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467話 泡沫の始まり

前回のあらすじ「泉にバレた!」

―「コンサートホールに隣接するビル・展望室」―


「すいません。『ワンモアタイム』の魔石の発動条件が歌だとしたら……歌う人の数を増やすか、魔法使いが歌えば発動できるのかと仰ってまして」


「そこでどうして僕が?」


「お前が歌っていたある曲を思い出してな。それでお姫様に話したら「私も歌えますよ」と聞いてな。それなら魔法使いであるお前を加えて2人で歌えば発動するんじゃないかと思ったのだ」


 そこに直哉とレイスがこっそりと泉たちに気付かれないようにこちらへ来て、僕たちの会話に混ざってくる。


「ある曲って……?」


「死者が蘇ったとある数日間を描いた映画の主題歌だ。お前、自分が男だと言って男性シンガーの歌ばっかり歌っていたくせに、あの歌だけは特別扱いでよくカラオケで歌ってたの覚えてるだろう?」


「それは……」


 覚えている。というかこの1年の間は頻繁に謡っている。人が亡くなることが多いグージャンパマで、鎮魂の意味を込めて誰もいないのを確認して、静かに、亡くなった人たちが迷わずにあの世へと逝けるようにと願いを込めて謡った。そんな訳で人前で謡うことは無かったのだが、どうしてユノはこのことを知っているのだろうか?


「泉にあの歌を教えてもらったんです。薫ったら気付かれていないと思っているみたいですけど、私とレイスにはバレてましたよ?」


「私達だけではなく、結構な人数に知られているのです。ただ、本人に言うと歌ってくれなくなるんじゃないかと思って黙ってたみたいなのです」


「どうりで知ってるわけだ……」


 誰にも聞かれないように謡っていたのに、どうしてユノが知っているのか疑問に思っていたが、僕の歌が聞かれていて、それを泉に尋ねていたとは……。しかも、2人以外にも知っている人がいるとは……。


「薫の歌とても素敵でしたよ。服装もしっかりとした物にすれば歌姫として間違えるほどに」


「それは……間違いないかもな。学園祭でそれを歌わされた時、泣き崩れる連中もいたぐらいだし……」


「ああ……」


 学園祭のクラス対抗の催し物で女性陣から言い寄られ、メイド服のまま渋々歌ったところ卒倒したり、泣き崩れる生徒たちが続出し、大騒ぎにしたことがある。


「あれは予想外だったな……いやいや歌ったのにあそこまで感動されるとは思ってなかったからさ」


「やっぱり薫って体内に魔石を持つ魔物なんじゃ……」


「人外だと私も思っている……」


「普通の人だから!? 魔石なんて物が体内にあったら、健康診断とかでとっくにバレてると思うからね!?」


「冗談ですよ。それで……どうでしょうか?」


「……やってみようか」


 僕のその素直過ぎる承諾が予想外だったのか呆気に取られた表情をする3人を横目に、僕は壇上に近付いて、バンドの方からマイクを1本貸してもらう。そして、鵺をマイクスタンドにしてマイクを取り付け、さらに「ワンモアタイム」の魔石を嵌め込む。


「じゃあ私も……」


 ユノもマイクを借りるのだが、マイクスタンドは使わずに、そのまま両手に持つ。そして、何を歌うのかを聞いたバンド員は「それならイケますよ」と言って、さっそく演奏の準備を始める。


「あ、あ……あ~……」


 僕もマイクの動作確認をして、しっかりと音が出るのを確かめる。そして、全員の準備が整ったところで、演奏が始まる。ドラマーがドラムを素手でゆっくりと叩き始め、そして、ピアノの伴奏が始まると同時に僕たちも歌い始める。


 週間ランキング1位にも輝いた曲なのだが、当初は大きな宣伝もなく、3週間限定予定だった映画の主題歌兼劇中歌としてひっそりとリーリスされたのだが、映画が予想以上に反響を呼び、それに釣られてこの歌も徐々に人気を呼び販売から5週目にして初めて1位となった面白い曲だったりする。肝心の歌詞の内容だが、二度と会えない親愛なる人に向けた思いや願いを歌詞にしており、その儚さが実に心に沁みる名曲である。


 そして、一時しか叶わない死者と話せるこの魔法を表現する歌としても非常に合っているかもしれない。僕はそんなことを想いつつ歌を歌い始めたのだが、その瞬間に「ワンモアタイム」の魔石が微かに光り始める。そして、先ほどは無かった淡く青白い光が周囲へと漏れ出していく。


「……なるほど」


 近くにいた直哉がそう言って、泉たちがいる方向を見つめる。僕とユノも歌を歌いながらそちらへと視線を向けると、泉の近くに淡く青白い光を伴った半透明な2人の男女が現れた。それは、僕も知っている顔であり、間違いなく泉の両親だった。自分の後ろに亡くなった両親が現れたことに気付いた泉はすぐさまそちらへと駆け寄り、2人に触れようとするが、その手は虚空を掴むだけだった。


「(ごめんなさい! 私……!!)」


 演奏などの音で小さく聞こえる泉の声。触れないことを知った泉は、その場で2人に謝罪と共に、あの日の後悔を口にしていく。泉の両親も何かを口にするだのが、その声は聞こえない。歌を歌っているのでそれによって聞こえないのか、はたまた泉にしか聞こえないような小さな声とかテレパシーで話しているのかは分からない。ただ、泉がそれに対して反応していることからして、何かしらの話はしているようだ。


「(久しぶり……)」


 すると、母さんたちがカーターとサキ、それにフィーロも連れて泉の両親の元に近寄る。そして、泉の夫になるカーターを紹介し始める。どうやら、父さんも含めたあの5人にも泉の両親の声が聞こえているらしく、特にカーターは緊張した面持ちで挨拶をしている。そこから少しだけ視線をずらすと、そこには涙ながらに老婆と話をしている職員もいた。


「どうやら成功したようだな」


 「ワンモアタイム」の魔法が上手く発動できたところで、グロッサル陛下とリーリアさんもこちらへとやって来る。そこで、ふとある疑問が思い浮かんでしまった。


「グロッサル陛下の姉君は現れていないようだな」


「……ああ」


 直哉の言葉に静かに頷くグロッサル陛下。きっと誰よりも会って話したいはずの相手であるアンジェの姿が現れない。


「グロッサル陛下……1つ尋ねたいのだが」


「何だ?」


「姉君に会えなかったことに……今でも後悔されてるだろうか?」


「……全くないとはいえない。だが……我にはこれがあるからな」


 そう言って、自分が身に付けているペンダントを見せるグロッサル陛下。


「姉上の声を実際に聞いてるからな……」


「なるほど……」


 そこで、何かを察した直哉はそこでその話を止めてしまう。そして、僕たちの歌も歌い終わったところで、バンドの方にお礼を言おうとして振り返ると、ピアノの伴奏してくれた女性が急いで立ち上がって、ステージの隅で静かに聴いていた女性へと駆け寄る。その聴いていた女性は泉の両親と同じように透けており、ピアノの伴奏をしていた女性は大粒の涙を流しながらその女性と楽し気に会話を始めていた。他のメンバーも集まってきたので、この透けている女性がこのバンドの関係者なのが伺える。


「お疲れ。どうやら成功したみたいだな……そのせいで、皆が歌を聞いていなかったみたいだがな」


「まあ……仕方ないかな」


 亡くなった人が目の前に現れれば、そちらに気がいくのは当然だろう。そう思いつつ、僕は壇上から下りて、とりあえず母さんたちに合流してみる。


(あら、薫ちゃんじゃない)


(久しぶり)


「お久しぶりです」


 近付いてみると、そこではっきりと頭の中に2人の声が聞こえた。その声は僕以外……血縁も会ったことも無いユノにも聞こえているようで、すぐさま僕の横にやって来て腕を組んできた。


(姉さんが言ってた彼女さんね)


「ユノと申します。この度、薫と結婚することになりまして……」


(そうなのね……本当に良かったわ)


(ああ……)


 そう言って、2人が優しく微笑む。その表情を見ると、泉が生まれて赤ちゃんを連れて家にやって来た生前の事を思い出す。子供の頃の記憶ながらも、その時の3人の姿は今でもはっきりと覚えている。そのような時間がもう訪れることが無いと思うと僕の胸に切なさが込み上げ、どのような会話をすればいいのか分からなくなってしまう。


「そうだ。それでこちらが……」


 どんな会話をすれば分からなくなった僕は、そこでグロッサル陛下とリーリアさんの事を紹介してみる。すると、この2人にも声が聞こえているようで普通に会話を始めた。祖母の弟とその娘で、魔物という人とは違う種族と聞いた2人は驚きつつも、その説明に納得しているようだった。


「……薫。この2人が何を話しているのか分かるのか?」


「直哉は聞こえないの?」


「全くだ。他の2人の会話を聞こうとしたのだがダメだった。血縁とかそういう訳じゃないみたいだしな……」


「私は聞こえてますからね。もちろんレイスも」


「はいなのです」


 すると、グロッサル陛下たちに混ざって2人と楽しそうに話しをしているレイスが返事をする。周囲を見回すと、直哉のように現れた人たちの話が分からない人が多くいて首を傾げていた。


「現れた死者の声を理解できる人たちは少なくとも話せる人の関係者なのは間違いない。しかし、ここは一部の生前繋がりの無い者でも話が出来ている。これから察するに……」


 その続きを直哉が口にしようとするのだが、そこで話すのを止めてしまった。


「無粋だな。ほら……」


 そう言って、直哉は先ほどとは打って変わって楽しそうに話している泉たちの元へ行くように催促する。


「限りある時間だ……未練の無いようにしてやれ」


「……うん」


 「ワンモアタイム」……きっと、このような奇跡は泉にはもう2度と起こらないのだろう。たった1度だけという名前の付いた魔法なのだから。


パァーーン!!


 すると、真っ暗だった景色に花火という大輪の華が開く。最初は1つ、また1つと短い間隔で打ち上げられ夜空を光で埋め尽くしていく。


「綺麗……」


 その光景に家族全員で眺める。ふと、下の方に目線を向けると、そこに泉の両親のように青白く光っている何かを確認することが出来た。


(この後、大変なことになりそうだけど……まあ、いいか)


 恐らく、今夜からこの件が大々的に騒がれるのは間違いないだろう。その原因を作った張本人として明日からその対応に追われる人たちに申し訳なさも感じてはいる。けど……。


「それで……!!」


 ああやって、満面の笑みで両親と楽しそうに話をしている泉を見られたのだから。

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