396話 兵站と滞在の準備
前回のあらすじ「ちなみに……出されたお菓子は完食した模様」
―翌日の午前中「鈴木商店」―
「ああ……これは凄いな。これほどの品揃えは見たことが無い」
頭の角を隠すためにバケットハットを被り、それに合ったコーデをした衣服を身に纏ったリーリアさんが、店内に並ぶ商品を見て驚いている。
「これほどの数の食料品を扱うお店は、魔国でも見る事は無いんですね」
「昔はあったとは聞いている。魔族との戦闘が激化したことで無くなってしまったようだがな……とは言っても、こんな風に金属の中に食品を詰めるとか、温めたらすぐに食べれる『れとると』というのは無いだろうけどな」
そう言って、リーリアさんがレトルトカレーの箱を手に取りその便利さに感心している。しかし、パッケージに描かれているカレーを見て少しだけ難色を示し始める。
「これ……食べれるのか? 凄い色をしてるが?」
「カレーは疲労回復に食欲増進などの効果がある食べ物で、むしろ戦場で戦っている皆さんに振舞って欲しい食べ物ですね」
「私も食べましたが……味に関しては保証します」
「2人がそこまで言うなら……そうなのだろうな」
オラインさんは当然だが、会って間もない、ユノに対しても信頼を寄せてくれるリーリアさん。ここ数日間、色々な出来事に、慣れない場所などで不安な事も多いと思うのだが……その中で、こうして信頼できる相手が増えて良かったと思っている。
ということで、昨日のショルディア夫人とのお茶会から翌日、僕とレイスはリーリアさんにオラインさん、それとユノを連れて大量の食糧が売られているこの場所に来ている。ここはそのような時にいつもお世話になっているので、今回も何とかしてくれるだろう。
「……薫ちゃん。今度はどんな儲け話だい?」
ふと、僕の方へと近付いてくる笑顔の店長。僕の仕事を引き受けた事で、新しい顧客が増えたらしく、売り上げも右肩上がりだそうだ。
「そうですけど……分かっちゃいます?」
「あのお嬢ちゃん。変装しているけど、あの国際会議に出席していた女の子だろう? それに隣には魔物の女の子としてテレビで一度だけ流れた事があったはずだからね……」
「ご名答です……それで近いうちに、また大量の食糧が必要になるみたいなんです。そこで、ここの力をお借りしたいんです」
「薫ちゃん……一体、何の仕事をしてるんだい? 儲け話だから深く追求する気は無いが、これまでの状況を考えると、異世界絡みじゃないのかい……?」
「……これ」
僕はアイテムボックスから妖狸の時に付ける狸のお面を見せる。それを見た店主は一瞬、驚いた表情を浮かべるが、すぐに先ほどと同じ笑顔になる。
「なるほど……色々、納得したよ。まさか、薫ちゃんが妖狸とはね」
「色々あってね……それで、今度は魔王討伐に出掛けないといけないんだ。そこで戦線を維持するための兵站の手配をしたいんだけど」
「若いのに命懸けの戦場か……よし! 薫ちゃんの事だからここで引けない理由がしっかりあるんだろう? こうなったら、こっちもしっかりとサポートしてやる! 何か欲しい商品があるかな?」
「そうだな……何かあったかな?」
「薫。魔国の王様に会うのなら、献上品を用意した方がいいのでは?」
悩んでいる僕に、持っていた鞄の中からレイスが顔を出して提案をする。その後、近くにいた店主の方を向いてお辞儀をして挨拶を済ませる。
「献上品か……その王様の好みとか分かるか?」
「ちょっと待って下さい……リーリアさん! お父さんの好きな食べ物とか分かりますか?」
「それならお酒だ! お疲れの時に、よく飲んでいるからな!」
僕の声に気付いたリーリアさんがこちらを振り向き、僕の質問に答えてくれた。僕はお礼を言って、再度、店主の方へ振り向き、何かいい物が無いか訊いてみる。
「そうだな……そうしたら、オススメのお酒を数本用意しておこう。種類の違うお酒を飲んでもらった方がいいだろうしな……で、あの薫ちゃん似の女の子って……お姫様?」
「そうだよ。隣の金髪の子もお姫様で、オラインさんは護衛」
「……薫ちゃんと精霊の子も護衛かい?」
僕とレイスを見ながら、尋ねる店主。僕が答えようとすると、レイスの方が早く答える。
「私もノースナガリア王国のお姫様なのです。で、薫は金髪の女の子と婚姻しているのです」
「……結婚の際には、とびっきりのいい酒をプレゼントするからな。死亡フラグへし折って帰って来いよ?」
レイスの話を聞いて、店主は『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ……』という死亡フラグが頭によぎったのだろう。僕の事を凄く心配する様子が伺える。
「分かってますよ……それよりも約束ですよ?」
僕はそう答えて、余裕があるように振舞うのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―午後「某アウトレットパーク」―
「……どうだろうか?」
「おおー! 凛々しいお姿ですよ!」
「ええ! お似合いです!」
鈴木商店での注文を終えた僕たちは、今度は、しばらくの間こちらに滞在するリーリアさんの衣服購入のために、前にも来た事があるアウトレットパークへとやって来た。僕は少し離れた場所で3人の姿と、ユノの持っている鞄から顔を出しているレイスを眺めていた。すると僕のスマホに着信が入る。
「こちらに滞在するんですから、もう少し衣服を揃えましょうか……他にも下着とかも必要でしょうから」
ユノが機転を利かせて、リーリアさんとオラインさんを店の奥へと案内していく。僕はその隙に店の外に出て電話に出る。
「もしもし……どうだった直哉?」
「1週間後。その日にリーリア譲を送り届ける……そして、それが決戦の火蓋を切る事になる」
淡々とした口調で話す直哉。しかし、その声にはどこか焦りや疲労感を感じる……。恐らく、僕たちが万全の状態で決戦に向かえるように、話し合いが終わって、すぐさま電話を掛けて来てくれたのだろう。
「リーリアさんとオラインさんを送り届けた後、そのまま魔王討伐ってことか……」
「ああ。それで今は飛空艇に乗船する奴の選定中だ……が」
「僕とレイスは決まっている……でしょ?」
「……ああ。それと各国から賢者、他にも騎士や兵士……ギルドからも招集する。それでも、飛空艇の都合上、人数は数百程度になってしまうがな」
「自衛隊や米軍、その他の地球を拠点とする部隊はこっちに待機する感じかな?」
「ああ。異世界に飛ばされたはずのリーリア譲が戻って来たとなれば、アンドロニカス率いる魔王軍……特に四天王エイルは確実に察するだろうな。リーリア譲に使用した『異世界の門』は失敗作では無かったと……そうなれば、アンドロニカスが地球に進軍する可能性もある」
僕はそれを聞いて、いよいよグージャンパマと地球の両方に危機が迫っていると実感する。ここで、僕たちが手をこまねいていれば、取り返しのつかない事態に進展していくのだろう。
「地球の各要人が主体となって、もしもの時のための対策を既に始めている。地球の方はそいつらに任せておけ。お前とレイスは、アンドロニカスを倒す準備でもしておくんだな」
「それが一番の難題なんだけどね……とりあえず、しばらくいなくてもいいように、あっちこっちに連絡しておかないと……」
「必要な物があれば、こちらにも相談してくれ……まあ、たいていはショルディア夫人辺りにでもいいとは思うがな。じゃあ、頼んだぞ」
直哉からの電話が切れる。僕はスマホを仕舞って、小さく溜息を吐く。1週間の間にやらないといけない事、その後に来る、リーリアさんを送り届けた後の魔国ハニーラスとの話し合い、魔王アンドロニカス討伐……とんでもない夏になりそうである。
「薫。電話はもう済んだんですか?」
ユノの声が聞こえたので、そちらに振り向くと、買い物をしていた4人が買い物を済ませて合流してきた。
「リーリアさん。オラインさん……出発が来週に決まりました」
「おおー! それは良かったのじゃ! 姫様が帰国すれば魔王様も一安心するじゃろうしな!」
「ああ!」
帰れると聞いて、大喜びするリーリアさん達。一方……ユノは険しい表情をしている。
「となると、一週間後には薫は決戦に向かわれるのですね……」
その一言に、喜んでいたリーリアさんたちの表情が、少し困ったものになる。
「プロポーズしてから戦地に向かう……まるで死亡フラグみたいかな」
「そうですね。頭では理解はしているんですが……それでも行って欲しくないですね」
「話の途中で悪いが……本当に薫とレイスは戦うつもりなのか?」
「もちろんですよリーリアさん。魔王アンドロニカスがリーリアさんが地球から帰って来た事を知れば、その時に使用した異世界の門で、こちらに進軍するのは目に見えていますから……盗賊団ヘルメスはほぼ壊滅、グージャンパマと地球の交流も始まった。後、残っている1番の問題は魔王アンドロニカスとその手下……こちらとしても、そろそろケリを付けたいんです。ユノとの生活の為にも……」
「お人好しだな……君達は。こんな一番の貧乏くじを率先して引くなんてな」
「リーリアさんの言う通りですね。まあ、そこがいい所なのですが」
「はいはい……それよりも、次はどこへ行く?」
「そろそろお昼ご飯にしましょうか……カレーはどうです? リーリアさんもどんな物か気になっているようですし……」
「私は賛成なのです。確か……フードコートにあったのです」
「じゃあ……そこでお昼にしようか。お2人もいいですよね?」
僕の問いに、リーリアさんとオラインさんは頷き賛成してくれたので、今日のお昼ご飯を食べるために、アウトレットパーク内のフードコートへと向かうのであった。




