393話 魔物の女の子
前回のあらすじ「終幕への序章」
―その日の夜「都内・とあるマンションの一室」明菜視点―
「うん……そう。だから、急いで連れて来て欲しいんだけど」
「(分かったよ! すぐに薫兄に知らせてくるね!)」
「ありがとう泉ちゃん。頼んだよ」
私は泉ちゃんにお礼を言って電話を切る。
「どうだい? すぐに来れそうなのかな……」
「明日には来れるんじゃないかね……」
薫に電話を掛けたが繋がらなかった。恐らく、グージャンパマで仕事中なのだろう。
「これで泉ちゃんから連絡が行くはずだから、来れなくても連絡くらいはしてくるはずだよ」
「おねえさん……大丈夫なの?」
「大丈夫だよあかね……ほら、明日も学校なんだからそろそろお休みだよ」
「うん……」
先ほどの女の子を心配するあかね。心の優しい子に育っていってくれるのは嬉しいのだが、まだ子供なのだ。今はしっかり寝て欲しい。
「あかね。そうしたら父さんと一緒に寝ようか」
「うん!」
すると、茂はあかねを寝かせ付けるために、リビングを出て寝室へと行こうとする。
「あかねを寝かせ付けてくるよ」
「ありがとう茂♪」
私がそう言うと、茂はニッコリと笑顔を見せてから、あかねと一緒にリビングを出ていった。
「さてと……」
私もリビングを出て、すぐ横にある自分の部屋に入る。そのベッドの上にはさっきの女の子が寝ており、随分うなされている。
「うーーん……冷却シートを持ってくるか」
先程までは顔が青白く、体も震えていたので温かくして寝かせていたが、今は額に汗を浮かべている……体を冷やしてあげなければ。
私は冷却シートを持って来て、その子のおでこと首元に貼っておく。意識は戻っていないが、先程よりかは呼吸が整っている気がする。しばらくはこのままだろうか……。
「彼女の様子はどうだい?」
私の部屋に、先ほどあかねを寝かせに行った茂が入って来る。
「あかねは?」
「寝たよ。その子が心配で我慢して起きていたみたいだね……自分が看病を交代するから、その間にお風呂に入ってきなよ」
「うん。そうする……」
私は一先ず看病を茂に任せて、お風呂に入ってくるために部屋を出ようとする。が、あることに気付いて、出る前に茂の方へ振り向く。
「若いからって……襲っちゃダメだよ?」
「明菜以外の女性にそんな事をしないよ?」
「きゃー! 襲われちゃう!?」
「ほら、ふざけていないで、さっさとお風呂に行ってきなさい」
「はーーい」
冷静に返されてしまい少しだけ悲しくなる私。もう少しだけ茂が若かったら、熱い夜を過ごせたのにと残念に思うのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌朝―
翌朝、学校に行くあかねを見送り、仕事に行くのを躊躇っていた茂を送り出したところで、自分の仕事をしつつ、彼女の看病をする。仕事に集中していると、ベットの方から音がしたので振り返ると、彼女の目が開き、そのまま体を起こそうとしていた。
「う、うん? ……ここは?」
「起きたかい?」
私は目が覚めた彼女に声を掛ける。彼女は一瞬驚いたような表情をするが、声を掛けたのが私だと分かってホッとしたような表情になる。
「少し額を触らせてね……」
私は一度断ってから、彼女のおでこに触れる。少し熱っぽいが……これならもう少し休めばよくなるだろう。
「ふふ……こんな風にされるのはいつ以来だろうな」
そう言って、笑顔を見せる彼女。亜麻色の髪に黒い瞳……その頭には羊のように丸まった黒い角が2つ両脇についており、私達とは異なる種族だと判断できる。しかし、それとは別に……知っているというか、この子に見覚えがある気がする。
「そうなのかい? 若いのに……って、魔物だったね。私より年上かな?」
「136歳だ」
「私は66歳。まさか、私の2倍年上とは……」
「え……? 待ってくれ。人族なら普通はもっと皺とかが出来ているはずだが……」
「私は魔物と人間のハーフだよ。母さんが魔物でね……」
「そうなのか? それにしては……随分、人族に近い姿をしているが……とにかく、ここは夜国ナイトリーフなのか? 見た事のない建物もあるし、そのような魔道具も見たことが無い」
彼女が私の仕事道具であるパソコンに指を差す。とても落ち着いた様子で、未だここがグージャンパマだと疑っていないのだろう。本当はもう少し体調が良くなってから話をしたいが……仕方ない。
「それなんだけど……ここは夜国じゃないし、別大陸の人族の国でもない……異世界って言えば伝わるかい?」
「……異世界?」
「そうそう。あの『異世界の門』っていう魔法を使って行くことが出来るあの異世界。ちゃんとした地名で言うと、ここは地球の日本っていう場所だよ」
「異世界……え? 待って……二度と戻ることが出来ないあの異世界?」
「行ったら帰ってこれないあの異世界だよ。そっちの大陸の国でも同じ考えなんだね……」
私はそう言葉を返すが、彼女が静かに黙り込んでしまう。グージャンパマでは地球は行ったら帰ってこれない魔境扱いなのだ。この反応は仕方ない。
「で、でも……どうして私は無事なのだ?」
「それなんだけど……」
私は薫や泉ちゃんから聞いた話を、そっくりそのまま彼女に伝える。解明されていない箇所もあったりして、曖昧な部分もあるのだが……頷きながら、少しずつ理解してくれた。
「なるほど。しかし、そうなると……私はあちらには帰れないのか」
「いや、途中までなら帰れるよ? 魔国ハニーラスまでの行き方が無いだけでさ」
「ま、待ってくれ。それではまるで、異世界からグージャンパマに戻れるという話では……」
「その通りだよ。私の母親が使った魔法陣があってね……息子がそれを使ってグージャンパマと地球をよく行き来してるし、既に他の『異世界の門』も設置されて、両世界の監視下の元で運用しているはずだよ」
「そんなまさか!? 向こうの大陸の文明はそれほどまでに発展しているのか……?」
「ここ1年内の話だよ。息子が色々あっちの国のお偉いさんと仕事をしていてね。その関係でここまでに至ったんだよ……つい最近だと、あっちの国々を招いて、国際会議を開いたばっかりだったね」
「既に交流も始まってると?」
「一般市民はまだだけどね。それでも……数年の内には行き来できるかもと言われてるよ」
彼女はそれを聞いて、口を開いたまま呆然としてしまう。しかし、すぐに何か考え始める。
「すぐにでも、あちらに戻れるだろうか?」
「それは……この後、やって来る息子とオラインさんに聞いて欲しいかな。私はあくまで聞いているだけから」
「いつになる?」
「さっき連絡があってね。この時計っていう時間を計る道具で短い針と長い針の2本が12を指す頃には来るはずだよ」
私は目覚まし時計を手に取り、それを彼女に見せて時計の説明をする。彼女はその便利さに驚き、まじまじと目覚まし時計を観察し始める。
「息子が来るまで、この部屋でゆっくりしていきなさい。何か困った事があったら、そこを出てすぐ隣の部屋にいるからさ」
「ありがとう……さっそくで悪いんだが1つ訊いていいだろうか?」
「何だい?」
「と、トイレ……を」
私は彼女をトイレに案内し使い方を教える。その後、彼女は再びベットで眠り始めたので、私はリビングに行き、家事などを済ませるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―お昼頃「都内・とあるマンションの一室」―
エントランスを抜け、エレベータにオラインさんと一緒に乗る。昨日の夜に、泉から母さんが魔物の女の子を保護したという話を聞き、僕とオラインさん、そして僕の鞄で寝ているレイスと一緒に、都内にある両親が暮らしているマンションまでやって来た。
呼び鈴を鳴らし、両親が住んでいる部屋の玄関先で待っていると、母さんが扉を開けて迎えてくれた。
「悪いね。来てもらっちゃて」
「いいよ。それで……例の魔物の女の子は?」
「こっちだよ……名前は……って、名前を訊くのを忘れてたわ。でも、オラインさんの事を知ってるみたいだったけど」
「儂を知ってるじゃと?」
「そうだよ」
そう言って、ある部屋の扉をノックする母さん。
「入るよ!」
「どうぞ」
中にいる女の子の許可が下りたので部屋に入ると、頭に2つの羊のような角を持つ亜麻色の髪をした女の子が、ベットの上で体を起こした状態でこちらを見つめる。はて……どことなく見たことがあると感じるのは何故だろう……。
「え? どうして……あなたが?」
「僕の事を知っているの?」
「僕……? ああ……すまない。人違いだ」
僕の顔を見て、誰かと勘違いする魔物の彼女。すると、僕の横からオラインさんが顔を出して、中を確認しようとする。
「失礼するのじゃ……え!?」
「オライン! 無事だったのか!」
「は、はい! この通り無事です! そ、それよりも……何で姫様がここにおられるのですか!?」
オラインさんを見て、無事だったことを喜ぶ女の子にオラインさんは敬語で会話をする。さらに彼女の事を姫様と呼んだ……。
「……オラインさん。彼女って魔王様のご息女ってこと?」
「は、はい! 魔国ハニーラスの王、グロッサル・アーデルク様が娘……リーリア・アーデルク様になります!」
「なるほど」
どうりで見た事がある訳だ。彼女は……祖母に似ている。
「初めまして。成島 薫です」
「グロッサル・アーデルクが娘のリーリア・グロッサルだ。貴殿の母上には大変お世話になっている……この方になんとお礼を言えば」
「いいって……あ、自己紹介して無かったね。私は成島 明菜。アンジェ・アーデルクの娘ってことでいいのかね?」
「そうなるんじゃないかな……」
魔王の名前がそうなら、姉であるアンジェのフルネームもそうなるだろう。すると、リーリアさんが何か言いたげな顔をしている。
「アンジェ……アーデルク? それは、私の叔母様の名前なのだが……」
リーリアさんが困った表情をするので、僕は逆五芒星のネックレスをアイテムボックスから取りだして、それを彼女に手渡す。
「これは我々王家の紋章……そして、青い宝石……まさか、あなたは本当に叔母様のご息女なのですか……!?」
「姫様……間違いないです。あの勇者マクベス様もお認めになられています」
オラインさんが跪きながら、僕たちの話を肯定する。それを聞いたリーリアさんは驚きのあまり、大声を上げてしまうのであった。




