3話 welcome new world
前回のあらすじ「買い物」
―転移後「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁個室」―
僕たちの周りを包んでいた光が消えていく。初めに見えたのは石造りの壁に簡素なベッドそして驚いている鎧を着た1人の騎士。色々と言いたいことがあるのだが、とりあえず努めて冷静に。
「まさか、魔法陣の詰まりを取り除いた瞬間に発動するとは思わなかったよ」
「……そうね」
「本当に……本当にすまない」
「謝らなくていいよ。ケガとかしてないさ。とりあえず、そこの騎士さんに説明しなくていいの?」
驚いて、ただただこちらを見ていた騎士を見る。いや、良く見ると自分を見てるな。しかもほんのり頬が赤くなってる……そして、カーターもその事に気付く。
「ザック。言っておくが彼は男だぞ」
「え!」
「とりあえず、俺がいない間何かあったか?」
ザックさん衝撃の事実を聞いてそれどころでは無さそうだよカーター……。今にも目が飛び出るんじゃないかというぐらいに見開いてるし。とりあえず僕からも促してみる。
「あの~。副隊長さんが報告して欲しいって言ってるよ?」
「え! ……あ」
僕の一言でどうにかショックから立ち直ったみたいで、慌てて立ち上がり握った右手を胸に当てて報告を始める。
「敵は依然陣を引いたまま変わりありません。それよりも副隊長がいなくなって砦内大パニックですよ! 部屋には魔法陣があって異世界に行ったんだって! 隊長も困り果てていましたよ!」
「分かった。とりあえずシーエ達の所にすぐ向かうとしよう。それと薫も来てくれ。異世界人である君のことも説明したほうがいいからな」
「異世界人って……え!?」
「いいよ。説明したいなら僕がいた方が早いだろうし。こうなったら取材もしたいしね」
心の中では、是非とも! と思っていた。城壁内で人々がどのように働いているのかを間近で見られるのだから。
「そうしたら早くいきましょう。2人にはかなり心配かけちゃったわね」
ザックさんを残して、僕たちは部屋を出る。石造りの通路を歩きながら窓の外を見ると木々は枯れていて、空いている窓からは冷たい風が入ってくる。僕の世界と季節は変わらないようだ。
「「「カーター副隊長!?」」」
騎士さんたちが驚いた表情を見せながらも通路を開けていく。いなかった人が急に現れたらそれはさすがに驚くだろうな。それでいて何か安堵したような表情を浮かべているようだった。
「副隊長いなくなったと聞いたが、一先ず一安心だな」
「ああ。それに副隊長のあの様子……何か得たみたいだしな」
「少し希望が出てきたかな?」
さすが副隊長だなと思って後をついていく。
「で、あの美少女は誰だ?」
「俺好みだな~。後で声をかけて……」
「おい!! 抜け駆けするな!! 俺だって……というよりあの子どうやって、ここに来たんだ?」
「ヤりたい……」
確か1週間も緊張状態が続いてるもんね。うん。しょうがないよね。僕も男だしその気持ちは分かるよ。……あれ? さっきから妙な寒気がするぞ?
「薫」
「何かなカーター?」
「絶対に俺のそばから離れるなよ」
それゲームの主人公がヒロインに対して言うセリフ!! まさか自分に対して言われるなんて……。
「……さっきから寒気がするよ」
「全く男って。女性に対してあんな態度とったら私ならぶん殴るわよ」
「僕も男だけど……」
「ツッコミいれてる場合かしら?」
サキがニコニコしながら訊いてくる。全く他人事だと思って……。まあいくら何でも襲ってくる奴はいないと思うけど。
「ハアハア……じゅるり……」
「ふぁふぁ……」
あれ? 何か数名程イッちゃてる人たちがいる。とりあえず危ないので、それから距離を取っておく。
「……まあ、俺たちの近くに入れば流石に襲うやつはいないだろう……多分」
前言撤回。極限状態の人間って何やるか分からないっていうしね。うん。
「こいつらのこの様子じゃ説得力無いわよ」
「あはは……」
そんな話していると2人が急に止まる。そこには大きな両扉があった。カーターはそれにノックして返事を待たずに入っていく。僕も一緒に入っていくと何人かの騎士がいて、全員がこちらを見ていた。その中にカーターと同じように女の子の精霊と一緒にいる銀髪の男性がいた。
「カーター無事だったのですか!?」
「ああ。すまないこの通り元気だ!!」
「2人が消えて心配したんだぜ! って、サキ頭ケガしてるじゃねーか!?」
「軽いケガよ。心配してくれてありがとうマーバ」
「ダチがケガしてたら心配するっつの。とりあえず無事で良かったぜ」
カーターたちの周りに人が集まってくる。2人の無事な姿を見てここにいる全員が安心したようだ。
「ところで……カーター。後ろの女の子は?」
「ああ。薫には色々世話になってな。それで食料の提供をしてもらった。」
「部屋に異世界の門の魔法陣があったと報告を受けていましたが……まさか」
「そのまさかよ。異世界人の薫よ」
サキに紹介されたので、前に出てお辞儀をして挨拶をする。
「初めまして。この世界とは別の世界からやってきた成島 薫です。カーターたちから頼まれて食料を提供するだけの予定でしたが、魔法陣の誤作動で2人と一緒にこちらに参りました」
「私は隊長のシーエといいます。そしてこちらの精霊は私のパートナーのマーバです」
「ヨロシク!!」
「こちらこそよろしくお願いします」
精霊さんが手を出してきたので僕も手を出して握手をする。とは言っても精霊さんが僕の人差し指を握っただけなんだけど。シーエさん落ち着きのある男性なのにパートナーが少しギャルっぽい金髪の女の子なんて意外な組み合わせだな。
「しかし……カワイイヤツじゃねーかこいつ!!」
「こいつ呼ばわりは薫に失礼ですよマーバ」
「まあ、僕も気にしてないので好きな呼び方で呼んでいただければ」
「それでいて中身もしっかりしてていい女の子なんじゃないの!!」
「「あはは…」」
マーバの言葉に2人が渇いた笑いをしつつ、何とも言えないような表情を浮かべる。
「2人ともどうしたんだよ。変な顔しやがって?」
「いやね。うん」
「どうかしたんですか?」
サキがカーターを見ると、カーターは流れるような動作で僕に視線を向ける。少し息を整えて真実を話す。
「僕は女じゃありません。これでも30才の男です」
瞬間、沈黙が流れる。まあこうなるのは分かっていたよ。と思っていたら。
「キャッ!!」
「嘘だろ……本当に付いてやがる……」
「ちょっと! マーバさん大胆過ぎない? 女性だよね?」
まさか、僕のアソコをいきなり触ってくるなんて!!
「変な事を言うから、それなら確かめてやろうといたずら心で……ゴメン」
「私も何を言っているのか分かりませんでした……。まさか自分より年上の男性とは……」
周りの騎士さんたちもそれぞれビックリしているようだ。
「しかし神は何て残酷な試練を与えるのでしょうか……」
そう言って、シーエさんは手を重ねて祈る。周りの騎士も同じように祈り始める。
「カーター……。泣いていいかな?」
「シーエ達に同情する。というより本当に男性と確定してショックを受けてる」
「カーターに同意」
そう言って2人も祈り始める。
「まあ、あんな感じになるわな」
マーバがボソッと呟く。僕は静かに膝をつき四つん這いになって落ち込んだ。好きでこんな顔になったんじゃ無いやい。
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―10分後「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁 執務室」―
それから、騎士さんたちはそれぞれ持ち場に戻る。僕はカーターたちも含めた5人でこれまでの話をしていく。カーターたちから僕たちの世界の文明や技術を聞いてシーエさんたちは関心したり驚いたりしている。
「スゲー!! 行ってみてえー!!」
「馬の要らない馬車や動く絵ですか……。異世界の技術は凄いですね」
「僕からしたら異世界への移動とか大量の荷物を一瞬に収納してしまうとか、そっちの技術に驚きなんだけどね」
「アイテムボックスはこの世界でも多少珍しい品物だが、それでもこの世界の住民誰もが知っているし金のある商人とかなら持ってる代物だけどな」
「それでもカーターのは珍しいけどね」
「珍しい魔道具なのに、さらに珍しいって……よくあるアイテムボックスってどのくらい入るの?」
「そうだな……。ピンからキリまであるがあのダンボールっていうもので20箱ぐらいかな」
「いやいや!?あの時、30箱あったけど!?」
「カーターのアイテムボックスは特注品なんですよ。本当にお世話になっていますよ」
それはそうだろう。何せ1人でそれだけの荷物を楽々運べる人がいれば馬での移動に便利だし、より多くの荷物を持っていける。地球なら宅配業者必須のアイテムになるだろう。
「それで食料は?」
荷物の話が出ていたからだろう。シーエさんが思い出して持ってきた荷物について訊いてくる。
「そうだな。とりあえず出すか」
ということで、5人で部屋を出て食堂の隣にある食料庫に移動する。騎士たちからいやらしい目を向けられながら。
「薫さんすいません。後で部下にはきつく言っときます」
「全く男って何であんなんだろうな」
「はは……。オキニナサラズ」
遂に童貞の危機を感じたよ。会う騎士の中に僕の事を知って、男でもかまわん! って……何だよそれ!?
「それはさておいて、食料出していくか」
「カーター酷くない?」
「いちいちツッコミ入れてたらきりがないわ」
自分自身何千回も痴漢から襲われてその都度対処はしていた。ただ相手は騎士。戦闘のプロに通用するかというと……。うっかり僕が男に襲われるシーンを想像してしまい慌てて自分の首を振って頭の中から消す。
「それじゃあいくぞ」
そう言ってカーターは食料を出す。一瞬にしてダンボール30箱分の荷物が目の前に出てきた。するとマーバは我先にダンボールの山へと近づく。
「ジャガイモに玉ねぎ…これはお馴染みの食材だな」
「珍しいのならそこにあるミカンかしら。甘くて美味しかったわ」
「食べたのか!!」
「薫が出してくれたのよ」
「炬燵にミカン……あれは人を駄目にする悪魔の組み合わせだったな」
「2人ともお腹一杯になったらすぐに眠っちゃったもんね」
「よし!! 食べようぜ!!」
「ダメです。これはこの城壁にいる皆の食料なんですから」
「2人は食べたんだからいいだろ~」
「駄目です」
笑顔でシーエさんが答える。その目は笑っていないが。
「ちぇ」
「それにしてもこちらでは見たことの無い野菜ばかりですね」
「人参にパプリカ、長ネギ、キノコ……あっちの世界はよく食べられている物を選んできたんだけどね。そっちの世界に玉ねぎ、じゃがいもがあるから昔からある人参もあるかなと思っちゃたんだけどね」
「どうしてだ?」
「人参と玉ねぎ、じゃがいもはこの3つを使って作る料理が多いんだ。肉じゃが、カレー、シチュー…」
「そちらの世界は食文化も栄えているのですか?」
「栄えてるって……。異世界ではどう食べてるの?」
「炒めたり、煮たり、蒸したり、サラダにしたりして」
「普通じゃないかな?」
「味付けは塩と胡椒だけだ。あっちのようにケチャップやドレッシングというのは無いぞ」
「嘘!? どうして!?」
「説明するとな……」
この後、皆の話を聞いて分かったことを要約すると、1つ目は数百年もの間戦争のため食料事情が乏しい。そのためダシをとるためだけとかとかそんな贅沢な使い方はない。その2として、戦争中のため他国との貿易が盛んではない。そして3つ目だが……調味料は塩、コショウだけである。
「まじですか…」
「それだから薫の料理を食べた時、夢中になって食べてたしな」
「そうよね。異世界って地獄のような世界と思ったら天国みたいだったもの」
サキが僕の作った料理を思い出して顔がにやける。
「料理を食べていた時、見てたけどそんな感じしなかったけど?」
「それは、空腹だったしな。一日二食で一週間だったしな」
「パン2切れ、具が少ないスープ1杯で過ごしてましたからね」
「なるほど…」
まさか食文化がそこまでだったとは……。しかも少ない量で必死に頑張っている。それを聞いて僕は何となく頑張ってる騎士さんたちを応援したいと、思わず心の中で涙を流しながら思った。
「それなら僕が料理を作ろうか? 疲労困憊で大人数だったらカレーって料理が最適だと思うんだけど。」
「マジか!! 異世界の料理が食べれるのか!!」
「といっても、カレールー買ってこないといけないけど」
「……そういえば薫を元の世界に返さないといけないもんな」
「それにもし……いいえ気にしないでください」
シーエさんが何かを話そうとして黙る。僕自身、彼が何を訊きたいかは分かる。隊長だからこのぐらい考えるだろう。
「武器の技術とか?」
「……分かりますか」
「僕は小説家でこんな内容ばっかり書いてたからね。大体のことは想像つくかな。僕たちの世界から食料を調達して。その後、安全が確保出来たら僕を利用してこっちの世界の情報を聞いて国の強化を図るというところかな?」
「……」
全員が黙る。いや、このぐらい想像つくもんだと思ったんだけど違ったかな?
「こいつかわいい顔して話が分かるというか……。ニコニコして話してると何か裏があるんじゃないかと疑いたくなるな」
マーバが細目で怪しい奴を見るようにこっちを見てくる。
「私たちが食料の提供をしてもらうために、こっちの事情を説明する前に言い当てていたわね。先を見通す目はあるんじゃないかしら」
「いやはや参りましたね。こんな状況を打破できればいいと思っていたんですが、今このチャンスは物にしたいという欲も働いてしまって……」
「僕だって思ったからね。アイテムボックスだけでもこちらの技術を飛躍的に向上させる可能性があるもの。それこそ知り合いの技術者に話したらすぐに研究・開発に勤しむんじゃないかな」
「となると薫さん自身も結構前向きに考えておられると?」
「ん、まあね。僕の場合は小説のネタ欲しさだけどね。けれど……やっぱり武器とかは勘弁してほしいかな」
日本で人を傷つける武器を持っていたら犯罪。拳銃なんて普通に生きていたらまず見ることはあまりないだろう。それが欲しいと言われても調達なんて無理だ。
「武器じゃなくて十分ですよ。さっき話に出ていた車やテレビという物の情報だけでもすごいことですから」
「それなら協力できるかな」
「助かります。どうかよろしくお願いします」
「こちらこそ」
シーエさんと握手を交わして協力関係を結ぶ。これで小説のネタには困らないな。でもそれだけじゃない。
「それに……気になることもあるしね」
「なんだ気になることって?」
「魔法陣。何であんな物が家にあるのかなって」
「確かにそうね」
普通に考えて僕たちの世界に魔法使いがいて、その人が設置した。しかし、僕たちの世界には精霊はいない。実は裏から世界を支配する者や組織によって隠蔽されていた! なんて、それだと話が飛躍しすぎだろう。いやまあ、異世界があると知った今、完全に否定出来ないんだけど。
「しかし、お前って何者なんだ? 小説家ってそんな職業なのか?」
「小説家は面白い話を書く職業だよ。そういえば……こちらにそんな娯楽は無いのか」
「想像で話を書くという奴は聞いたことが無いな。あっても伝記ぐらいだしな……」
「そうか……」
子供向けの絵本とか、各地の伝説を元に物語を書いた本とかあってもいい気がするんだけどな……。僕は腕を組みながらその事に疑問を感じる。その際に、腕時計に目が行ったのだが……夕飯を作るにはちょうどいい時刻になっていた。
「それより、どうする? 良ければ僕が料理するけど?」
いい時間になっていたので、とりあえず僕は話を戻す。取材がてらにやっていいと思っているし、キャンプをしたりするから、例え異世界のキッチンが時代遅れの設備だったとしても問題ないだろう。
「そうですね。異世界の料理がどんなものか個人的にも気になりますし、それに私自身まだまだお聞きしたいことが沢山ありますしね」
「それじゃあ、僕の世界に戻ってカレールーを買ってこようか」
「それならまた私達が行きましょうか」
「そうだな」
「えー。あたし達でもいいだろう!?」
そう言ってシーエさんの方にマーバが首を向ける。シーエさんは手を顎に当てて少し考える。
「私達がいないと城壁の防衛や騎士達の士気に支障をきたしますよ。それに私達がやって、無事に行き帰りできるか分かりませんしね……」
「そこなんだよね……」
そこに関して、かなりの不安がある。失敗ばかりで大量の死人を出し、まだ不明な点が多い異世界行きの魔法。果たして僕は元の世界に帰れるかと。
「2人はいいの? かなり危険なんでしょう?」
「それはそうなんだけどな。でも恩人である薫に恩を仇で返すことはしたくない」
そう言って親指を立てて、また上手くいく。といって2人は食料庫を出ていった。
「カーターはいい人過ぎるよ」
「それには私も同感です。少しは自分の事を考えて欲しいものです」
「まあ、それがあいつのいいとこなんだけどな」
「まだほんの少しの付き合いだけど僕もそう思うよ。だからこそ力を貸してあげたいかな」
「そうですか……」
シーエさんも何か納得したようだ。長年の親友として感じるところがあるんだろうなと僕は思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「ビシャータテア王国・ベルトリア城壁個室」―
「それじゃあ行ってくる」
「絶対帰ってこいよ!」
「分かってるわよ」
「3人ともよろしくお願いしますね」
「はい!」
僕がそう元気良く返事したと同時に魔法陣が光る。そういえば異世界に来て4時間ほど経っていた事に今更気付くのであった。