420話 四天王シェムル戦その2
前回のあらすじ「因縁の戦い」
―「旧ユグラシル連邦第一研究所・正門前」―
「黒風星雲!」
走りながら球体状の鵺を上へと放り投げる。そして魔法が発動すると、周囲の風の刃を取り込むかのように勢いよく引き寄せる。新たに風の刃が出来ても、すぐさま取り込まれていく。
「はあっ!」
すると、武器を持っていない左側から攻撃を仕掛けてくるシェムル。僕はとっさに左手を前にして、その攻撃を受けようとする。
「もらった!」
腕の手甲ごと切り落とせると判断し、勢いよく剣を振り抜くシェムル。しかし……。
ガチーン!
その予想に反し、手甲は黒剣の攻撃を受け切る。予想外の展開に驚くシェムル。僕はその僅かなチャンスを逃さなかった。
「雷刃!」
右手に持つ四葩をシェムルの腹部を狙って切り付ける。シェムルはそれをすかさず避けるが、完全には避けられずその胴体を切り裂く。それなりに深い傷を負わせられたが、すぐさまポーションを傷に振りかけて治療してしまう。
「ぐっ!?」
しかし、『雷刃』による雷の継続ダメージが入る。見た目は治っても『雷刃』の効果は切れないようだ。
「この剣で切れないなんて……まさか、それって専用武器……?」
「そうだよ。僕のお婆ちゃんが使ってた専用武器を、僕が引き継いだんだ。ゴールドドラゴンの鱗にオリハルコン……硬さなら負けないよ」
「ははっ……! そもそも魔法使い共が使う専用武器は1つしか持てないし、仮に複数持っても阻害されて使い物にならないはずなのに……それを3つも持ってるなんて異常じゃないか!」
雷の継続ダメージで体中に痛みが走っているのに、笑顔を見せるシェムル。彼にとって、僕のような強敵と言える存在は大いに喜ぶべき存在なのだろう。
「しかも……その青い剣の持つ特殊能力。魔王様から聞いてたけど……まさか、ここまでの衰弱効果とはね……予想外だったよ」
シェムルは笑いながら、その手に黒い魔石と風の魔石の2つを手に取る。シェムルの召喚魔法であるガルーダは風の魔石1つで呼び出すことが出来るのでそれとは違う魔法を使うのだろう。そして……この行動は前回の戦いの最後に見せていたが、シェムルが帰還命令を受けた事で使用しなかった魔法であり、正真正銘シェムルの切り札なのだろう。
「さて……このままだとこちらの不利だからね。あまりいい手だとは思わないけど……いくよ!」
「させないよ!」
どんな魔法が来るのか分からないが……やらせる訳にはいかない。僕は素早く魔法で邪魔をしようとしたが、シェムルは強風で砂ぼこりを起こし、こちらの攻撃と視界を邪魔する。
「召喚獣ガルーダよ! 黒き力によって俺と1つとなれ! さらなる力を黒き翼に……マルファス!」
シェムルが呪文を言い切ると同時に、バチバチと音を立てつつシェムルがいた所で何かが起きる。そして、再度強風が起きると同時に砂ぼこりが晴れ、シェムルの姿が露になる。黒い蝙蝠のような翼が烏のような黒い翼になっており、足は猛禽類のような鉤爪の付いたブーツ、さらに烏を連想させるような服装に身を包んでいる。
「……最悪かも」
召喚魔法という強力な魔法を自身に纏わせるという方法はこちらでも検討はされていたが、その強力な力に対し、術者の体が耐え切れないという事でお蔵入りになってしまった。まさか、それを実現させるとは……。
「ふふ……一応、これでもしっかり鍛えてはいるんだよね。さてと……」
すると、シェムルの両手に黒剣が現れる。先ほどまでと同じ黒剣の形はしているが、召喚魔法の影響を受けているはず……生半可な防御は破られてしまうだろう。
そう思いながら、僕はその場で体を屈む。すると、その上を何かが通り過ぎて行った感触があった。そして、そのまま前へと転がり素早くその場から離れる。後ろから、小さな爆発音が聞こえており、あのまま突っ立っていたら重症……もしくは即死していたかもしれない。転がった勢いを使って、すぐさま起き上がり、すぐさま後ろを確認するとそこにはシェムルがいた。その近くの地面は割れており、先程の爆発音はこれが原因だと分かる。
「驚いた……これ避けるんだ」
「まあ……ね!」
僕はすぐさま横からの黒剣の攻撃を四葩で受ける。そちらに視線を向けると、そこにはシェムルがいた。しかし……先ほどの場所にもシェムルがいる。
「薫! 上なのです!!」
レイスの声に反応して、僕はシェムルの黒剣を弾いてから、その場を離れる。すると、今度は上からシェムルが現れその攻撃が空を切る。その攻撃が決まっていたら僕の頭が見事にパッカーンしていただろう。
目の前に烏を彷彿させるような格好をしたシェムルが2人。そして、最初に僕を背後から襲った同じ格好のシェムルが離れた場所に1人。この場に計3人のシェムルがいる。
「こ、これは……影分身!?」
「そうみたいだね……」
3人がそれぞれ別の行動を取り、こちらへと攻撃を仕掛ける。しかも、それが全てシェムルの能力と同等となれば、これほど凶悪な魔法は無いだろう。
「お喋りしている場合かな?」
1人のシェムルがそう言うと、他のシェムルがこちらへと襲い掛かって来る。僕はそれに対して迎え撃つのではなく、右に避けるという選択肢を取る。すると、またもや背後からシェムルが攻撃を仕掛けてきた。
「ははっ! これも避けるんだ!」
僕が避けた事に驚くシェムル。さっきので全員集合という雰囲気だったが、後ろから感じていた殺気は消せていなかった。そして……これで本当に全員集合である。僕はさらに下がって4人のシェムルから距離を取る。
「ほらっ!」
「よっと!?」
すると、距離を取ろうとする僕に1人のシェムルが2本の黒剣を構えて襲い掛かってくる。すると、もう1人は『ウインド・カッター』を後ろから撃って来て、もう2人はその2人が攻撃を仕掛けた所で、追撃しようと構えていた。
「鵺! 針地獄!!」
僕は『黒風星雲』の効果が終わって地面に落ちていた鵺を発動させて、地面から鋭い無数の針を生み出して、黒剣持ちのシェムルを突き刺そうとするが、シェムルはそれを避けてしまう。そして、もう1人のシェムルが放った『ウィンド・カッター』は切り裂いて無効化する。そして、ここで反撃に出るのではなく、さらに後ろに下がって迫って来る2人を対処する。
「ウィンド・バースト!」
「スプレッド・ウィンド・カッター!」
僕の体勢を崩すために1人が突風で起こして僕を吹き飛ばす。そこにもう1人が四方八方に広がったウィンド・カッターによる多方向からの攻撃を仕掛けてくる。
「わわっ!? 危ないのです!」
その攻撃を見て慌てるレイス。僕としては先に攻撃してきた2人がこちらへと向かって来ている方が怖かったりする。防戦一方とはまさにこのことだなと思いながら、四葩に嵌めておいた魔石の魔法を使う準備をする。
「レイス! 魔法使うから準備して!」
「りょ、了解なのです!」
僕はレイスにそう言って、着地したタイミングで四葩の魔法剣を発動させようとする。すると、四葩がどこか冷たさを感じる深い青の色を発光させる。
「翠色冷光!」
四葩に嵌めた魔石に組み込まれた『ジェイリダ』の魔法と風魔法である『鎌鼬』を同時に発動させる。その際に『鎌鼬』の効果を拡散型にすることで強力な冷気を前方に放つ魔法となり、前方の『ウィンド・カッター』と4人のシェムルに冷気と衰弱効果による足止めとダメージを与える。しかし、側面からの『ウィンド・カッター』には無力なので、僕はそれを手甲である蓮華躑躅で頭を守る態勢を取る。『ウィンド・カッター』の何発かは外れたのだが全てが外れた訳ではなく、いくつかは僕にダメージを与えてくる。そこそこ痛みはあるが動けない程のダメージでは無かったのは幸いである。まあ、泉の作った服と強化魔法が無かったら大怪我では済まなかっただろうけど。
「鵺!」
僕は攻撃が止んでいるこのわずかなタイミングですぐさま鵺を手元に戻す。その間にシェムルも再攻撃の準備が出来たようで再び攻撃を仕掛けてきた。
再び始まるシェムルの攻撃、魔法も初級の物だけではなく、中級クラスの魔法も交えて攻撃を仕掛けてくる。僕はそれを防ぎつつ反撃をするが、シェムルが着ている烏を彷彿させる服装がダメージを軽減しているらしく、まともなダメージが入っていない。しかし、シェムルの方も焦っている様子を伺える。4人による高速連続攻撃を仕掛けているのに、それらを防ぎ続けるという行為に、一体何が起きているのか分からないのだろう。
実はシェムルは気付いていないみたいだが、囲まれないように僕の視界には常に4人のシェムルが視界に入るように移動し続けていたりする。それによって、4人のシェムルの攻撃するタイミングを見計らって防御や回避をするという事をし続けているだけである。
シェムルは恐らくだが、このような圧倒的な不利な状況というのを経験したことも、そんな経験をした事がある人物からの指導もなかったのだろう。それ故に、僕のしている事に気付いていない。天才的なバトルセンスを持つ故の弱点とも言える。一方、僕は子供の頃から痴漢共から襲わており、危機的な状態になることが多かった。だからこそ、この不利な状況になった場合にどうすればいいのかという方法が取れるのである。
「何で……?」
1人のシェムルがそう呟く。そのシェムルもどこか焦っている様子を伺える。恐らく……この状態がここまで長引くとは思っていなかったのだろう。シェムルの言った『いい手ではない』という言葉……それは制限時間じゃないかと思っている。僕たちの召喚魔法が3分という制限時間があるのだ。その条件はシェムルのこの魔法にもあると考えていいだろう。
「チッ!?」
すると、4人のシェムルが猛攻を止めて、僕たちから距離を取り始める。僕もこの後に来る展開を考えて、アイテムボックスから雷の魔石を手に取る。きっと、次の一手で決着が付くのだろう。
「レイス。準備はいいかな?」
「もちろんなのです」
そう言って、僕はレイスに雷の魔石を渡す。4人のシェムルが集まり何かをし始めたと同時に、僕たちも『麒麟』を呼ぶ準備をするのであった。




