421話 四天王シェムル戦その3
前回のあらすじ「シェムル……レベルアップ!」
―同時刻「旧ユグラシル連邦第一研究所・1階 通路」泉視点―
「おりゃーー!!」
「コークス! オライン! そっちの奴等を通すな!」
「了解なのじゃ! グラッドル!!」
「ガオーー!!」
オラインの掛け声に、グラッドルは思いっきり前足を振って魔族の集団を切り裂いていく。いつもは温厚で頭のいい熊だが、今の姿は本来の野生の熊らしい姿をしている。
「でも……熊ってあんな鋭く切り裂けるような動物だったッスか?」
「それは……どうかな?」
「泉! フィーロ! よそ見しないの!!」
「あ、はい!」
グラッドルの方に気を向けていたら、サキにどやされてしまった。私は慌てて、もう一方の通路から来る魔族の集団に雷魔法を飛ばして感電させていく。
「エクスプロージョン!」
「スプレッド・アイス・ランス!!」
そこにカシーさん達が追い打ちを掛けて、魔族の手段を一網打尽にしていく。魔族の居城に入って、しばらく進んだところで襲撃され、そこに巡回していた奴らも加わったため、それなりに激しい戦いになっている。
「こっちです!」
マクベスさんに言われて、魔族達を迎撃しつつその後ろに付いていく。全員一緒に進んでいるため一網打尽にされないか心配するところだが、それをミリーさんとマクベスさんがきちんと対処しているみたいなので、少し安心している。
「なあ……本当に薫とレイスに任せて良かったのか?」
ふと、そんな話声が聞こえたので、そちらを振り向くとシーエさんとトラニアさんが戦いながら話をしていた。
「せめて、誰か1人くらいは隠れて隙を付ければ……」
「難しいでしょうね。シェムルは風で周囲の感知する能力に長けているみたいですし……彼を襲える距離は彼が感知できる距離でしょうから。それに……心配な無いと思いますよ」
「どうしてだ?」
「簡単な話だぜ! 薫達の方が経験豊富……つまり強いってこと!」
「……という訳です。シェムルは確かに強い……けど、それが彼の弱点ですね。分からなかったら、戻って来た薫さんにでも訊いて下さい」
「うむ……そうだな。本当にあの男が戻ってきたら……是非とも訊いてみたいものだ」
そう言って、戦闘に戻る3人。薫とレイスなら大丈夫……私はそう信じるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「旧ユグラシル連邦第一研究所手前にある森の中」―
「これで決めるよ!」
「それはこっちのセリフ! 来て! 黒装雷霆・麒麟!」
4人のシェムルがダイヤ型の陣形を組み、その中央では魔力が緑色に発光しながら高速で流れ、円形状になろうとしていた。シェムルが大技を撃つために隙を見せたタイミングで、僕たちも『黒装雷霆・麒麟』を呼んで、一気に最後の必殺技である『青黒ノ電影魔刀』にする。しかし、そのサイズはスパイダーの時とは違って、四葩を覆う程度の大きさになっている。
「「「「そっちの召喚獣がじっくり見れなくて残念だよ!」」」」
4人のシェムルが嬉しそうに叫ぶ。あちらの今の状況から考えると、この一撃で仕留めないとあちらにとってかなり不利……いや、敗北が決まってしまうかもしれないこの状況……それを楽しんでいる様子がある。
「こんな時に余裕を見せるなんて……」
「違うよ……あれはそれとは別。ただ……嬉しいんだと思うよ」
レイスの意見に僕はそう反論しつつ、僕は青と黒の激しい閃光を放つ四葩を構える。それと同時にあちらも準備が整ったようで、緑色と黒の魔力が高速で回転する球体が出来上がっていた。
そこでいきなり放とうとはせずに、こちらの様子を伺うシェムル。僕もシェムルがどう動くかを伺っており、互いに必殺技を放つタイミングを計っている。しかし、この状態は長くは続かない。僕自身、この莫大なエネルギーを内包している剣を握り続けるというのは体力的にも精神的にも大分疲労してしまう。そして、それはシェムルも同じだろう。
「……」
「……」
互いにその場から一歩も動かずに睨み合う。必殺技が最大限生かせる間合いとタイミングを互いに狙っており、僕の方はシェムルの攻撃方法が一体どのような物か分からないが、形状からして放出系の攻撃方法だと思うので、その必殺技ごとぶった斬るカウンター狙いである。
「「「「あはは……!」」」」
笑うシェムル達。すると、4人の体が少しだけ揺れる。それを見た僕も四葩を上に構える。
「「「「いけーーーー!!!! エコーズ・オブ・マルフォス!!!!」」」」
シェムル達のその掛け声と共に球体から拡散しながら放出される複数の特大光線。しかも、それら全てが僕たちへと飛んでくる。1発でも喰らったら即死レベルの上下左右からの時間差攻撃……しかし。
「レイス! 舌噛まないでね!」
僕の胸元に隠れているレイスにそう注意して、僕はステップを取りながら剣を振る。時には回転しつつ、時には後ろに横に……流れるように、舞うように剣を振っていく。
「「「「踊ってる!?」」」」
明らかに異質な攻撃方法。そもそも剣舞は攻撃方法ではなく、あくまで祭りの演目や邪霊を祓うなどが目的の見せるための物である。こうやって戦うなど普通はあり得ない。
しかし、僕の持つ四葩は『黒装雷霆・麒麟』の莫大な雷のエネルギーを凝縮した状態であり、また四葩が持つ魔法を切れる能力のおかげで、軽く触れただけでどんな魔法でも打ち消すことが出来てしまう。それは刀身のどこかに触れれば打ち消せるぐらいのふざけたパワーを持つ剣なので、このように踊るように振っても問題無かったりする。
「いくよ!!」
粗方、ビームを掻き消したところで、残りのビームとシェムル達に向けて攻撃を仕掛けるため、再度、四葩を上段に構え……一気に振り下ろす。
「「「「……!!!!」」」」
四葩に込められていたエネルギーが眩い青と黒の閃光が混ざった巨大な斬撃となって爆音を轟かせながら前方へと飛んでいく。周囲に轟く爆音のせいでシェムルの声がかき消されてしまい、何を言ってるのか分からないが……その表情は斬撃が直撃する前に何とか確認することが出来た。
その後起きた、一際激しい閃光によってシェムル達の姿が見えなくなってしまう。僕は慌てて、四葩に巻き付いていた鵺を解除して盾にして構える。最後に見たあの笑顔……。すぐにでも反撃出来る手立てがあるのかもしれない。
「薫……シェムルはまだ生きているのです?」
「分からない。けど……最後に見た顔が笑っていたからね……」
僕はレイスに顔を向けずに、正面を向いたまま会話をする。シェムルの回避能力なら、アレを避けていてもおかしくはない。もしかしたら、既に僕たちに攻撃を仕掛けようとどこからかこちらの様子を伺っているのかもしれない。そう思い、閃光が治まるまで警戒を強めていた……が、閃光が治まった後も一向に襲撃は来なかった。
「……薫」
「うん」
閃光が治まった後、その場に倒れていた者を見てレイスがこの戦いが終わった事を悟る。僕は武器を両手に持ったまま、それに近寄るが動く気配はない。それは下半身を失っており、残った上半身も酷い火傷と切創があったがまだ生きているようだ。
「あ~あ……負けた……か」
倒れていたシェムルがそう言って、どこか満足そうな笑顔を浮かべる。しかし、その目は既に虚ろであり、もはや戦う気力は無いだろう。
「ねえ……最後に訊いていい?」
すると、シェムルが僕の方に顔を向けて何かを尋ねてくる。シェムルのせいで大勢の犠牲者や被害が出ており、そんな奴の最後の望みを叶える必要は無いのだろう。しかし……僕は首を縦に振ってそれを承諾する。
「どうして……当たらなかった……の?」
「……殺気が完全に消せていなかった。それと……複数の相手をする際は、自分の視界に全員を捉えるように戦う……僕の師匠が教えてくれた事だよ」
「……そうか」
シェムルはその一言だけ呟き、僕に向けていた顔を戻して空を見上げる。そして……その目は瞬きすることもせず、ずっと空を見上げるようになった。
「……」
僕はシェムルの亡骸の傍により、その開いたままの瞼をそっと閉じる。その後、少しだけ手を合わせて簡単な弔いをする。
「勝った……のです? まさか分身とか……」
「分身じゃない……本物だよ」
あれだけの激しい戦いをした後に出来たこの静寂に、レイスが本当に戦いが終わったのか戸惑っている。僕も気持ちは同じだが、シェムルの亡骸に触れた時その体がまだ温かく、それでいて息をしていないのを確認した事で、さっきまでの戦いが本当であり、そしてシェムルが死んだと実感する。
「危なかったな……」
今回の戦い……勝因は圧倒的な戦闘経験と知識だろう。シェムルは自身の天才的なバトルセンスで戦っていたからこそ勝てなかった。もし、これにその2つがあったのなら……この戦いの勝敗はこうにはならなかっただろう。
僕はアイテムボックスからポーションを取り出して一口飲む。シェムルとの戦いで怪我した箇所がゆっくりと治っていく様子を感じつつ周囲を見渡す。僕を襲おうとする魔獣たちの姿は確認できず、ただ静かに建っている建物、風によってカサカサと音を鳴らす森の木々しかここには無い。
「レイスは怪我とか大丈夫?」
「大丈夫なのです。それより……」
「僕は大丈夫。とりあえず、皆の後を追いかけようか」
「……はい」
僕はシェムルの亡骸を背にし、建物の入り口へと向かう。最後まで戦いを楽しんでいた四天王シェムル。その最後を看取った事に、僕は勝利の喜びではなく、シェムルに対しての怒りでもない、言葉に表せない複雑な気持ちになる。けど……これもこの玄関をくぐったら終わり、まだ戦いは終わっていないのだから。
「まずは1勝……このまま行こうか!」
「おおー!!」
僕たちは気持ちを入れ替え、建物内部へと一歩を踏み出すのであった。




