491話 罠のある歪な通路の先へ
前回のあらすじ「本当にただの余談」
―化け物討伐後「浮遊城・天へと続く牢獄の間」―
「どうにか倒せたわね……まあ、何か余裕はあったみたいだけど」
「そうですね。薫さんたちが平常運転でしたし……」
「いやいや……」
下に落ちて行った化け物の片割れに視線を向けつつ、余裕が無かったと話す僕。だが、周りの皆からは謙遜しなくてもいいと言われるのだが、謙遜抜きでかなり危なかったと思っている。だが……まさか、ここまで弱い奴が出て来るとは思っていなかった。
「あの化け物……一体、何なんだろうね?」
「何って……ここの防衛のためにいたんじゃないか?」
「それにしては不完全過ぎるかなって……。魔法無効化だってアンドロニカスやここに来る際に通った浮遊城を覆っている結界とか……下手すると、ソーナ王国で戦った変異型ギアゾンビの劣化版。戦闘に関しても、地球で戦った時の方が強かった気がするし……ここを守る守護者としては分不相応かな」
僕のその意見を聞いた皆が少しだけ考えると、「確かに」と納得してくれた。
「もし、アレを作ったのがゴスドラと仮定するなら……少なくとも地球の情報網に掲載された巨大化したスパイダーのあの強さを理解していたはずです。それなのに、ここを守っている彼の強さはそれほど強くは無かった……」
「そう考えると……準備不足だったのか、それともアレは失敗作だったのか……。ゴスドラという男に情があるなら、前者なんだろうな」
「情ね……そんなの無いと思うけど?」
僕はそう呟く。今のゴスドラに情があるのかどうかという考えに対し、僕は全く無いと思っている。もし、そんなのがあるのならあのように2人の人間を蜘蛛と合成するなどという悪魔の所業などそもそもしないだろう。
「……自分の妻と娘を犬と錬成した父親もイカれてたもんね」
「そこは人間と猿の交配をした実在の人物を上げた方がいいのです」
「そもそも、『盗賊団ヘルメス』っていう組織自体が人体実験してるッスよ?」
僕の意見に泉、レイス、フィーロの3人がそのような例を出して、ゴスドラに情が無いと同意する。それを聞いたシーエさんたちから声が漏れる。
「何か、この3人の話を聞いていると、カシーがまともな研究者に聞こえますね……」
「だな」
3人の話を聞いて、研究のためなら時折非人道的な行動を取るカシーさんと比較し、彼女がまだまともだと判断する。そして、そのすぐ横にいたマーバもシーエさんの意見に同意した。
「何か私の扱い酷くないかしら? というよりワブーは?」
「一応、お前のストッパーだからな?」
さらに、その様子を見ていたカシーさんがシーエさんに対してツッコミを入れつつ、自分のパートナーであるワブーはどうなのかと訊くのだが、それをシーエさんが答える前にワブー本人が答える。
……という具合に話がぐだぐだになる様子を僕とカーターとサキの3人は遠くから見守る。
「カーター……止めてよ?」
「俺に振るなよ。ここは話を振った薫が……」
「いやいや、僕も嫌だからね?」
僕たちも誰が話を止めさせるかと押し付け合っていると、携帯していた無線機から通信が入る。
(オリアだ。そっちの様子はどうだ?)
(先ほど、他とは違う変異型ギアゾンビと応戦しました。恐らく、スパイダーとクラーケの2人を使って作られたのかと……)
(それは間違いないか?)
(スパイダーは顔をはっきりと確認しました。もう1人は顔が分からず、ただクラーケが巨大化した時に使用した触手と溶解液から判断しました。あとは状況的に、この2人は体内に黒い魔石から作られた液体を注入した事があるので、魔石を持っていないゴスドラとしたら利用しない手は無いかと)
(人としての倫理観が終わってるな……。まあ、今更か)
『盗賊団ヘルメス』のこれまでの行いを振り返りながら、彼らの考えがおかしいことを改めて実感するオリアさん。すると、無線機から銃声音が聞こえてくる。どうやらゆっくり話している暇は無いようである。
(とりあえず、僕たちはこのままゴスドラの元へ向かいます)
(了解した。それとだが……グージャンパマに向けて強力なレーザー砲が上から放たれたのが確認された。恐らくゴスドラが何かしらの方法で放っていると思われる。気を付けるように……)
そこで通信が終わる。そして、いつの間にか静かに僕とオリアさんのやり取りを見ていた皆にオリアさんからの情報を伝える。
「レーザー砲ですか。恐らく、被害は出てるでしょうね……」
「ここでのろのろしている場合じゃないね……」
「うん。すぐに止めさせないと」
レーザー砲がグージャンパマに向けて放たれている事を知った僕たちは立ち話を止め、飛翔魔法を用いて、この牢獄と階段だらけの空間の上層へと移動を続ける。ギアゾンビから妨害を受けるかと思っていたのだが、特にそのような事も無く、そのまま別の階に到着してしまった。
「これは……」
下層は無機質なコンクリートと打ちっぱなしの壁で特に装飾などは無かった。そして、先ほどは牢獄と階段という空間で、そこもコンクリート剥き出しだった。しかし、この今いる場所は不格好ながらも、赤いボロボロの絨毯が敷かれており、壁には窓は無いのにボロボロのカーテン、子供の落書きやペンキを投げつけたような絵が設置されていた。
「何、この悪趣味な空間は……」
「ですね……」
僕たちは浮遊城という名に相応しい装いをしつつも、どこか歪なその装いをしているこの場所に不快感を感じる。
「まさに作り物って感じかな……」
泉のその言葉がしっくり来る。遊園地のアトラクションの外装のようなお化け屋敷の内装のような、どこか形が変な空間が広がっている。
「どっちに進むのです?」
今いる場所から左右に通路が続いている。ここで別れて進むのは危険だと判断した僕たちは分かれてそれぞれの道を進む事はせずに、どっちかに進む事にしたのだが、そこに「ここは右ッスね! 人って無意識に左を選ぶって誰かが言ってたッス!」とフィーロが『左回りの法則』を出してきたので……。
「まあ、僕はそれでいいかな」
「そんな安直に決めていいものなのか……?」
「腹の探り合いをしても仕方ないと思うんだよね……」
僕はレイスに声を掛けて、左側の通路に向かって『氷連弾』を放つ。すると、どこかに仕掛けられた罠に当たり、トラバサミのようなものが僕の出した氷の弾を砕いてしまった。
「って具合にどちらにも罠があると思うから、頑張って突破するしか無いと思うよ?」
「おう!?」
僕は皆に背中を向けながら話をしていると、誰かの短い悲鳴とズドーン!と何か重い物が上から落ちて来たような音が後ろから聞こえたので振り返ると、反対の通路を向いている泉と恐らく悲鳴を上げた本人だろうフィーロ。それと舞い上がる砂埃だった。
「……泉。何のトラップだった?」
「吊り天井……そのまま進んでいたら、潰されていたね」
そう言って、固まっている泉と先ほどから静かなフィーロ。ふと、上から落ちて来た天井がどんなものだったのかと確認して見ると、ちょうどそれっぽい灰色の物体が泉の足元のすぐ近くにあるのに気付いた。
(あれが目の前を通り過ぎたんだろうな……)
危うく潰れるところだったのだろう。目と鼻の先に罠が仕掛けらていたとは思っていなかったのが伺える。
「油断していると、あっという間にやられるから気を付けようね……」
2人に対して、そんな注意を促しながら、僕はレイスと一緒に左の通路を進み始める。すると、壁から太い針が突き出したり、真正面から矢が飛んできたり、壁が僕たちを挟み込もうとしてきたりと罠のオンパレードに行く手を遮られる。また、通路は基本的に1本道なのだが、少しだけうねっていたり、傾斜があったりして、それによって移動が思い通りに進んでいなかったりする。
「多いな……」
「多いなじゃないわよ! 多過ぎよ!!」
あまりの罠の多さについにサキがキレる。そして、サキの言いたいことはもっともであり、まさかここまで罠が多いとは予想外だったりする。
「どっかに隠し通路的な物があったのですかね?」
「さあ、どうだろうね……」
レイスの問いに対して返事をしつつ、僕は転がって来た巨石を『獣王撃』でそのまま通路奥へと叩き戻す。すると、通路の奥から何かが壊れる音が聞こえたので、ついでに罠が解除されたことに心の中でラッキーと呟いたりする。
「そもそも、ここを通る人なんているのか怪しいしね。いたとすればさっき倒したアレだけど……やっぱりさっき倒したアレを仲間ではなく、使い捨ての駒にしか思っていないのかもしれないね」
もし、アレを仲間だと思っているなら、ここをアレが通れるように何かしらの仕掛けがあると思うのだが……それらしい仕掛けは見当たらない。恐らく、アレを自分の手元に戻すつもりは無いと思われる。
「とにかくゴリ押しで突き進むしかないね」
その後、皆で協力して待ち受けていた罠をゴリ押しで進んでいくと、大きな両開きの扉の前に到着するのであった。




