427話 四天王エイル戦その4
前回のあらすじ「エイル戦クライマックス!」
―「旧ユグラシル連邦第一研究所・2F 階段前の広間」泉視点―
「……我が呼びがけに答エよ! 今こソ1つニ!」
燃え盛る黒い炎から轟くエイルの詠唱。それと同時に強烈な旋風が黒炎を掻き消し、エイルがその姿を現す……。
「うげ!?」
サキが驚いた声を上げる。そして、それはここにいる全員が同じ気持ちである。エイルの体がボコボコと泡を出しつつ、粘土のようにグニャグニャさせながら変体させているのだ。
「ぐうぎゃあああーー!!」
私達が呆気に取られていると、大きな奇声を上げてその変態が終わる。エキドナの時と変わらない姿をしているが、その髪が全てうねうねと蠢いており、その毛先にある爬虫類の目が全てこちらを覗いている。その姿はさながらメデューサである。
「よくもやったわね……覚悟しなさいこの『テューポーン』で仕留めてあげるわ!」
そう言って、右腕を前に出すエイル。すると、右手がオルトロスの頭になり、そのまま腕を伸ばしながらカーターさんに襲い掛かっていく。
「スプレッド・アイス・ランス!!」
私はオルトロスの頭だけではなく、頭とエイルを繋げる腕にも攻撃しようとして拡散型の魔法を放つ。オルトロスの頭には避けられたが、腕は隙だらけであり、氷の槍が刺さって床に串刺しになる。それをどうにかしようとして頭を揺らすオルトロスにミリーさんがアサルトライフルで仕留めた。
「そんなの効かないわ!!」
エイルの言葉と同時に串刺しにした腕がドロッと溶けて氷の槍の拘束を抜け出し、またオルトロスの頭もぐちゅぐちゅと音を立てながら塞がって、再度攻撃を仕掛けようとする。
「フレイム・ソード!!」
そこを今度はカーターさんが切り込んで、オルトロスの頭を刎ねる。刎ねられた頭は瞬く間に炎に包まれて焼失する。
「泉! 気を付けろッス!」
フィーロの注意を受けて、私がエイルの方に視線を向けるとエイルの左腕がガーゴイルの頭になっており、その口がこちらに向けて開かれていた。
「エア・ブレード!」
私は『シンモラ』を前にかざし風魔法を放つ。『シンモラ』の槍の先端から放たれた風の刃はガーゴイルの口から放たれた水の槍を相殺する。しかし、その口から次に放たれたの水の槍は相殺していないので横に走って避ける。しかもその後、マシンガンのように連射でそれを撃ち続けるので、全速力で走って避ける。唯一の救いはエイルが水の槍を偏差撃ちしてこないところである。
「これでも……喰らいなさい!」
ミリーさんがエイルに向かって何かを投げつける。それが何なのかは把握していないが、大体の予測は
付くので、私は攻撃を避けながらエイルから素早く離れる。その瞬間にエイルの近くで大きな爆発が起きる。しかし、エイルは事前に背中から展開した灰色の大きな翼でその爆発を防御していた。その代わり、私に向けての攻撃は止んでいた。
「泉!」
すると、そこにカーターさん達が駆け寄って来る。
「大丈夫か?」
「ミリーさんのおかげで……カーターさんとサキは?」
「無事よ。フィーロは……大丈夫そうね」
「もちろんッス」
私の衣服を掴んでいたフィーロが背中から顔を出す。あの連射攻撃で飛んで逃げるのは無理と悟って、私の服にしがみ付いていたようだ。
「そこいちゃついてるんじゃないわよ!」
私達が互いの無事を確認していると、こちらに気付いたエイルが髪の蛇から毒液を飛ばしてきた。それを私達はそれぞれの防御魔法を展開させて、その攻撃を防ぐ。
「泉! 召喚魔法! それしかないわ!」
「サキ……それは意味が無いだろう。こんな場所ではセイレーンの攻撃を十分に活かしきれないし、そもそも俺達も巻き添えになるぞ……」
カーターさんの言う通りで、セイレーンはこのような水が少なく閉所的な場所では活躍出来ない。ただ……。
「1つだけあります。ただ、私だと扱い切れなくて……」
「どういうことだ?」
「薫兄達の『黒葬・麒麟』の必殺技である『青黒ノ電影魔刀』をモチーフにした必殺技なんですけど……威力が凄すぎて……」
「扱い切れずにエイルに当たらずに自爆しかねないッスね」
『シンモラ』を手にする際に閃いた新しいセイレーンの必殺技。『私も薫兄のような必殺技を!』というコンセプトの元に作ったのだが、『シンモラ』を扱い切れない私ではそれを使うのは無理だったため諦めた必殺技である。
「それはダメだな……っと、そろそろヤバそうだな」
展開していた防御魔法が消えそうになっているのに気付いたカーターさんが、この話を切り上げようとする。私達も同じで、次の手を考えるために『シンモラ』を構えて……。
「ねえ。それってカーターが使うのは無理なの? 泉達が魔法を施して、カーターがそれを思いっきり振るえばいいんじゃないの?」
「「「それだ!!」」」
サキの提案に、私達は賛同する。魔法の解放はこちらがやらないといけないが、武器を振るうのは私じゃなくても大丈夫なはずである。
「泉! すまないが早速、召喚魔法の準備をしてくれ! 俺達はその間、時間を稼いでおく!」
「すぐにッスか?」
「あいつの戦い方を見てると分かるんだけど……あれ全然力を使い切れていないのよ。叩くのなら今の内よ」
「それは……確かに」
サキの言う通りでエイルは力を持て余している所がある。ゲームのキャラのように魔法を1つずつ放っており、複数の魔法を同時に放ってはいない。今も髪の蛇による毒攻撃を放っているだけである。
「あの姿……魔法による制限時間付きの姿なのか、それともあれが元々の姿なのか分からない。仮に制限時間があったとして、それがどれほどの持つのか分からない以上、ここで一気にやりましょ! 大丈夫
……致命傷さえ与えられれば、この後に来る薫達が何とかするわ!」
サキのその最後の発言に気が抜けてしまうが、逆に言えばそれだけを達成すればこちらの勝利と考えれば気が楽である。私達は頷いて早速準備に入る。
「ダーク・フレア!」
カーターさん達がさっそく攻撃を仕掛けて、エイルの注意を自分達へと向ける。
「チョット休ませてちょうだい!」
それと同時に、まだギリギリ形を残している『アイス・ウォール』の物陰に入って来るミリーさん。息を整えつつ、持っていた銃らに弾を再装填していく。
「で、作戦は?」
「召喚魔法の必殺技で一気に仕留めます!」
「了解……時間を稼ぐわ」
ミリーさんはそう言って、何かしらの投擲武器を手に持ったまま壁の外へと出ていく。それが投げ込まれてすぐに煙が辺りを覆い始めた事で、先程の投擲武器が煙幕だという事を知る。そんな考えている間にも、ミリーさんの銃撃音が煙幕で覆われた室内で木霊する。すると、エイルの攻撃もそちらへと向きを変えていった。
「(今の内ね)」
「(りょーかいッス)」
エイルに私達の居場所がバレない様にこっそりと話をしながら、私達は急いで召喚魔法の準備を始める。いつものように召喚獣の核となる魔石にセイレーンが着用するドレス、それと魔法陣に……。
「(それと……)」
私は手に持っている『シンモラ』を戦鎌の状態にして魔法陣内に置く。神話での戦鎌はそこまで登場する場面が無い。そもそも、私の持つ『ヨルムンガンド』のように名のある武器が無いのだ。唯一、有名な物となれば死神の持つ『デスサイズ』ぐらいだろう。それでも良かったのだが……せっかくならもっとインパクトのある物にしたかった。
そんな事を思い出しつつ、私達は『邪霊鬼神セイレーン』を発動させる。このセイレーンが神話のシンモラの代わりであり、これによってシンモラに光る鎌が渡された条件を疑似的に再現する。
「……世界を恐怖によって支配する女王よ。今こそ盟約の元に輝く鎌と引き換えに神話の世界に終末に導く力を我に!」
私がそう唱えるとセイレーンが『シンモラ』に力を込め始める。北欧神話のレーヴァティンの形がどんな物なのかはハッキリとした記載はない。剣なのか、槍なのか、それともただの木の棒という名の杖なのか……私とフィーロは剣をイメージしていたのだが、何故かこの魔法は黒く異形な物体が出来てしまう。
ごぼ……ごぼ……
力を込められた『シンモラ』が黒くボコボコと音を立てる異形な姿に変貌する。剣なのか、槍なのか、ただの棒なのか……細長い物体だと理解しているのだが、それさえも違うような気になる。セイレーンの手から離れて浮いているそれから感じるのは恐怖であり、希望であり……。
「分からないって恐怖ッスね」
「うん」
それを見た私達はそう言うしかなかった。これが私達が作り出した召喚魔法……『終刻・レーヴァティン』である。
「な、何をしている!?」
その声に、私達は咄嗟にそちらを振り向く。煙幕は晴れており、エイルがこちらを驚いた表情で見ているのが見えた。
「何よ……それ? お前達は何をしてるのよ!」
エイルが癇癪気味に訊いてくる。そんな質問に答えるつもりは無いのだが……ただ、エイルが確実に『終刻・レーヴァティン』を見て恐怖している事が分かる。一体、エイルには『これ』が何に見えているのだろうか……。
「死ねーー!!」
エイルが両腕を前に出して、先程のオルトロスとガーゴイル、髪の蛇による攻撃を同時に仕掛けてくる。
「させるか!!」
そこにカーターさん達が割って入り、その攻撃を防いでくれた。が、完全に防ぎきれず一部の攻撃を受けてしまった。
「カーターさん!」
「泉! それをこちらに渡しなさい!」
サキの言葉に、私はすぐさまセイレーンに指示をしてレーヴァティンを渡しに向かわせる。
「やめろーー!!」
「これでも喰らえ化け物!!」
エイルが武器の受け渡しを止めようとするタイミングで、ミリーさんがロケットランチャーでエイルを攻撃する。爆発の影響でエイルの動きが止まっている間にレーヴァティンの受け渡しを終わらせる。カーターさんがレーヴァティンを手にした瞬間、それは剣に姿を変える。
「いけー! カーター!」
「おおーー!!」
振り上げたレーヴァティンを一気に振り下ろそうとするカーターさん。そのタイミングで私達もレーヴァティンの力を開放する。すると、レーヴァティンからどす黒い靄が勢いよく前へと放出される。
「や、やめ……くる……ギャアアアーー!!!!」
その黒い靄の進行方向にいたエイルがそれに飲み込まれる。そして、黒い靄はエイルだけではなく前方の壁も侵食し、壁の一部を溶かしてしまう。その溶かす力はかなりの物で『レーヴァティン』を振った方向……天井も床も溶かし、天井から床まで続く1本の直線を作り出してしまった。そして……それが直撃したエイルの姿は……。
「……見なくていいわ」
ミリーさんが私の目を塞ぐ。けれど、一瞬だけ見えてしまった溶けた謎の塊……アレこそがエイルなのだろうと静かに理解するのであった。




