482話 決意を纏って……
前回のあらすじ「決戦前の月見」
―その日の昼「浮遊城を遠くから見る事が出来るホテルの一室」―
家を出発して数時間後、目的地である浮遊城が現れた町へとやって来た僕たちは、既にホテルに到着していた泉たちとカーターたちに合流する。その際にカーターからシーエさんたちとカシーさんたちは翌日の早朝に来る事を知らされ、そして現在、滞在先のホテルの窓から浮遊城を確認中である。ちなみにマナフルさんは到着してすぐに別行動を取っており、今この場にはいない。
「おお……ネットなんかで見た時は小さいと思ってたッスけど、なかなかの大きさッス」
「もう少しでヒビが海に触れそうなのです」
レイスとフィーロが窓から見えるその光景に感嘆する。青く広がる空を叩いて割ったかのような黒い空間……そして、その中央に浮いている歪なお城。ファンタジー作品でしか見る事の出来ないようなその光景に胸が躍る反面、あれが世界の終焉を招く危険な存在だと思うと複雑な気持ちになってしまう。
コンコン……
すると誰かが僕たちのいる部屋の扉を叩く。精霊であるレイスたちが素早く身を隠そうとすると同時に、扉の向こうから声を掛けられる。
「オリアだ。入ってもいいだろうか?」
扉の向こうにいたのはオリアさんが入室の許可を尋ねてくるので、僕はすぐに返事をして入って来てもらう。
「オリアさんはこっちなんですね」
「私は集団行動よりも単独行動がメインだからな。あっちでの大規模戦闘では足手まといさ」
そう言って、窓辺までやって来て浮遊城の様子を伺う。
「……あのひび割れが海に到達してしまった場合、あの空間に海水が大量に流れ込んで消失してしまう可能性がある……そうなった場合、この星にどのような影響が出るのかは未知数だ」
「現状でも影響が未知数なのに勘弁して欲しいですね……」
「泉の言う通りっス。それで作戦を伝えに来たんッスか?」
「他のメンバーが集まっていないだろう。明日、全員が集まり次第伝える。ここに来た理由だが、他に紹介したメンバーがいるんだがいいだろうか?」
僕は他の皆にも確認してから、オリアさんに大丈夫だと伝える。すると、オリアさんは「入って来てくれ」と扉の向こう側に向けて声を掛けると、4人組の男女が入って来た。
「……あ。この人たちって映像に映ってた特殊部隊のメンバーですよね?」
「あの映像を見たのだな。目標を倒せず逃げ帰るなどという不本意な結果になってしまった事、そしてそれを君達に任せてしまう事をここに謝罪する」
「いえいえ、むしろあの化け物を前にして無事に生きて帰って来れて良かったですよ」
「リーダーの直感のおかげだね……あやうく撃ち落とされる運命だったし……」
「もしかしてヘリコプターに乗って脱出しようとしたんッスか?」
「そうだぜ。けど、前を走っていたリーダーが車で逃げるっていうからそっちになったんだけどな」
そこで、泉とフィーロがリーダー呼ばれる女性の方を向いて、真剣な眼差しである事を尋ねる。
「もしかして某ゾンビゲームとかされてます?」
「……なんの話だ?」
そう言って、首を傾げるリーダーと呼ばれる女性。確かにこの4人の雰囲気からして某ウイルスによってゾンビだらけになった町で激闘を繰り広げられそうな雰囲気はある。だからと言って、カ〇コ〇製のヘリコプターは落ちるというジンクスからの危険察知かと尋ねられても困るだろう。
「そういえば……俺、薫の素顔を始めて見たんだが?」
そう言って、ボマーと呼ばれる男性が僕を見る。そこで僕も服装など違うが、僕は一度この4人と会っていることを思い出す。
「ハニーラスで会ってますよね? 確か3人で喧嘩を売って来た……」
「覚えていたか! いや……あの時はコテンパンにされたな!」
「だはは!!」と笑うボマーさん。その横にいるドクターとベクターと呼ばれている男性2人が渋い顔をしている。確か、ボマーと呼ばれるこの男性は多少なり戦闘が続いたのだが、この2人は初撃でダウンを取ったはずである。
「この3人にはいい薬になったな……まあ、それは私もだが。久しぶりだったよ。背後を取られるなんてね」
「僕もいい勉強になりましたよ。あの華麗なアクロバティックな動きとか無駄のないカウンターは見た事なかったですし……円舞を取り込んでますよね?」
「ああそうだ。止まることなく流れるように動くをコンセプトに私独自に作り上げた戦い方なのだが……円舞を取り込んでいると見抜くなんて、もしかして経験者か?」
「僕の師範が教えてくれたんです。だから、雰囲気で何となく察した感じですね……だから、何となく先の行動が読めちゃったんですよね」
「ほう……見破られないように、フェイントなども交えていたのだが、見抜ける人は分かるって事か……」
そう言って、何かを察したリーダーと呼ばれる女性。すると、カーターがここで話に加わって来る。
「この4人だが……オリアと同じ理由でこっちなのか?」
「ええそうですよ。私達は悪い意味で目立ちますしね……特にボマーが」
「毒ガス撒き散らすお前に言われたくねえよ」
「……って訳だ。そして、ここにいるベクターも頭のねじが一本外れてるしな」
そう言って、リーダーと呼ばれる女性が親指を立ててベクターに指を差す。それに対してベクターと呼ばれる男性は「まあ、否定できないかな?」と特に気にする様子が無い。先ほどまでの彼らの会話とコードネームを照らし合わせて考えてみると、もしかしたら、問題児たちを組ませた異色の部隊なのかもしれない。そして、そんな3人を率いる彼女も只者では無いだろう。
「それを言うならリーダーもそこそこずれていると思うけど? 子持ちなのにこんな危険な仕事を続けてるし……」
「「「子持ち……!?」」」
ベクターと呼ばれる男性のその一言に、泉やレイスが驚きの声を上げる。僕としては他のメンバーの発言の方が驚くべきじゃないかと思ってしまう。
「そんな驚くことか?」
そんな僕の気持ちを代弁するかのように、リーダーと呼ばれる女性が釈然としない様子で、僕の代わりにその言葉を口にしてくれた。僕の心のモヤっとした感情が少しだけ晴れつつ、泉たちの会話は続く。
「いや~……だって、死ぬかもしれないんッスよ? うちらは魔法っていうチートがあるのに、生身で危険な地域に行くって……それに、子供の事を考えると……」
「そう言うが、お前達も変わらないぞ? 私の帰りを娘が待っているように、お前達だって誰かしら待ってくれているだろう? それに、危険な仕事はお互い様だ……人は死ぬ時は死ぬ。それこそ、こんな危険な仕事じゃなくても、何かに転んだ拍子に打ちどころが悪かったとかな……」
「そうですね……」
リーダーと呼ばれる女性の言葉に相槌を打つ泉。実際に身に起きた出来事のため、泉の表情が少しばかり暗い表情になる。その際、リーダーと呼ばれる女性も同じように……いや、傍から見たら変わっていないように見えるのだが、よく見て見ると表情が暗いものになっていた。どうやら、彼女も泉と同じ経験者のようだ。
「……さて、そろそろ失礼するとしよう。そろそろ時間だ」
「ん。そうだな……それでは失礼する」
「……私達はいかなくていいのかしら?」
「必要ないだろう……単に私達の武器を取りに行くだけだしな」
そう言って、オリアさんたちは部屋を去ってしまった。残った僕たちは顔を見合わせ、明日の出撃の準備をそれぞれ整え、早めに休むのであった。
そして、特に大きな出来事も無く翌日の朝を迎えた僕たち。そのままホテルをチェックアウトして、浮遊城が出現した事で避難区域となってしまった地域へと車で向かう。避難区域には一般の人々はおらず、大勢の自衛隊や警察の人たちが警戒をしていた。そして、車は避難して誰もいなくなってしまった町の公民館へと着く。そこには既に到着していたシーエさんたちが準備を済ませて待っていた。僕たちもすぐさま公民館の一室を借りていつもの戦闘服という名の巫女服を身に纏う。
「よいしょっと……」
そして、頭にはユノから貰った浮遊石が取り付けられたリボンで髪をしっかり纏める。そこに置いてあった姿見にはいつもより緊張気味の巫女服姿の僕が映っていたので、緊張をほぐし、気合を込める意味で自分の頬を軽く叩く。すると、それを見たレイスもマネして同じように気合を入れていた。
「よし! 行こうかレイス!」
「はいなのです!」
準備を整え、覚悟も決めた僕たちは部屋を後にし、皆が待っている公民館前の駐車場へと向かうのであった。




