445話 変異型アンドロニカス戦 その5
前回のあらすじ「魔王アンドロニカス戦終盤に差し掛かる」
―「旧ユグラシル連邦第一研究所 野外実験場」―
「こtjykぷ!!」
ゆっくり落ちてくるアンドロニカスが右手の球体をそのままに左腕の槍を構える。鵺を召喚魔法で使用中のため、僕は両刃剣である『四葩』と手甲である『蓮華躑躅』の2つでアンドロニカスと戦わなければならない。僕はこちらへと振って来る光線を『翠色冷光』で掻き消し、そのままアンドロニカスを迎え撃つ。
「はあーー!!」
ガキン!と互いの武器がぶつかり合う。槍の刃を炎が包んでいるせいで熱い。装備品と『鉄壁』のおかげでその程度で済んでおり、それが無かったらとっくに火傷していただろう。そんな槍でアンドロニカスが連続攻撃を仕掛けつつ、光の球体による攻撃を続ける。ただし、僕との距離が近くなったため、右手を上に掲げ、一度上に撃ち上げてから、それが落ちてくるような軌道になっている。レーザかと思ったが……それとは別物のようだ。
「hjろyt!」
「よっ……!」
槍の攻撃を避け反撃を仕掛ける。上から振って来る光線は守鶴による和芸和傘によって防いでくれているため気にせずに前に出る。一方、アンドロニカスは尾曳が投げた手毬による重力操作によって、動きを阻害され始めている。それを利用してアンドロニカスの厄介な右手の球体を四葩で切り裂く。すると、お返しと言わんばかりに、槍の付いた腕を振り回して僕たちを吹き飛ばす。そして追撃しようとアンドロニカスが走り出すが、それを尾曳が手毬の重力変化で妨害する。その隙に、僕は立ち上がって『黒雷連弾』で動きを止めるようとする。
「じょhslkせ!!!!」
すると、アンドロニカスの左胸の目が開かれる。『赤城颪』による強制乾燥効果によりその目は乾いており充血もしていた。そして無理やり開けた目で魔法キャンセルを発動させる。それによって『黒雷連弾』が消され、さらに尾曳の手毬と『赤城颪』の核となっていた茶釜も消されてしまった。大分、こちらの戦力を削られてしまったが、アンドロニカスの左胸の目がこちらを丁度良く向いている。
「待ってたよ!」
僕はこのタイミングでアイテムボックスから苦無を取り出し、それを左胸の目に投げ付ける。それは目のど真ん中に刺さり、アンドロニカスはそれを無理やり抜いて瞼を閉じて回復を始める。これでしばらくの間は魔法キャンセルは使えないはずである。
「薫!」
「うん!」
このタイミングでアンドロニカスを殴り飛ばせる距離まで近付く。敢えてアンドロニカスから距離を取らせていた守鶴の後ろにある黒い球体を確認すると既に花弁は4枚。必殺技である『暗き湖沼へ』のチャージがもう少しで終わる。
「獣王撃!」
アンドロニカスの胴体に渾身の一撃を加える。獣王撃の斥力の力によってアンドロニカスは思いっきり後ろへと吹き飛び、僕たちとの距離が大分離れる。これで全ての条件が整った。
「守鶴! 尾曳!」
僕は守鶴と尾曳の2人に声を掛けて必殺技の準備に入る。2人が念じ始めると花弁が5枚開いた球体が形を変えて黒い弓と矢になる。僕はそれを手に取りアンドロニカスに向けて弓を構える。
「くらえ!!」
僕は構えていた弓を引く。撃ち出された矢は『獣王撃』によって倒れたアンドロニカスへと向かって飛ぶ。すると、アンドロニカスはその矢を落とそうとして左手の槍に風を纏わせて横から矢を薙ぎ払おうとする。
「……無駄だよ」
その薙ぎ払いが当たったのかどうかは分からないが、矢に込められた魔法が発動し超強力な引力が黒い球体となって発生して、ありとあらゆるものを吸い込み砕こうとする。
「やったのです!?」
「どうかな……」
黒い球体にアンドロニカスが飲み込まれたのは見えた。例え倒せなかったとしても大ダメージは必須だろう。
「いっつ……」
その時、脇腹が酷く痛みだす。激痛のする辺りを触れるとヌルッと赤い血が手に付着する。よく見たら、脇腹辺りの衣服が破れており、そこから出血が起きている。
「大丈夫なのです?」
レイスのその言葉に返事をする前に、僕はアイテムボックスからハイポーションを取り出し、出血した箇所に振りかけると、より傷口が酷く痛みだす。その痛みは傷口に消毒液を吹きかけるなんて優しいものじゃなく傷口に塩を擦り込んだ時のような激痛が走り思わず顔を歪めてしまう。ただし、流石高級品ともあって酷い痛みはあったが、傷口はすぐに塞がってくれた。念のため、内臓とかにダメージがあったら不味いので残ったハイポーションで飲んでおく。
「ふう……しくじったかも。いつもなら痛みなんて無いのに……」
「それだけ傷口が深かったってことなのです。それですぐに動けるのです?」
「うん。大分、痛みは引いたからいけるよ……」
全く痛みが無い訳ではなく、大分痛みが引いただけでありズキズキとした痛みが脇腹に残っている。ポーションもハイポーションもそうだがゲームのような万能な傷薬では無い。即死には無意味なのは当然だが、短時間に複数回飲んだり、大ケガをポーションで直した直後にすぐに飲んだりするなどを行うと中毒を引き起こす恐れがある。そして、シェムル戦後の服用と今の大きなケガの回復、その2つの理由のせいで数時間経ってからでは無いと次は飲めないだろう。
「次……大きいのをもらったらアウトかもね」
次に大ケガをしたら、それは間違いなく死につながる。一時撤退も視野に入れたいところだが、ハニーラスの王都では変異した魔族の群れとの戦闘が今も行われており、ここでの撤退は王都の被害を拡大させることになるし、アンドロニカスの回復を許してしまうということである。
そんな考え事をしていると、黒い球体が割れて猛烈な突風が巻き起こる。そんな中でもこちらへと飛んで帰って来る鵺をキャッチして黒剣にし四葩と鵺の両刀を構える。いつ目の前の敵が襲って来てもいいように……。
「う、うお………」
左右非対称の羽は折れ、地面に膝を付き項垂れるアンドロニカス。弱弱しいが声は聞こえているので、まだ生きているようである。
「あ、はは……そうか。お前が……」
先ほどまでとは違って、こちらにも分かる言葉を発するアンドロニカス。そして、その場で立ち上がりこちらに視線を向けてくる。その目は先ほどとは違って澄んだ目をしていた。
「アンドロニカス……」
すると、僕の横にマクベスがやって来る。それを見たアンドロニカスは口の無い顔で笑顔を作る。その笑顔はとても優しいものであり、先ほどまで戦った同じ相手とは思えない物だった。
「頼む……全てを……終わらせてくれ……」
そう僕たちに告げて、アンドロニカスは再び奇声を上げながら、その体をさらに変異させていく。いや……もはやこれは暴走だろうか? 膨らんでいく肉に体が飲み込まれ、その肉塊に苦無で潰したのと似たような目が2つと口が1つ出来る。ただし、その位置関係は不出来な福笑いのようなものである。そして最後に肉塊から大量の触手が生えてくる。
「薫……」
「……分かってる」
目の前のアンドロニカスだった物に向けて武器を構える。「終わらせてくれ」のその意味……何となくではあるが、アンドロニカスに何があったのかが推測出来てしまった。それは横にいるマクベスも同じであり、苦悶の表情を浮かべていた。
「薫さん。ここから自分も手伝います……どうか終わらせてあげて下さい。彼に安らかな眠りを……」
マクベスはそう言って、足元に魔法陣を展開する。それと同時に謎の肉塊の触手から火・氷・風の3つのランス魔法と、先程のレーザもどきを放ってくる。
「スプレッド・エクスプロージョン!」
対してマクベスは大量の小さな火球を自身の周囲に展開して一気に放つ。それらは謎の肉塊の魔法と当たるか、近くを通ると爆発して、肉塊の魔法を掻き消していく。
「薫。今のうちに……」
レイスが何かを受け取るような感じで両手を前に出す。僕はそれの意味を汲み取って、アイテムボックスから雷の魔石を取り出して、それをレイスに手渡す。そして、グリモアを使って魔法陣を展開して召喚魔法を……。
グイグイ……
すると、何者かに衣服を掴まれて引っ張られる。何が服を引っ張ているのかと思って振り向くと、そこには必殺技を放って還ったはずの守鶴と尾曳の2人がいた。
「え? 何で……」
どうして召喚魔法で生み出したこの2人がここにいるのだろうか。魔法を放つ前に想像した工程にはこんなのは含まれていないはずである。そんなことを思っていると、2人は僕のグリモアを装着している右腕を掴む。すると、2人の姿が消えてグリモアに取り付けられた『融合』の魔石が輝き出す。
「君達の力も使えってことか……」
僕たちが使える2つ召喚魔法を『融合』の力を使って1つにする……。どんな姿になるのか想像できずに
いると、頭の中にそのイメージが流れ込んでくる。それはレイスも同じようで、驚いたような表情でこちらを見ていた。
「レイスいくよ!」
「は、はいなのです!」
魔法陣の中に立ち、鵺を展開して『黒装雷霆・麒麟』を呼ぶのと同じような状態にする。そして、僕は右手を前にして、今も光り続ける『融合』の魔石に取り込まれている守鶴たちの力を解き放つのであった。




