372話 ヘルメスの最後
前回のあらすじ「パーティーに参加中」
―薫達がパーティーに参加してから1時間ほど「コンサートホールに隣接するビル・バンケットルーム バルコニー」―
「ふう……」
「お疲れ様でした薫。少し休憩しましょう」
「うん」
僕とユノは隣接するバルコニーに出て外の空気を吸う事にした。バルコニーには誰もおらず、春の夜風が優しく僕たちを撫でてくれる。
レオさんと話をした後、その後もたくさんの人たちと話すことになった。最初は菱川総理やサルディオ王とも一緒にいたのだが、いつの間にかはぐれてしまった。
「サルディオ王とはぐれちゃったね」
「お父様なら……ほらあそこ。お兄様と一緒に誰かと話をしてますね」
「うーーん……あの人って旅客船事業で成功を収めた実業家だったかな。かなりのやり手……って雑誌に載っていたかな」
ビシャータテア王国には海はあるが王都から少し離れた場所である。王都の近くを流れる大きな河川とかはあるのだが……そこに船を旅客船を浮かべてもあまり意味が無いだろう。
「僕の中ではこれと言った利点とか無さそうだけど……ああいう人は誰も想像できないような商売戦略を持ってるんだろうな」
「船ですか……今の所だと、やっぱり薫の所有する飛空艇が、我が国でも1番ですからね……」
「そうだよね……」
そんな会話をしながら、中の様子を確認する僕たち。外は静かで……。
「えい」
僕はアイテムボックスからいつもの刃が落とされたクナイを下へと投擲する。
「シシル。回収を」
「御意」
どこかで待機していたシシルさんが現れ、不審者を捕まえるためにそのままバルコニーから飛び降りた。
「何者でしょうかね?」
「さあ……ただの覗きじゃないかな」
変な視線を感じたので、とっさに投げたが……参加者の護衛とかだったらどうしよう。謝って済むのか心配である。
「……そういえばユノ。明日どこに出掛けたいとか要望があるかな?」
「うーーん……特には無いです。その前にご家族の方々にサービスしなくていいんですか?」
「あかねちゃんと一緒に3人でお出掛けするって。どうも、僕たちに気を使っているみたい。泉たちにも同じ事を伝えているみたいだし」
僕と泉に3人で出掛けると話した母さん。その時のニヤニヤした笑顔から察するに、『折角の連休なんだからデートでもして楽しんで来い。』と言いたいのだろう。
「だから……気にせずに遊びに行こう。ヘルメスもいなくなったしね」
「そうですね」
そう言って、笑顔を見せるユノ。お姫様としてのドレス姿ではなく、大人びたドレス姿から繰り出されるその笑顔に、少し息が詰まる。
「どうかしましたか?」
「う、ううん……何でもない。そうしたら動物園にでも行ってみる? 魔獣が多くいるあっちの世界だとあまり新鮮味が無いかもしれないけど」
「いいですね! ぜひ行ってみたいです!」
「じゃあ、決まりだね」
見惚れていた事を隠すように、僕は慌てて明日のデートの場所を提案する。ゴールデンウイークの中頃の動物園なんて人が混んでいて、デートを楽しむ事が難しいかもしれないが……まあ、仕方ないだろう。
「ふふ♪ 楽しみです!」
「お取込み中、失礼します」
すると、不審者を取り押さえにシシルさんがいつの間にかバルコニーに戻って来ていた。
「早かったですねシシル。それで、こちらを覗いていた不埒な方はどこの方でしたか?」
「動画配信者……だそうです。ここを警備する者に引き渡しておきました。詳細は後でご報告するそうです」
「分かりました。ご苦労様でした」
「お褒めの言葉いただきありがとうございます。では」
シュッ!と音を立てて、どこかに消えてしまったシシルさん。どこに行ったのか、周囲を見渡してみるが、その姿を確認することは出来なかった。
「あ、2人ともここにいた!」
シシルさんがいなくなったとほぼ同時に泉とカーターがバルコニーにやって来た。
「どうかしたの?」
「ショルディア夫人達が呼んでる。一緒に来てくれ」
「分かった……ユノ?」
僕は手を差し出す。本当ならこれは紳士服でやりたかったのだが……。
「はい」
ユノはそれを見て、僕の手に軽く触れる。そして、僕はその手を取り、ユノをエスコートするのであった。
その後、このパーティーの主催者であるショルディア夫人に挨拶を済ませた僕たちは、ショルディア夫人の勧めで泉たちと一緒にダンスを踊ることになった。泉が場の空気に慣れずに少々ぎこちなかったが、そこはカーターが補助することでダンスを踊りきることが出来た。
僕とユノは難なく踊ることは出来たのだが、パーティーの参加者からかなり注目を浴びてしまった。こんなに注目が集まるのは、僕としては嫌なのだが……。
「ふふ♪」
ユノの楽しそうな顔を見たら、これはこれでいいのかもしれない……僕はそう思うのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「???・尋問部屋」オリア視点―
「くそ……こんな事になるとは……」
「残念だったな。手を出した相手がいくらなんでも悪すぎたな」
私は1人の男と対面する。この部屋には私とこの男しかいない。しかし、設置されているマジックミラーの向こう側にある部屋には大勢の人間がいて、こちらの状況を監視している。
「まさか……最高傑作であるオーガを退けるとは……」
「妖狸に言わせれば、スパイダーの方が何倍も面倒な相手だったそうだが?」
「チッ!」
悪態をつく右頬に傷のある男……この男こそがヘルメスのリーダーであるゴストラ・レーヴェリン。数々の破壊工作に強奪、要人の誘拐……それらの犯罪の指揮を取り、時には自ら手を下す残忍な男。知能、身体能力がかなり高く、本来ならこの男を捕まえるのにはかなり苦労するはずなのだが……それよりも厄介な聖獣のおかげで、こうもあっさりと捕らえられるとは……。
「既にお前が隠し持っていた黒い液体の入った注射器は回収させてもらった。黒い石を特殊な方法で液体状にし、それを人体に入れることで超人……いや、化け物に変貌できる代物……お前の事だ。他の奴らにあった副作用が無い安全な代物にはなっているだろうがな」
「……」
黙秘するゴストラ。私は特にそれを気にすることなく話を続ける。
「お前はヘルメスの前身の組織である傭兵組織アルカディアが見つけたとある物……ある未知の生物から発見されたこの黒い石、そしてそこに眠っていた財宝を使ってここまでの大規模組織を作り上げた」
「……!?」
黙ってはいるが、少し驚いた表情でこちらを睨みつけるゴストラ。どうしてそんな事を知っているのか、不思議に思っているのだろう。
「どうしてそれを知っているのか……それは妖狸が黒い石の事を調べてくれたからだ。そこから我々が調査を続け、その真相に辿り着いた。そこで見つけた財宝はかなりの額になったみたいだな」
「どうしてだ……そんな事、知る由も無いはず……」
「アルカディアを潰した人物……それは異世界グージャンパマの住人だった。妖狸達は偶然にもその真相を知り、我々にその情報を流してくれてな……おかげですぐに調べが付いたよ」
「なっ!?」
「それと……お前らの本拠地は先ほどこちらが制圧した。妖狸達による研究船の拿捕は大分痛手だったようだな」
「……くっ!」
「お前らはもう終わりだ。お前らが見つけた物も既にこちらが回収している……異世界の技術をこれ以上、悪用してもらっては困るのでな」
「……」
力なく項垂れるゴストラ。手も足も奪われてしまって、どうすることも出来ないと知って絶望しているのだろう。
「さて……話はまだまだあるぞ? ここでそんな情けない姿を見せてもらっても困るんだがな……」
私はここで本来の目的であるヘルメスが起こした事件についての尋問を始める。これがヘルメスの最後……あまりにも呆気ない終わり方だが、悪者の最後としては相応しいと思うのであった。




