426話 四天王エイル戦その3
前回のあらすじ ミリー:「ねえ作者? 『シンモラ』も『トリシューラ』も氷と関係ないわよね?」
作者 :「最強の氷〇界の龍からですが何か?」
―「旧ユグラシル連邦第一研究所・2F 階段前の広間」泉視点―
「……いっつ」
口から血を『ペッ!』と吐き出すエイル。壁との衝突や火傷のダメージは与えられているが、その破けた服の下から見える肌には切り傷は付いていなかった。
「どんな肌をしているのかしら……?」
「剃刀負けしなくていいですね……」
私のその発言に、皆がズッコケる。適当な事を言っているように聞こえるかもしれないが、とても重要な事である。可愛い衣装を可愛く着るのには地道な体のお手入れは必須なのである。その手間の一部が省けるとなれば、実に羨ましい限りだと思う。
「あなたねえ……こんな状況で良くそんな事が言えるわ……」
「まあ……いつも通りね。それより……見て」
サキがエイルを見るように指示するので、再びエイルの姿を確認する。先ほどと何も変わらないように見えるのだが……ふと、先程とは何か違和感を感じる。エイルの見た目は緑髪の普通の細身の女性っぽい姿をしている。しかし……どうも細身というには少々、体が大きい……いや、ごつい感じがする。着ている服もパツパツになっているし……。
「ぶしゅうううぅぅ……」
野太い声を上げるエイル。まるで猛獣の唸り声のようであり、その声が漏れる口から蛇特有の舌が見えた。
「こいつ……魔人じゃなかったのね」
「ドラゴンみたいに人型に化けられる奴なんッスね! って……」
フィーロがそこで黙り込んでしまう。そうなってしまうのは無理もない……服を破りつつ巨大化し、その皮膚は蛇特有の鱗を持ち始め、下半身は蛇のようになってしまう。対して上半身は人型のままだが、筋骨隆々になっており、女性ボディービルダーのようである。そして……顔を見ると、その両目は爬虫類のような目になっていた。
「ぶしゅるるるる……許さない。私のかわいい魔獣ちゃんを倒すとは……覚悟しなさい?」
私は咄嗟にフィーロを掴んで、思いっきり後ろへと飛ぶ。先ほどまで私がいた所をエイルの尾が通り過ぎ、後一歩遅かったらアレの餌食になっていただろう。ふと、私達以外の皆がどこに行ったのか確認する。ミリーさんは私達の隣にいて、尻餅を付いている私と違って、しゃがんだ状態ですでに銃を構えていた。
「ラミア……とは違うようね」
「私はそんな下等な生物じゃないわ! 上位種のエキドナよ!」
『シャアー!』と口を大きく開け、こちらに向けて毒液を飛ばすエイル。咄嗟の事に腕を前にしてそれを防ごうとしてしまった。
「させるか!」
すると、そこにカーターさんが割り込んで、盾で毒液からの攻撃を防いでくれた。
「俺達が前衛を務める! 後衛は任せた! サキ!」
「ええ!」
カーターさんとサキの2人が前に出る。エイルが再度、尾による攻撃を仕掛けるが、カーターさんは『フライト』で宙に浮かんで回避し、そのまま炎の剣による連続攻撃である『フレア・カラミティ』で怒涛の攻撃を仕掛けていく。しかし、その肌に切り傷を与えられず、炎による火傷を少しだけ負わせる程度になっている。
ダダダ! ダダダ!
ミリーさんを見ると武器を変えていて、アサルトライフルでエイルに攻撃をしていた。質より量である連射攻撃で相手の注意を逸らそうとしているのだろう。
「泉!」
「うん! もう一度!!」
私達も負けずにハルバート形態の『シンモラ』を構え『氷葬・トリシューラ』で再度攻撃を仕掛ける。先ほどと同じように3つの氷龍が襲い掛かりエイルに噛み付くのだが、凍るより速くエイルがそれを振りほどいてしまう。
「効いていないッス!」
「ガーゴイルといい、エイルといい……ここまで相性の悪い相手はいないかも」
『魔道具グリモア』による強化魔法が放てるようになってから、ほとんどの攻撃が通るようになり、また、どんな強敵でも『セイレーンを呼べば万事解決!』だったので、ここまで困る状況になる事は無かった。
「こうなると……強力な一撃を放てるカーターさんの支援するしか無いか……」
「そうッスね……」
私とフィーロは、前衛で戦うカーターさん達の姿を見つめながら自分達のやるべきことを確認する。倒せなくても邪魔は出来るのだ。今回はそれに徹するとしよう。
「ちょこまかと……!!」
「ダーク・サンダー!!」
エイルがカーターさん達に攻撃を加えようとするので雷魔法でそれを邪魔する。麻痺効果のある攻撃であり、これならどんな硬い相手でも一時的に動きを止めることが出来る。
「あまり効果が無いわね……っと」
ミリーさんがそんな独り言を呟きながら銃をマグナムに再度変更し、そのまま支援攻撃を続ける。私達も尾による攻撃が届かない範囲から魔法を放ち続ける。
「ぎぃーーーー!!!!」
エイルが野太い悲鳴を上げながら、両手から伸びている爪を乱暴に振る。カーターさんはその範囲から離れ、『スプレッド・ファイヤー・ボール』で応戦する。しかし、エイルはそれを気にすることなく、前へと進み、カーターさんに向けてその爪で切り裂こうとする。
その瞬間、ミリーさんがすかさずエイルにヘッドショットを決め、振り下ろしによる攻撃を妨害、カーターさんはそのチャンスを狙って『ファイヤー・ブレイド』で首を目掛けて剣を振り抜く。
「チッ!」
首に攻撃を喰らったはずのエイルがすかさず尾でカーターさんを攻撃。カーターさんは盾でその攻撃を防ぐが、巨大な尾の威力には勝てずに吹き飛ばされてしまった。
「カーターさん!」
「泉!」
私がカーターさんの方に目が行ってしまったその瞬間、ミリーさんが私の名前を叫ぶ。私はそこでエイルが前に迫って来ていた事に気付くが……そのまま床にひびが入るほどの尾による振り下ろしによって、私は下敷きになってしまう。床には自分の血……。
「まずは1人……ん?」
そこで、エイルの表情が曇る。恐らく、自分の尾からの感触に違和感を感じているのだろう。その際に、エイルの首元を確認したが、焦げ跡はあっても切り傷が無かったのが見えた。
「カーターさん大丈夫ですか?」
「ああ……すまない」
私はアイテムボックスからポーションを取り出し、それをカーターさんに手渡す。カーターさんポーションを飲んで、体をしっかりと回復させる。
「今のビックリしたわ……」
「全くッス……そして、それに対して素早く反応するうちらにもビックリしてるッス」
「確かに……」
フィーロの言葉に納得するサキ。カーターさんが体を起こし始めた時には、すでに私達は傍にいた。そう……エイルが私の幻影に攻撃するよりも速く……。
「どういうこと!? じゃあ……今のは?」
エイルが自分の尾で攻撃した物を再度確認する。そこにいたのは、先ほど私達が倒したガーゴイルの死骸があった。その体にはエイルの尾による攻撃痕がしっかりと残っており、その痕からして恐らく胴体の骨がへし折れているだろう。
「なっ!? ガーゴイルちゃんがーー!!」
「『ミラージュ』で入れ替わっていたのね……気付かなかったわよ」
そこにミリーさんが銃を構えたまま合流する。私達も武器を構え直して、再度エイルと向き合う。エイルは激怒した表情でこっちを見つめる。
「よくも……!! このくそアマ……!!」
「死体撃ちしたのはそっちだからね? 私達関係無いからね……ねえ、フィーロ?」
「そうッスよ! マナー違反してるのはそっちッスからね!」
「うるさい! うるさい ! 分からない言葉だけど、何か馬鹿にされているのは分かってるのよ!!」
激怒中のエイルが口を開き、毒液を吐き出す。私は『氷葬・ブリューナク』で呼んだ1体の氷龍でその毒液を凍結させる。そして、残りの2体の氷龍は頭を使って、毒の氷をエイルへと弾き飛ばす。
「ファイヤー・ボール!!」
そして毒の氷をエイルに返すのとほぼ同時に、カーターさんが『ファイヤー・ボール』を放ち、毒の氷にぶつける。その火力は毒の氷が溶ける程度の絶妙な温度加減であり、エイルの顔面に直撃する時には、しっかりと液体状に戻っていた。
「ギャアアアア~~~~!!!!」
自身が吐いた毒を顔面に返されたエイルは、その場で悲鳴を上げ、両手で顔面を抑えながらその場で暴れ始める。さらに『くそったれがーー!!』と叫び、的外れな方向に尾っぽを振り回し始める。
「(3人共……下がっていてくれ)」
暴れているエイルに位置を悟られないように、小声で私達に下がるように指示するカーターさん。すると、カーターさんは剣に2つの魔石を嵌める。色合いからして1つは風魔法であり、残りの1つは無属性の魔法……それから、察するに風魔法と火魔法を融合の魔石1つにした強力な魔法を放つつもりなのだろう。魔石を嵌め終わると、カーターさんとサキの2人が前に出る。すると、今度は魔道具グリモアも使用し剣に黒い靄を発生させる。しばらくすると、黒い靄が発火し黒い炎となって剣に纏わりつく、さらにそれは風魔法によって荒々しく燃え上がっていく。
「泉! さっきの魔法拝借するわよ! ってことで……やっちゃえカーター!!」
「喰らえ……ドラゴニック・フレイム!」
黒く荒ぶる炎が纏わりついた剣を勢いよく振り下ろすカーターさん。その瞬間、黒い炎が龍となって、エイルに目掛けて飛んでいく。それは私の『氷葬・トリシューラ』の氷龍より大きく、その口を大きく開けば、私のような女性は丸呑みにされてしまうだろう。そんな龍が今、エイルに向かって放たれた。そして……黒い炎龍は暴れるエイルに口を大きく開け、そのまま胴体に噛み付いてその体を噛み潰そうとする。
「熱い! 熱いーー!!」
エイルからそこそこの距離が離れているのに、黒い炎龍の熱量によって額から汗が流れ落ちる。エイルがあまりの熱さに叫んでいるが、エイルの噛まれている箇所以外にも、エイルがいる周囲の床からも黒い炎が燃え上がる。そして、それらの炎が徐々に1つに集まっていき、黒い火災旋風となってエイルを覆い尽くしてしまう。
「アイス・ウォール!」
このままだと私達が燃えてしまいそうなので、私達3人は氷の壁の後ろに隠れる。その壁から少しだけ顔を出して、カーターさん達の様子を確認すると、2人は涼しい顔で私達より前に立っていた。恐らくだが、衣服に耐熱効果と襲い掛かる熱を遮る何らかの魔石が嵌め込まれているに違いない。
「考えたら……これで良かったんだよな。外は頑丈でも、中は無防備……あの悪魔と同じようにな」
およそ1年前に戦ったロロックとの戦いの事を口にしたカーターさん。しかし、その言葉はエイルに届いていないだろう……なんせ荒れ狂う黒い炎に焼かれているのだから。
「勝ったッスかね……」
そして……隣にいるフィーロのその言葉に、私は『それはフラグ……』と心の中でツッコむのであった。




