443話 変異型アンドロニカス戦 その3
前回のあらすじ「激しい戦闘中」
―薫とアンドロニカスの激闘している一方で「魔国ハニーラス・城下町 激戦地区」アルファ部隊リーダーの視点―
「魔法が発動しません!」
「こちらも打ち消されたぞ!」
戦闘によって荒れた街……そして慌てふためく魔物達。弾薬の補充が済んだ我々は一休みしていると、魔族達が変異したという連絡が入り、すぐさま愛銃を手に取り前線へと戻って来たのだが……。
「魔石部隊は後退せよ! 槍部隊前に! その他武器を持つ者は各個撃退せよ!」
「こっちに中型の魔族がいる! 誰か回れないか!!」
あっちこっちから聞こえる阿鼻叫喚の声。先ほどまでの均衡が嘘のように破られ、圧倒的にこちらが劣勢となっている。
「なかなか楽しい状況だな」
隊員の1人であるベクターが笑いながら周囲の状況を確認する。他の面々も似たような物であり、歯ごたえのある獲物が来たことに喜んでいたり、魔族とは全く関係の無いハニーラスの街並みを見て楽しんでいたりと……かなりの狂人っぷりを見せている。
「お前ら。我々は遊びに来たのではないぞ?」
「分かってるよリーダー! でも……こんなゾクゾクする感覚はやっぱりたまらねえな……」
そう言って、ボマーが涎を拭う。こんな状況で良くそんな風にいられるものだ……。私はそう思いながら、私を襲ってこようとする変異型ゴブリン達の眉間を撃ち抜いてやる。すると、1匹が自身の前にいた別のゴブリンを盾にして私の攻撃を避け、飛びかかって来る。
だが、私はすぐさまナイフを取り出し、飛びかかってきたゴブリンの首を切り裂いてやる。それはそのまま地面に落ち、ピクピクと痙攣させながら絶命した。
「ふん」
「リーダーやるねえ♪ 魔石の効果は封じられて切れ味が悪くなってるんじゃないの?」
「所詮、生物だ。関節部や骨格で守られていない箇所は非情に弱い……後は敵の勢いも利用すればどうともなる」
「うちらにそれを要求するな。それが出来るのは薫ぐらいだろうって……」
ベクターが今回の作戦の要である薫の名前を出す。前々から話は聞いていて、今回の作戦で初めて彼に会ったのだが、その見た目から私以外の3人が喧嘩を売って、ガントレットを装備しただけの彼にコテンパンにやられている。その後、私も戦ったのだが……最後には首を背後から掴まれ負けてしまった。それ故に、薫は正真正銘の化け物だと我々は思っている。あの化け物なら余裕でこの雑魚を捌いてしまうだろう。
「あ、ボマー。そっちに団体様のご到着だぞ。ドクターはあちらを歓迎してやってくれ」
「「了解!」」
小型ドローンによる索敵を行っていたベクターから、獲物がやって来たことを知らされた2人がすぐさま応戦に入る。化け物となった魔族を生き生きとした様子で狩っていくその姿は、どちらが化け物なのか考えさせられてしまう。そんなことを思いつつも私の背後を取ろうとしたオークの目玉にナイフを深く突き刺してやる。私を負かした薫なら背後を取られるよりも早く始末していただろう。
「よくまあ……そんな的確に素早く急所を狙えるものだな」
ベクターが私のやり方に呆れているのだが、そのベクターは既にオークの首をへし折っていた。女である私ではそのような力技は無理である。
「相変わらずの馬鹿力だな」
「そうでもない。コツさえつかめば、リーダーだってやれると思うけど」
「はいはい……」
そんな愚痴を零しながらも、魔族の連中を1人また1人と葬っていく。気が付けば、周りにいた仲間である魔物達が呆然とした様子でこちらを眺めていたりする。どうやら、我々が薫と同じ異常者だと気付いたようだ。
「おい! 見ている暇があるならケガした連中を下がらせろ! この場所は放棄し、こちらの戦力を立て直す! いいな!」
私の指示に魔物連中は大急ぎで撤退を始める。これなら、あの2人が心置きなく派手に始末してくれるだろう。
「ボマー! ドクター! 撤退だ! 派手にやれ!」
「へへ……了解!」
「待ってました!」
私とベクターが先に撤退を始めると、ボマーとドクターの2人がいくつかの投擲物を魔族の群れに投げつける。その直後に起きる爆発と謎の甘い匂い……。
「ドクター……我々にも被害を受けてるのだが?」
「安心しろ。我々には効かない毒だ。周囲に仲間はいないのだろう?」
「おいおい! ここに3人いるんだが?」
「言ったはずだ……効かないとな」
「全く……ベクター?」
「こちらの被害はゼロ。一方、あちらさんの被害は大。それと大量に出来た障害物に足を獲られているようだ」
「オッケー……」
私はそこで指令室にいるカイトへと通信を繋ぐ。他の場所の戦況を確認したいのと、これからの作戦を訊かなければならないだろう。
「ご苦労様! そこからB-1地区まで下がって防衛に当たってくれ」
「防衛? 我々はそれは得意じゃないのだが?」
「戦術生物兵器……みたいなものが来るから、それが一通り暴れたら前に出てくれ。くれぐれも温かくしておくように!」
「……了解。時間は?」
「10分後だ。くれぐれも遅れないように……では」
「待て。この状況……何が起きたか知ってるのだろう? こちらにも報告しろ」
こいつが狼狽えていないということは、既にこいつの元に何かしらの情報が来ているということだろう。ならば、その情報もしっかり報告してもらいたい。
「……ああ。魔王アンドロニカスにも同じような変異を引き起こしたらしい。それを今、薫達が対処している」
「なるほど……了解した。それと弾薬などB-1地区へ運んでほしいのだが?」
「もちろんだ。運ばせるから受け取ってくれ」
カイトはそう言って通信を切った。通信を終えた私は、仲間にすぐさまB-1地区に向かうことを伝え、周囲に他の仲間がいないかを確認しながら道を進んでいく。
「へへ……ああ、恐ろしいな。うっかりちびりそうだ!」
「ああ、ボマーの言う通りだ。ここからは正真正銘の化け物が来るぞ……死にたくなければ勝手なことは慎めよ?」
私は面倒事を起こさないように注意しつつ、これからやって来る厄災に巻き込まれないように、我々は少しだけ足早に目的地へと向かうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その頃「旧ユグラシル連邦第一研究所 野外実験場」―
「いけ!」
僕は『蝗災』を分散させ、アンドロニカスの周囲を覆うように散開させる。
「ほprじょht!!!!」
アンドロニカスが周囲に展開した魔法を放って『蝗災』を吹き飛ばそうとするので、操作してそれを避ける行動を取らせる。それを見たアンドロニカスは再度吹き飛ばそうとするので、同じように避けさせる。それを見てついには鬱陶しくなったのだろうか、今度は払い飛ばそうとしてこちらへの注意が疎かになる。
「鵺……黒剣」
鵺を大盾から黒剣にして二刀流の構えを取り、アンドロニカスへと接近する。アンドロニカスも近付いて来る僕に気が付き、こちらへと攻撃を仕掛けようとする。そこで散開していた『蝗災』を集合させて、アンドロニカスを襲わせる。それによってアンドロニカスが態勢を崩したので、さらに近付いてアンドロニカスに斬りかかる。
「yrhlhy!?」
鵺によって右腕の1本を斬られたアンドロニカスが驚きすぐさま槍による反撃を仕掛けようとする。この槍の攻撃パターンは何回も見ているので、僕は屈んで避けてその攻撃を回避し、そのまま剣で今度は胴体を斬り付ける。目玉のある左胸は斬れなかったが、四葩の持つ特性による弱体化効果とダメージは確実に与えたはずである。
「うtじゅとjj!!」
「よっと……」
右腕に持つ2本の剣で攻撃を仕掛けてくるので、僕は避けつつカウンターで1本を四葩で斬り落とす。
「jhろ!?」
「悪いけど……君の動きは何となく読めたよ」
今のアンドロニカスがかなり特異な姿をしていたため、どんな攻撃が来るのか読めなかったのだが、先程からの戦闘で大体の動きは読めた。こうなってくると、魔法による中・遠距離攻撃戦になる半端な距離より、それらが無い近距離で戦った方が、僕にとっては安全である。
「jpほyrj!!」
バランスの悪い体に武器をただ振り回すアンドロニカス……バランスが悪くとも力は確かにあり、魔法を施した強力な武器ではある。しかし……。
「もう少し隙をなくした方がいいよ」
僕はそう呟いて、ついに目的の左胸の目を四葩で切り裂く。再生機能があるようだが、四葩の弱体化を受けたその目が回復するのにどれだけ時間が掛かるのだろうか。
「jてょjhrt!!!!」
すると、アンドロニカスが自分の周りに展開していた魔法を放つ。それは自身も巻き込んだ自爆攻撃のようにも思えた。僕はとっさに鵺を使ってドーム状に展開して攻撃を避ける。
「怒涛の攻めだったのです……しかも、薫ったら息を切らしていないのです」
「これでも疲れてるよ? 単に見せないようにしているだけ」
「おgmkんれ……!」
胸元に避難中のレイスと話をしていると、ドーム状に展開した鵺の外側にいるアンドロニカスの声が遠くなる。鵺に何か当たる音も消えたので、アンドロニカスからの攻撃に注意しつつ鵺を大盾にする。
「……そこか」
僕が上を向くとアンドロニカスが非対称な羽を使って空を飛んでいた。厳密には魔法で宙に浮かんで、その羽で姿勢を維持しているのだろう。さて、魔法封じに近接戦……そして次は空中戦だろうか。
「飛翔」
そこで僕も魔法を使って宙に浮く。シエルを呼んで騎乗するのもありかと思ったのだが、アンドロニカスの魔法封じがいつ再使用できるのか分からないので止めておいた。
「yれええhfじょg!!」
僕が宙に浮いたと同時に魔法による攻撃を仕掛けてくるアンドロニカス。多種多様な魔法を一斉掃射して単調にならないようにしており、非常に避けにくくなっている。察するに、先ほどのように僕を近づかせて近接戦をやらせるつもりは無いのだろう。
「弾幕ゲーなのです」
「ふっ! 確かにね……」
僕はレイスとそんな緊張感ゼロの言葉を交わしながら、迫って来る魔法へと正面から向かうのであった。




