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473話 ヘルメスの再誕

前回のあらすじ「最終決戦に向けての情報共有」

―アンドロニカス討伐から2日後の夜「極秘収容施設・収監室」ゴスドラ視点―


ガリガリ……


 この世は不平等だ。


ガリガリ……


 「生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」なんて絵空事。生まれた時点で不平等が課せられる。


ガリガリ……


「すべて人は、思想、良心及び宗教の自由に対する権利を有する」など、狂った思想家や狂信者に通じない。「意見及び表現の自由に対する権利を有する」など、不都合と判断した権力者に消されるか。その自由に気に喰わない連中に叩かれる。


ガリガリ……


 「 何人も、ほしいままに自己の財産を奪われることはない」など、他国を侵略しようとする国家には関係ない。ただ、武力で根こそぎ奪うだけ。それを適当な方便で言い繕うだけ。


「ふっ……」


 「犯罪の訴追を受けた者は、すべて、自己の弁護に必要なすべての保障を与えられた公開の裁判において法律に従って有罪の立証があるまでは、無罪と推定される権利を有する」なんて俺には無かった。犯罪組織のリーダーだったハリスの血筋という理由で確定有罪。仮に無罪と分かっても陰口となって周りに伝わっていき、それが真実とされる始末……そんな惨めな子供時代を過ごした。


 世界人権宣言には法的拘束力はありません。世界人権宣言は守らなくても罰則はありません。そんなの当然だ。そんなのがあったら権力者達にとっては窮屈でたまらないだろう。弱者が束になって声を上げるたびに何とかしないといけない……それなら、そいつらを潰した方が手っ取り早い。何ならその声を上げていた連中を軍が皆殺しにしたところも見た。そして、都合が悪ければその軍に罪を擦り付け、指示をした国がそいつらを正義と秩序の元にその軍の家族共々始末しているところも見た。話し合いなど最初から考えていない。


「ははっ……」


 この世は……悪意で満ち溢れている。権利・人権などという甘い言葉に弱者は安堵し、権利・人権を利用して強者は弱者から搾取する。弱者がそれを利用して上手に出ようとすれば、強者は権利・人権を無視して叩き潰す……。この世界はそれが全てじゃない? 確かに全てでは無い……弱者はより弱い弱者を虐げたりもする。自分の思想こそが正しいからお前の思想は違っている。お前の神より私の神が優れている。お前は犯罪者の子供だからお前も犯罪者。俺の国はお前より凄い。私の見た目の方があなたより優れている。そんな弱者達が互いに蹴落としている姿を見て強者は嗤う。弱者共が互いに比較し、差別し、潰し合う……勝手に潰れていく弱者達を見て強者達は嗤い、そして、残った方も法の名の元に潰す。そして、それが繰り返されていく……それが、この世界だ。


「ああ……馬鹿らしい」


「おい! 静かにしろ!」


 そう言って、扉の向こうにいる看守が扉の覗き窓からこちらに睨みを利かせる。その後、何か不審な物が無いか確認してから、その場を離れて行った。


「全く……馬鹿だな」


ガリガリ……


 看守が来ることに気付いて、描くのを止めたある物を再び書き始める。監視カメラの都合上、かなり小さな物になるが、それでも構わない。そもそも、これを書いたところで何かが変わるとも思っていない。だが……。


ガリガリ……


 もし、拠点に残されていたこれが妖狸と言われる連中が使っている力と繋がっているというのなら……この図形には力があるというなら……。


ガリガリ……


 なるべく綺麗な円を、なるべく綺麗な文字を、なるべく図形を……。


ガリガリ……


 力……力が欲しい。強者も弱者も関係ない……愚かな連中を黙らせる。いや、愚かな連中はこの世にいらないのだから、そいつらを根こそぎ残らず始末できれば。そして、残った愚かでは無い連中さえ残ればいい……。


ガリ……!


「はは……」


 出来たそれを見て笑いが起きる。爪などで描いた歪な魔法陣、細かったり太かったり、描いている最中にケガして血が付いたり……。


「俺はこれに何の期待をしてるんだかな……」


 俺はそう言って、それから手を離す。それがトリガーだったのか分からないが……その歪な魔法陣が淡く光り出す。


「な……!」


 驚きのあまり声が出そうになったが、俺はすぐさま声を殺し、それを注視する。すると、魔法陣の中から目玉の付いたボロボロで形の崩れた何かが現れた。


「ぴ……ぎ……」


 どこから声を発してるのか分からない。ただ、それは俺を見て声を上げ続ける。ああ……そうか。俺はこれが何なのかを理解し、それを両手で救い上げる。


「ぴ……」


「分かってる」


 俺はそれを口へと運ぶ。すると、両手に掬い上げたそれは俺の口の中へと形を変えて入っていった。


「……」


 それからしばらくして、何か変わった所があるかと思ったが……見た感じは何も起きていない。だが……直感的に何かが変わったのが分かった。


「……ふっ」


 手に入れた神の力。その事実に俺は歓喜する。もはや、何も怖い物は無い。後は待つだけ……。そこから、俺はひたすら待った。俺の中に取り込んだこれが芽吹くその時を。


 それから、待ち続けたが……何も起こらないまま、俺の死刑が執行されることになった。だが、何故か不思議と恐怖は無かった。俺の死刑方法が電気椅子だと知った時、むしろ、それを待ち望んでいた気持ちになる。俺は期待で高鳴る心臓を体中に響かせながら、その椅子へと座る。


(最後に言い残すことは?)


 拘束された状態で椅子に座った俺だけの部屋に、どこのどいつか分からない声が室内のスピーカーから流れる。最後? 違う……これは再誕だ。


「ない」


 生まれ変わるだけであり最後ではない。だから、言い残す言葉など無い。すると、スピーカーから「そうか」という言葉と共に体中に衝撃が走る。ああ……これを待っていた。薄れていく意識の中、次に目覚めた時の自分がどうなるのか楽しみにしながら、この世から一時の別れを告げる……と思っていたら、真っ暗な空間にいることに気付いた。


「……」


 真っ暗で静かな空間。何も聞こえない。自分の呼吸、そして心音も。体は動かせるのだが……口は動かせない。


(……ふん!)


 俺は暗く狭い空間内で、どうにか腕を上に持って来て、頭の上の金属らしき物に思いっきり押す。すると、それがバコッと音と共にへこんだ。今度はそれを叩いてみると、金属のそれは壊れて、頭上から今いる場所とは違う空気が流れてくる。俺は這って移動を始め、その狭い空間から脱出する。


(霊安室……か)


 薄暗い部屋の中、人の肩幅程度の大きさの扉がたくさんあり、俺が出て来た場所もそこだった。


「何の音だ!」


 すると、俺の扉を壊す音を聞いて、看守共が霊安室へとやって来た。


「ゴスドラ!? 死んだはずじゃ……」


 死んだはずの俺が動いているのを見て慌てる看守共。俺はとりあえずそちらへと体を向ける。


「動くな!」


 チョットだけ動いた俺に向けて銃を向ける1人の看守。そこで、俺は手を前に出し頭の中に響く呪文を唱える。


(ウインドカッター!)


 すると、俺の手から薄緑色の何かが放たれ、その看守の首を刎ね飛ばす。そして、その場に残った体はゆっくりと倒れつつ、その首から盛大に血飛沫を上げ、霊安室内を赤く染めていく。


「撃て!!」


 すると、1人の看守が呆気に取られている他の看守共に命令を出して、俺に向けて弾切れするまで銃を発砲する。その銃弾は俺をいとも簡単に貫いて、俺の体に穴を開ける。その衝撃に思わず、俺は仰向けに倒れてしまった。しばらくして、俺の傍に1人の看守がやって来て、俺の首に手を当てる。


「……やったか?」


「あ、ああ……脈は無い。でも一体何が……」


 倒れた俺の脈を計り死んだと判断する看守が、他の看守共にそう伝える。心臓が動いていないのは分かっていたが、血も流れていないとは、一体俺の体はどうやって動いているのだろうか。それを不思議に思いつつ、俺は脈を計りに来た看守の顔を手で掴み、そのまま握り潰す。握り潰された看守は悲鳴を上げる事無く、顔のパーツがバラバラになって床に落ちていく。


「ば、バケモノ!!」


 体を起こしている間に聞こえる看守の声、耳障りだから、俺の体から新たに生えた腕を伸ばしてそいつの胴体を貫いた。そして、逃げようとして背を向けた残り2人の看守も『ファイヤー・ボール』で焼き尽くす。


ジリリリリー!!!!


 穴の開いた箇所を霊安室内にある金属を取り込んで修復してから外に出ると警報音が鳴り始めた。どうやら看守共が殺されたのがバレたようだ。


(……ハッ!)


 俺は嗤う。死なないという無敵の力を得た俺に歯向かう弱者共の愚かさに。


(ク、クハ……!)


 俺は嗤う。この力がどれほどの物か試せることに。


(ハハハハ! アハハハハ!!)


 俺は嗤う。今日、この日こそこの世を創り返る記念すべき第一歩の日だということに。


「ゴスドラ発見! ただちに始末します!」


 すると、俺の目の前に軍用ライフルを持った兵士共が現れる。俺はさらに2つの腕を生み出し、すでに生み出していた腕も合わせて、計3人の兵士の頭へと勢いよく伸ばしてその頭を潰したり、貫いたりする。


「撃て! 死ぬまで撃ち続けろ!」


 ダダダダ!と通路内に響く銃声音。俺のあっちこっちに穴が空いていくのだが、全く痛みを感じない。死という物を感じない。むしろ……俺に歯向かう愚か共の死を感じ取れている。


(スプレッド・アイス・ランス!!)


 残った連中を氷の刃で串刺しにして殺す。通路内に残ったのは愚か者共の骸だけ。


(……ふふ)


 私は赤黒く染まった通路内をぴちゃぴちゃと水音を立たせながら愚か者共がやって来た方向に向かう。そちらの方から足音が聞こえている以上、まだまだこいつらはやって来るのだろう……ゴキブリのように。


(虫けらが……)


 見せてやろう。この世界の頂点たる種の力を。滅ぼしてやろう。この薄汚い愚かな者共を。そう……この世の全てを滅ぼし奪ってやろう。万物流転させるヘルメスの力を持って、この世を正しき世界へ!

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