37話 スタードッキリ大作戦(ただし寝起きバスーカはない)
前回のあらすじ「バカ社長登場。」
―「笹木クリエイティブカンパニー・第一工場前」―
僕は自動ガム製造機という名のガラクタの前に立つ。僕より2周りデカいガラクタ……普通にやったらびくともしないだろう。
「薫さんが1人加わってくれるのはありがたいけど、かなり重いぜ」
「大丈夫だよ。僕これでも力はあるから」
「そうか? うーん……どうする紗江さん?」
「重いので、人数は多いほど助かりますが……」
「といあえず、試しに押してみてもいいかな」
「まあ……いいですけど」
僕が一度押してみるということで、ガラクタを押して運んでいた人たちが退く。皆、止めといたほうがいいって思ってるのだろう。僕はそんな事を気にせずにガラクタに手を当てて呪文を唱える。
「虚空」
手を当てた時に動かないと思っていたガラクタが軽く押すと少し動いた感じがする。無事に動くのを確かめたところで、そのまま片手でガラクタを軽々と押していく。
「…………………へ?」
長い沈黙の後、紗江さんが間の抜けた声を出す。
「うっそー……」
「俺、夢でも見てるのかな? しかもあの機械、少し浮いてないか?」
「俺も……そう見える」
紗江さん以外の従業員からも驚きの声が聞こえる。ふと、直哉の声が聞こえないと思って、ふとそちらを振り返ると、直哉は驚いた表情のまま固まっていた。
「か、薫?君どうやって動かしているんだい?」
僕と目が合ったところで、意識を取り戻した直哉がどう運んでいるのかを訊いてくる。
「何って、片手で押してるだけだよ?」
僕はそう言って、ガラクタを押して動かす。それを見た従業員から再び驚きの声が上がっている中、直哉は話を続ける。
「いや! 君は自分が何を言っているか分かっていってるのかい? 大人数人でコロを入れてやっと動く物体を、君は片手で、しかも指の力? いや、摩擦力か? とにかく持ち上げて動かしているんだぞ。しかも今の君の手を伸ばした姿勢なら、仮に持ち上げられてもバランスか悪いから横転するはずだぞ!?」
「うーん……まあ、いいじゃないの。で、紗江さん。これどこに運ぶ?」
「え、えーと。あちらの倉庫に……」
「あっちね。分かった」
そのまま、ガラクタを押して運ぶ。重さは全くなく楽々と動かし倉庫内に入る。
「ここでいいかな?」
「あ、はい。そこです」
ここで、魔法を解除して下ろす。ほんの少し浮いていたため下ろした時に重々しい音が倉庫内に反響する。
「よしと」
ポケットから顔を除かせていたレイスと笑顔でコンタクトを取る。ドッキリ大成功……しかし、もう少し驚かせたい。
「その段ボールもこっちに運ぶのかな?」
紗江さんの近くにある2台の台車に指を差す僕。それらの台車にはたくさんの段ボールが積まれていた。あのガラクタを運ぶ際に一緒に運んでいたのが見えていたので、ガラクタの備品だろう。
「あ、はい。そうです……」
「そうか……」
僕はその2台の台車に近づき、指輪を嵌めた方の腕を前に出す。
「じゃあ、これも運ぶね……収納」
そして、それらをアイテムボックス内に収納する。
「「「「「「…………………へ?」」」」」」
今度は全員で一斉に間の抜けた声を出す。まあ、当然の反応だ。コインとかが消えたとかならともかく、数箱分の段ボールが一瞬にして消失したとしたら、何が起こったのか理解するのは難しいだろう。
「じゃあ、このガラクタの隣に置いとくよ……解放」
僕はそのまま倉庫まで移動して、ガラクタの横に、綺麗に積み上げられた段ボールを出現させる。
「「「「「「…………………」」」」」」
消失したと思ったら、今度は何も無いところから出現する……不可思議な現象を見た笹木クリエイティブカンパニーの一同は、驚きのあまり黙ってしまった。
「……は!? 運び終わっている!?」
驚きの余りに考えることを放棄していた紗江さんが復帰した。それを皮切りに他の人達も意識を取り戻していく。
「ふふふ……。ありえない。物理法則を完全に無視? そんなことがあってたまるか。きっと何かしらトリックがあるはずだフ、フフフ……」
あ、直哉がショックのあまり壊れた。ショックが強すぎたか……。
「しゃ、社長! しっかりして下さい。薫さん確か童貞ですよね? きっと30歳過ぎて魔法使いに進化したんですよ!?」
「いや。2人とも落ち着いてください。というか薫さんに対して失礼な気が……でも俺達も何が起きているか理解できないんだよな……」
「飛翔」
皆が困っている中、僕は最後のドッキリを仕掛ける。
「紗江さん酷いな……僕をバカにしてないかな?」
飛翔で皆を見上げる位置まで飛び、そこで足を組むポーズを取る。
「う、浮いている!? これは、やっぱり夢!?」
「なら、うちらって仲が良いですね……薫さんが足を組み、両手を膝の上に置きながら宙を浮いているように見えるんですから」
「アリエナイアリエナイアリエナイアリエナイアリエナイ………」
「あ、社長が壊れた」
「夢……夢か……。これが夢なら、薫さんってサキュバス的ポジションですかね?」
「紗江さん。薫さん男ですから。インキュバスですよ?」
なんで話の方向がそうなる……? とにかくそろそろネタ晴らしするとしよう。
「ごめん。ごめん。仕事の話をする前に、ちゃんと魔法を見せた方がいいと思ってさ」
「魔法……あの30歳まで童貞を貫くと魔法使いになれるって噂って本当だったんですね」
「紗江さんしっかりして下さい。これは冗談……じゃなくてやっぱり夢なのかな?」
「いいえ。今、頬を抓ったら痛かったので夢ではなさそうです」
「マホウ? マホウナンテアルワケナイジャナイカ?」
「社長そろそろ戻ってきてください」
紗江さんがどこから出したか分からないハリセンで直哉の頭を叩く。
「は!? ありえない。魔法使い何て」
「レイス出てきていいよ」
レイスが僕のポケットから出てきて、皆の周りを飛び回る。
「初めましてレイスと言います。よろしくなのです」
「……」
直哉にまたまたショックを与えたようだ。立ったまま微動だにしない。
「妖精!! え、これって妖精ですよね!? ロボットとかじゃないですよね!?」
紗江さんも一瞬驚いていたが、すぐさまに興味を持って訊いてくる。
「僕たちは精霊って呼んでるけどね」
「精霊も同じようなものじゃないですか!! まさか、さっきのってこの子が?」
「レイスと僕だね。精霊と契約すると、こんな風に魔法が使えるようになるんだ」
「すごい! まるでお伽噺じゃないですか!! うわー……私憧れますよ!! 魔法の箒とかステッキとか」
「箒なら泉が乗っているよ」
「乗せて下さい!! 子供の頃の夢を叶えさせてください!!」
「それは無理……いや、さっきのガラクタに施した術を使えば……」
「箒、すぐ持ってきますね!!」
紗江さんが急いで、工場の中に入っていった。竹箒を持ってくるだろうか、それとも箒が無くてモップを持ってくるだろうか……。
「……」
「えーーと……直哉」
固まった直哉に声を掛ける。そろそろ戻ってもらわないと僕が困ってしまう。
「え、う、うん。何かな!?」
「ということで、仕事の依頼なんだけど」
「わ、分かった。とりあえず事務所で聞こうじゃないか」
「りょーかい。あ、それと……」
全員が見渡せるような位置に僕は着陸。そして……指を口に当てて……。
「これ秘密ね」
口外しないように口止めをしとく。
「君。そのポーズするから女って揶揄われるんだよ」
「え? しないかな?」
「する人もいるけど、君の場合は可愛いポーズにしかならない。ここにいる従業員全員、男女問わずメロメロにするんじゃない」
「社長の言う通りだ。ドキッとしたよ」
「お姉さま……」
「……何でこうなるんだろう」
イメージとしては、イケメン男性キャラがやるようなカッコイイ感じでやったつもりなのに何で上手くいかないのだろう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数十分後「笹木クリエイティブカンパニー・事務所」―
敷地内にある事務所に案内されて、そこでお茶を飲んで一息つく。
「うわー!!」
その横で、紗江さんが嬉々しながら宙を浮いている。あの後、竹箒を持ってきたので虚空で浮かしてあげたのだが……上手くいって良かった。
「すごい! すごいですよ社長! 私、飛んでますよ!」
紗江さんが子供のように無邪気に喜んでいる。その様子を見ていた他の従業員もその姿を見て玩具を見る子供のような目で眺めている。
「夢が叶ってよかったな……さて、それで薫。仕事の話の前にコレについて話を訊きたいのだが?」
「もちろん。でも、かなりぶっ飛んだ話になるよ」
「さっきのでそこら辺は理解してる。既に1回私の頭がパンクしたからな。だから見せたんだろう? 魔法を……そしてそこにいる精霊を」
「美味しいのです!」
直哉の見る先には、レイスが机の上に行儀良く座り、お茶菓子である羊羹とお茶を味わっていたところだった。
「まあね」
「全く君らしいドッキリだったよ。非常識だがね」
「その非常識に直哉たちを引き込もうとしてるんだけどね僕は」
僕のその言葉に、直哉が笑みを浮かべる。自分の知らない未知の知識、技術が手に入ることに歓喜しているのだろう。
「さあ、話すがいい。もはや昨日までの常識は崩れた。その非常識飲み干してやろう!」
「それじゃあ……あれは約1ヶ月前なんだけど………」
この後、飛ぶ事に満足した紗江さんも混じり従業員全員にこれまでの話をする。事の始まり、王様との謁見、レイスとの出会いに魔法の習得、話が終わる頃にはお昼を過ぎていた。
「ははははははは!!!!」
「大丈夫ですか社長?」
「大丈夫じゃないよ!? 今まで誰も観測できなかった物質である魔力がこの世界にも存在し、知識次第で思い通りにできる。しかも異世界の存在の証明! これらを知って興奮しない研究者はいない。魔法と科学が合わさった時どうなるんだろう? 今からでもワクワクするよ! 薫……君たちが名付けた魔導工学は良い響きだよ!」
「ありがとう……で、どうかな? 引き受けてくれるかな?」
「勿論だとも!! こちらの世界での科学者として初めて魔法の研究ができるってことだろう?」
「でも、報酬とかどうするんですか? 私達もタダとは……」
「あちらの技術を使って機械を作ったら……どうなると思う?」
「それは……売り方次第ですが、大儲けできますね。でも、あちらの人々はいいのですか?」
「一国の王から一任されているから問題無いよ。それに……僕としてはここにしか頼めない」
「それってどういうことなのです?」
レイスがお茶を飲みながら、僕に訊いてくる。
「まあ、そうなるな……」
「あ~……私も分かりますね。薫さんの考えている事……」
「あの~。申し訳ないのですが、私にも教えて欲しいのです」
「ちょっと待ってください。ホワイトボードに書きながら説明しましょう。知識の統一は大切です」
「その通りだね。それじゃあ私が説明するとしようか!」
直哉がボードマーカーを手に取り説明を始める。
「薫が私に頼んだ理由は情報漏洩の防止だ」
「ジョウホウロウエイ?」
「要は他に情報が漏れることだ。今回の情報が漏れるのはかなりヤバい。私の会社の従業員は十数人。全く漏れる可能性が無いとは言えないが大人数の企業に頼むよりはいい。それでいて全員が優秀だから大体の事はここでできるだろう」
「情報が漏れるとヤバいとは?」
「まずは国家バランスが崩壊する。魔力という無限エネルギーに、半永久的に使用可能な魔石……。燃料を他国に依存しているこの日本では喉から手が出るほどの物質だ。これをこの国が手にしたとなれば他国が黙っていない。それに、これを軍事利用すれば半永久的に動くドローン偵察機に爆撃機なんていうものが作れてしまう」
「えーと? ドローンとは?」
「説明するより見せた方がいい。紗江持ってきてくれ。小型のでいい」
「分かりました」
そう言って、紗江さんは部屋を出ていく。直哉はソファーに寄りかかってお茶を飲んだ。
「レイスだったかな?」
「は、はいなのです」
「君たちは運がいい。一番最初に会った人物が薫だったのは。これから話す内容は、もし薫以外の人物にあっていたらどうなっていたか……という可能性の話にもなるからな」
「はい?」
そう言って、お茶をまた口に含む。その表情は未知の技術に興奮している自分を無理に落ち着かせているようにも見えたし、これからこの会社をどう上手く舵取りをしていくかを考えているようでもあった。




