377話 決闘する理由
前回のあらすじ「少し変わった依頼」
―午後「レルンティシア国・仮役場 食堂」―
「決闘の依頼ですか……」
「そうなのです。ヴァルッサ族長自ら前王と決闘するのです。とは言っても、お相手のカバタマスは既に理性は無いので、両者の合意とかは無いのです」
そう話をした後、出されているクッキーを頬張るレイス。あの後、素材をガルガスタ王国へ届け終わった僕たちは予定通りアリーシャ様との打ち合わせにのために、今度はイスペリアル国へと来ている。
「それは……随分、何か裏がある話ですね」
「やっぱりそう思いますか」
今は休憩中で、話のネタとして今日、ガルガスタ王国であったことを話している。それでヴァルッサ族長が決闘する所までの話をしたところである。
「ヴァルッサ族長は今のガルガスタ王国の代表であり、リーダーです。自ら指揮を取ることはあったとしても、自らの手で前王……しかも、化け物に堕ちたより危険な相手と一対一で戦うのはあまりにも無茶です」
「そうですよね……」
「もしかして……ヴァルッサ族長は自ら王と名乗るつもりなのでは?」
すると、ミリーさんがお茶の入ったポットなどを手に、僕たちところまでやって来る。
「紅茶だけどいいかしら?」
「ありがとうございます……それで、王を名乗るというのは?」
「よくある話よ。前の王を倒して、自ら新しい王を名乗るつもりじゃないかと思っただけ……まあ、それをすることで、ヴァルッサ族長に何の利益があるのかは分からないけど」
「利益……か」
そのミリーさんの言葉に、ヴァルッサ族長が今回の決闘で何を得られるのかを改めて考える。今回の決闘の準備段階で得られる強力な素材で作られた武器や防具という物としての報酬、暴君を完全に討伐したことによる周囲の羨望や支持という信頼という名の報酬……どちらも自分の命を賭けてまで、ヴァルッサ族長が得ようとする必要な無い。
強力な素材で作られた武器などは、今のグージャンパマだと周辺各国と変な軋轢を生んでしまい、国家の運営に支障をきたす可能性がある。信頼も善政を敷いているので、これ以上の国民との信頼を得るよりも現状維持するのが得策である。
そうなると、利益度外視で何か事情があるのかもしれない。
「考えてみたんですけど……特に思いつきませんね」
「そう……」
「あ、そういえば……お花も頼まれましたね」
「お花ですか?」
「そういえばそうだったのです。確かシオンの花だったのです」
「お花……ね。そうなると、何かしらのケジメを付けるためかもしれないわね」
「そうなりますよね……」
ミリーさんと同じで、お花を頼まれた時にはそう思っていた。
「相手に手向ける花として、シオンの花を選んだ。きっと、何かしらの縁がある花だと思うんですよね。まあ、毒があれば毒殺用にとも思ったんですけど……武器でやり合う以上、必要なさそうですもんね」
「シオンには毒は無いですよ。むしろ……地球のと同じで漢方薬として使えはずです」
「それなら、やっぱり前者の予想ですかね」
「予想だけどね。そうしたら、明日の指導の際に聞いちゃったら? 隠すことなら言わないでしょうし」
「ミリーの言う通りですね。薫さん。今ここでヴァルッサ族長が離れるのは、我々としては痛手になります。どうか決闘に勝てるように計らってくださいね」
「出来る限りの事はしますよ」
「最悪、決闘に割って入るのです!」
「ええ。お願いしますね」
アリーシャ様たちとそんな会話をしながら、ヴァルッサ族長の明日の武術指導でいい稽古が出来るように頑張ろうと心掛けるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―翌日「ガルガスタ王国・演習場 武器庫」―
「どうですか?」
「うーーん……迷うな」
翌日、ヴァルッサ族長に早速武術指導を行う……はずだった。
「特に今までこれで困った事が無かったからな……」
腰に付けている2振りのナイフに手をやりながら、演習場にある武器を眺めるヴァルッサ族長。
何をやっているのかというと、ヴァルッサ族長の武器を選んでいるところである。一応、ヴァルッサ族長のメイン武器は腰に付けている二振りのナイフなのだが、今回の相手が黒い魔石による強化で、こちらの武器による攻撃が通りにくい可能性があるので、ナイフより攻撃力のある予備の武器を選んでいる最中である。
「お前さんのオススメは何なんだい?」
「そうですね……一番は槍ですかね」
槍はその長さのおかげで、距離を取って、こちらから一方的に攻撃を仕掛けることが出来る。また、上から振り下せば、遠心力が働いて相手に大ダメージを与える事も出来る。
「ナイフと明確な用途の差別化が出来ますからね。使わない時はアイテムボックスに仕舞い込んでおけばいいので、邪魔にもなりにくいですし。」
「なるほどな。そういう割には……お前さんって、反りのある長剣をメインに使ってるよな」
「その理由なんですけど……」
僕は鵺を槍にして構える。
「槍って基本的にこれで突いたり、払ったり、振り下ろすの動作なんですけど、そのどれもが両手を使用するんです」
僕は槍をその場で振って、どの動作においても両手を使用していることを実際に見てもらって、僕の言いたいことを伝える。
「ただ、剣だと長さにも寄るんですけど……こうやって片手で攻撃することが出来て、空いたもう片方の手で魔法を放つことも出来るんです」
今度は黒剣にして、片手で黒剣を振り抜き、もう片方の腕を前に出して、水連弾を前方に放つという動作をする。
「ほーーう。そういう訳があったのか」
「一応、槍に魔法を使用して、麻痺効果のある雷槍や貫く力が高まる水破槍もあるのです。けど、射程距離は通常攻撃と一緒なのです」
「つまり魔法が使えるなら、片方で相手を怯ませ、もう片方でトドメを刺すって事か」
「そういう事です。それでヴァルッサ族長どうです? 何かいい物が見つかりましたか?」
「いや、まだだ。剣に槍に杖……そのどれもが利点があり、欠点を持ってるからな。これが自分にしっくりくる。っていうのが無いんだよな。かと言って適当に選ぶのは……な」
そう言って、自分に言い聞かせるヴァルッサ族長。ここから新しい武器を選べと言われて、すぐに選べないのも無理もない。実際の所、今からその武器での戦い方を一から教えても中途半端に終わるだろう。それだから、今選んでいる武器は硬い相手にトドメを刺すための武器として選ぶか、メインの武器である2振りのナイフでトドメを刺すために、相手のスキを作るための武器として選ぶかで決めて、それに特化した指導するつもりである。
ただし、そのどちらも考えられないのなら2振りのナイフで仕留める方法を教える事になるのだが……。
「薫……これで何とかならないか?」
2振りのナイフに視線を向けつつ、こちらに訊くヴァルッサ族長。
「うーーん……あることはありますよ? でも、かなり大変です」
「というと?」
「要は黒い魔石で強化されていない箇所を狙って攻撃すればいいんです。関節の裏とか、目や口の中……つまり急所狙いです」
「急所か……確かに面倒だな」
2振りのナイフでの戦い方。それは急所狙いなのだが、そこを的確に攻撃するのは難しい。何せ相手はこちらを仕留めようとして、常に動くはずなのだ。だから、そこを狙って攻撃するのは厳しい。
その一方で、相手はその強靭な肉体から繰り出されるパンチを、体のどこかに当てるだけで大ダメージを与えられるというアドバンテージがある。
「……僕としては1対1でタイマンしないで、確実に倒せる戦法を取った方がいいんじゃないですか? それとも……何か理由でも?」
ここで思い切って、1体1で戦うその理由を聞いてみる。すると、ヴァルッサ族長は武器を選ぶのを止めて、こちらへと体の向きを変える。
「理由……か。昨日の理由では不満か?」
「はい。僕もレイスも納得してませんよ。ねえ、レイス?」
「はいなのです。それだから、教えてくれてもいいのでは?」
「……分かった。話してやるよ」
やれやれと言いたげなヴァルッサ族長。しばらくの沈黙の後、その理由をゆっくりと話し始めるのであった。




