390話 残されし証拠
前回のあらすじ「変異種ギアゾンビ撃破!」
―「ソーナ王国・夜光石採掘場 東通路 謎の室内」―
「ふむ……なるほど。このギアゾンビがいた通路は避難路だったようだな」
黒焦げになった変異種ギアゾンビを観察しながら話を続ける直哉。他の調査隊も、今いる室内だったり、水が吹き出した扉の先を調べていたりして、慌ただしく動いている。
「あの扉の先はすぐさま階段に繋がっていて、そのまま湖の底に出たよ。最初の入り口と同じように魔法で周囲の水を凍らせて止水しているから、すぐに埋め立て無いといけないんだけど」
「こちらですぐにやる。この施設の調査はしっかり行う必要があるからな。終わった後は……シーニャ女王と要相談だな。採掘場が近いから、その関連施設として利用出来るだろうし……必要無いなら、中の物を回収後、再び水の中に沈めてもいいだろう」
「必要無いのです? ここはイレーレ時代の貴重な建物なのですよ?」
「こいつが管理する他の施設で間に合っている。ここを無理に稼働させる必要も無いな」
僕に指を差しながら、ここが不要だと話す直哉。結局、浸水による被害でほとんどが壊れており、目ぼしい物が見つからなかった今回の調査。研究区画で保管されていた書物もボロボロでその中身を確認するのは、ほぼ不可能という事だった。
「しかし、ギアゾンビが使用した魔法無効化は使えそうだな……実験施設に組み込めれば、周囲の安全を確保しつつ実験が出来るしな」
「逆にアンドロニカスが使用出来たら脅威にしかならないんだけどね……魔法を封じられたら、まともに戦えないし……」
「そういう割には、薫兄って冷静に対処してたじゃん」
すると、別の調査隊と一緒に外へと出ていた泉たちが帰って来る。その手には錆びた鉄の筒のような物を持っているのだが……一体、何を持ち帰って来たのだろうか?
「外の止水作業は終わったの?」
「後はシーエとマーバの姉貴が、出入口の周囲を凍らせて終わりッス。それと、またセイレーンが何か見つけたッスよ」
フィーロの話が終わると、泉が手に持っていた鉄の筒のような物を、僕に渡してくる。
「最初にセイレーンが気付かなかったから、そこの扉の先の地上へと続く階段付近にあったんじゃないかな?」
「なるほど……」
僕はそれを振って、内部から音がしないか確認する。
「何も聞こえない……かな」
「よし。そうしたら拠点に行くぞ。その筒に何が入っているか確認しないとな」
僕たちは、ここを調査隊に任せて、一度拠点に戻るのであった。
拠点に戻った後、筒の中身が何なのかが分かるまで、僕たちは調査隊のお手伝いをしながら待つ。お手伝いを始めてから1時間、筒の中身の確認が終わったということで、最初に来たテントへと向かう。そこにはセシャトを付けた直哉とカシーさんにワブー、それにシーエさんとマーバが既に作業台を囲んで待っていた。
「4人とも来たな」
「中身が何なのか分かったんですか?」
「半分は分かって、もう半分は不明ね……これを見てもらえば何となく分かると思うけど」
作業台に視線を移すカシーさん。釣られて、作業台を見るとボロボロの紙が数枚置いてあった。
「内容は、この研究施設の上位の研究者の報告書……というより、殴り書きだな。どうやら、ここは魔法自体を無力化する研究が行なわれていたらしいが……ある大災害後に、実験体が突如魔法無効化の能力に完全に目覚め、手に負えなくなったため、急遽ここを閉鎖したらしい」
「大災害……アンドロニカスの行った破壊行動の事なのです?」
「私達は、そう推察しているわ。何せ紙がこんな風にボロボロだから、無事な単語を繋いで読んだだけだしね」
セシャトを外して、目頭を押さえるカシーさん。この1時間でそこまでやって、疲れが目に来ているようだ。
「つまり、これって避難時に落とした忘れ物って事ッスか」
「そういうことだ。結局、何も分からずじまいだな」
何も分からない……すなわち、イリスラークとの繋がりも分からずじまいという事か……。僕は自分のセシャトをアイテムボックスから取り出し耳に掛け、ボロボロの紙に書かれている文章がどんな風に見えるのかを確認する。
単語や文章として翻訳されて読める箇所、ただの文字の羅列の箇所とあって非常に読みにくい。改めて、よく1時間でそこまで解読した物だと関心する。
「ん……?」
一度セシャトを掛け直し、ある1枚の紙を僕は注視する。そこに翻訳されていないが、何と書かれているのかが分かる箇所があり、出来れば出て来て欲しくなかった名前が書かれていた。
「どうした薫?」
「直哉、この紙って何が書かれているか確認した?」
「それか……何かしらの契約書みたいなのだが、この中でも、非常にボロボロだからな……何の契約かは分からないぞ」
「これ……アンドロニカスの名前が載ってる。これとか途切れてるけど、この文章に何度も似たような綴りがあるから、それを組合わせるとアンドロニカスの名前が、この文章に頻繁に使われてるのが分かるよ」
僕の指摘を聞いて、直哉たちが慌てて、その文面を再確認し始める。
「本当だわ! となると、ここは『アンドロニカスに対して以下の……』」
「『終了後、アンドロニカスは……』と読めるのか。アンドロニカスは何をここに依頼をしたんだ?」
「依頼人は違うと思うよ。ほら、ここ……この箇所って、上と下の段で人の名前が書かれているように見えない? その横に押印のようなのもあるよ」
「言われてみれば……でも、肝心の契約内容が分からないわね」
「これらの紙はさらに詳しく鑑定する必要があるな。クロノスに大至急連絡を……その手の専門家を呼んでおいてくれ」
「あ、それならオリアさん経由で知り合いのお婆さんに頼んでみたらどうでしょうか。私の持っていた本の内容も知ってますから」
「それは適任者ね。すぐに依頼を掛けましょう」
そう言って、МT-1を手に取りカシーさんが連絡を取り始める。直哉も隣のテントにいる他の研究者と話し始め、徐々に周囲が慌ただしくなっていく。
「っと。すまないな……4人の仕事はここまでだ。それとシーエとマーバもだな。詳細が分かり次第、追って知らせる。面倒ごとを頼んで悪かったな」
「構わないよ。これが仕事だし……」
「色々、SAN値が削られたけどね……しばらくはホラーゲームはいいかな……」
泉の発言にレイスとフィーロも頷く。今回のギアゾンビたちは一部腐食した生身の肉体に、無機物の金属が食い込んでいたり、謎の管が体に縫い付けられていたりと、かなり痛々しい姿をしていた。そして……倒すためとはいえ、ひたすら首を切断して体から切り離すというのは色々精神的につらい物があった。
「そうッスね……でも、来月には新作のゾンビゲームをやってそうッスけど……」
「あ、私も楽しみにしているシリーズなのです! 一緒にやりたいのです!」
「そうしたら……薫兄の家で、皆で夜通しでやるわよ! いいよね薫兄?」
「切り替え早過ぎだから!! さっきまでのテンションどこにいったの!?」
3人の切り替えの早さに、思わずツッコミを入れる僕。僕と同じ気持ちだったのだろうかシーエさんとマーバも呆れた表情を浮かべるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―1週間後「セレクトショップこもれび・店内」―
「いらっしゃい。待ってたわよ……さあ、席に座ってちょうだい」
地下施設の調査から1週間後、解読作業が終わったという連絡を『こもれび』の店主から受け、僕とレイスは泉たちと一緒に店主のお店までやって来た。店主が抹茶ラテを出してくれた所で、解読結果についての話が始まる。
「これが解読した結果よ。ボロボロで読めない場所などは括弧して空欄にしているわ」
店主から渡された紙に目を通す。元の文章はボロボロで穴あきばっかりだったのだが、渡された紙に書かれている文章は空欄がかなり少ないように感じる。
「凄いッス……」
「おばあちゃん。これってどうやって空欄を埋めたの?」
「オリアから依頼を受けた後、実際に現地に赴いて、あの地下施設やゾンビを確認してきたの。それで得られた情報を推測で当てはめたのよ。間違っている可能性もあるけど……かなり精度は高いと思うわ」
「凄いのです……調査も含めて1週間で終わらせたってことなのですよね……」
「暗号って訳じゃないし、あれらの文字を読み解くため鍵も既に揃っていたからね……結構、早い段階で解析は粗方終わっていたわ。むしろ、抜けている箇所には何が入るのかを他の奴らと話し合いしながら埋めていくのが一番時間が掛かったわよ」
「そうなんですね……ありがとうございます」
「礼はいらないわ。あの噂の異世界に旅行できたのだから……こちらでは味わえない体験して満足だわ。それで……そちらのお兄さんは、その報告書で満足できたかしら?」
「え? あ、はい……」
「……やっぱり最後の契約書の解読が不満かしら?」
「そうですね……」
店主のお陰で、推測が混ざっているとはいえ、あの施設が作られた理由から破棄されるまでの状況が理解できた。しかし……最後のアンドロニカスの名前が載った契約書に何が書かれていたのかは不明のままだった。
「肝心の場所がボロボロ過ぎて読めなかったからね……復元できないか検討もしたし、試しもしたんだけど……ダメだったそうよ」
「しょうがないですよ。むしろ、アンドロニカスはグージャンパマを滅ぼす前にこの施設の技術を使って何かをしていたのが分かったんですから。それだけで十分ですよ」
「あら。そうなのね……てっきり、アンドロニカスに何かしたんだと思ったんだどね」
店主の一言に、僕は再度、契約書の内容を読み直す。契約書にはサインの他に幾つかの単語と『アンドロニカスに対して以下の……』と『終了後、アンドロニカスは……』の2文しか分かっていない。しかし……その2文の内容を考えたら、そう読み取れなくもない。
「確かに……そう読めますね」
「まあ、私はアンドロニカスについての情報は聞き伝えで聞いているから、そう感じたのかもしれないけどね……お替りいるかしら?」
「あ、お願いします!」
お替りを淹れるために店主が席を離す。泉たちが仲良く話している中、僕はその契約書を見つめ、そこに何が書かれていたのか、アンドロニカスは何をしたのか……いや、もしくは何をされたのか……。僕は答えの乗っていない紙を眺めながら、想像を膨らませるのであった。




