417話 情報収集
前回のあらすじ「魔王城へ移動中……」
―その日の夜「旧ユグラシル連邦第一研究所が見える草原地帯」―
「うーーん。これ誘い込まれてませんかね?」
「そうだな……ここまで順調に来れたら、そう思っても不思議じゃないな」
その日の夜、見張りの魔族と鉢合わせすることが無いまま、森を抜けた先にある草原地帯までやって来た僕たち。そこは元々、何か建造物があったのだろう。明らかな人工物が草や苔に埋もれて乱雑に散らばっていた。そして……明るい時間帯に双眼鏡を使えば、魔王アンドロニカスがいる旧ユグラシル連邦第一研究所をその目で確認することが出来る位置にまで来た。そして……今はそこにテントを立てて野営の準備を整えつつ、翌日の計画を立てている最中である。
「相手も見えてるはずだよな……」
「何で……襲ってこないんだ? 敵の居城の前だぞ?」
コークスさんやトラニアさんが口に出すが、それはここにいる全員が不思議に思っており、罠の可能性が高いので、いつ何が起きてもいいように、武器も防具も装着したままである。
「一応、魔王アンドロニカスがいる施設の周辺には罠が設置されてますね……」
そこに偵察に行っていたマクベスとミリーさんが帰っ帰って来る。襲われた様子は無く、どうやら何事も無かったようだ。
「どうやら、お相手さんはどっしり構えて、迎え討つもりよ。ただ……戦力は少ないみたい」
「……少ない?」
「見張りが数人……恐らくですが、不要な戦力を全て、ハニーラスの攻城作戦に向かわせたのかと」
「舐めてるのか?」
マクベスさんの報告を聞いて、トラニアさんが憤慨している……が、それは違うとマクベスが横に首を振る。
「単純にいても意味が無いんでしょうね……薫達なら100万なんて0と同意義でしょうから」
「いや? ヒットアンドウェイで僕たちを疲弊させるとか……」
「その疲弊と100万の軍を比べたら、損失の方が酷いわよ。貴方達4人で港町を襲ってきた数千人クラスの部隊を撃退した事を知って、無駄な事は止めたのでしょうね」
「後、これはグロッサル陛下とリーリア姫から聞いた話を踏まえての推測ですが……恐らく、港町を襲撃した部隊はかなり優秀な部隊だったんだと思います。それが一方的に蹂躙されたと聞いたら……」
マクベスの発言に、皆が無言で僕たちを見る。超火力で一気に敵を殲滅するのは基本戦略なのだからしょうがない。
「とにかく見張りを立てて交代で休みましょう」
そこにカシーさんが明日のために、休憩を取ることを提案する。それには皆が同意する。戦闘は無くとも、ずっと気を引き締めながら移動していたのだ。精神的な疲労はしっかりと溜まっている。
「じゃあ、僕晩御飯の準備しますね。なるべく足の早い食材を使って……」
「凝った物はダメよ?」
「食材を炒めたら、あらかじめ溶かしておいたカレー液の中に放り込むだけだから安心して」
ご飯も炊くのではなく、ボイルして温めるインスタントを使用するので手軽に済む。いざ、襲われても何ら問題が無い。
「じゃあ……私も晩御飯が出来る前にやっておかないと……」
すると、ミリーさんが指に嵌めているアイテムボックスから、とある機械を出して操作を始めるのであった。
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―同時刻「旧ユグラシル連邦第一研究所・屋上」シェムル視点―
「ねえ魔王様……行っちゃダメ?」
「止めとけ。お前の嫌いな邪魔が入るだけだ」
俺は魔王様と一緒に、建物の屋上から薫達がテントを立てている場所を見ている。ここからすぐにでも薫とやり合いたいところだ。
「夜襲を仕掛けるなら、ネルやエイルも喜んでやると思うんだけど?」
「そう見えるが……あいつがずっとこちらを見ているぞ」
魔王様がここから何者かの視線を感じているらしい。魔王様が言うアイツ……魔王様を負かした勇者マクベス。どれほどの強さなのかは不明だが、魔王様を負かした以上、弱い相手では無いだろう。俺の性格上……より強い相手を求める気があるので、マクベスとやり合いたいと思うはずなのだが……興味が持てない。
「ふふ……興味が無いか?」
「ん~……そうだね。薫より強い相手なのに、どうしてもそそられないんだよね」
「なるほど……まあ、ちょうどいい。アレは私の獲物だ。誰の邪魔も受けたくないのでな」
「……なるほど」
恐らく、魔王様は1人で勇者マクベスと戦いたいのだろう。この後の事も考えたら、それは愚策ではあるのだが……魔王様なりのプライドなのかもしれない。
「それに……時間が掛かれば掛かるほど、魔国の侵略行為が進むからな。どうやら奴らはあちらと連絡を取れていないみたいだしな」
「やり取りしていれば、俺の使い魔が知らせてくれるけど……通信が出来る魔道具を使われたら分からないよ?」
「安心しろ。そこは私が見張っている」
「それなら……問題無いのかな……」
俺はそう言って、再び薫達のいる場所を眺めるのであった。
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―ほぼ同時刻「魔国ハニーラス・王城 作戦室」グロッサル陛下視点―
「ミリーからの連絡で、魔王は周囲に最低限の配下しか置いてないそうです。恐らく、薫達によって駒がをこれ以上失いたくないのかもしれません」
「ほほう……」
カイトという男性から、魔王の元へと向かった部隊の報告を受ける。それが意味する事は、あちらの負担が幾分か軽くなったという嬉しい情報でもあり、ここを守護する私達の負担がおおきくなったという悪い情報でもある。
「既に魔族の軍勢はすぐ傍まで来ているが……夜襲を仕掛ける気配はあるだろうか?」
「その心配は無さそうよ。私の配下が見張ってるけど、ここから少し離れた場所で野営しているわ」
「そうか……」
そうなると、明朝に開戦となるのだろう。それまでに部隊の最終確認をしておかなければ……。
「しっかし……私達の国を無視して、ここを攻め落とすなんて何を考えているのかしらね」
「全くだな……戦いをせずとも、応援に来れないように見張るぐらいはしてもいいものだが……」
フロリアの発言に対して、ペクニア殿もこの戦いの矛盾点を指摘する。魔国ハニーラスを攻めるとなれば、自分達の後方からの襲撃を防ぐために、本隊とは別の部隊を周囲に配置するだろう。さらに言えば、最低限でも、怪しい動きが無いかを見張るために見張り役ぐらいは置いてもいいはずである。
「それが全くない……本気だからと捉えるべきか、何か特別な理由があって、仕方なくここをすぐに抑え込みたいのか……」
「どこか不気味ね……」
フロリアの言葉に、ここにいる全員が頷くのであった。
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―ミリーの作業が始まってから十数分後「旧ユグラシル連邦第一研究所が見える草原地帯」―
「……どうやらあっちも早朝の開戦らしいわ」
紙に聞こえた音のリズムを文字に変換して記していくミリーさん。聞き終えると、今度は横にある装置でリズムよく叩いて、自分の伝えたいことを相手に伝えていく。
「モールス信号による通信手段なんて始めて見ました」
「時代遅れと言われているけど……今回のように魔力を察知する奴がいる以上、この方法が一番安心なのよね。この『トン』、『ツー』の組み合わせで、どんな連絡を取っているかなんて分からないでしょうね」
「そういえば前に知り合いのおばあちゃんが言ってました。暗号は解くためには鍵が無いといけないって……今の状況もまさにそれですよね」
「そうね」
「……ということッスけど、どうなんッスか?」
「無理ですね。アンドロニカスが様々な知識を有していますが……異世界の言語は流石に分からないと思いますよ。そもそも……私が分からないですから」
「って事で、マクベスが無理なら安心して連絡が取れるわね」
ミリーさんがハニーラスにいる仲間たちと連絡を取っている様子を物珍しく見ている3人。そののほほんとした光景に、ここが魔王がいるお城の目と鼻の先だと忘れてしまう。
「魔王城手前の村ってこんな感じなのです?」
「さあ……僕にも分からいかな」
隣で鍋に入っているカレー液を掻き混ぜているレイスにそう答える。そもそも、ここは村では無いのだが……。
「何か手伝う事があるか?」
すると、先ほどまでテントを立てていたリーリアさんが、コークスさんを連れて僕たちの所に現れる。
「姫様。ここは私が……」
「いいんだ。お前は明日のために武具の手入れをしっかりやっておいてくれ。それに、親族としての付き合いをしたくてな」
「はあ……」
血のつながりが僕とリーリアさんにある事を今日知ったコークスさん。親族であり王家と関わりのある僕たちの話を遮る事は、王家に使える者としてあまり好ましい行為ではないと察し、大人しく武具の手入れを行うために、立てたテントの方へと行ってしまった。
「明日、早いですから休んでいてもいいんですよ?」
「気にしないでくれ。それに……何か手を動かしていないと落ち着かなくてな」
「……分かります」
明日の事を思うと、僕も同じ気持ちである。そこで、僕はリーリアさんに、晩御飯のデザート用として出すつもりだったリンゴの皮むきをお願いする。
「リーリアさん……ちなみに今、訊きたい事があるのですが……」
「ん? 何を訊きたいんだレイス姫?」
「コークスさんとどこまで言ってるのです?」
レイスのその言葉を聞いたリーリアさんは、流暢に行っていた皮むきを止めて、頬を赤く染めながら『何にも無いが!』と否定する。
「やっぱり……関係あるんだ」
「何となくッスけど……ただの姫と騎士の関係じゃないとは思ってたッスけど……そう言う関係ッスか……」
すると、どこからともなく泉とフィーロの2人もやって来る。その表情はニヤニヤと好奇心に満ちた笑みを浮かべていた。
「いや……ただの幼馴染であって……」
「陛下には相談済みなのです?」
「それとも秘密ッスか!?」
「あ、いや……」
レイスとフィーロの質問にしどろもどろになってしまうリーリアさん。僕はそれが原因で皮むき用のナイフで指を怪我しないか気を配りつつ、今日の晩御飯の準備を続ける。
「明日……決戦なのにな……」
隣で騒いでいる4人の姿を見て、僕は思わず小さく呟くのであった。




