481話 お月見
前回のあらすじ「天才から武器をゲット!」
―夜「薫宅・居間」―
僕たちに武器を作ってくれた直哉が帰ってから1時間ほど経った頃、レイスとマナフルさんがすでに床に就いており、お風呂から上がった僕も寝ようかというところで玄関のチャイムが鳴らされる。
「薫いますか?」
チャイムの音の後に聞こえるユノの声。僕は閉めていた玄関の鍵を開け、ユノを出迎える。その姿はこっちでは珍しいが、あちらでは定番の服装である中世の町娘の服装。それと華やかな香水のような石鹸のような香りが仄かに香った。
「いらっしゃいユノ。ここで話すのもアレだから中に入って」
「はい」
僕はユノを家の中に招き入れる。そして、いつもの居間に……ではなく縁側へと案内する。理由としては、今日は雲一つない快晴で9月の時期にしては珍しく涼しく、さらに綺麗な満月が浮かんでいたりと、ゆっくりと話をするには都合のいいシチュエーションだったからという単純な理由である。
ユノに縁側に座って待っててもらい、僕はすぐさま台所にやって来て、買い置きのお菓子と麦茶、それと自分用に缶ビールを1本お盆に載せて縁側まで持ってくる。
「ちょっとしたお月見しながら話でもしようか」
「……はい」
僕はこっちでは未成年のユノに麦茶を出し、僕は持って来たビールで乾杯してお月見を始める。
「……珍しいですね。薫がこんな風にお酒を嗜むなんて」
「そうだね……本当は明日が早いからこのまま寝てしまおうと思ってたんだけど、ユノが来たなら少しほろ酔い状態で、少しだけ夜更かしするのもいいかなってね」
僕はそう言ってビールを一口飲む。小さい缶なので、あっという間に無くなってしまうだろう。しかし、こんな夜更けに来たユノとしては少しでも長く一緒にいたいと思っているだろうから、その気持ちを少しでも満足できるようにちびちびと少しずつ飲んでいく。
「まだ暑い日が続いているはずなのに、今日は涼しいですね」
「そうだね」
縁側の淵に座り、夜空に広がる満月と星を眺める。そして、しばらくの間互いに無言が続く。いつもなら、この位の沈黙の間は気にならないのだが、今の僕には少しばかり気まずい。それはユノも同じようで、麦茶を手に持ったままもじもじとしている。
「あ、あの……」
すると、先に堰を切ってユノが話し始めようとするのだが、その後が続かず口ごもってしまう。そこで、今度は僕から話し掛ける。
「……こんな夜更けに来たけど、何を話せばいいのか思いつかないかな?」
「……はい」
そう言って、また静かに月を眺めるユノ。そして、ユノの口がゆっくりと開く。
「明日には薫達が浮遊城へと向かわれてしまうので、その前に一目会いたくなってしまって」
「そうか……」
そこでまたしても会話が途切れる。互いに用意したお菓子には手を触れず、ただ飲み物を飲みつつ月を眺める。
「魔王討伐へと向かう際は、ここまで心配はされなかったね」
「そうですね。あの時は他にも大勢の方が一緒に戦ってくれるというのもあったのかと……でも、今回はそうはいかないですよね?」
「うん。あの浮遊城には僕たちも含めた5組の魔法使いだけ。他の皆は相手の注意を僕たちから逸らすのが役目。あわよくば浮遊城を破壊できればってところかな」
「そうですか……」
「まあ……魔王城への突入も少数精鋭で行ったから、前回とあまり変わらないかな……」
「……」
「……それを聞いても心配は心配だよね?」
「もちろんです……」
そう強く言ってユノはコップの中の麦茶を飲み干しコップを脇に置く。そして、僕の傍へとやって来て、体をくっつけてくる。すると、先ほど玄関でも嗅いだ華やかな香りが僕の鼻孔をくすぐってくる。
「……いい香りがするけど、これってシャンプーの匂い?」
「泉がオススメしてくれたシャンプーなんですよ。「これなら薫兄を落とせるよ!」って」
「……全く変なことばっかり教えて」
そう言って、しかめっ面をする僕。そもそも僕がどんな香りが好きなのかを、泉はどうして把握しているのだろうか? しかも、匂いで僕を落とせるなんて……そこまで僕はちょろくはないのだが……。
「お気に召さなかったですか? 何か不機嫌そうですけど……?」
「え? この匂いは好きだよ? 泉がどうして僕の好みの匂いを把握しているのかとか考えたり、ユノに変な事を教えていることに呆れていたり……何かからかわれているようで不機嫌になっちゃっただけ」
「単なるお節介なだけですよ。薫と私が上手くいくように気遣ってくれてるんです」
ユノがそう言って、玄関で会ってから始めて柔らかな笑顔を見せる。それを見た僕は思わずクスッと笑い声が漏れてしまった。
「何で笑うんですか……?」
「ごめんごめん……今日、会ってから始めて自然な笑みを見たなって思ってさ」
「私、そんなに顔が強張ってましたか?」
「してたよ。確かにユノの言う通り、泉は気を使ってくれたようだね」
「こういうつもりは無かったと思いますよ?」
「分かってるって」
今頃、盛大なくしゃみをしてるだろう泉に、心の中でちょっとだけ感謝する。ふと、そこである疑問が浮かんだので、カーターの屋敷の真横を通って来たユノに訊いてみる。
「そういえばさ。屋敷の横を通る際にカーターを見たかな? 今のユノみたいに、泉に会いに行っててもおかしくないと思うだけど?」
「それなら先ほどカーターを見かけましたよ。屋敷の庭で真剣な様子で剣を振ってましたね……」
「「俺の命を賭けても泉は守る!」って考えているのかな……」
「どちらかというと……「この戦いが終わったら、結婚するんだ」でしょうか? あの2人なら今すぐにでも出来ますし……」
「死亡フラグが立っちゃったよ……」
「カーターに死亡フラグクラッシャー性能があることを祈りましょう……」
そう言って、話を締めようとするユノだったが、あまりにも自分たちがおかしな話をしていたと気付いたのだろう。「ふふっ……!」と小さく笑い始めた。かく言う僕もここにいないカーターに対して勝手に死亡フラグを立てたことに申し訳なく思うのだが、何だかんだでカーターは死ぬことなく帰って来そうな雰囲気があり、これはネタにされてもしょうがないと思っている。
「それで思い出したんですけど……珍しくシーエがカシーと2人で会っていましたね」
「2人……ってことは互いの精霊はいないの?」
「ええ……恐らく空気を読んだんでしょうね」
「……え?」
ユノのその言葉を聞いて、僕は思わず唖然とする。まさか……。
「あの2人って、そういう関係なの?」
「薫は知らなかったんですね……あの2人って実は恋人なんですよ」
「ええー……だってさ。シーエさんはともかくあのカシーさんが……」
「あはは……」
ユノが苦笑いするのも当然だが、あの科学者気質丸出しで研究第一のカシーさんから恋愛話が出るとは思ってもいなかった。失礼な話、一生独身生活を送るものだと思っていた。さらに、そのお相手がシーエさんとは……。
「政略結婚……?」
「違いますって! あの2人……カーターも含めてですが幼馴染なんですよ。だから、気兼ねなく話せる相手というのもあって、なし崩し的にお付き合いするようになったみたいですよ」
「へえ……」
「ちなみに、お父様達はご存知ですよ。後はハリルやドルグ達も知ってますね。まあ、あの2人が私達のように親しくする素振りが無いので、知っているのはそのぐらいでしょうか」
「いや~……それは当然じゃないかな……」
シーエさんたちと一緒に戦っていると、あの2人の息が妙に合っているなとは思っていた。だが、それは幼馴染という親密な関係故にそのような事が出来ると思っていた。きっと、周りの人たちもそう思っているに違いないはず……。
「まあ……泉達にも教えたら非常に驚いてましたね」
「それはそうだって……ほら」
僕はそう言って、縁側と繋がる居間の襖の後ろに隠れていたレイスに指を差す。
「レイスだって驚いちゃってるもん……そうだよね?」
「その通りなのです……って、いつから気付いていたのです?」
「シーエさんとカシーさんが付き合っているって話題が出た時かな? 声が出てたよ?」
「咄嗟に声を抑えたつもりだったのに……」
そう言って、レイスが襖の影から出て来て、僕たちのお月見に参加する。
「盗み見は褒められたことじゃないですよ?」
「それなら……盗み聞きしているマナフルさんも同罪なのです」
「ああ……確かにマナフルさんなら……」
「全く聞かないフリをしていたというのに……」
そう言って、マナフルさんが上からやって来た。どうやら屋根の上で寝ようとしていたようだ。
「いい雰囲気じゃったから、邪魔しないように気配を殺していたのじゃぞ?」
「……2階の窓から尻尾を振り回しながら、興味津々に聴いていたのを見たのです」
「……」
レイスに喜々として盗み聞きしていたことを、すぐさまバラされたマナフルさんが視線を外す。どうやら、2人でゆったりとした時間を過ごしているというのは自分の思い過ごしだったらしい。
「やれやれ……」
僕は立ち上がり、2人のためにコップと麦茶の入ったピッチャーを台所から持ってこようとする。
「ふふ! 私達らしいですね」
「……そうだね」
ユノの言葉に僕はそう返事をするのであった。それから、もう1人遠くでこちらを盗み見していた……いや、警護していたシシルさんも交えて、5人でお月見を楽しんだのであった。そして翌日の朝。
「じゃあ……行ってくるね」
「はい……無事に戻って来て下さいね」
「もちろんだよ」
ユノに無事に戻ってくることを約束し、ユノに見送られながら、レイスとマナフルさんと一緒に浮遊城近くの町へと出発するのであった。




