375話 動物公園でのデートその2
前回のあらすじ「動物園をしっかり堪能した!」
―「隣県の動物公園・遊園地エリア」―
「楽しかったのです!」
「ですね!」
「こっちはヒャッとしたんだけど?」
木造のジェットコースターに乗った際に、シシルさんと一緒にいたレイスが鞄の中から吹き飛ばされて、後ろにいた僕が片手でキャッチするというハプニングが起きたのだが……それも含めて楽しかったのだろうか? というよりレイスの姿を後ろの人に見られていないか心配なのだが……。
「それで次は……」
「うわ!? 何だアレ?」
「皆さん! 下がって!」
どこからか聞こえるそのような会話。何かトラブルが起きたのは間違いない。
「何? アレってドッキリかな? 悪魔の格好した……」
「そうじゃない? 上から落ちて来たし……」
通り過ぎていく人々からもたらされる情報。
「どうやら悪魔の格好をした人間が上から落ちて来た……ってことですかね?」
「そうですね……薫、どうします?」
「……嫌な予感がするね。レイス、僕の鞄に入ってもらっていい?」
「分かったのです」
周囲を警戒しつつ、シシルさんの鞄から僕の持つ鞄へと移動するレイス。これで考えうる最悪の事態だったとしても何とかなるだろう。
準備が整ったところで騒ぎになっている場所に行き、何が起きているのかを確認しに行く。場所は観覧車のすぐ前で、何が起きたのかを確認しようとする野次馬でごった返していた。
「ここみたいですけど……」
「アレですね」
ごった返している中、人と人の隙間から現場を覗くと、ロロックのようなヤギ顔を持つ悪魔が倒れており、その周りを係員の人たちが取り囲んでいた。
「薫。ヤバいのです……アレは魔力を持ってるのです」
鞄からこちらに顔を覗かせながら答えるレイス。どうやら最悪の事態のようだ。
「グゥオ……」
すると、悪魔から声が漏れる。今までは気絶していただけなのだろうか。それとも、状況を把握するために死んだフリをしていたのだろうか。どちらとも言えない状況だが、アレは倒さないと不味いだろう。
魔族と魔物は見た目がそっくりな種族もいるが、魔物の中にはヤギ頭を持ち背中に蝙蝠の羽を生やした悪魔という種はいないと、オラインさんから聞いているので、アレは魔族側で間違いないだろう。
「ユノ。電話でこちらの状況をショルディア夫人に連絡してくれる?」
「分かりました」
ユノに頼んですぐにショルディア夫人に連絡を取ってもらう。こうすればオリアさんが率いる部隊がすぐに行動してくれるだろう。後はここでの対処だが……。
「(どうにかして無力化させないと……)」
今回の一番の問題点。それはここで討伐が出来ないこと。妖狸じゃない今の姿で倒せば身バレしてしまうのもあるが、ここで悪魔を殺してしまえば周囲の人々を混乱させてしまうだろう。
「(かといって、悪魔が動き出して、危険な行動を取った瞬間に倒すとかも危ないし……)」
目立たず、かつ討伐じゃなく確保に向いた魔法……そんな都合のいい物なんてあったかな。
「(薫。ここはジェイリダの魔石を使ったらどうです?)」
「(ああ……そうか)」
相手の動きを鈍くして、そのままゆっくり凍死させる魔法ジェイリダ。四葩に嵌め込んで切ると相手を一瞬にして凍死させる魔法剣になるので、元の効果をすっかり忘れていた。
「(とりあえず、試してみるか)」
僕はジェイリダの込められた魔石を取り出し、それをブレスレット状態の鵺に嵌め込み、ブレスレットを付けた腕を前に向ける。
「(……ジェイリダ)」
悪魔に向けて手を出して、魔法を使う。
「グォ……グゥウ……」
ジェイリダを発動させてしばらくすると、悪魔がうめき声を上げる。少し離れた人混みの中から魔法を使っているので、距離的に上手くいくか心配だったが問題ないようだ。
「グォー!!」
雄叫びを上げ、起き上がろうとする悪魔。しかし、地面に付いた両腕はガクガクと震えており、起き上がれる気配が無い。
「道を開けて! 通ります!」
すると、別方向から警察官やって来て係員と方々と少し会話をしてから、悪魔を拘束していく。
「もういい。後はこちらで対処する」
僕の肩を叩きながら、話し掛けてくるオリアさん。ユノが電話してから、まだ10分も経っていないのだが……。
「遠くから見てたんですか?」
「護衛のためにな。とりあえず、あれは麻酔で眠らせて連行する。何か分かったら連絡する」
「分かりました。後はお願いします」
僕がそう言うと、オリアさんは静かにこの場を去り、悪魔を連行する集団の後ろを付いていくように歩き去っていった。
「……何が起きたんですかね」
「分からない。けど……何か大変な事が起き始めているかもしれないね」
シシルさんの疑問にそう答える。突如、現れた悪魔。恐らく、僕の家にある『異次元の門』とは別の物を使ってこちらにやって来たに違いない。それは即ち、魔族がこちらに侵攻出来る技術を手に入れつつある事を示している。
「薫、どうしますか?」
「え? それは……次のアトラクションに行くけど? 今日は仕事する気は無いもん」
世界の危機が迫ってるのかもしれない……が、今日のユノとのデートを中断する気は無い。そもそも、今日は休暇なのだ。何としても働きたくない。
「そんな理由でいいのです?」
「どうせ、すぐに情報を聞き出せる訳じゃ無いからね。明日から調べるでも問題ないよ……って、ことだから次のアトラクションに行こうよ」
「そうですね。今日は……」
そう言って、僕の腕に抱きつくユノ。
「デートを楽しみましょう」
「じゃあ、次はあそこのアトラクションに行くのです!」
僕の鞄に隠れているレイスが、自分が次に行きたいアトラクションに指を差す。そこには期間限定のお化け屋敷だった。
「お化け屋敷……ユノは大丈夫?」
「恐らく大丈夫かと……ゲームでホラーも経験済みですから」
「じゃあ……入ってみようか」
ユノも問題無さそうなので、早速、僕たちはお化け屋敷待ちの列に並ぶ。
「私は護衛、私は護衛……」
この後、声が震えているシシルさんを尻目に僕たちはお化け屋敷へと入っていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「某ファミリーレストラン・店内」―
「ご馳走様でした」
「お腹いっぱいなのです」
動物公園を目一杯楽しんだ僕たちは、帰る途中にあったファミリーレストランで夕食を取ることにした。今は食事も終わって、食後のデザートとドリンクで今日一日の思い出を話す。
「一杯楽しんだのです!」
「だね……特にシシルさんが」
「ふふ! 薫の言う通りかもしれないですね」
「いえ! 私は護衛としてしっかり仕事を……」
「……楽しんでいなかったと?」
「……楽しんでいました」
僕の質問に素直に答えるシシルさん。動物園では主人をそっちのけで楽しんでたり、遊園地では忍ばずに、大きな声で叫んだり、悲鳴を上げたりと……ここにいる誰よりも楽しんでいたのは間違いない。
「明日はしっかりお仕事をして下さいね?」
「うう!! は、はい……」
肩を落とすシシルさん。今日の休息を活かして、明日のお仕事も頑張ってもらいたいところである。
「悪魔だって! 驚きだよね!」
「うんうん! でも、そうなると魔王がこっちに攻めてくる前触れってやつなのかね!?」
「まさか! その前に警察やら何とか……」
近くの席で2人女性が大声で話をしている。そこのテーブルの上を見るとお酒の瓶とかが置かれているので、もしかしたら酔っぱらっているのかもしれない。
「悪魔が出現したことを大々的に発表したんですね」
「そうみたい。明日、オリアさんから詳しい話を聞かないと……」
「その前に、アリーシャ様と見学ツアーの相談とかじゃなかったのです?」
「あ、うん。そうだった……ね」
昨日の会議で、僕が発言したデメテルの見学ツアー。色々な関係者と相談したところ、今月の末に行う事が決まり、大勢いる参加希望者たちからどうやって絞っていくかを、明日アリーシャ様と打ち合わせする予定だった。
「そうなると、デメテルの方も色々準備しとかないと……」
「大変ですね。勇者様?」
「ユノ。からかわないでくれない?」
僕がそう言うと、3人が笑いだす。その3人の笑顔に、僕も釣られて笑みを浮かべながら、この雑談に花を咲かせるのであった。




