429話 深まる疑問
前回のあらすじ「3Fに到着」
―薫達が移動を始めた頃「魔国ハニーラス・王城 会議室」カイト視点――
(こちら第1騎士団! たった今、オークジェネラルを中心とした部隊と戦闘に入る! 繰り返す……!)
「東地区への配給は?」
「既に手配済みです! それと合わせて西地区の準備も進めてます!」
「第5騎士団がゴブリンキング率いる部隊と交戦開始です!」
「おい! 第3騎士団が後退したそうだ!」
「何だって!? 第3騎士団……じゃあ南地区の防衛が手薄になっているんじゃ!?」
「少し前に賢者数名がレルンティシアの部隊と一緒に、南地区に出撃しています! 恐らく合流するかと……」
(こちらアルファ。第3騎士団と合流した。これより南地区に入った魔族の掃討戦に入る)
けたたましい銃撃の中、アルファ部隊から連絡が来る。既に魔族と戦闘に入ってるらしく、銃撃音から今度は爆発音も聞こえ始める。この部隊は武器のスペシャリストが集まっており、少数ながらも各々が得意な武器を用いて的確に仕事をこなす集団である。そして……このような集団戦闘は大得意である。恐らく、多少の怪我はしても、全員ここに帰還するだろう。
そんな訳で、シェムル討伐から数時間。魔族との戦闘が本格的になり、僕は必要な物資の割り当てに頭を悩ませながら自分の作業を続ける。
「大分、厳しくなってきましたね……増援を呼ぶのはどうですか?」
「いや。こちらの大陸の住人は魔物と魔族の違いが付かない以上、同士討ちの可能性を高めるだけだ。判別用の魔道具の数も足りないしね……」
「しかし……このままというのも辛いですね。ペクニアさんは?」
「まだ人の姿で戦ってるそうだよ。また、あの魔道具で操作される訳にはいかないからね……もし、そうなったらそれこそこちらの負け確定だよ」
ゴールドドラゴンのペクニアがドラゴンの姿で戦えば、一気に敵の数を減らせるだろう。しかし、一度魔族に操られた経験がある以上、またその手を使われる可能性がある。彼が本気を出して戦うのは、ここぞという時である。それに……いざという時には彼女を呼ぶことも出来る。
♪~♪~~
『МTー1』の通知音が鳴ったので手に取ると、そこにはミリーからの報告で『泉達の協力プレーでエイルを始末したわ』と書かれていた。誰の手柄なのかをしっかりと明記する所は何とも彼女らしい。
「誰からですか?」
「ミリーからだ。エイルを倒したらしい」
僕が前にいた部下にそう言うと、それを聞いた他の連中が大声を上げて喜び合う。また数名はすぐに他の関係各所に通達を始める。魔族たちの猛攻によって、落ちていた士気もこれで持ち直すだろう。
「後は魔王とネルだけ……」
「だが……それが一番の難関だな」
すると、前線の指揮を取っていたグロッサル陛下が室内に入って来る。
「何かトラブルでも?」
「いや。フロリアに任せて、我は休憩だ……これでも老体なのでな」
そう言って、グロッサル陛下は僕の近くにあった椅子へと腰掛ける。見た目はそう思えないが、薫の祖母でグロッサル陛下の姉であるアンジェは見た目が若いまま老衰でこの世を去っている。それなら、グロッサル陛下も同じような状態なのかもしれない。
「で、話を戻すが……魔王とネルは情報が少ない。魔王はマクベスがいるからいいとして……ネルは基本的に後方で魔王の代わりに指揮を取っている事が多い。そのため、ネルが実際に戦った姿を見た者が少ない……そもそも、黒いフードを常に被っているため素顔を見た者もいない」
「かなりの秘密主義者のようですね……」
「ああ。ただ……四天王の座にいる以上、実力は伴っているだろう」
「なるほど……」
何も分からない相手というのは厄介である。どんな対策を取ればいいのか分からない状態で、戦わねばらなら無いのだから。ましてやそれが強者となれば……けど。
「大丈夫ですよ。彼がいますから……」
「……薫か。ちなみに、彼が我に隠している秘密……君は知ってるのか?」
「さあ……僕は知らないって事にしておいて下さい。彼に叱られてしまいますから」
「ふっ。そうか……まあ、それならしょうがないな」
グロッサル陛下はそれ以上は深く訊くことなく、椅子から立ち上がって部屋を出て行った。かなり短い休憩だったが、前線で戦っている者達の事を考えたら、ゆっくりしてはいられないのだろう。
「さてと……僕も頑張りますか」
僕は自分にそう言い聞かせ、再び仕事に戻るのであった。
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―視点が変わって「旧ユグラシル連邦第一研究所・3F 階段近くの通路」―
「薫……魔王アンドロニカスの目的が分からないというのは?」
「あまりにも作戦が稚拙過ぎる。そもそもシェムルとエイルの配置は逆にするべきだったと思うんだ。エイルは大量の改造魔獣を呼べるから、あんな狭いところより広い場所で戦わせた方がいいし、特にオルトロスとガーゴイルは広い場所で戦わせたなら、なかなか面倒な相手だと思うんだ。で、シェムルの場合は、あの身軽さと風魔法の2つを使って、壁や天井を床代わりにしてさらに高速での移動が出来るし、狭い通路からの一方的な攻撃も出来たと思うんだよね……」
「でも、エイルには毒攻撃が……」
「この建物内だと味方にも被害が及ぶし……ましてや魔王がいる近くで毒を撒くという行為にためらうんじゃないかな……」
「……確かにそうだったわ。毒液はよく飛ばしてたけど……噴霧状の毒はあまり見てないわ」
「単に……あっちの配置ミスだったとか?」
「コークスさんの言いたい事も分かるんですが……さらに怪しい点があるんですよ」
「怪しい?」
「ここには上級の魔族が1人もいないのです。いくらなんても手薄過ぎるのです……それに」
「それに……何だ?」
コークスさんの問いに、僕とレイスは一度顔を見合わせてから『ある考え』を口にする。
「僕たちをここに誘き出して、魔王と四天王で僕たちがいない王都を襲撃する……っていうのが一番の作戦のはずなんです。考えたら、ここを死守する理由ってもう無いんじゃないかなと思うんですよね」
ここは魔王アンドロニカスが体を得るために押さえた、ただの研究施設であり堅固なお城では無い。住む分には申し分は無いが、ここを魔王城として扱うには色々手直しが必要である。しかし……ここまで来た通路や部屋には、補修や補強の後はあったとしても、撃退や防衛用の仕掛けというのは一切見られなかった。侵入者がそう簡単に建物の奥に入れないようにするために階段の位置をずらしたり、階段前に空間を設けたりというのはあったが、それはこの研究所が建てられた時からあったものであることは、補修や補強の跡と見比べればすぐに分かる事である。
そんな建物に居座り、わざわざ僕たちを待ち構えている魔王アンドロニカス。マクベスがこちらにいるから、この施設からいなくなったらすぐにバレてしまうからという理由もありそうだが、それならそれで、自分を撒き餌にして四天王の誰かをあちらに寄こし、その間、ここの建物に一番の障害であるマクベスを引き付けておいた方がいいはずである。そして、僕たちの時間稼ぎには上級の魔族数人を相手にさせればいい。
「正直言って……これならハニーラスの王都に出向いて、魔族の群れと一緒に戦った方がいい気がするんですよね。集団で1人を囲って戦うのが一番、仮に大技を使えば隙が出来ますし……」
質と数で有利な魔族。それだから余計に今の策は愚策でしか思えない。何か特別な目的があるのかもしれないが……それでも、四天王2人の配置ミスは否めない。
「確かにそうね……それと今、私も気付いたことがあるんだけど……この階に来てから魔族の連中が襲ってこないのはおかしくないかしら? 死体はあるけど……これで終わりっていうのはおかしいわよね?」
「確かに……激しい戦闘音は聞こえるが、ここは静かだな」
リーリアさんの言う通り、通路を進むたびに戦闘音は徐々に大きくなっていくが、ここは静かなままである。
「何か企んでるのでは?」
「うーーん……僕としてはこの建物を破壊して、建物の下敷きにして一網打尽ですかね? ただ、四天王2人を失ってまでのいい作戦では無いですけど」
「「「「……」」」」
魔王アンドロニカスの考えがイマイチ読めない今の状況が、奇妙な違和感として僕たちを困惑させる。だが……魔王アンドロニカスを倒すという目的は変わらない。
「何を考えているか分からないですけど……とりあえず、目の前の事に集中しましょ。ここにいるのは間違いないみたいだし」
「ですね……それより、ミリーさん大丈夫ですか? ここまで結構、弾を消費してますよね?」
「ええ。しかも生半可な火力は通用しないから、高火力のマグナムか手榴弾、後はロケットランチャー……弾の数が心許ないわね」
「マグナムって……よく使えるのです。反動が凄い銃じゃなかったのです?」
「強化魔法が込められた魔石を装備してるから問題無いわ。リーリア姫と従者のお二人はどうかしら?」
「問題無い。倒すのは無理だが……こちらに敵の注意を向けさせるぐらいはするさ」
「コークスと同じだ。という事で、トドメは2人に任せたぞ!」
リーリアさんがそう言って、期待の籠った目で僕とレイスを見る。
「僕たちに頼り過ぎないで下さいね!?」
「なのです!」
リーリアさんの過信に、僕たちはとりあえず注意をしておくのであった。




