498話 ヘルメス・トリスメギストス
―謎の生物出現と同時刻「ドルコスタ王国・浮遊城へと繋がる空間のひび割れ近くの町」カイト視点―
(おい! 聞こえているか!)
浮遊城の上層で爆発が起きたのを確認後、僕は戦場に何か異変が起きたのでは無いかと思い、他の部隊と連絡を取り合って現在の戦況を確認していたら、突如としてゴルドから連絡が入って来たのだが、その声はどこか慌てているようにも聞こえた。
「聞こえてるけど何か問題でも起きたのかい!?」
(問題かは判断できないのだが、どうやらさっきから光線を放っていた何かが破壊されたようだ)
「ん? それなら……」
(最後まで聞け。それが破壊された際に、馴染みのある気配を感じ取れたから、薫達が破壊したのは間違いないだろう。だが、その直後に我でも苦戦……いや、負ける可能性が高い化け物染みた気配を感じ取った)
「なっ!? それって……」
(現在、薫達はそいつと対峙しているとみて間違いないだろう。もしかしたら、薫達を無視してこちらやあっちの世界に乗り込んでくるかもしれない)
「……ちょっと待ってくれ」
すぐさま、僕はここにいる他の面々にも声を掛け、詳しい戦況を確認するとこちらにやって来るギアゾンビ共がいなくなっているのが分かった。
「ギアゾンビも湧かなくなっているみたいだね……」
(どうやら敵は力を集結させたようだな。我以外のドラゴンは引かせるが問題無いか?)
「了解した。こっちも今いるギアゾンビを駆除し終えた段階で部隊を一度撤収して、いざという時の備えに入る」
(それでいい。戦うのに邪魔になるからな……)
ワクワクした様子で話すゴルドに僕は恐る恐るある事を訊いてみる。
「もしかして楽しみにしてない?」
(これほどの強者と戦うのは久しいからな……腕が鳴る)
「あ、はい」
浮遊城で誕生した何かとゴルドが戦った場合、何かとんでもないことになりそうな気がしてならない。最悪、今いるこの場所も……。
(……皆。任せたよ)
浮遊城で頑張っている薫達に心の中でエールを送るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「日本のとある海岸」フェンリル視点―
「む……おかしいのう?」
「何かありましたか?」
隣にいるジエイタイという組織に属する兵士が妾の独り言に反応する。薫達が浮遊城へと飛び立ってからしばらくして、浮遊城から無数のギアゾンビ共が現れたので片手間程度に狩っていたところ、同じくギアゾンビ共の始末をしていたこ奴らと合流した次第である。
「先ほどから感じてた強力な反応が消えたと思ったら、さらに化け物染みた反応が現れてな……」
「さっき浮遊城の爆発もありましたし……あそこで何が起きてるんですかね」
ジエイタイの兵士がそう言って物陰から現れたギアゾンビの頭を撃ち抜く。その音を聞いて他の兵士達が倒れたギアゾンビに集まり、死亡を確認したところでその死骸をどこかへと運び出した。
「分からぬ。薫達がその強力な反応を出す何かを倒したのは間違いないと思うのじゃが……」
「とりあえず、警戒を強めた方が良さそうってことですかね?」
「うむ。それは間違いないぞ」
妾のその一言に、兵士はスマホと言われる物を手に取り、誰かと連絡を取り始める。
(……まあ、多少はマシになるじゃろう)
警戒など生易しい。ただちに全戦力をここに集結させて迎え撃つのが唯一の答えである。だが、そんなことを話しても、この国はすぐ動けないだろう。それなら、ある程度被害が出てからすぐさま出撃してもらったほうが早いかも知れぬ。
(まあ……そうなるかは薫達次第だな)
妾は自身でも手の追えぬ相手を前にしている薫達に、無事に帰って来ることを強く望むのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「浮遊城・明日の行方を眺めし場所」―
「……」
宙に静止したまま、静かにこちらを見てくる天使型生物。
「何あれ……?」
「見た目だけなら天使ッスね……」
「ゴスドラの切り札ってところかしら……」
「もしくはアレが終着点なのかもしれませんね」
変わり果てたゴスドラの姿に各々感想を述べる皆。僕も色々思うところがあるのだが、ゴスドラが先ほどの巨大ヘルメスのことを『トリスメギストス』と呼んでいた。そして今、ゴスドラは『ヘルメス』と『トリスメギストス』と一体化した事で、ある名前を思い出す。
(『ヘルメス・トリスメギストス』……神秘思想や錬金術などで語られる神の名前。唯一、賢者の石を手に入れたともされた伝説の人物ともされている……皮肉にもその通りなんだよね……)
数多の魔法が使え、無機物が生きているという異常性からしても『ヘルメス』を賢者の石と言っても過言ではないだろう。そして、それを手に入れたゴスドラは自分をそのような存在に昇華させようと望み、あの巨大なヘルメスに『トリスメギストス』と名付けたのかもしれない。
(トリスメギストスが『3倍偉大な』っていう意味があるから、『ヘルメス』と『トリスメギストス』を自身に取り込んで、そのような存在になることを示唆していたのかもしれないな……)
僕はそこで異形な天使……『ヘルメス・トリスメギストス』に意識を集中させる。先ほどからその場に浮いたままピクリとも動かない。ただ、気配だけなら今までに出会ったどんな存在よりも気味が悪く、先ほどから自分の中にある生存本能が警鐘を鳴らし続けているのが分かる。
すると、『ヘルメス・トリスメギストス』の片腕を上げる。僕はその姿にとてつもなく恐怖を感じ、すぐさま鵺を『城壁』として皆を守るように展開しつつ、全員に防御を取るように促す。そして……『ヘルメス・トリスメギストス』は上げた手を手刀の型で振り下ろした。
「きゃ……!?」
「なっ!?」
鵺を切り裂き僕たちの間を手刀の斬撃が通過する。幸いにも、その手刀の斬撃に誰も当たらなかった。だが、それは城の壁から床へと一直線に続く剣痕を残した。そして、あまりにも強すぎる攻撃のせいで浮遊城が大きく揺れる。
「わっ!?」
「気を付けろ!!」
その振動に動揺する泉に対し、カーターが優しく抱き寄せて転ばないように保護する。カシーさんやシーエさんも何か支えとなる物を床に差したりして転ぶのを防いでいる。対して、僕は斬られてしまった鵺を黒剣に戻し、もう一方の手に四葩を握る。
「翠色冷光!」
そして、すぐさま強力な冷気の斬撃を『ヘルメス・トリスメギストス』へと向けて放つ。再度、手刀を繰り出そうとした『ヘルメス・トリスメギストス』はそれに気付いて、もう一方の腕を前に出してそれを打ち消してしまった。そして、もう一度……今度は横薙ぎで繰り出してきた。
「うわっ……と!?」
僕とレイスは『飛翔』を使って上へと逃げ、他の皆は床に伏してその斬撃を避ける。斬撃が通り過ぎたところで皆が立ち上がろうとするのだが、『ヘルメス・トリスメギストス』はその状態の皆に攻撃を仕掛けようとして来た。
「雷刃!」
僕たちはその前に立ちふさがり、雷を纏った剣で応戦する。『ヘルメス・トリスメギストス』は武器を出すことなく素手で攻撃を繰り出してくる。その腕は硬く、僕の剣とぶつかるたびに金属音を響かせる。すると、『ヘルメス・トリスメギストス』は5本の指をこちらへと向けて……。
「おっと!!?」
僕は体を思いっきり逸らす。すると、顔の横を『ヘルメス・トリスメギストス』の鋭く尖った凶器に変化した指が通過する。そして、今度はその指と僕の剣がぶつかり合う。『ヘルメス・トリスメギストス』はもう一方の指も同じようにな凶器へと変化させて、僕たちに襲い掛かって来る。
「ネイル・ボム!!」
やり合っている僕たちと『ヘルメス・トリスメギストス』の横からカシーさんたちが魔法を撃ち込んでくる。『ヘルメス・トリスメギストス』はそれに気付いて、片腕を前に出してそれを打ち消す。
「喰らえ!!」
「はっ!!」
そこにカーターとシーエさんがそれぞれの得意な属性を纏った剣で斬りかかる。すると『ヘルメス・トリスメギストス』はその柔らかそうな3対6枚の翼で2人の攻撃を防いでしまった。柔らかそうな翼に攻撃を防がれたことに2人から驚きの声が漏れる。
「ウィンド・バースト!!」
泉の魔法を唱える声と同時に、僕たちは『ヘルメス・トリスメギストス』から離れる。そして、泉の放った風の奔流は『ヘルメス・トリスメギストス』に直撃したのだが、すぐに打ち消されてしまった。そして、その体には傷1つ付いていなかった。
「攻撃の手を緩めるな!!」
カーターはそう叫び、サキと一緒に先陣を切る。そして、それに遅れて僕たちとシーエさんたちも『ヘルメス・トリスメギストス』へと接近戦を仕掛けるのであった。