470話 終幕の序章
前回のあらすじ「最後の幕間」
―夏祭りから数日後「薫宅・居間」―
(先日、笹木クリエイティブカンパニー周辺で起きた死者が蘇るという事態に関して、笹木クリエイティブカンパニーで行われていた魔法実験による余波だということが分かりました。ただし……これによる……)
「大騒ぎになってるね」
「まあ、死者が蘇ったとなればそうなるだろうな」
夏祭りから数日後、まだ暑い時期が続く9月に入り、家に滞在していた母さんたちもあかねちゃんの夏休みも終わったということで、東京の自宅へと帰って行った。今、この家にいるのは僕とレイス……そして、目の前にいる直哉だけである。
「まあ……あれが死者なのかは不明だがな」
「人の未練を具現化する魔法……特定の条件を揃えると使える魔法かな?」
「泉は両親との理不尽な死に未練を残していた。だから、『ワンモアタイム』の効果で幻という形で現れた……ってことのなのです?」
「私もそう思っている。他にも死者が現れた奴らに話を聞いたんだが……程度の差はあるが、未練というものがあった。ただ……それだけでは説明できない点もいくつかあってな」
「僕の祖母であるアンジェが現れなかったもんね……グロッサル陛下が近くにいたのに」
「そうだ。未練はあまりないような口振りだったが……それでも、一目見たいとかあっただろうしな」
直哉はそう言って、自分の頭を掻き始める。冴えない表情からして『ワンモアタイム』の魔石の研究が進んでいないのが見て取れる。
「……それであの後、僕以外に発動できた人は?」
「いない。今度、同じ条件……新月の夜にて死者を弔う歌で試してみるが、果たしてうまくいくかは分からないな」
溜息を吐きながら答える直哉。きっと、それだけでは発動できないと判断しているのだろう。ちなみにだが、僕もあの後、別の日にもう1度試しにやってみたが、発動出来たのはあの1回だけだった。
恐らく、様々な要因が奇跡的に重なり成功したと思われる『ワンモアタイム』の魔法。もし様々な要因が重なった偶然の産物と言うなら、きっと、娘の幸せを願った泉の両親が力を貸してくれたんじゃないか……と個人的にはそう思わずにはいられなかった。そう考えた時、あの現れた泉の両親は泉の未練が形になった訳ではなく、あの世にいる本人達が本当に来ていたのかもしれない。
「とりあえず、『ワンモアタイム』に関しては引き続き調査する。分かり次第、また連絡する……って、ところだな」
「うん」
僕は特にそのことを直哉には言わずに、この話を終わりにする。こんな妄想話をしたところで笑われてしまうだろう。まあ……今の直哉なら真剣に聞いてくれそうでもあるが。
「分かった。ところでそれに関係した話になるんだけど……マクベスもよく分からないって不思議な話だよね」
僕は話を変え、先日から疑問に思っていたことを話す。今回の『ワンモアタイム』の魔法はイレーレがグージャンパマを支配していた時代でも謎の多い魔法とされていた。そして、グージャンパマの魔法は一度アンドロニカスによって魔石の情報が狂わされ、その後セフィロトと言われる場所で再度魔石にインストールされた物だという事。その2つを合わせると、その魔法をインストールするにはその魔法がどんな物なのか詳細に分かっていないといけないはずである。そうなると、その作業を行ったマクベスは『ワンモアタイム』について詳しく知っている必要がある。ここにいる2人もその事を知っているので、僕のその話を聞いて、納得したような表情を見せてくれた。
「お前もそう思うか? 私も少し気になっていてな……アンドロニカスの破壊活動のせいで聖獣の体内の魔石の情報も失われているはずなんだが、それがイリスラークが残した書物に記載されていた効果と変わらない効果を発揮していた。カーバンクルの魔石で使える『セイクリッド・フレイム』がいい例だな」
「そういえば、そうなのです。でも、薫は『ワンモアタイム』の魔法をマクベスがよく分からないと知った時に、その点を指摘して無かったはずなのです」
「ほら、フェニックスの魔石のように内蔵されていた魔法が変異した事例があったでしょ? それがカマソッソの魔石にも起こって、『ワンモアタイム』の魔法が元の状態から変わってしまったかもしれないと思っていたんだ」
「ただ、今回の件はそれとは関係無いみたいだしな……落ち着いた頃に、もう1度マクベスにでも話を聞いてみるか」
「そうだね……まあ、マクベスも忙しいからすぐには……」
「薫さーん! 呼びましたかー?」
「「「え!?」」」
マクベスの話をしていると、外からその本人の声が聞こえたので、慌てて外を覗いてみると、マクベスが手荷物を持って庭に立っていた。
「どうしてここに?」
「アンドロニカスの持っていた情報の解析をしていたんですが……休みを取るように周囲から急かされまして……それなら、休暇ついてでにこちらにお邪魔しようかと。あ、関係各所には許可を貰ってこちらに来ましたから、ご安心を」
そう言って、自分がどうしてここにいるのかを説明するマクベス。こっちに来たということはビシャータテア王国から来たということになるのだが、本来あるはずの口が存在しないマクベスの姿を見た王都の市民が驚かなかったのかと思いつつ、マクベスとの会話を続ける。
「そういえば、アンドロニカスの討伐から今まで働き詰めだったよね?」
「自分としては苦では無いですよ。それに……アンドロニカスのことをそこまで考えずに済んでましたから」
そう言って、口の無い顔で苦笑いをするマクベス。やはり、アンドロニカスがこの世を去ったことに淋しさを感じているようだ。
「それで……何か自分の話をしてましたか?」
「うん。とりあえず、お茶も出すから家に上がっていきなよ」
「それでは、お邪魔します」
僕はマクベスを家に招き入れ、お茶を飲みながら、先ほどの疑問を訊いてみた。
「その事ですね……」
そう言って、マクベスが少しばかり考える始める。何か訊いたら不都合な話があるのかと思ったら、予想外の回答が返って来た。
「それは、あの星自体が記憶媒体になってまして、自分達はそれをどうやって引き出し、魔石に定着させるかということをしただけです。だから、詳しく知らない魔法も魔石に込め直すことが出来たんです」
「星が……記憶の媒体?」
「何だそれ……そんな話は聞いていないぞ?」
直哉が突如としてもたらされた情報に困惑する。直哉はグージャンパマの調査・研究の第一人者の1人である。それ故に、こんな重要事項を知らされていないというのはおかしな話である。いや、そもそも……。
「まるで、星が人工物だと言っているように聞こえるのです」
僕の思っていたことを代弁するかのようにレイスが口にする。それを聞いたマクベスは静かに「その通りです」と言葉を返したことで、僕たちはその驚愕の事実に驚きを隠せないでいた。
「あの星はこちらの言葉で言うとテラフォーミングされています。星という巨大な記憶媒体から各地にあるセフィロトを使って、その記憶を閲覧、使用することで文明を発展させていったんです」
「まさか、イレーレがそこまでの技術があるとは……いや、それ本当にイレーレ達がやったのか……?」
「無理ですね。魔法という便利な物のせいで、物体の本質を知らなかった彼らがそんなことを出来るはずは無いかと」
「え? じゃあ……誰が?」
「分かりません。ただ、可能性としては……」
マクベスが静かにレイスに指を差す。それが意味すること……。
「まさか……精霊?」
「その通りです。とは言っても……この仮説に至ったのは、つい昨日のことなんですが」
「でも、私達、精霊を生む出したのはマクベス達だと……」
「そうです。自分達が生み出した……いえ、復活させたんです。思えば……あの時から勘違いしていたんですね」
マクベスがそう言って、一息を付く。こちらとしても色々情報過多のせいで頭がパンクしそうだったので、一旦情報を整理したいところなので助かる。そして、先に頭の整理が付いた直哉が口を開いた。
「精霊はマクベス達が一から生み出した訳では無いのか?」
「はい。アンドロニカスの大規模破壊から大分復興が進んだ頃なんですが、とある壊れた施設から発見されたのが謎の容器で静かに眠る精霊達でした。起こした精霊達は特に自分達が何者なのかという記憶はなく、純粋な子供のようでした。そこから、自分達はどこぞの研究施設が作った生物だと判断しました。そして、彼らは自分と波長の合う生物と契約することで契約者が強力な魔法を行使できる存在だと知り、グージャンパマ復興に担ってもらおうと思って、徐々に彼らの存在をあの世界に馴染ませていったんです」
「その研究施設は今どこに?」
「ガルガスタ王国のヴルガート山近くにありました。今は跡形も無いですが……ただ、瓦礫と思われる一部は回収出来ました。それをアザーワルドリィの方に鑑定してもらった結果、イレーレ達の時代よりはるか前に作られた人工物だと昨日判明したんです」
「イレーレが存在する時代よりも前から存在する施設に眠っていたなら納得だな。まあ……精霊がそれほどの文明を有していたのかは分からないがな」
「もしくは、他にも高度な知識を有した種族が精霊と共にいたのかもしれない可能性はゼロじゃないですね。まあ……調べるとしたら途方もない調査が必要ですが」
「でも、どうして過去の遺跡を調べに行ってたの?」
「アンドロニカスの残した情報から、『ヘルメス』もどこかの遺跡から発掘、修復された物の可能性が出たんです。イリスラークの連中はアレをただの増幅器だと勘違いして、アレの危険性を知らなかったようですね」
「何か分かったのか?」
「いえ。精霊達が発見された施設からは何も……ただ、旧ユグラシル連邦第一研究所からアンドロニカスの使用していた部屋に、『ヘルメス』に関わる情報が見つかりました……ってことで」
マクベスはそう言って、手荷物から真新しい書類の束をテーブルの上に置く。
「持って来たのでどうぞ見て下さい」
「これを持ってくるために、ここに来たってことね……」
僕はそう言って、早速その書類の束を拝見するのであった。




