418話 ついに到着
前回のあらすじ「魔王城侵入前の最後の休憩(ただしセーブポイントは無い)」
―翌日の早朝「旧ユグラシル連邦第一研究所が見える草原地帯」―
「うーーん……!」
朝日を前に背筋を伸ばす。いつ襲われてもおかしくない状況で、しっかりと休めるか心配だったが、しっかり休息を取る事が出来たようで気合十分である。
「おはようございます薫さん」
「おはよう……ずっと起きてたの?」
「特に必要では無いですからね」
そこにマクベスがやって来る。コッペリアと言われる機械人形である彼にとって睡眠や食事は趣向であり、特別な事がなければ眠るという行為は不要……というが、やはり休んだ方がいいというのがセラさんの意見である。まあ、1日ぐらいなら問題は無いみたいだが……それより。
「さてと……何か用事があるんだよね」
僕は体を動かすのを止めて、マクベスの方へ振り向く。ちょうど起きている人が少なく、僕の相棒であるレイスもまだテントで眠っているタイミング……そして、口は無いがその表情と目の形で何かあると察する。
「はい。実は……」
そこで、マクベスが魔王アンドロニカスについて再調査した結果が話される。それによって魔王アンドロニカスを倒すべきではないという訳でもなく。ただ、単に少しおかしなところが多いという話だった。
「……データを書き換えたとか?」
「データ……つまり記憶の改ざんですね。結論ですが……それは可能です。けれど、我々ユーピテルはその時では最先端の技術であって、知識や性格を司る箇所は何重もの保護が掛けられています。それを数日でどうにかするというのは……もし、仮にユグラシル連邦の技術者が手を貸したとしても、あんな短期間であそこまで変えるというのは無理です」
「だけど……それは現実に起こり、その結果、この世界は滅びかけた」
「はい。そして彼はそれを再度起こしかねない以上、倒す事は変わりません。けど……それだけでいいのか少し不安で……」
「そこで僕に相談した訳だね」
「ええ。誰でもいいという訳では無く、薫さんのようにそこそこ口の堅く、何かと変わった案を出してくれる人じゃないと……」
「そこそこって……それでいいの? それだとうっかり喋っちゃうかもしれないよ?」
「必要に応じて、誰かに伝えてくれるという意味です。下手な情報を伝えて、皆を混乱させる事は避けたいのです」
「それもそうだね……」
ここで魔王アンドロニカスに事情があるのかなって、戦うのがやりづらくなってしまう人物がここには1人いる。それが彼女の油断となって命を失う事になっては、亡くなったおじさんたちに面目が立たない。
「そういえば……前回、魔王アンドロニカスを倒した後の体はどうしてたの?」
「ああ……粉々にしました。というより……アンジェが異世界に飛ばされる直前に致命傷となる一撃を加えて、その後、ララノアと私で一気に木端微塵にしてトドメを差してます」
「……どうやって生き残ったのかな?」
「やられる直前に、あらかじめ用意していた魔道具に自分の知識を移したのだと……思ってます。私自身があの状況で逃げるとしたらそれぐらいですし……」
「……その時、粉塵や爆発などによる強風なんかが起こらなかったかな。それによって、ララノアさんとマクベスの視界が一時的に遮られてしまったとか……」
「え……そういえば、ありました。転移魔法陣発動時の発光とアンジェが魔王アンドロニカスをぶん殴った際に起きた砂ぼこりで見えなくなったことが……でも、ほんのわずかな間でしたし、ぼろぼろになったアンドロニカスの体もそこにちゃんとあったのは確認済みです」
「そうか……」
ミスディレクションと言われるマジシャンのテクニックのように、自分への注意を逸らして、その隙に逃げた……とも思ったのだが。いや、それだったら、元の体があるのだからもっと復活が早まっているか……。
「いや、そもそも……」
ふと、マクベスの提示した考察にある疑問を感じる。一度、マクベスを退き勝利した魔王アンドロニカス。そして、その当時の魔王アンドロニカスは『ユグラシル連邦勝利』という目的のために行動していた。そんな奴が万が一の事に備えるとしても、そのような安全策を用意しておく物だろうか?
それだったら、自身の周囲の守りを強化したり、強力な兵器を用意した方が早いはずである。マクベスの考えたその方法は、一度退けたはずのマクベスに敗北する前提での話である。
「どうですか?」
「気になる点はあるけど……確証は持てないかな。でも、魔王アンドロニカスと対峙する際には注意した方がいいかも」
マクベスの不安……単なる杞憂かもしれないが、用心する事に越したことは無い。
「ふぁ~あ……おはようなのです」
すると、レイスが眠い目を擦りながらこちらにやって来た。
「お腹空いたのです……今日の朝ご飯は何なのです?」
レイスのその一言に、僕とマクベスは苦笑する。これから世界の命運を賭けた戦いが始まるのに、何と呑気な事を言っているのだろうか……。しかし、腹が減っては戦は出来ぬという諺がある通り、しっかりと食事が取れる時に取っておかないと……次に食事が出来るのはいつになるのか分からないのだから。
「サンドイッチにするから、準備を整えておいて」
「はあ~い……」
欠伸をしながら、支度を整えるために僕たちから離れるレイス。その際に、テントから出てきた泉たちと鉢合わせして、そのまま一緒に顔を洗いに向かった。
「さてと……」
まだ、寝ている人達が起きる前に、朝食の準備を終えなければ……。
「お手伝いしますよ」
「ありがとう。今日の朝ご飯は……サンドイッチでもクラブハウスサンドにしようかな……」
「……薫さんも十分緊張感が無いですね」
どんなサンドイッチにしようかと考えていたら、マクベスにそう言われてしまうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから2時間後「旧ユグラシル連邦第一研究所手前にある森の中」―
朝食後、準備を整えた僕たちは、さっそく魔王アンドロニカスがいる旧ユグラシル連邦第一研究所へと向かう。空から進むと、研究所の屋上に配置された魔族達や魔道具などで迎撃を受けるということで、手前に繫茂している森を通り抜けようとする。森の中にはたくさんの罠が仕掛けられており、また茂みに隠れている魔族にも注意しつつ進んでいく。
「こっちにトラップありますね……そうしたら……」
「こっちもダメよ。ワイヤーに足が引っ掛かると、先の尖った木の丸太が落ちて来るわね……凄い古典的な罠だわ」
「あ、あれってトラップかな? 蜂の巣みたいな物があるけど……何か不自然に置かれている気がするんだけど……」
「っと。危ないな……毒蛇か?」
そう言って、毒蛇をセイクリッド・フレイムで焼き尽くすカーター。マクベスとミリーさん、それと僕の3人を先頭に罠に気を付けながら進んでいるのだが、どうやら茂みに隠れていたようで気が付かなかったようだ。
「マクベスも気が付かなかったのね?」
「私は魔力の反応とかには敏感なのですが……蛇のように小さい生物とかは……むしろ、薫の方が得意では?」
「うーーん……殺気とかなら気が付くんだけどね」
僕はそう言って、気になった方向にアダマンタイト製のクナイ(刃付き)を思いっきり投げる。それは茂みの中に入った瞬間、『ぐふっ!?』と何かの悲鳴が聞こえた。
「……やったかな?」
「やったんじゃないかしら?」
「茂みから出てこないようですし、仕留めたんじゃないですかね……」
僕の問いに、カシーさんとシーエさんがそう答える。すると、カーターがそちらへと向かいその何かを確認し『ゴブリンだった』と言って投げたクナイを綺麗にして回収してくれた。
「「「「いやいや……」」」」
対して、オラインさん除いた東の大陸の面々はそのやり取りにツッコミを入れてくる。
「サラッとヤバい事をしてないか……?」
「気にしない方がいいですよ? 薫兄っていつもこんな感じですから」
「オラインは驚かないのだな?」
「えー……何度か魔獣と戦った事がありまして、これより何で出来るのか訳の分からない戦い方をしているので、この位なら……」
「がうっ……」
オラインさんの話にグラッドルが相槌を打つ。熊なのにどうしてそんな事が……って今更か。
「あ、そろそろ森を抜けるわよ」
ミリーさんが指差す方向……森を抜けた先に明らかな人工物が見える。さらに進むと、それが建物の周りを囲う壁であり豪華のお屋敷にあるような鉄製の門も見えて……。
「……このまま進むべきですかね?」
シーエさんのその問いに誰も答えることができず皆が静かになってしまう。しかし、進むしか無いのだろう。それはこちらを見ているのだから。
僕たちはそれに警戒しつつ、森を抜けて建物の正面……旧ユグラシル連邦第一研究所の玄関前にやって来た。
「あ、やっと来た……」
鉄製の門の前で待ち構えていたそれ……シェムルが僕たちを見てそう呟くのであった。




