466話 そのささやかな願いは
前回のあらすじ「どこか普通ではないお祭り」
―「コンサートホールに隣接するビル・展望室」―
「あ、昌姉だ。お~い!」
「あら。皆、やって来たわね」
紗江さんの後を付いていくと、異世界から来る客人用に用意されていた笹木クリエイティブカンパニー内にある転移魔法陣を使用して異世界会議を行ったホールの横に隣接するビル、その最上階にある大きな窓で周囲が覆われた展望室へとやって来た。今日は職員用に貸し切りになっており、ムードに合わせてバンドがジャズを弾いてたり、立食パーティー形式で料理が置かれてもいた。
「転移魔法陣から来たの?」
「うん。直前にひったくり犯を捕まえてさ。それでその場の話に合わせる都合で一回笹木クリエイティブカンパニーに立ち寄ったんだ」
事情を説明しつつ、僕たちは先に展望室に来ていたマスターと昌姉に合流する。先ほどの賑やかな祭りと打って変わって、花火が打ち上げられるまで静かで穏やかな時間を過ごす。
「ここに来たのは初めてだけど……見事に真っ暗だね」
「実験の迷惑にならないように、郊外から離れた場所だしな。当然だが、そんな目玉になるような夜景は見えないぞ……まあ、数年したら大都市を一望できるかもしれないがな」
僕は直哉と一緒に窓際までやって来て、窓からの景色を眺める。いつもなら下も真っ暗なはずなのだろうが、今はお祭りのおかげで、人が動いているのが見えるくらいに明るく照らされていた。
「お星さまは見えても、月は見えないですね……」
「今日は新月なのです。だから月は見えないのです」
僕の横でユノとレイスがそんな話をし始める。言われてみれば夜空に月は無く。星々が光っているだけだった。その更に離れた場所でははしゃいでいるあかねちゃんと一緒にいる母さんたちが景色を見て、あれが何なのかとかそんな話をしているのが聞こえる。そして、僕がその場で後ろを振り返ると、後ろではマスターと昌姉が用意されているソファーに座って誰かと話をして……。
「え? グロッサル陛下? それにリーリアさん?」
予想外の人たちと話をしていたマスターたちに驚きの声が漏れる。すると、僕の視線に気が付いた4人がこちらへと来るように促すので、直哉に断りを入れてからそちらへと顔を出す。
「グロッサル陛下、お久しぶりです」
「久しぶりだな英雄」
「茶化さないで下さい」
そこで、クスクスとマスターたちが笑い始める。僕はそれに特に気にすることなくグロッサル陛下に今日の来訪の目的を訊いてみた。
「なるべく早く姉のもう1人の孫に会いたいとは思っていてな。それで、あちらに仕事が一段落付いた今日、何でも催しがあって、もう1人の孫とも会えるとリーリアから聞いて一緒に出向いた次第だ」
「リーリアさんは誰から話を?」
「ユノからだ。今度はこちらに遊びに来ませんかと誘われてな。それと……本当はフロリアも誘われていたのだが、レアメタルの件で外せない用事があるらしくて今日はいないぞ」
「『ワンモアタイム』の魔法について話を聞いてるんですね」
「誘われた時に一緒に聞いた。一応、フロリアにその話をしたんだが……分からないだそうだ」
「そうか……」
思っていた通り、フロリア女王はその当時のことを覚えてなかった。そうなって来ると、『ワンモアタイム』がどのような条件で利用できるのかは地道に調べるしかなさそうである。僕はそんなことを思いながら、『ワンモアタイム』の魔石を取り出す。
「それが例の死者と会話できる魔石?」
「そう謂れのある魔石だね」
僕はそう言って、手に持っている魔石を昌姉に渡す。それを皆が見るのだが、見た目はただの無属性を示す紫色の魔石であり、何の変哲もないその魔石を見ては普通だなと口々にしていく。
「しかし……変な名前の魔法だな」
ふと、そこでマスターが昌姉から魔石を受け取り、それを眺めながらそんなことを言いだした。
「死者と話せる魔石なんだろう? 何でワンモアタイム……もう一度って名前が付いてるんだ?」
「それは……」
マスターに言われて、そこでこの魔法の名前に疑問を抱く。そもそもカマソッソが使用しても微睡のような幻を見せる魔法なのだから、ワンモアタイムという名前は少々おかしい名前である。
「でも……これらの魔石ってマクベスさんが守る施設で祖母がこちらの言語に対応させたって話よね? グージャンパマの言語でも同じ意味なのかしら?」
「そうみたいだよ。直哉がクロノスで調査した際に語弊が無いか確認したらしいから」
「そうか……でも、メメントモリとかヴァニタスとか……そういう意味の言葉の方が相応しいと思うんだがな」
「死を想え……いつか死ぬ人間であることを忘れるなって意味だから少し違うかも。降霊術って意味があるネクロマンシーとか?」
「シャーマニズムやトランスとかはどうかしら?」
「確かに、2人の言葉の方が合ってるな」
死者と話せるという効果から、それに合った名前を次々と口にしていく僕たち。すると、そこでリーリアさんが何か驚きの表情を浮かべていた。
「リーリアさん。どうかしました?」
「あ、いや……死者と話せるついでに思い出したことがあって」
「思い出したこと?」
「ああ。そのワンモアタイムの魔石を使った日のことなんだが……弔いの儀を行っていたと聞いたな」
「弔いの儀?」
「魔族との戦争で死んだ故人達を悼むための催し……追悼式のことだ。平和になった両国を見てる薫からしたら、想像できないかもしれないが……」
「あるよ。アクヌムがビシャータテア王国に侵攻した時に犠牲になった人々を追悼する式に参加した事があるから」
そう言って、僕は約半年前の事を思い出す。大勢の人々が亡くなった方々が安寧の眠りに就けるように静かに祈ったあの日のことは忘れもしないだろう。
「司教が祝詞を唱えて、ユノが鎮魂歌を歌って……最後に王様が労いのスピーチをして1時間ほどの式典だったよ」
「弔いの儀と同じだな。それで思い出したんだが……死んだ子供と話をしていた母親の姿が歌の内容と重なって切なくなったと」
「歌?」
「ああ……こんな歌なんだが」
そう言って、歌いだすリーリアさん。すると、微かに魔石が光り出す。
「まさか……!?」
魔法が発動すると僕たちが期待するのだが、光はすぐに弱くなり元の状態に戻ってしまった。
「ほう……歌か」
「歌に反応する魔石ですか……」
すると、先ほどまで外の景色を眺めていた皆がこちらに集まって来ていた。その中には職員の方々もいて、この魔石が反応した事に興味津々の様子でこちらに視線を向けていた。
「すぐに消えてしまったが……魔石が割れていない様子からしてまだ発動はしていないようだな」
「となると……パワーが足りないのでしょうか?」
「だとしたら……」
職員の中でも研究に関わる人たちで『ワンモアタイム』について考察会が始まる。すると、話を聞いていたユノが慰霊祭の時に歌った鎮魂歌を歌い始める。すると、また魔石は光るのだが、すぐさま光が収まってしまった。
「歌に決まりは無い感じでしょうか?」
「なら私が歌うのです」
すると、今度はレイスがこっちの世界で流行っているアップテンポな歌を歌ってみるのだが、今度は何も起こらずじまいだった。どうやらどんな歌でもいい訳では無く、若干暗めの曲に反応している感じである。
「何も起きないッスね……これ発動するとどうなるッスか?」
「死者と話が出来ると言われているらしいんだが、上手くいかなくてな……」
「え?」
誰かがグロッサル陛下のその言葉に対して驚きの声を上げる。その一番聞かれてはいけない人物の驚きの声が僕たちの後ろから聞こえたので、恐る恐る後ろを振り返ると、顔を手で覆うカーターにサキ。そしてその横に驚きの表情をする泉と「そんな魔法があるんッスね」と呑気に答えるフィーロがいた。
「泉……いつの間に?」
「あれだけ騒いでいれば……ね。それで何で私の顔を見て、皆がやっちゃったみたいな顔をするのかな?」
そう言って、笑顔で訊いてくる泉なのだが、その口元は笑っていない。何せここにいる全員が泉に対して隠し事をしていたのだ。その事実を知った今、自分に隠して何を企んでいるのか問いただすは当然だろう。
「静音と冬弥にあんたらの結婚を報告するためだよ」
すると、母さんがいの一番で何をしようとしていたのかを口にする。それを聞いた泉が「どうしてそんなことを?」と訊いてきたので、母さんがそのままナイトリーフの海水浴に行った日から今日までの出来事を話していく。
「……というわけさ。泉ちゃんが前に進めるようにって頑張ってたんだよ?」
「そんな……」
泉は俯きつつ「そんな必要は……」と声を漏らす。それに対して、今度は父さんがそれをすぐさま否定する。
「泉ちゃんが頑張り屋なのは皆が知ってるんだよ。魔王討伐なんて偉業も達成させたんだ……そろそろ自分を許してやってもいいんじゃないかい?」
「だけど……」
「俺も2人の意見に同意見だ」
何か言おうとした泉に対して、カーターがその言葉を遮る。そして、真剣な眼差しで泉を見つめたまま話を続ける。
「家族では無いが……俺にもそんな経験がある。騎士団に所属している都合上、魔獣や盗賊の討伐も行っているのは分かるとは思うんだが……その最中に亡くなる団員もいる」
「カーターさんにもそんな経験が?」
「喧嘩別れでは無いけどな。俺の場合は約束をした団員がいたんだが、果たせずに亡くなってしまってな……それ以降、どうすれば約束を果たせるか悩んだ経験がある。最終的には、その果たせなかった約束を本人に変わって果たすことで自分なりに決着を付けた。亡くなってしまった本人がそれをどう思っているのかは分からないままだがな……結局、亡くなった者からの返事なんて聞けない以上、自分を許せるのは自分だけってことさ」
「カーターさん……」
カーターの話を聞いて黙り込む泉。僕はそのやり取りを静かに見守っていると、ユノに浴衣の袖を引っ張られる。僕は静かにそこからユノと一緒に離れ、ユノに誘われて演奏を行っている人たちのところまでやって来る。
「どうしたの?」
「薫……私と一緒に歌って下さい」
「……はい?」
この状況下で発せられたそのユノの言葉に、僕は思わず語彙を失うのであった。




