400話 もう1つの大陸へ
前回のあらすじ「出発準備完了」
―翌日「飛空艇1番艦シグルーン・甲板」―
翌日、僕たちを乗せた飛空艇が予定通りアオライ王国の港から出港した。出発時には、ユノが見送りに来てくれおり、出発直後まで他愛の無い話をしていた。出発時間になって離れる際に、ユノが素早く僕の頬にキスして何事も無かったように手を振って笑顔で見送ってくれるというサプライズがあり、そのユノの行動に、僕は飛空艇が移動を始めてからしばらくの間は何も考えられずに自室でぼんやりしてしまった。
自室でぼんやりしていると、泉たちがやって来て、船内の散策に誘われたので気持ちを切り替えるための意味も込めて、今、一緒に飛空艇内を散策中である。
「うわ~……何か凄い」
「うん」
泉の何と言っていいか分からない反応に同意する僕。飛空艇の甲板から見える今の景色は雲海であり、この雲が切れれば、今度は青い海原が一面に広がるのだろう。
「こんな高い場所を飛んでいるのに、周囲の影響を全く受けていないのです……普通だったら、酸素の少ない場所だから失神しているのです」
「計測機器はお粗末だけど、船内の人達の生活環境を維持する事に関しては高水準らしいよ……もしかしたら、同じ高所に浮いているデメテルの技術を応用してるのかもしれないね」
「……それより、リーリアさんが大変ッスよ?」
フィーロの言葉を受けて、リーリアさんの方に視線を向けると、その場でうずくまっていた。
「姫様……大丈夫ですか?」
「大丈夫……皆が頑張っているのに、私が……」
オラインさんにそう返事をするも、カタカタと体を震わせるリーリアさん。甲板から下を覗き、そのあまりの高さに恐怖してしまったらしい。
「無理しないで下さいね。私達って飛ぶことに慣れちゃって、この高さでもそこまで驚かなくなっちゃてるので」
「気遣ってくれるのはありがとう……だが、心配しないくれ」
気丈に振舞うリーリアさん。これ以上は、しつこくなってしまうのでそっとしておく。まあ……あそこまで気丈に振舞いたい原因だが、同じ条件のはずなのに全然平気で、かつ自分の事を心配してくれるオラインさんにあると思うのだが。
「そういえば……マクベスさんは来ないの? 見送りにも来てなかったけど……」
「そういえばそうッスね……いざ、決戦の舞台へ! っていうのに何もアクションを起こしてないッス」
「ああ、それなら僕とレイスが聞いているよ。マクベスはあっちに転移魔法陣が設置し終えたら、その魔法陣を使って来るって言ってたよ。ねえレイス」
「はいなのです。何かギリギリまで調べたい事があるようなのです」
出発の前日、セラさんに留守の間、各施設の管理をお願いしようとしてクロノスに尋ねた時、ちょうどよくセラさんとマクベスが通信を行っていて、その際にマクベスからこの話を聞いた。
「それって……例の報告書の内容かな」
「恐らくはね」
「そんなの全てが終わってからでもいいと思うんッスけど……そんな重要な事だったッスかね?」
「確かに……フィーロの言う通りなのです。あの報告書はボロボロ過ぎて何も読めなかったのはずなのです」
「そうだよね……」
3人がマクベスの行動への不自然さを口にする。僕も皆と同じで、どうしてこのタイミングで調べているのか不思議に思っている。マクベス自体の準備は既に終えていたはずであり、後は魔王アンドロニカスが肉体を手に入れた瞬間を待つだけのはずだった。ところが、あのソーナ王国で見つかった水没した施設……そこから発見したあの報告書の内容を知ったマクベスは、セラさんやポウにも手伝ってもらい、寝る間も惜しんで何かを調べているのだ。
「おーーい! こんな所で何やってるんだ?」
すると、そこにカーターとサキの2人が船内から現れ、こちらへと近付いてくる。
「飛空艇の散策をしてました。カーターさん達は何を?」
「見回りだ。飛空艇内に何か侵入者がいないか、後は異状が無いか確認中さ」
「僕たちも手伝おうか?」
「いいのよ。私達はビシャータテア王国の騎士団としての仕事をしているだけ。今回の遠征という任務を遂行するために働くのは当然なの……あなた達はあなた達で仕事が色々とあるでしょ? 例えば……」
サキはそう言って、高所恐怖症で甲板に座り込んでいるリーリアさんを見る。
「親戚であり、お姫様であるリーリア姫のお相手……とか」
「仕事……そんな風に接して無いですけどね。親戚のお姉ちゃんと世間話をしているだけですから」
「それでいいさ。一国の姫に何かあったら大変だ……そんな仕事を、同じ王族の人間が担当してくれると、こちらは非情に助かる」
そう言って、笑顔を見せるカーターとサキ。ちなみに既に今回の遠征に参加するメンバーには僕たちとリーリアさんは親戚関係だと伝えている。それを知ったビシャータテア王国以外の方々が、ビシャータテア王国関係者に冷たい視線を送っていたのは言うまでもない。
(前方! 魔獣の群れを確認! 迎撃態勢を取れ!)
すると、新たに取り付けられたスピーカーから魔獣襲撃の知らせが入る。その後に、魔獣の特徴と個体数の情報ももたらされる。僕はアイテムボックスから双眼鏡を取り出して、その魔獣の姿を確認する。
「黒い巨大な鳥のような魔獣……それが20体かな?」
「チョットそれを貸すのじゃ」
オラインさんに心当たりがあるようなので、僕は双眼鏡をオラインさんに手渡す。オラインさんが双眼鏡で近づいてくる魔獣を見て、いくつかの魔獣の名前を口にしながら、ついに襲って来る魔獣を特定する。
「アークロス・コンドルじゃ。魔法は使ってこないが、その替わりに身体能力は他の鳥獣系の魔獣の中で、ずば抜けた能力を持っている。羽を広げた状態だと大の大人1人分ぐらいほどのある巨大な黒い怪鳥じゃ。魔国ハニーラスだと高山に生息する凶暴な魔獣じゃな」
「……ちなみに海上で見る事は?」
「ないのじゃ」
魔国ハニーラスの高山地帯に生息する魔獣……それが生息域から外れ、こんな海のど真ん中に現れる。それが何を意味するか……。
「魔族の手下……しかもエイルの強化型魔獣かな」
「恐らく……」
すると、座っていたリーリアさんが立ち上がって、魔獣と戦うために準備をしようとする。
「リーリアさん。チョット待って下さい!」
「後ろに下がってるつもりは無い。これでも戦士だ! 戦う時は……」
「レイス……黒風星雲で一気にいこうか」
「ああ……了解なのです」
後ろから聞こえるリーリアさんと泉の会話を聞きながら、僕は身体強化魔法である鉄壁を使用し、さらに鵺を黒い球体にして、いつでも前に投げられる準備をする。
「総員! 薫達が魔法を使うぞ! 全員、衝撃に備えろ!」
カーターが甲板上に取り付けられている伝声管を使って皆に注意喚起を起こしている……何か酷い気が……。
「気にせずに行くのです!!」
「それもそうだね……せーーーーの!!」
思いっきり、前方に向かって鵺を投げる。身体強化以外にも黒風星雲の魔法の力もあって、アークロス・コンドルへと向かって真っすぐ進んでいき、そして魔法が発動する。
「うわっと!?」
「揺れてるッスね」
「本当ね」
飛んでいるフィーロとサキがのほほんとした会話をしている中、飛空艇の前方で起きた黒風星雲による黒い円形状の強力な力場によって、船体が大きく揺れる。飛んでいる精霊以外の全員が船体のどこかに掴んだまま、しばらくその姿勢でいると、魔法の効果が切れて揺れが治まり、前方に投げた鵺が20匹のアークロス・コンドルをくっつけたまま、飛空艇へと戻って来る。
「うーーーん……素材としては確保できたけど危ないね」
「素材は諦めて、撃墜の方がよさそうなのです」
「お前らな……少しはこっちの事も考えろ」
(……え~~薫さん。魔法を使う時は事前に報告をお願いします)
カーターに注意され、さらにはスピーカー越しに船員から怒られてしまった。
「ごめんなさい……飛空艇が揺れていないから大丈夫だと思ったんだけどな」
「その船を楽々と撃墜できるような魔法使いには対応して無いからね!?」
すると、そこにカイトさんと数名の船員がやって来る。きっと厳重注意をするために来たのだろう……。何となくこの後の流れがよめ……。
「皆! アークロス・コンドルをすぐに回収! 使えそうな素材は研究用と加工用に分けて回収! 数が数だから、腐らせないうちにやるぞ!」
「「「「おおーー!!」」」」
すると、カイトさんを先頭にアークロス・コンドルの死骸が船内へと運ばれて行き、最後の1体を連れていく際に、ボール状の鵺が船員から手渡される。甲板も綺麗に清掃されて、残ったのは僕たちだけである。
「……嵐のように去っていったね」
「うん……って事で、リーリアさん。アレぐらいならこんな感じで……」
「……私の親戚怖い」
「心中お察ししますのじゃ姫様」
そう言って、2人が生暖かい目で僕とレイスを見る。何か、少しだけリーリアさんたちとの距離が離れてしまった気がする……が、無事に終わったのだから、とりあえずは良しと思うのであった。




