383話 選択を迫られる方々
前回のあらすじ「空中庭園デメテルのツアー開始」
―その日の夕方「空中庭園デメテル・屋敷 大広間」―
「ポウ!」
「ありがとう……」
私は人ではない者に感謝を述べてから、それが持ってきたコーヒーを受け取る。私がコーヒーを受け取ると、それは別のツアー参加者を接待するために私からすぐ離れていった。この空中庭園デメテルと言われる施設を丸1日掛けてのツアーに参加中であり、今はこの施設を運営する中で、一番の重要な施設であるこの屋敷で、簡単な食事をしながらの懇談会が開かれている。
「……」
その人ではない者……ミニポウと呼ばれる物の動きを目で追いかけつつ、私は受け取ったコーヒーを口にする。ほのかな苦みとフルティーな酸味が絶妙で、かなりいい豆を使っているようだ。
「この豆……さっきの建物か」
グージャンパマにとって珍しい植物として、地球の植物を育てている建物がここにはあり、そこで見た植物にコーヒーの実をつける木も育てられていたはず……そうそう、そこではエリクサーと言われる万能薬の素材となる植物も育てられていたな。
「どうだ? お前の口に合ういいコーヒーだったか?」
「ああ。お前とは違って素直でいいコーヒーだな」
「ふっ。豆と比べられるなんてな……」
今日のツアーの事を思い返している俺に、声を掛けて来た1人のスーツ姿の男、そのまま俺の横に来て俺と同じコーヒーを静かに飲み始める。
「……で、何の用だ?」
「今回のこの催し……明らかに仕組まれているな」
「当然だ。敵対する国の大使がこうも互いに顔を合わせているのだからな」
今、隣にいる男……この男の国と私の国では現在、国境を挟んで睨み合いが続いている。一時期は戦闘の気配もあったが……それはある理由で両国とも撤回している。
そして、ここにいる政治家や大使は、隣国と戦争や紛争に発展しそうな問題を抱えている奴らばっかりである。そして他にも共通点がある。
「取材陣はそれなりに信頼のある所ばっかりだな……そして、俺達、政府関係者は……こちらの存在を知らなかった奴らばっかりだ」
「この話題の中心である日本に、アメリカ……それらと関係の深い国の政府関係者は1人もいない。これは即ち、彼らは既に深いところまで、異世界の情報を知っているという事だろう? そして……俺達に選択を迫っている……」
「だろうな……」
およそ4ヶ月前、日本が竜人と言われるドラゴンたちと、国内で起きていたバイオハザードの解決のために協力関係を結び、その直後にヘルメスの幹部クラーケと所有する研究船を拿捕するという出来事があった。妖狸と言われる女性が、雷を纏った神の使いと彷彿させるような存在を呼び出した時から、日本には警戒をしていたが、我が国で本格的に動いたのは、その出来事からである。
すぐさま国内では会議が行われ、日本で大使をやっている俺に情報を集めるように指示……いや、命令が下った。それから今日まで日本で得られたグージャンパマの情報を逐一、本国に送っていた。そして……今回の空中庭園デメテルへの見学の権利を得られた際には、願ってもないチャンスだと首相から電話で激励されつつ、今回のツアーで得られる情報はどんな些細な事でも報告するようにと命令されてしまった。
今の日本……いや、異世界グージャンパマの期待はそれほどまでに高い。そして、その期待は裏切られることなく、今回のツアーで多くの情報を得る事が出来た。
空中に巨大な陸地を作りだす技術とそこまで行くエアカーゴなる乗り物。自立型2足歩行ロボットであるコッペリアの存在。日本で起きたバイオハザードを収束に導いた薬の材料であるエリクサーを作る植物工場……これだけでも、地球に大きな影響をもたらすだろう。
「もはや、一刻の猶予もない……か。ここで追随しなければ、俺達は確実に置いていかれる」
「……そちらは何を本国に伝えるつもりだ?」
「下手な面倒ごとを起こすな。そちらとの国の問題も……な」
「同感だ……資源を巡って、そちらとは敵対していたが……グージャンパマの技術があれば、それら全てが解決してしまうしな。ここで争って、恩恵を受けられないのが一番の痛手だ」
「ああ」
隣の男の意見に同意する俺。俺の国とこの男の国が争っている理由は国境上にある水資源である。しかし、汚れた水をたちまち飲み水に変えてしまう浄水器が密かに流通した時、俺とこの男の国はそれを大量に購入。その浄水器……アクアゼロをあっちこっちに設置することで、たちまち水問題が解決してしまった。
そのため、国境上にあった川や湖などの水の利権による争いがどうでも良くなってしまった。しかし、一度振り上げた拳を下すタイミングが分からずに、互いに睨み合いが続いていたのだ。ちなみに、その浄水器がこのグージャンパマの技術を使って作られた物だと分かったのは3ヶ月前……あの他のツアー参加者たちへ愛想を振りまく妖狸が議事堂で公表した事がきっかけだった。
「今までのことは水に流したい」
「こちらもだ。すぐにとはいかないが……迅速に改善出来るよう努めよう」
「ああ。出来れば……この件に関して協力を結べるように、私の方から進言する」
俺はそう言って隣の男と握手をする。我が国も私の意見に理解してくるだろう……空飛ぶ島に建てられたこの施設。そして、そこに詰め込まれたオーバーテクノロジーが映った映像を見るのだから……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻―
「……どうやら、あそこの大使らは停戦協定を結んで、協力関係を結ぶそうです」
「聞いてたんですか?」
「ミニポウが聞き取った声は、私も聞くことが出来ますので……」
とんでもない秘密を教えるセラさん。まさか、ミニポウ達にそんな機能があったなんて……。
「それは良かったですわね! 今後は仲良くやっていきたいものですね!」
「アリーシャ様……仮に、よりいがみ合うようでしたら、どうされていたんですか?」
「特に何もないですよ? 変わらない日常が続くだけです」
そう言って笑顔を見せるアリーシャ様。変わらない日常……つまり魔石や魔法の恩恵を受けないままの日常と言いたいのだろう。
「他の方々も、似たような話をされてますね」
「まあ、今回来ている要人達はギリギリ合格って所だもの……むしろこうでなくてわね」
「ええ……全く」
そう言って、悪い顔で笑い合うアリーシャ様とミリーさん。デメテルのツアーが終わり、今はデメテルの統括管理施設である屋敷の大広間で懇談会を行っている最中である。
ちなみに、今回のツアーの内容は、僕たちがセラさんとポウに案内してもらった時と同じ内容であり、工房や植物園、それとそこまで行く時に見る事が出来る大小様々な庭園を見学し、最後は展望台からこの施設を一望してもらってツアーは終了している。
また、その際にここにいるあの警備用のコッペリアも紹介している。明らかに戦闘モデルであるその姿を見て、カッコイイと意見を述べる者が入れば、兵器としての危険性を危惧する声も聞こえた。その際に、この空中庭園デメテルがただの観光地としての利用方法以外にも、彼らコッペリアと僕たち人類の付き合い方を模索する場所でもある事を話している。
コッペリアという無機物で作られた意思を持った人形……それらに人権はあるのか? 仮に人権を与えられないと判断した際に、コッペリアたちをただの道具として扱うのか? それらの課題を、この浮島でゆっくり解決案を出していければいいな。というのが僕の考えだったりする。
「それで妖狐さんと相棒の精霊さんにご質問ですが、これらのツアーは今後とも開かれるご予定はあるのでしょうか? もしあるとしたら次回はいつごろに?」
「えーと……それに関しては……」
ふと、そんな会話が耳に入って、そちら側を振り向くと、泉とフィーロが取材を受けていて、どう返答しようか困っていた。
「少し席を外しますね」
「私も一緒に行くのです」
僕はレイスを連れて、取材を受けている泉たちに近づく。
「どうかされましたか?」
「あ、妖狸! 今後のツアーに関しての質問なんだけど……」
「それだったら、まだ検討中です。今回のツアーでも色々改善点があった事ですし……当面はここの設備改善を優先。ツアーの実施は……他の関係各所とも相談しながらですね」
「それじゃあ……すぐには2回目は行われないという事でしょうか?」
「そうなのです。この施設は観光地以外にも、様々な用途で使われているのです。そちらの用途が安定したら、定期的にツアーを行う予定なのです」
「そうですか……出来れば、いつ頃とか分かればニュースの締め括りに使えるんですが……」
「そうですね……少々お待ちを」
僕は泉たちも呼んで、一度アリーシャ様の所へ戻り、短い話し合いをする。話し合いを終えると、僕だけが再び戻る。
「お待たせしました……今季の冬頃に行う予定です」
「冬ですね! ありがとうございます!」
「それと、今回は各国の要人、テレビ局に大手出版社の方々限定で行いましたが、次回は一般の方もお呼びする予定です。応募方法などの情報は、笹木クリエイティブカンパニーから発信させて頂きます」
「「「「おおー!!」」」」
先ほどから取材をしていた人たち以外の取材陣も声を揃えて、その発表に喜びの声を上げる。次回は一般の方の応募も受け付けると言ったが……果たしてどれだけの数が集まる事やら……。
こうして、特に目立った混乱が起きることなく、今回の空中庭園デメテルのツアーは終わった。これでしばらくはゆっくり出来る……とはいかなかったのであった。
―クエスト「空中庭園デメテルのおもてなし」クリア!―
報酬:施設内の改善点、戦争・紛争の締結




