問の声が漏れる。僕たちが浮遊城に突撃したのは昨日の話である。それなのに、警戒レベルが下がっていたり、日帰り調査をしていたり、一体どういうことなのだろう。
「2人ともどうしたんだい?」
「ユースさん。つかぬ事を訊くのです。それっていつの話なのです?」
「およそ1週間前だよ」
1週間……それを聞いて、僕とレイスは互いに顔を合わせた。たった1日留守にしていたと思っていたが、それは違っていたようだ。そして、僕は恐る恐る訊かないといけないある事を訊いてみた。
「ユースさん……僕たちが浮遊城に向かった日からどれくらい経ってるんですか?」
「およそ1月だけど……って!? どうかしたのかい!?」
頭を抱えた僕とレイスの姿を見て、ユースさんが心配してくれるのだが、僕たちはそれに対して返事を返せなかった。
「や、やばい……かなり心配させたかも……」
「下手すると死んだ扱いレベルなのです……」
こんなゆっくり朝食を取っている場合じゃないことに気付いた僕たちはユースさんに事情を説明しつつ、大急ぎで帰り支度をするのであった。




