465話 お祭りを楽しんでみた
前回のあらすじ「父さんと息子(美女)のやりとり」
―3日後の夜「笹木クリエイティブカンパニー・お祭り会場」―
3日後の夜、僕たちは泉が用意した浴衣を着て祭り会場の入り口にやって来た。笹木クリエィティブカンパニーなどの前を通る道路を封鎖して設置された簡易的な入り口であり、そこにいる入場係にチケットを見せる。
「はい……どうぞ……」
「ありがとう」
浴衣姿の僕たちに見惚れている入場係にお礼を言う。妖狸の際に付けている髪飾りで髪を纏め、黒の浴衣でクール美女風にアレンジされた僕と、淡い緑色の浴衣姿に金髪を後ろで纏めたユノが密着している姿はかなり目立っており、周囲から注目が集まる。
「あかね! 走ったら危ないよ!」
一緒にいる母さんたちが先に進む中、僕はユノに腕を組まれた状態で、その後に続く形で祭り会場へと入っていく。そして、先に入って待っていた母さんたちと合流する。
「うわ~……!!」
すると、またしてもあかねちゃんが赤の浴衣姿で勢いよく前へと駆け出す。そして、会場入り口すぐの場所にあるお面屋を見始める。
「色んなお面が売ってるね……」
「うん。お姉ちゃん達のお面もあるよ!」
あかねちゃんはそう言って、僕と泉が付けている狐と狸のお面に指を差す。それに対して「そうだね」と自然な返事を返しつつ、僕はあかねちゃんに対して、どちらが欲しいか尋ねてみる。
「私はこっち。そっちはお姉ちゃんのものだもの!」
「あら? 私のですか? それは嬉しいですね」
そう言って、顔をほころばせるユノ。その笑顔の破壊力は凄まじく、こちらを見ていた男たちの心を鷲掴みにする。そのせいで、いくつかのカップルが言い争う事態になるのだが、僕はそれを放ったまま、たくさんのお面へと視線を向ける。
「じゃあ……」
僕は狐と狸のお面を1つずつ購入して、狐のお面をあかねちゃんに、狸のお面をユノに渡す。それを2人は被って、それぞれ僕と泉のフリをする。
「ほら、あかね。薫お姉ちゃんにお礼は?」
「薫お姉ちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
僕はそう言って、あかねちゃんの頭を撫でる。その際に無邪気な笑みを浮かべてくれるので、僕も思わず笑みを浮かべてしまう。
「(薫お姉ちゃんの方がしっくりくるのです)」
「(男だからね?)」
持っている手提げ袋に隠れているレイスの言葉に、小声で訂正を入れる。僕に見惚れている男共がいるのだが、周りが賑やかなおかげで気付かれることは無いだろう。
「しっかし混んでるね。ここに入るにはチケットが必要なのに、どうしてここまで多いんだい?」
「僕のチケットで母さんたちが入れたように、他の人もそうしているからだよ。チケットで人数をある程度は抑えているけど、流石にガラガラというのも変だから、チケットに種類を設けて少し多めの人数が入れるように設定しているみたい」
「へえー……ちなみにあんたのそのチケットは?」
「特別。レイスを除いた5人が一度に入れるチケットだって」
「泉ちゃんは大丈夫なの?」
「別のチケットを持っているから大丈夫……ほら、噂をすれば」
僕と母さんで、そんな話をしていると、華やかな髪飾りを身に付け淡い桃色の浴衣を来た泉が、オーソドックスな青いボーダーの浴衣を着たカーターを連れてこちらへとやって来た。
「待った?」
「全然だよ。それより……私達と一緒に見るで本当に良いんかい? 何なら明菜とあかねの3人で見てきてもいいんだよ?」
「祭りは賑やかな方がいいからね。それに可愛い妹であるあかねちゃんの夏休み最後の思い出作りも兼ねてるから大丈夫だよ」
「カーター君はそれで良いのかい?」
「泉がそう望むなら。それに……これほど賑やかだとムードも何も無いですから」
そう言って、カーターが指を差す方向には、子供連れの家族や仲間と言った形で祭りに訪れている人たちなどもいて、なかなか自分たちだけの空間というのは取りずらいかもしれない。
「ここには定番の神社や森なども無いもんね……」
「今回は、企業が企画・開催のイベントだからね。とりあえず、花火の時間までは自由に回っていいらしいから色々回ってみようか」
僕がそう提案すると、他の皆も賛成するので早速、祭り会場内を回り始める。お祭りで良く見かける出店をひやかしたり、買ったりしていると、とある出店の1つが酷く賑わっていた。
「あれ? 榊さんじゃない?」
「本当ッスね」
僕たちがその出店に近付いてい見ると、榊さんがこちらに気付いて手を振ってくる。
「皆さん。楽しんでますか?」
「おかげさまで。それで……何を売ってるんですか?」
「魔石の販売ですよ」
「「「「え!?」」」」
榊さんのその言葉に、驚きの声を上げる。そして、出店の棚を見るとそこには確かに魔石が売られていた。紫色からして属性の魔石は売られていないようだ。
「浄化と温度調整、防臭の魔石ですね」
榊さんがそう説明している横で、別の社員が実際にそれらを実演して販売をしていた。価格を見ると、祭りで出すような金額にしてはあまりにも高額だが、それらは飛ぶように売れていた。
「売っちゃっていいんですか?」
「これらは既にこちらで出回ってるのもあり、また悪用されにくい物ということで小規模ながら販売することになったんです。電化製品の販売に支障をきたさないように、規模や威力は調整されてますがね」
「そうなんですね」
「他では味わえない祭りを演出するために、用意された品々ですね」
「へえ……」
「うーーん……これ、あ……むぐっ」
すると、あかねちゃんがそれらの魔石を見て、何かを言おうとしたところ母さんがその口を両手で優しく押さえる。あっちで売られている魔石を実際に見ているあかねちゃんからしたら、これらの品揃えは少なく、もっと言えばこれよりいい物があったりするのを知っているので、それを口にしようとしたのかもしれない。
「はいはい……じゃあ、次に行こうか」
「だね」
母さんがあかねちゃんの口を押えたまま、父さんと一緒にその場から離れようとする。それを見た僕たちも榊さんに一度断ってから後にするのであった。
「いっひゃダメ?」
「うん。ダ~メ……普通はあっちに気軽に行けないからね。だから、あっちでの出来事は前にも言ったけど秘密だよ?」
「ふぁ~い!」
それから、異世界会議を行った会場であるホールや隣接するホテルで行われている催しを見たり、売っていた焼きまんじゅうを食べたりと、お祭りを楽しんでいく。
「焼きまんじゅう……やっぱり食べ応えあるッスね」
「ええ。しかもお手軽な値段なのは凄いわよね……」
焼きまんじゅうが刺さった串を1本ずつ食べたフィーロとサキがその凄さに感心している。一応、おやつの部類のなのだが、水分と一緒に取るとこれだけでも大分満足してしまう。それを知っていた僕たちは分けて食べたりしたのだが……精霊たちは1人1本平らげてしまった。
「これを下さい!」
すると、泉が近くのお店で何かを買って来る。そして、それを女性陣に配りつつ、最後に僕に手渡してくる。
「これ……りんご飴?」
「そう。茂おじさんとカーターは要らないって言うから、女性陣用に買って来たの」
「……これを持った僕たちを撮りたいだけでしょ?」
「うん」
あっけらかんと答える泉。そして、すぐさま僕とユノの2人をスマホで1枚撮影する。母さんもそれに乗っかり撮影する。
「じゃあ……1つのりんご飴を2人が食べるようなポーズを……」
「恥ずかしいから却下!」
とんでもないことを言い始めたので、強く注意する。そもそも、隣にはあかねちゃんがいるのだから自重して欲しいところである。
「ひったくりだ!!」
男性の大声に気付いた僕はそちらへと視線を向けると、男性が持つには似つかわしくない女性用の鞄を持った男性が人混みを避けつつ、走って逃げていた。
「やれやれ……」
「手伝うよ」
僕とカーターはこちらへとやって来るひったくり犯を待ち構えるためにその進路上に立つ。
「大丈夫か? そんな格好じゃ足技は使えないだろう?」
「そちらも同じでしょ? 大丈夫だよ」
「どけぇ!!」
そう叫ぶひったくり犯にカーターが前へと出て捕えようとする。だが、カーターが慣れていない浴衣姿ということもあってか、ひったくり犯はそれをすんなりと避けてしまう。
「任せた!」
「りょーかい」
カーターによって、とっさにこちらへと誘導されたひったくり犯が僕へと近付く。あともう少しのところでぶつかるという場面で、僕はリボンに取り付けられている浮遊石で垂直に飛んで、ひったくり犯の背丈ぐらいまで飛び、そのままやって来たひったくり犯の頭頂部を思いっきり踏みつける。「ぐふぇ!?」と変な奇声を上げながら、ひったくり犯は走った勢いのまま地面に横転して止まった。そして、素早くカーターがひったくり犯を抑え込み御用となった。
「ナイスアシスト」
「出来ればあのまま捕らえたかったが……この格好じゃアレが限界だったな」
そこに警備員が駆け寄って来て、被害女性にひったくられた鞄の返却と簡単な事情を訊き始め、他の警備員たちは倒れたひったくり犯をどこかへと連れて行った。僕たちがそんなやり取りを見ていると、周囲がざわざわとある疑問を口にしていた。
「さっきの女性……飛んでなかった?」
「飛んでたよ。というより……あのリボンってさ。妖狸が付けてなかった?」
「ああ……言われて見たら……」
周囲から聞こえるその話し声に、少しだけ目立ち過ぎたかと思っていると、人混みを押しのけ、紗江さんがこちらへとやって来た。
「警備の御勤めお疲れ様です。トラブルがあったと聞いて来たんですが……どうやら解決済みですね。休憩中なのにありがとうございました」
そう言って、僕とカーターだけしか見えないように視線を送る紗江さん。それがどういう意味なのか察した僕とカーターは紗江さんの話に合わせる。
「うん。これのおかげでスムーズに行ったよ。飛べるって本当に便利だね」
「だな。俺もそんな風に飛べる魔道具が欲しいところだが……あんな風にタイミングよく踏むとか無理だな」
「それは良かったです……だからと言って、こっそり持ち帰らないで下さいね? 妖狸さんから許可を貰って作った試作品なので」
「しないから……とりあえず、本部に事情を話した方がいいかな?」
「そうですね。それだからご同行をお願いしたいんですが……」
「家族も一緒でいい?」
「もちろんですよ」
そう一芝居を打った僕たちは、母さんたちを連れて紗江さんと一緒に笹木クリエイティブカンパニーの敷地内へと向かうのであった。




