366話 鬼の登場
前回のあらすじ「怪しげな雰囲気が立ち込んできた」
―ペクニアと会話をする少し前「コンサートホールから近い大規模遊水地」管理人視点―
「いつも通りだな……ここは」
車に乗って調整池を見回っているが……釣りや水上スポーツを楽しむ人達がいつも通りの光景が広がっている。何時もと違う所があるとしたら、長期連休の真っ只中のため、その人数がいつもより多いぐらいだろうか。
近隣では国際会議が開かれており、史上初の異世界からの代表達を交えた会議として大いに賑わってるというのに……。
「まあ、いつも通りが一番だな」
「グォオオーーーー!!!!」
「うお!? な、なんだ!?」
突如、周囲に響く何かの雄叫び。それに驚いたのは自分だけではなく、周囲にいた人達も驚き、その雄叫びがどこからしたものか探し始める。
「お、おい……あれ!」
近くで釣りをしていた男性が指を差している。そちらに振り向くと、特撮ヒーローのワンシーンのように、化け物がその体を徐々に巨大化させていくではないか。
「おい! そこの兄ちゃん達! 速く荷台に乗りな!」
自分はその光景に戸惑いつつも、近くにいた釣り人達を軽トラの荷台に乗せて、巨大化中の化け物から慌てて避難する。
ある程度、距離を取った所で軽トラを停め、窓から顔を出して化け物の方へと振り返る。
その巨大な化け物の姿は鬼のような見た目をしており、童話の桃太郎に出てくる赤鬼をリアルにしたらあんな感じなのだろう。すると、化け物は先ほどの巨大化中には無かった翼を羽ばたかせ、空へゆっくりと飛び立って行ってしまった。
「一体……何が?」
「……さあ?」
荷台で呆然している釣り人の疑問に、そのような返事しか出来なかったのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「コンサートホール・エントランス」―
「鬼のような化け物がこちらに!」
その知らせにエントランス内でざわめきが起きる。ペクニアさんが感じ取った黒の魔石の反応は、恐らくそいつの物だろう。
「……妖狸?」
「分かってます。レイス?」
「大丈夫なのです!」
僕は菱川総理が何かを言う前に、レイスを連れてエントランスから出ようとする。
「おいおい? 2人だけで行く気か? 私らも混ぜろよ!」
外を出ようとする僕たちの前に飛んできて、外へ行くのを止めるマーバ。
「護衛はどうするのよ?」
「その点は他の賢者達に任せて大丈夫です。それよりも、その化け物から町を守るのが一番ではないですか?」
「氷鬼の意見に賛成! さっさとぶっ飛ばしてやるわ!」
「いざ、鬼退治ッス!」
「その鬼を鬼が倒すというのは……面白そうだな」
「どっちが本物の鬼か見せつけてやるわ!」
そう言って、カシーさんたち以外の面妖の民のふりをしている皆が集まる。
「……いいんですかサルディア王?」
「構わない。他の護衛もいるしな。それより、ここを襲撃されるのを防ぐ方が大切だ……娘もいるしな」
「こちらからも頼む。他の関係各所にはこちらから連絡しておく」
菱川総理がそう言うと、シャルス大統領とショルディア婦人もこちらに目を合わせる。菱川総理と同じ、色々手を回してくれるという事か……。
「……分かりました。後の事はお願いします」
「ふむ……私も行ってやろうか?」
すると、先ほどまでエントランスの隅っこで寛いでいたマナフルさんが、こちらへと近寄って来る。彼女に来てもらうのは心強いのだが……。
「マナフルさんはここに怪しい奴らが来たら、そいつらの対処をお願いします。きっと……」
「きっと……なんじゃ?」
「いえ。憶測なので何でもありません」
「ふむ。なら、お前達も行ってくれ。戦力は多いに越したことは無いだろう」
「それだと陛下の護衛が……」
カシーさんが言い切る前に、サルディア王は手の指を弾く。すると、一瞬にしてハリルさんとクルードが姿を現した。
「この2人がいる。それにマグナ・フェンリルと竜人までいるのだ。何が起きたとしても、そうそう大事にはならないだろう」
「分かりました。それではこの会議を邪魔する輩を早々に始末してまいります」
カシーさんとワブーがグージャンパマでの敬礼をしたところで、化け物退治に向かう僕たち全員も同じ敬礼をする。
「うむ。頼んだぞ」
サルディア王のその言葉を聞いた僕たちは、さっそく化け物退治へと向かうため、エントランスから外へと向かう。
「(呼ばれてきたけど……戦闘?)」
「化け物退治。協力してね」
シエルに騎乗具を取りつけつつ今回の目的を説明していく。エントランスから外へと出て来た僕たちは、各々、契約している聖獣を呼び出して、その背中に乗せてもらうための準備をする。唯一契約をしていないカシーさんたちは、シーエさんが契約している聖獣トゥーナカイのニガリオスに相乗りしてもらう。
そして、戦闘準備が出来たところですぐに出発。そして、聖獣たちはものの数分で化け物の魔力を感知する。
「(近付いてきてるよ……こいつだいぶ遅いね)」
「そうか。飛ぶ速度が遅くて助かったよ……」
シエルからその報告を受けた僕は、急いでスマホの地図機能を使って、被害を最小限に出来そうな場所を探す。
「あっちだと結構人の少ない場所が多かったから良かったけど……こっちだと戦う場所も考えないと」
「朝のアニメのように、勝手に修復してくれれば楽だったッスよね」
「ああ……そんな魔法みたいな力があれば良かったのにな……」
「その魔法を絶賛使用中なのですよ薫」
「分かってるって……」
「こっちで力を使用するのは大変ね」
そこにシーエさんの聖獣であるニガリオスの背中に相乗りしているカシーさんが声を掛けてくる。
「大変ですよ。前にも話したように魔獣なんていないので、武器を持っていない人々がたくさんですし……仮に持っていても、返り討ちになるような化け物が今回の相手ですから」
「SNSに上がっている化け物の映像を見ているけど……鬼っていうより赤い悪魔って感じだね」
「うわ……こんなの映画だけの世界で十分なんだけどな……」
泉に見せてもらった今回の化け物……確かに、筋骨隆々で赤い肌を持ち、背中には大きな蝙蝠のような翼を持っていて少し気持ち悪い。でも、泉の言う通りでその姿は鬼というよりも、赤い悪魔っていう表現の方が相応しいかもしれない。
「俺達も見せてもらっていいか?」
「あ、どうぞどうぞ」
そう言って、今度は泉たちの横を飛んでいるカーターとサキにその映像を見せる。2人はロロックみたいだと言っているが、言われてみればそうかもしれない。
「ヤギの部分を取り除いて、肌を赤くした悪魔……って感じですか」
「シーエの思ってる通りだ。強さは……どうなんだろうな? あのスパイダーっていう奴と同じくらいか?」
「それは……被害を出さずに戦うのは難しいですね」
「そうなんだよね……今ここだから……あ、ちょうどいい場所があったけど……」
「どこなの薫兄?」
「この先にゴルフ場があるんだ……うん。そこのホールをぐちゃぐちゃにしていいならだけど」
18ホールもあり中々大きいゴルフ場である。ここなら大きな被害を出さずに済むだろう。まあ、修繕費とかものすごそうだけど……。
「大丈夫だよ薫兄。そこは……権力と」
「財力と……」
「暴力で何とかなるのです!」
「それって悪人が使うような3大キーワードだよね!? 例えがそれでいいの!?」
「でも……泉の言う通りなのよね」
「だな。ということで、そこで待ち構えるでいいんだな?」
「何か色々納得できないけど……とりあえず、戦闘はそこで。とりあえず事情を話して、プレイしている人たちがいたら、すぐにでも避難してもらわないと……」
「じゃあ、そこは薫たち4人に任せるわ。こちらの世界の事情に詳しい人がやった方がいいでしょうし……私達6人はそこへ誘導するわ」
「りょーかい。あまり時間が無いしそれでいきましょう……ちょうど相手を視認出来ましたし」
空を飛んでいる変な赤い物体が目の前に見える。この距離ならすぐにでも戦闘になってしまいそうだ。他の皆もそう思ったようで、各自、自分の武器をアイテムボックスから取り出して構え始める。
僕も装着済みの手甲、蓮華躑躅だけで戦うのは無理と判断して、臨機応変に対応できる鵺を黒剣にして構えておく。
「それじゃあ……皆いくッスよ!」
「「「「おう!」」」」
そのフィーロの掛け声に、全員が応じるのであった。
―クエスト「ヘルメスの野望を打ち砕け!」―
内容:ヘルメスが放った化け物を撃退し、国際会議が行われるコンサートホールを守り抜きましょう。後の事は権力と金の力で何とかなるので、後始末の事は気にせずに戦いましょう!




