379話 ヴァルッサ VS カバタマス
前回のあらすじ「決闘1時間前の話」
―「ガルガスタ王国・王都の近くにある花畑」―
「……」
カバタマスがいる花畑に到着したヴァルッサ族長は馬から降りて、花畑を見通せる位置に座っているカバタマスへと一歩ずつ近づいていく。僕たちもシエルから降りて、ヴァルッサ族長の後に続く。
「……」
僕たちが来たことに気付いているカバタマス。カバの獣人というので、どれだけカバに近い姿をしてるのかと思ったが、似ているのは頭の上に付いている耳だけであって、それ以外は普通の人間と同じだった。黒い魔石で不自然な筋肉ダルマ姿になっているとも聞いていたのだが……他の筋肉ダルマより、すっきりとした体型であり、過剰な筋肉が少ないため素早い攻撃もできるだろう。
「……」
カバタマスは耳だけを動かすだけで、そこから一歩も動かない。
「……兄貴」
ヴァルッサ族長が呼びかける。すると、カバタマスは無言のまま、ゆっくりと立ち上がり、ヴァルッサ族長の方へと振り向き両手を前に構える。
「……」
ヴァルッサ族長も静かに2振りのナイフを手に取る。それを見て、僕とレイスは少し離れた場所でその戦いを見届けようとする。
「ガアッ!!」
カバタマスが声を上げ、ヴァルッサ族長へと突っ込む。無駄な筋肉が無いため、その移動速度はかなりのスピードであっという間にヴァルッサ族長との距離を詰める。
ヴァルッサ族長もすぐさま反応して左へと逸れる行動を取る。それと同時に一気に距離を詰めたカバタマスが渾身の右ストレートを繰り出す。繰り出したパンチはヴァルッサ族長が先ほどまでいた場所……アレをまともに喰らったら、大怪我では済まないだろう。
しかし、その大振りのパンチのお陰で、カバタマスに大きな隙が出来る。ヴァルッサ族長は素早くナイフを振って、カバタマスの左脇と左腕を斬りつける。
「チッ!」
舌打ちをしつつ、素早くその場から距離を取ろうと行動するヴァルッサ族長。カバタマスの体に切り傷は無く、ナイフによる攻撃が効いていないのが分かる。それを証明するかのようにナイフの攻撃を受けた左腕を素早く振って、ヴァルッサ族長に攻撃を仕掛ける。ただし、ヴァルッサ族長の回避行動の方が早かったので、その攻撃をスレスレでヴァルッサ族長が避ける。
「ふう~……」
「……」
距離を取り、互いに睨み合う。すると、今度はヴァルッサ族長が攻撃を仕掛ける。カバタマスはカウンターを仕掛けようとするが、ヴァルッサ族長はその前にナイフに取り付けられたジェイリダの凍結魔法を使って、カバタマスの体を動きを鈍くさせる。
「おらよっと!」
カバタマスのカウンターを避けて、関節部への攻撃を繰り出すヴァルッサ族長。けれども、その攻撃をカバタマスは少しだけ体を逸らすことで、関節部へのナイフ攻撃を避けてしまった。
「フー!!」
そして、素早く蹴りを繰り出すカバタマス。ヴァルッサ族長はタイミングよく後ろに飛んで、蹴り攻撃の威力を弱めるが、その蹴りでヴァルッサ族長は遠くへ吹き飛ばされ地面を転がっていく。しかし、ヴァルッサ族長は素早く立ち上がって、すぐさま体勢を整え、これ以上の反撃をさせないように警戒をする。
「……」
「……」
一瞬の静けさ。構えたまま、互いに睨み合っている。
「(……薫?)」
「(うん?)」
小声で僕を呼ぶレイス。2人から大分離れた場所で見ているので、わざわざ小声で話す必要な無いのだが、2人の白熱した戦いを見て、なるべく邪魔にならないようにしたいのだろう。僕も合わせて小声で話を続ける。
「(このまま、本当に手を出さないのです? この戦いカバタマスの分があるのです。先ほどからヴァルッサ族長の攻撃が一向に効いていないのです)」
「(そうだね……)」
ヴァルッサ族長の不利な状況を見て心配するレイス。確かにあまりにも不利な状況であり、本来なら僕たちが介入するべきなのだろう。しかし……。
「(今は出せない。まだ、決着が付いていないし……2人とも僕たちに手を出してほしくないはずだしね)」
「(2人……カバタマスは意識が無いんじゃ……)」
「(あるよ。決闘を始めた直後、こちらをしばらくの間、警戒してたから……でも、今は全く警戒していないけどね)」
「(どうしてなのです?)」
「(決着が付くまで、僕たちが手を出さないって分かったんだろうね。だから……)」
「(だから?)」
「(ごめん。何でもないや……とりあえず、危なくなったらちゃんと手出しするから安心して)」
そう言って、2人の戦いに集中する僕。恐らく、カバタマスはこの戦いに全てを賭けている。勝っても負けても、決して悔いが残らないようにするためにも……。
僕とレイスは会話を止めて、再び2人の戦いに集中する。すると、睨み合っていた2人がほぼ同時に走り出し、再び激しい戦いを始める。
2人の戦いはかなり激しく、互いの攻防が目まぐるしく入れ替わる。相変わらず、ヴァルッサ族長の攻撃は一向に有効打が無い。反対にカバタマスの攻撃はヴァルッサ族長に効いてはいるのだが、ヴァルッサ族長がギリギリのところで避けたり、威力を軽減させたりして致命打を与える事が出来ていない。
そんな戦闘を見届ける僕たち。互いに手を休ませることもなく。そんな戦いが15分ほど繰り広げられた所で、戦況が変わる。
「ウガーー!!」
「がっ!」
カバタマスの渾身のパンチが、ヴァルッサ族長の左腕に直撃。ヴァルッサ族長は素早くカバタマスから距離を取って、これ以上の攻撃を喰らわないようする。しかし、その際に左腕に持っていた武器は地面に落としてしまい、その左腕を力なくぶらつかせる。
勝機と見たカバタマスがそこで猛攻を仕掛けようとする。防御を捨て、ヴァルッサ族長にトドメを刺そうとしている。そして、それに気づいたヴァルッサ族長は右手に持っていたナイフを地面に落としてしまう。
「危ないのです!!」
レイスが叫ぶ。武器を持たないヴァルッサ族長がこのままカバタマスの攻撃を喰らったらひとたまりもない。しかし……ヴァルッサ族長はまだ諦めていない。何故なら……まだ奥の手を出していないからだ。
ヴァルッサ族長は、空いた右手でガンホルダーから魔導銃を取り出し、それを前にいるカバタマスへと銃口を向ける。銃という武器が無いグージャンパマ。恐らく、カバタマスはそれが遠距離武器だと理解するのに時間が掛かっただろう……その、一瞬の隙が勝敗を大きく変える。
「終わりだ兄貴!」
そう言って、銃の引き金を引くヴァルッサ族長。乾いた音が周囲に響き渡り、貫通こそはしなかったが、カバタマスのその左胸に風穴が空く。この戦闘で初めてのダメージを喰らったカバタマス……何が起きたのかが分からずに、空いてしまった自分の左胸へと視線を向けたため、ヴァルッサ族長から一瞬だけ視線を外してしまう。
ヴァルッサ族長はその一瞬の隙を狙って、魔導銃をその場に捨てて、地面に落としてしまったナイフを素早く拾い上げる。そして、一気にカバタマスとの距離を詰め、右手に持ったナイフを魔導銃で空いた穴へと思いっきり突き刺す。
「……ガハッ!」
左胸にナイフが深く刺さったと同時に吐血するカバタマス。ヴァルッサ族長が刺したナイフを抜くと、カバタマスの左胸から血飛沫が盛大に吹き出す。
「はあ……はあ……」
肩で息をするヴァルッサ族長。その間も、カバタマスの左胸の出血は止まらず、吹き出し続ける。そして……ついにカバタマスが仰向けに倒れてしまった。
決着が付いた所で、僕とレイスはヴァルッサ族長へとすぐに近寄る。
「は、ははは……!」
すると、口から血が流れているカバタマスが笑い始める。
「兄貴……やっぱり、意識があったんだな」
「……半分当たりだ。この異形なった直後は見境もなく、暴力を振るったからな……ヴァルッサ……」
ここで、カバタマスがヴァルッサ族長の名前を呼ぶ。それからゆっくり目を瞑り……その続きの言葉を告げる。
「見事だ……新しき王よ」




