428話 さらに上へ
前回のあらすじ「炭化処理」
―エイル撃破直後「旧ユグラシル連邦第一研究所・2F 階段前の広間」ミリー視点―
「倒せました……よね?」
「ええ……ただ、私が目を隠したのがどういう意味か分かってるわよね? こっちは極力見ないようにしなさい……」
私は泉にそう返事をしてエイルだった物を見る。そのドロドロに溶けてしまったのを見て、これを生物だったと判断できる人はどれだけいるのだろう。
「くっ……」
「カーターさん大丈夫ですか?」
泉が私の手を振りほどいて、フィーロと一緒に負傷したカーターの方へ向かう。あちらは2人に任せて、私はエイルだった物に近付く。表面は黒く『レーヴァティン』が触れた壁面と同じドロッとした物体と化したエイル……彼女は『レーヴァティン』を見て何を感じたのだろうか。
「あの時……エイルは怯えていた。一体あなたは何を見たのかしら……」
私もアレを見た時、何故か様々な感情が沸き上がった。その中には恐怖も含まれていたが……それ以外の感情もあって、エイルのように『レーヴァティン』を酷く恐れる要素はどこにも無かった。その原因……私は泉の味方であり敵では無かった事が考えられる。
私はアイテムボックスから収集用キットを取り出し、それの一部を回収していく。その間にも色々な考えが巡る。あの『レーヴァティン』は一体何魔法なのだろう? 精神に及ぶ魔法はロロックがこの世界の硬貨に仕込んだ前歴がある。そして奴らの研究室を調査した結果、無属性魔法であり、魔道具を使って施されていた……。
「しかし、魔法による精神操作は難しかったはず……」
精神魔法の欠点……それは人を操り人形にするような細かい洗脳は不可能であり、かつ日常的に掛け続けなければならないし、さらにチョットしたきっかけですぐに解けてしまうというお粗末な物だった。大勢に施すので、あまり難しい術は無理だったのかもしれないが、この世界を支配するという考えだったのなら、これはあまりいい手とは思えない。むしろ、麻薬などのような依存性のある薬を使った方が……。
「……内部も溶かされているわね。これは本当に何なのよ」
エイルの中も黒く変色し表面と何ら変わらない状態だった。似たような状況といえば壊死だろうか……でも、アレはドロドロに溶ける物では無い。酸による溶解? それならあの壁も納得……なんて出来るわけが無い。触れた直後に全てを溶かすなど……レーザ兵器? しかし、セイレーンは水魔法に属する召喚魔法である。それに、実際にレーザ兵器を搭載した召喚魔法をカシー達が使っているが、ここまで酷い状態にはならなかった。
「……」
エイルから試料を回収している間にも、様々な考えが頭を過る。これがもし敵が使っていたら、使用者が泉達以外の誰かだったら、そもそも泉達の魔法は規格外な所が多すぎでは無いのか……。
「……」
心音が早くなる。魔法はまだ未知の領域があり、完全に把握しきれていないのも理解している。しかし……今回のこれは明らかに異質。これを恐怖と捉えずにして……。
「ミリーさん?」
誰かが私の名前を呼んで肩を叩く。私は思わず採取キッドを手放して、振り返りながらそいつにナイフを突き付ける。
「ストップ! ストップなのです!!」
「ぼ、僕です……ミリーさん名前を呼んでも反応が無かったんですよ?」
私の後ろにいたのは薫とレイスだった。ふと、泉達の方を見ると、2階へと繋がる階段で別れたリーリア姫一行と話をしていた。状況を把握した私はすぐにナイフを下げる。初めて薫の隙を付けたのだが……素直に喜ぶ事は出来なかった。
「……悪かったわね。チョット考え事をしてたわ」
「気にして無いですよ……『レーヴァティン』を見たんですね?」
「ええ……2人も見たのよね? アレは一体何なの?」
「……『原初魔法』ってところですかね」
「原初……?」
薫のその言葉に、私は理解できなかった。そんな種類の魔法など研究所に所属する連中からも聞いたことが無い。
「その時、一緒に確認していた直哉の言葉ですけどね。この世界の魔法は一体何なのか……それは人の思いや願いを未知の物質である魔素に反映させた物。本来なら、そこから各属性の魔法に分けられる。どんな物であっても無属性魔法っていう受け皿がある……」
「さっきの魔法はそこから外れた物って事?」
「うん。アレはそれになる前の不安定な存在。各属性魔法でもあり、そうでも無い魔法……そもそも魔法という定義に当てはまる物なのかそれすらも怪しい不安定な存在……けれど、それだと説明するのが大変だから『原初魔法』って仮で呼んでるんです」
「それってつまり……失敗?」
「その通りなのです」
レイスのその言葉にガクッと膝が折れる。カッコよく言ってはいるが、ただ失敗魔法をぶっつけただけという事か……。
「うーーん……でも、こんな風にはならなかったんですけどね」
「え?」
「あの時は、黒い靄を纏った『シンモラ』を泉が上手く振れずに、実験場の地面に大きなクレーターを作った程度だったんですけど……こんな風になるなんて」
「パル〇ンテみたいな魔法なのです」
「僕は指を振った派かな……」
談笑しながらも、この現象に頭を傾げる薫とレイス。薫の言っている事は分かるので『レーヴァティン』は使うたびにランダム性のある魔法だと言いたいのが理解できた。
「……エイルの運勢は最悪だったようね」
最悪のパターンを引いてしまったエイル。その運の悪さに感謝をしつつ、薫達と一緒にその死体を布で隠すのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―視点が変わって「旧ユグラシル連邦第一研究所・2F 階段前の広間」―
ミリーさんと一緒にエイルだった物に布を被せた後、僕たちは床に座りっぱなしのカーターと介抱する皆がいる場所に移動する。
「無事みたいだな」
「それこっちのセリフだよ……それで具合は?」
「エリクサーを使用した毒消しのおかげで無事だな」
「な訳ないでしょ! 痺れて動けない以上、しばらくは安静よ!」
「サキの言う通りです!」
カーターを心配するサキと泉の2人から注意され、カーターが苦笑いしながら2人を宥め始める。フィーロは口を出さずに無邪気な笑みでその様子を見ていた。話を聞くと毒を喰らってしまったようだが、命に別状は無いようだ。
「シェムルにエイル……残る四天王は1人。まさか、今日1日でここまでの事が起きるとはな」
「リーリア様……」
リーリア姫様一行はエイルを倒した泉たちの様子を見つつ、シェムルとエイルが討伐されたことに感慨にふけっていた。もう少しそのままにしてあげたいところだが、まだ魔王アンドロニカスとネルという四天王がいるのだ。すぐにでもこの後の行動を相談しなければならない。
「すいませんリーリアさん。この後の事を相談したいんですが……」
「ん? ああ……すまない。それで薫の意見だが……」
「カーターとサキの2人はここで待機してもらって、ここを通る魔族たちを魔法による迎撃をしてもらいます。ただ、それだけだと危険なので、数人をここに残していきたいんですが……」
「なるほど……当然、2人は3階に上がるのだろう?」
「はい。今も激戦が続いているみたいですから……」
「上から爆発音が聞こえるのです」
エイルとの激闘が終わり、セーフティエリアとなったこの場所からも、3階で起きている戦闘音が聞こえている。そういえば……『レーヴァティン』によって斬られたこの部屋。斬られた跡から奥の部屋が見えており、それが天井まで続いているので、確実に3階にも届いていると思うのだが……うっかり、この攻撃が味方に当たっていないか心配である。
「私も行くわ。罠とか見破れる目は必要でしょ?」
そこにミリーさんが話に加わってくる。ミリーさんも加わって話をした結果、僕とレイス以外のメンバーとして、ミリーさんとリーリアさん。それとリーリアさんの護衛であるコークスさんの3人が一緒に付いていくのがいいだろうという結論になった。他の皆にも話したところ『それでいい』という返事をもらった。
「オラインさんとトラニアさんはここで待機でいいんですか?」
「儂とグラッドルではネルと魔王には太刀打ち出来ぬからのう……ここで邪魔が入らぬように防衛に努めるとするのじゃ。姫様の事は頼んだのじゃ」
「がう!」
「俺も同じ理由だ。俺を一方的に倒したこいつが大怪我したのなら、俺はとっくに死んでいる……。まあ、俺が受けた命令は四天王3人と魔王の討伐の確認だから、最後にそれらの確認はしないといけないがな……」
その後、『ここは任せろ』と2人が力強く答える。泉たちもカーターの介抱をしたいという事でここで
待つことになった。
「ちゃんと帰って来てね薫兄! レイス!」
「もちろんなのです!」
「じゃあ、カーターの事頼んだよ」
「気を付けるッスよ!」
ここに残る皆に見送られながら、3階へと続く階段を上がる僕たち。戦闘音も徐々に大きくなっていく。
「ここから先はより危険な場所だけど……覚悟は出来てるのかしら?」
「もちろんだ。まあ……本当ならあそこに留まるべきなのだろうが、王族としてこの戦いを見届ける必要があるからな。コークス……戻るなら今の内だぞ?」
「姫様が向かうなら、私も付いていきます。オラインからも任されましたからね……」
そんな話をしながらもどこから来るか分からない魔族の襲撃に構えつつ、階段を上がる僕たち。上がった先には通路があり、右か左のどちらかに行けるのだが……右の方に魔獣の死体が道標のように続いているので、そちらへと曲がり進んでいく。
「この調子だと罠の心配は無いかしらね……って薫? それにレイス? さっきから何も喋らないけど……どうかしたのかしら?」
「え? ああ……」
別の事を考えつつ3人の話を聞いていると、ミリーさんが僕たちが静かなのに疑問を感じて尋ねてきたのに気付かずに、変な返事をしてしまった。
「私は薫が難しい顔をしていたから静かにしていたのです」
「そう。で、薫はどうかしたのかしら? さっきの『レーヴァティン』の事かしら?」
「アレは直哉たち研究狂人に任せるので気にしていないです。それよりも気になっているのが……」
僕は倒れている魔族たちを先ほどから、どんな種か確認していたのだが……やっぱり中級以下の魔族しかいない。
「魔王アンドロニカスの目的が分からない事かな」
魔王アンドロニカスの玉座が近い場所なのに、依然として上級の魔族が現れない事実に僕は一抹の不安を感じるのであった。




