431話 四天王ネル戦その1
前回のあらすじ「ネル戦開始!」
―「旧ユグラシル連邦第一研究所・玉座のある部屋」カシー視点―
「ふむ……そんなものか?」
四天王ネルが煙を払いつつ、こちらへと近付いてくる。衣服に破れや焦げた様子が無いことからして、先程の攻撃は全て防がれたという事だろう。
「……何の魔法かしら」
「普通に考えるなら防御魔法だろうな。ただ、あれだけの爆発を受けて衣服が無傷となると、ドーム状の防御魔法を張ったという可能性があるな」
ワブーの説明に関して私も同意見である。そして、先程の突風からして風魔法の使い手だろうか……。しかし、それなら遠距離系の魔法を使ってもいいはずだが……。
「カシー……少し気になる点がある。ただ、具体的な理由は無いのだが……」
「気になる点? 何かしら?」
「俺達精霊は微弱だが魔力を感じる能力がある。そして、あのネルからも感じるのだが……どこか妙なんだ」
「どこが変なのかは分かってるのかしら?」
「まだだ。しかし、これだけは言える。俺達が先ほどまであった四天王達とは何かが違う……」
「……分かったわ」
ワブーが具体的な理由は無いと言ったが、私達には無い魔力を感じとれる感覚が異常を察している……それだけでも十分な理由と言える。
「カシー! ワブー! こっちは近接戦を仕掛けます。援護をお願いします!」
こちらが何か言う前に、ネルへと向かって走り出すシーエ。そして、再び近距離での激戦が始まる。
キン! カン! キン!
シーエの剣とネルの拳がぶつかり合って、この玉座のある広間に金属音が鳴り続ける。そこで不思議な光景を目にしてしまう。
キン! ガン!
ネルの両手は黒い手袋を付けているのだが……全く破けていない。シーエの振る剣の刃が当たっているはずなのに……。
「ネイル・ボム!」
そんな事に気付きつつ、私は隙を見て魔法を放っていく。先ほどのばら撒くように魔法攻撃が効かない以上、1発1発ずつよく狙って撃つ必要がある。そして……。
「む……!」
ネルは私の魔法を避けて、右手を横に大きく振って炎の刃を飛ばしてくる。私は前にすばやく転がるように倒れると、炎の刃がその上を通り過ぎて行った。
「エクスプロージョン!」
転がった勢いで素早く起き上がり『エクスプロージョン』を撃ち込む。ネルはそれさえも避けるのだが、態勢を崩した事でシーエがすかさず攻撃を仕掛ける隙が出来る。
「はっ!」
「ふん!」
互いの攻撃がぶつかり『ガキン!』と激しく金属音がぶつかり合う音が起きる。だが、ネルの方は拳ではなく足での攻撃であり、シーエの剣を足の脛辺りで受け止めていた。片足立ちという不安定な姿勢なのに倒れもせず、シーエの剣を受け切るというのは異常だろう。
「はああーーーー!!」
ネルはそこから蹴りでシーエの剣を蹴り飛ばし、がら空きになった胴体に、氷で出来た鋭い無数の棘を纏った拳で殴り飛ばした。
「シーエ!」
殴られたシーエが後ろへと吹き飛ばされる……しかし、床に倒れないように一度踏みとどまり、そこから横に飛んで落ちた剣を拾い上げる。その際にシーエの体を見ると、着ていた鎧に氷の棘によるへこみが出来ていた。
「ふむ。まさか、殴られる直前に後ろへと飛んで衝撃を逃がすとは……」
腕をぶらぶらとさせて無防備状態のネルがシーエの動きに感心を示す。しかし、抑揚の無い口調とフードを被って表情が伺えないため、シーエの動きに対して脅威に感じているのか、それとも強者の余裕から出た言葉なのか分からない。
「……」
無言のまま、ネルを見るシーエ。相棒のマーバも既に隣を飛んでいるので魔法を使うのは問題無いだろう。しかし……。
「……」
同じく無言で、今だに無防備の状態を保っていたネル。その無傷で余裕たっぷりの姿に果たして私達だけで勝てるのか不安になってくる。
「おーーい。シーエ! 相手の顔は見えたか!」
すると、そこにワブーが大声を出してシーエにネルの顔が見えたのかを尋ねる。確かに、接近戦で戦っているシーエとマーバなら顔が見えていてもおかしくは無い。
「いえ! 見えてません! どうやらあのフードに阻害効果があるみたいです!」
すると、シーエから予想外の答えが返って来る。剣と拳で戦っているというのに見えていなかったとは……。
「……見えていないか」
「ネルの奇妙な所が増えたわね」
「ああ」
ここまでのネルの戦いを見て、ネルは両手と足にシーエの剣を防げるほどの強度がある武器と防具を装備しており、その上に来ている黒い衣服は高い強刃性と防火能力を持つ衣服を身に付けている。戦闘方法は拳による格闘技であり、多様な属性の魔法を使って拳の威力を上げたり、手刀なら魔法で斬撃を飛ばしてきたりと、強力な魔法を今の所は使用していないが、魔法の発動スピードが速く、攻防に非常に優れた戦い方をしている。しかし……それならフードを脱いだ方がいいはずである。アレでは視界の一部が防がれてしまって、自身が不利なはずである。
「あのフードはそれなりの理由があって被っているということか……」
ワブーがそう言って、私に視線を送る。どのような理由かは知らないが、わざわざハンデを追ってくれているのだ。それを利用する手は無い。卑怯と言われるかもしれないが、このような戦いにおいて一番大切な事は生きて勝つ事である。そのためなら使える物は使うべきである。
「あいつが危機を感じてフードを脱ぐ前に方を付ける……」
「……だな」
私達はそう結論付けて、再度戦闘に集中する。それとほぼ同時に、先ほどまで構えを解いていたネルが再度両腕を前に構え直していた。
「カシーとワブー! 来るぞ!」
「分かってるわよ! ネイル・ボム!」
先手必勝……再度『ネイル・ボム』を放つ。先ほどから魔法攻撃を避けていたので、この攻撃が当たる事は無いだろう。そう思っていると、予想通りにネルは攻撃を避け、そのままシーエ……ではなく、私達の方へと近付いて来る。
「させません!」
「ふん……!」
後衛である私に近付かせまいと、シーエ達が私達とネルの間に入ろうと駆け寄って来るが、それをネルは風魔法を使って動きを止める。その間も、ネルがこちらへと向かう足は止まっていなかった。
「ファイヤー・ウォール!」
私達の前に炎の壁を作り出す。突如として現れた炎の壁を前にネルは動きを止めるだろう……と、油断してはならない。私は両手で杖を持ち、炎の壁を突き抜け、そのまま攻撃を仕掛けてくるネルを迎え撃つ。
「む……?」
攻撃を防ぐ私に少しばかり驚くネル。それでもすぐに蹴り技を繰り出そうとするので、私は横に飛んでそれを避け、一番威力が低いが繰り出す速度が一番早い『ボム』を放つ。
「くっ!?」
『ボム』が直撃し、ネルが怯む。そのまま『ファイヤー・ウィップ』でネルの胴体を絡め取る。
「何!?」
「シーエ!」
私はネルの後ろから駆け寄って来るシーエにトドメを差してもらうために名前を呼ぶ。シーエもそれを察して、先ほどまでの様子見で使わなかった魔法剣をここで繰り出す。
「ダイヤモンド・ブレード!!」
『アイス・ブレード』と同クラスの魔法である『ダイヤモンド・ブレード』は切った相手を凍らせるのではなく、切ると同時に相手を凍らせる魔法剣であり、そのため今回の相手のような防刃装備をした相手にも有効な剣である。そして、振り下ろしたその剣は的確にネルの脳天に命中する。そして、そこからネルを凍らせていく。
「この……!!」
ネルは足を上げ、そのまま床を強く蹴る。その瞬間、下から衝撃波が発生し、私達全員を吹き飛ばした。
「強く振り下ろした剣が頭に当たったのに……」
私は吹き飛ばされて倒れた体を素早く起こし、ネルの動きを注視する。先ほどの攻撃……確実に脳天を捉えていた。それなのにネルは多少怯んだだけで、すぐに反撃を仕掛けてくるなんて……。
「今のは効いたぞ……」
「それなら、もう少しこっちの攻撃を味わってくれていいんだぜ?」
「マーバの言う通りです……はてさて、あなたは一体何者なんですか? 剣による脳天直撃……防具で直撃を防げたとしても、頭を支える首が損傷して、普通なら動けないはずですが?」
「ふっ……それに答える必要があるのか?」
「無いですね……」
シーエ達がネルの正体を問うが、ネルはそれについて話す気が無いと断られてしまった。一体、ネルは何者なのだろうか……。
「……なるほど。やっと理解できたぞ」
すると、ワブーが何かに気付いたらしく、そのままネルの方を向いた。
「お前の正体……何となくだが分かったぞ」
ワブーのその言葉に、ネルは静かにこちらへと振り向くのであった。




