430話 最後の四天王
前回のあらすじ「魔王の思惑を考察してみた」
―エイルが倒されるよりも少し前に戻って「旧ユグラシル連邦第一研究所・3F 階段近くの通路」カシー視点―
「ふう……」
「どうやら片付いたようだな……」
通路中に横たわる魔族達。そのどれもが、ことが切れている。無傷の勝利……とはいえ、疲労感はある。
「カシー。これを」
シーエがそう言って、ポーションの入った瓶を投げる。私はそれをキャッチして、瓶の蓋を開けて飲み始める。
「あら? コーヒー味じゃない……あなたって、味変していないそのままの味が好きじゃ無かったかしら?」
地球との交流が増えた中、ポーションも進化しており、前まで傷を治すポーションと魔力を回復させるポーションは別物だったが、これはそれらを1つにした最新のポーションであり、味も元の味も含めれば5種のフレーバーを作り出す事に成功した。まあ、傷を治す能力はハイポーションと比較したら、大分低いのだが、それでも軽度な疲労ならこれで十分である。
「味の好みはそうですが、たまには味を変えるのも悪くないですよ」
そう言って、シーエも飲み始める。瓶に貼ってあるラベルを見ると、コーヒー味を示す茶色のラインが入っていた。
「シーエがコーヒー味を飲んでるなんて珍しいぜ。コーヒーは豆のアレがいいんじゃなかったのか?」
「単なる気まぐれですよ……ほら、貴女も忘れずに」
「お、サンキュー。って……これ炭酸入って無いじゃん!」
「これから大物を相手するのに、ゲップでピンチになるのは避けたいですからね……」
「ええー!」
精霊用に作られた飲み物。こちらも種類があり、その中に炭酸飲料もあるのだが、炭酸飲料じゃなかった事にマーバが文句を垂れる。この緊迫とした状況の中、通常通りなのは逞しいというか何と言うか……。
「まあ、しょうがねえか……」
マーバが仕方なく出されたジュースを飲み始める。「あ、これはなかなか……」と言ってるので、どうやら口に合ったジュースだったようだ。
「俺も頼む……で、マクベスはどうだ?」
「お気になさらず。この位ならすぐに回復しますから」
ワブーの言葉にマクベスはそう返事をして、これから進む通路の先を見ている。私達は魔族との戦いで多少は衣服が汚れていたりするのだが、マクベスの着ている衣服はとても綺麗で、本当に魔族と戦ったのか疑ってしまう位である。しかし、実際に彼は戦っており、特出した魔法は使用していなかったが、多彩かつ連続で放たれる魔法は強力で、相手への攻撃、相手の魔法攻撃の相殺、相手の接近に対しての牽制とそれだけで強力な一種の新しい魔法となっていた。
「マクベスさん。確か……前回もここで戦ってたんですよね? やはり、ここを通られたんですか?」
「ええ。大分、修繕されてますが……基本的な作りはそのままのようです。後はこのまま真っすぐ進めば、アンドロニカスと最後に戦った場所に着きますよ」
「その際も、このような邪魔が入ったんですか?」
「そうですね。まあ……その時は魔族ではなく、ここの防衛システムみたいな物でしたけど」
「そうですか……」
シーエはマクベスからそれを聞いて、少しばかり顔が険しくなる。
「ここにいる魔王は本当の魔王で合ってますか?」
「間違いないです。シーエさんはこう言いたいんでしょう? 「あまりにも稚拙過ぎる」と」
「ええ……前回と全くと言って変わらない戦略なんて、いくらなんでもおかしすぎませんか?」
シーエのその問いはマクベスに向けてのものだが、近くで聞いていた私からしても少し疑問に感じるところはある。
「ここまで、防衛システムによる迎撃を受けておらず、四天王から下の魔族が弱すぎる……一度敗北したのだから、用心を重ねてもいいはずだな」
「ワブーの言う通りです。じゃあ、魔王は何を狙ってるのか……となると、ここに誘き出すというのがセオリーかと思うんですがね」
「お二人の仰る通りです。けど……反応は間違いなさそうなんです。だから、アンドロニカスはこの先で待ってます。単に私との決着を付けたいのか……それとも何か別の目的があるのか。そこは本人に直接会って、訊いてみるしかないんですけどね」
マクベスがそう言って、通路を進み始める。私達も飲み終えたポーションの瓶をアイテムボックスに片づけて、マクベスの後に続く。通路の両脇には金属で出来た扉がいくつもあり、先ほどまではそこから魔族達が飛び出して強襲することが多々あった。しかし、今はそれが無く、私達の足音だけが通路内に木霊する。そして進む事数分……渡り廊下を通った先にあった両扉。他の扉と違い、立派な装飾が施されていた。マクベスは躊躇することなくその扉に手を掛け、そのまま室内へと入っていく。
「よく来たなマクベス」
中に入ると同時に聞こえる男性の声。広い部屋の奥に、玉座に座るオレンジ色の髪を持つ男性と、その隣に佇む黒いコートを着てフードを深く被った人物。玉座に座る男をよく見ると、マクベスのように口が無い。
「久しぶりですねアンドロニカス。前回と変わらない姿みたいですが?」
「見た目を変える必要性は無いからな。さて……」
玉座に座っていた魔王アンドロニカスは立ち上がり、玉座の後ろにある上へと続く階段を上がろうとする。
「来いマクベス……決着を付けようではないか」
「……」
マクベスは特に言葉を発することなく、そのまま静かに私達の元から離れ、魔王アンドロニカスの後を追おうとする。魔王アンドロニカスもそれを見てから階段を上がり始め、2人は一定の距離を取ったまま、この広間から去って行った。
「……あなたは行かないのですか?」
私達とフードを被った何者かだけになった広間で、シーエが先ほどから沈黙を保っているフードのそれに主人を追いかけなくていいのか訊く。分かりきった返答が来るだろう……しかし、それよりこのフードを被った相手が何者なのか、それだけははっきりさせておきたい。それはシーエも同じ思いなのだろう。
「魔王様は一騎打ちを所望している。なら……私はこの後の活動に支障をきたす貴様らを排除しておくだけだ……」
そう言ってフードを被った何者かは武器を持たないまま戦う構えをする。口調からして男……しかし、それ以外は黒いコートに黒ズボン、手も黒い手袋を嵌め、さらに靴も黒と全身を黒一色で体を覆っているため、何の魔族なのかが分からない。
そう思いつつ、私も杖を持ちすぐにでも戦闘を行える状態になる。相棒のワブーも私のすぐ横を飛んでおり、シーエ達も既に準備万端である。
「魔王アンドロニカス様の腹心が一人……四天王ネル参る!」
フードを被った男……四天王ネルはそう言って、こちらへと駆け寄って来る。
「エクスプロージョン!!」
私はすぐさま、ネルに対して『エクスプロージョン』を放つ。赤い光の玉がネルまで飛んでいき、後少しの所で当たるタイミングで、ネルは『エクスプロージョン』を避けて、そのままこちらへと向かって来る。
「させません!」
私とネルの間に割って入るシーエ。そして、その持っている剣でネルに斬りかかる。
「はあーー!!」
「ふん!」
シーエが剣を振り落とすと、ネルはその剣に対して拳で受ける。その際に、金属音が広間に響き渡る。
「手甲でも仕込んでるのか?」
「そうかもしれないわね……スプレッド・ネイル・ボム!」
釘型のエクスプロージョンを大量に展開し、それを連続してネルに放つ。シーエと対峙していたネルはすぐさまバックステップで避け、そのまま走って『ネイル・ボム』を避けていく。すると、そこにシーエが『スプレッド・アイス・ランス』をネルが逃げる方向を予測して放つ。これなら1発くらいは当たると思っていたが、ネルはそれを最小限の動きで避けていく。まるで、その戦い方は……。
「薫みたいな戦い方だな……」
「そうね」
薫がこのように戦い方をするのをよく見ている。味方なら頼もしいが、これが敵だとかなり厄介な相手になる。
「オクタ・エクスプロージョン!」
私は『スプレッド・ネイル・ボム』を解除し、広範囲攻撃である『オクタ・エクスプロージョン』でシーエ達が巻き込まれないようにタイミングを狙って攻撃を仕掛ける。8個の赤い球がネルに向かって飛んでいき、ネルに当たる前に爆発させる。直接、赤い球を当てるのは避けられてしまうだろうが、この攻撃なら大したダメージは与えれれない替わりに、爆発による威力でネルに攻撃を当てられるはずである。
ドン!ドドン!
8個の赤い球が同時に爆発する。その間にもシーエ達は『スプレッド・アイス・ランス』を止めずに、爆発によって煙が舞っている場所へと撃ち続ける。
「ふはぁーー!!」
『バン!』と空気が破裂する音と同時に聞こえるネルの声。すぐさま、私の前方から突風が巻き起こり、発生していた煙を払い飛ばしてしまった。
「これは……厄介ですね本当に……」
シーエはそう言って、肩に乗っかった埃を払いつつ、傷1つついていないネルの姿を睨み付けるのであった。




