363話 国際会議前日の一幕
前回のあらすじ「飛空艇を飛ばしてみた!」
*次回は3月2日に投稿します。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いいたします。
―「市内・上空」―
「こうやって、ゆっくり市内を飛ぶのって初めてかも」
「あら? そうだったの?」
飛空艇のすぐ横を飛んでいる僕たちは、飛空艇の甲板で何かを記録しているカシーさんたちとお喋りしながら、目的地に向かう。
「いつも慌てて飛んでいくことが多いのです。こうやって景色をゆっくり見ながら飛ぶなんてほとんど無いのです」
「意外だな。移動手段として頻繁に使用しているかと思ったのだが」
「空を飛んで移動するのは、かなり目立つからね。いつもは自転車や車がメインだよ……だから、少しだけワクワクしてるんだよね」
僕はそう言って、自分が住んでいる町を上空から見下ろす。見慣れた町の風景もこうやって見下ろすと全く別物になり、新鮮さがあっていい。
この町の上を飛ぶことは多々あるのだが、こうやってゆっくり飛ぶということはレイスの言った通りであまりない。
「ヘルメス関連の事件が起きて、大急ぎで駆け付けないといけない時ばっかりだったな……」
「確かにそうなのです」
「あなたも色々大変ね」
(まもなく、目的地に到着……これより着陸を行います)
船に搭載されているスピーカーから着陸を知らせるアナウンスが流れる。出航してから、15分程度……あっという間に目的地に着いてしまった。
「この湖に着陸ね」
「湖じゃないんですけどね……って、ここに着陸していいのかな?」
「どういうことなのです?」
「ここって湖じゃなくて沼なんだよね。それで両者の違いって水深の違いなんだけど……沼って5m以下、つまり浅いんだよね」
「それなら心配はいらないわよ。この船って着陸しても、船に搭載されている機能で常に水平を維持し続けるから……底に着いて横転するとかは無いわよ」
「流石、魔法の船……」
そんな話をしつつも、船は降下していく。今回、着陸場所に選ばれたこの沼は周囲を公園として整備され、近くには美術館も存在する。また野鳥の観察の名所でもあり、この沼に突出した浮島にある弁財天と一本藤も市内の観光地として紹介されている。
そして、ゴールデンウイークという事もあって、それなりの観光客がこちらに向けて指を差したり、カメラを向けていたりする。
(着水まで10秒……5秒……着水)
船は大きな波を立てずに、静かに沼へと着水する。
(水平機能正常に発動……これより、船内に異常が無いかを船員は確認して下さい)
「あなたたちは万が一のために、船外で待機して頂戴」
「うん。分かった」
カシーさんとワブーはそのまま船に異常が無いかを確認し始める。その間、僕たちは船の周りを飛んで、ボートに乗ってやって来る人がいないか警戒する。
「(あそこに人だかりが出来ているけど?)」
シエルの向いている方向を見ると、浮島の端に人が集まっており、そこからカメラをこちらへと向けていたり、眺めていたりと人が大勢集まっている。
「気にしなくていいよ。ただの野次馬だから」
「(ふ~ん……)」
~♪~~♪
ポシェットの中にあるМT-1が鳴るので手に取る。
(よう。先ほどぶりだな。それで無事に着陸出来たか?)
通話の相手は直哉からだった。
「今の所はね。どこか異常が無いか確認中だよ」
(了解した。それで、そこにいる観光客の心を鷲掴みしたか?)
「今、絶賛撮影されてるよ」
(それは好都合だ。これでSNSに拡散されていいアピールになる)
笑いながら話を続ける直哉。こんな事を訊くために電話とは珍しい……それに、船の事を尋ねるなら、中にいる船員に訊いた方がいいはずだ。
「それで? 要件はそれだけなの?」
(安心しろ。単にそれだけだ……まあ、明日の会議の事を考えると少し緊張していてな。誰かと喋りたいだけだ)
「……変人なのに?」
(天才の間違いだ。私のような天才でも、ここまでの規模の会議を前に怖気づくものさ。今回の国際会議の持つ重要性を考えると尚更な)
そう言って、溜息を吐く直哉。多少、ふざけているのかと思っていたが……どうやらそうでは無いみたいだ。
「直哉も国際会議の場で話すんだっけ?」
(研究グループの第一人者にして、異世界の技術を使って商品を開発している会社の社長だからな。今後の事も考えると出とかないとな)
「久しぶりに社長らしい言葉を聞いたよ。紗枝さんが訊いたら喜ぶんじゃないの?」
(失礼なことをいうな。お前は)
「お互い様でしょ?」
(そうだな……)
「確認できたわ! あら? 通話中だったかしら?」
直哉とたわいのない話をしていると、そこにカシーさんたちが戻って来た。
「終わったんですか?」
「ええ。結果は異状なし。再出発するわよ」
「分かりました。直哉、そういうことだから通話を切るね」
(分かった。事故が無いように気を付けて帰れよ)
「もちろんだよ」
僕はそう言って、電話を切る。それからしばらくして、僕は飛空艇と一緒に笹木クリエイティブカンパニーへと戻るのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―夜「薫宅・居間」―
「ただいま!」
「おかえりー」
明日の国際会議の為の準備を終えて家に帰ると、ゴールデンウイークで遊びに来ていた母さんが出迎えてくれた。
「あれ、あかねちゃんは?」
「寝てるよ。空飛ぶ船を見て大はしゃぎだったからね」
そう言って、父さんも玄関までやって来て出迎えてくれる。
「ただいまなのです! もうお腹ペコペコなのです!」
「晩御飯出来てるから、さっさと着替えてらっしゃい」
母さんに促され、家に入る僕たち。母さんが用意してくれた晩御飯を食べながら、今日の事を話していく。
「遠くからだったけど、しっかり見えたかな?」
「バッチリ! あんなのが空を飛ぶなんて……長生きするもんだね。それで、アレにはいつ乗れるんだい?」
「確か……直哉の話だと、年内には運用するみたい」
「それは残念。すぐに乗れると思ったんだけどね……」
そう言って、こちらをチラ見する母さん。
「僕がルールを破るわけにはいかないからね?」
「えー! ケチ!」
「運用が始まったら、招待するから……」
あの飛空艇に家族を乗せたいと思っている関係者が大勢いる。それなのに、その船の現オーナーだからといって、僕の家族をルールを無視して勝手に乗せるというのは、全体の士気に関わる。
母さん……ではなく、あかねちゃんに船に乗せたい気持ちをグッと堪え、船に乗せられないと母さんにやんわりと伝える。
「まあ、しょうがないか」
「ただいまー」
すると、父さんの声が玄関から聞こえる。父さんはそのまま居間までやって来て、すぐにネクタイを緩めた。
「仕事、お疲れ様! 晩御飯すぐに持ってくるね!」
そう言って、母さんは、父さんの晩御飯を用意するために居間を出ていく。
「お疲れ父さん」
「ああ、ありがとう薫。そうそう、今日ショルディアさんと会ってきたよ。薫のこと褒めていたよ」
「ただの世辞だよ……」
ゴールデンウィークの中、今日も仕事をしていた父さん。明日の会議の会場内の装飾品の搬入と設置を社員の方々と行うとは聞いてたけど……。
「まあ、隣りにいた上司がビックリしてたけどね。君! ショルディア夫人と知り合いだったのか!? って」
世界に影響力のあるバルフィアグループの元代表でアザーワルドリィの運営もしているショルディア夫人。そんな人と、ごく一般のサラリーマンをしていた父さんが知り合いとなればその反応は当然のものだろう。
「誰かに、今回の件について話してなかったのです?」
「僕は会ったことが無いからね。それにショルディアさんとは別の方から依頼が来てたから……お陰で、色々訊かれちゃったよ。とりあえず、息子が笹木クリエイティブカンパニーの社員って伝えたら納得してくれたけど」
「そうだったんだね」
「茂! もう少しで晩御飯用意出来るから、着替すませちゃって!」
「っと……明菜に怒られちゃうな。薫、明日、色々大変だとは思うが、無理しないようにな」
そう言って、父さんは洗面所がある浴室の方に行ってしまった。
「いよいよ明日なのです」
「うん……けど、イマイチ実感が湧かないんだけどね」
明日は世界初、異世界の方々も交えた国際会議。それが持つ特別な意味を理解しつつも、人前で喋る予定のない僕はどこか楽観視するのであった。




