476話 最終確認 その2
前回のあらすじ「最終決戦前の準備ほぼ完了」
―「薫宅・居間」―
「それで……何を調べるのです?」
「『天魔波旬』についてかな」
「最強の攻撃魔法をですか?」
「そう。あの魔法……僕たちが一から創った訳じゃなく、守鶴たちに教えられたような形だったでしょ? それと使える魔法に制限が掛かっていた……僕たちの意思関係なしでね」
「まさか……誰かがあのタイミングで創ったのです?」
「創ったかは分からないけど……何かしらの力は働いていたと思うよ」
あまりにも都合の良いタイミングで『天魔波洵』があの時に発現し、それによって僕たちはアンドロニカスに勝つことが出来た。それを単なる偶然と片づけるには僕は難しいと思っている。そして、あのグージャンパマ全体がテラフォーミングされた人工の星という可能性、そしてイレーレたちより、さらに前に存在したかもしれない古代文明……これらの推測から『天魔波洵』という魔法とは……。
「で、どうして家に戻ったのです? 調べるならグージャンパマじゃないと」
「セフィロトっていう施設を持つマクベスでも分からない以上、あっちで調べても意味が無いよ。それに……答えはもう僕たちの近くにある」
「え?」
僕の言葉に疑問の声が漏れるレイス。そして、そのタイミングで居間の襖がゆっくりと開けられ、この家にお泊り中の聖獣が室内に入って来る。
「そうですよねマナフルさん?」
僕はそう言って、室内に入って来たマナフルさんへと顔を向ける。目に入ったマナフルさんの姿はいつも通りではあるが、少しだけ様子が違う。
「あの時、お主らの傍に妾はいなかったはずじゃが? トカゲと共に狩りをしてたからのう」
「あの場にいなくとも、あの時の状況が丸分かりだったんじゃないですか? 例えば……守鶴と尾曳の視界を繋げられるとか……」
「ふむ……どうしてそう思う?」
「マナフルさんがこちらにやって来るタイミング……まるでこちらの空気を読んでる節があるんですよね。それこそ、こちらの様子を見ていたんじゃないかって位に。もし、それが偶然ではなく、必然だとしたら……魔石は魔力を感じられる生物からしたら発信機みたいなものだとゴルドさんが前に言っていたので……」
「妾にそんなことが出来ると?」
「確証は無いですけどね。けど、マナフルさんが僕たちが思っていた以上の実力者だとは言い切れますよ。何せ、マナフルさんとのこれまでの話の中に不自然な点がありますから」
「不自然……はて、そんなのあったかのう?」
「お婆ちゃんと出会った時、マナフルさんは逃げるレッドドラゴンを追い掛けて偶然出会ったと言ってたんですが……マナフルさん程の実力者なら追い掛ける必要ないですよね? 単なる暇つぶし……とも思ったんですけど、マナフルさんが弱者を追い掛け回すような趣味をお持ちじゃないですし……」
「なるほど……あのドラゴンを追い掛けたのはお前の祖母と会うための口実と言いたいんじゃな?」
「そうです。それに……お婆ちゃんと話すタイミングがあったなら、マナフルさんに当時の世界の状態を隠すことなく伝えていたと思うんですよね。聞いたマナフルさん次第ですけど、もしかしたら教会に潜むロロックたちをそれこそ暇つぶしにやっつけてくれるかもしれないはずなのに。それなのにお婆ちゃんはフルールの毛刈りの件しか話さなかった……そして」
僕は持っていた『融合』の魔石をマナフルさんに見せる。
「この『融合』の魔石はフェニックスの体内にある魔石……そして、彼らは非情にシャイな性格なんです。地上に住む魔獣の気配を感じて、そいつらに見られないように避けるくらいに……そんな彼らの魔石を魔獣が手にして、そいつとマナフルさんが戦う可能性はかなり低いと思うんですよね。しかも、彼らの住む場所周辺にマナフルさんが興味を持つような物は無いですし」
「つまり、お前に話したアレは作り話であって、妾はその魔石の効果を知っていて、それを話しただけといいたいのじゃな?」
「……はい」
マナフルさんの言葉に対し、僕は素直にそう返事をする。一瞬、マナフルさんの表情が険しくなり、緊張感が高まったのだが、すぐさま口を開いて笑い始めた。
「ふふ……! やっぱりお主は面白いのう。では……妾は一体何者じゃ?」
「聖獣マグナ・フェンリル……っていう意味じゃ無いですよね。あなたの正体ですが……あの星の管理者ってところですか?」
「うむ……まあ、そのようなものと言えなくもないが、そこまでの力は持っておらん」
そう言って、お菓子とお茶をご所望するので、一旦話を中断して、お茶とお菓子を用意して一服してから続きを聞く。
「お主の言う通りじゃ。妾はお前達がグージャンパマと呼ぶ星のシステム……その中で魔法に関する制限や解除を出来る権限を持っている。分かりやすく言うと、お主らがセフィロトと呼んでる機構とは別の操作権限を有していると言えばいいかのう」
「制限に解除……? それってどんな権限なのです?」
「『天魔波旬』と言う魔法……特訓したら、あんな危険な魔法を誰しも使えたら大変だとは思わんか? 召喚魔法と言う疑似生命を創り出す魔法……お主のような高レベルの存在をポンポンと生み出せてしまったら……」
「世界が大変な事になりますね」
「そうならないように、必要な措置を施すのが妾の役目ってところじゃ。言っておくと『天魔波旬』より、さらにヤバい魔法……惑星崩壊クラスの魔法もあるのじゃが……使うか?」
「「入りません(入らないのです)!!」」
僕たちの反応を見てクスクスと笑うマナフルさん。その笑いは僕たちがそれを欲しなかったことに対してなのか、そんなヤバい魔法など本当は存在せず、お茶目なジョークだったからなのか……そんなことを考えていると、マナフルさんが話を続ける。
「妾はこの役に付いたのは、ここ数百年のことでな。突如として、他のマグナ・フェンリルより能力が格段に上昇し、膨大な知識が頭に流れ込んできた。その時に、妾が他のマグナ・フェンリルより個としての性能が桁違いだということ、そして性格なども考慮した結果、選ばれたと知った」
「選ぶって、誰が選んだのです?」
「グージャンパマという星……もしくは遥かな昔に存在した古代人たちの意思……はたまた、それらとは別の高位な存在……その辺りはよく分らぬ。ただ、あのグージャンパマという世界の基盤を築いた何者かということぐらいしか分からん。ただ、これらを与えた者の意思だが……これから起きるであろう世界消滅を阻止することじゃった」
マナフルさんの言う世界消滅……それは今起きている浮遊城の件だろう。しかし、そうなると『ヘルメス』に取りつかれたアンドロニカスが起こしたイレーレ絶滅は世界消滅レベルでは無かったのだろうか? もしくは、その時のマナフルさんのような管理者が亡くなってしまって、あのような大規模な被害になってしまったのか……。マナフルさんならその当時の状況を知らされているかもしれないが、今はそれより他の事を訊くべきだろう。
「世界消滅の阻止……なら、マナフルさんはどうして魔王アンドロニカスが率いた魔族と積極的に戦わなかったのですか?」
「妾に『天魔波洵』は使えない。そもそも、妾自身の魔法の制限や解除は出来ないのでな……その都合で、どうしても『アンチ・マジック』を突破できない。恐らく、悪事に使えないようにするための処置ってところじゃろうな。妾も絶対的な強者ではない。一歩引いたところで死なぬように全体を見るべきじゃ」
「マナフルさんの与えられた能力の利用目的は世界消滅の阻止ではあるけど、メインは管理ってことですか」
「その通りじゃ。そして、お主らに一部の魔法の制限を解除……それが『天魔波洵』じゃ。これは『アンチ・マジック』で消すことは出来ない特級クラスの魔法で、古代では執行者と呼ばれる特別な者しか利用できなかったらしい」
「だから、アンドロニカスとの決戦の際に『天魔波洵』は打ち消されなかったのですね……。まさに、対『アンチ・マジック』って感じなのです」
「その考えで間違いない。多様化していく魔法とそれによって起きる犯罪。その果てに生まれた魔法への最強の対抗策であり、ある意味最強の魔法である『アンチ・マジック』。それを突破するために生まれた禁断の魔法の1つじゃからな」
「確かに……あの威力で解除できない魔法っていうのは脅威ですね。もしかして、『天魔波洵』を含む特級クラスの魔法によって古代の人たちは……」
「皆まで言わなくていい。だからこそ、妾はお主らにしか解除しなかったのじゃからな」
そう言って、マナフルさんは僕の話を中断させる。イレーレよりも昔の時代にいた古代人たち。オーバーテクノロジーを有していただろう彼らの最後の結末は、特級クラスの魔法が入り乱れる世界大戦によって滅んでしまったということだろう。
「……他言無用ですか?」
「いつかはバレると思うが……それまでは秘密じゃ」
遥か古代の人々を滅ぼした一因である『天魔波洵』。その使用に関して、僕とレイスは改めて気を付けようと思うのであった。




